夜の里を全速力で駆け抜ける。
チャクラを足に集め、自分が出せる最高速度でカカシはイルカのアパートに向かった。
全身に嫌な汗をかいており、疎ましいほど鳥肌が立っている。喉はカラカラで唾液すら出ないほど口が乾いている。上忍のくせに息まで乱れている。緊張で足の筋肉に余計な力が入っており、無様なほどチャクラが安定しない。カカシはそんな自分を自覚しながらもひたすらにイルカの元へ向かう。
アパートの屋根が見えると周囲を警戒している忍犬に声もかけず、カカシは結界が張られたその部屋の窓枠に足をかけた。ビンっと空気が張りつめたがカカシは力尽くで結界を押し破る。
強引な解除に悲鳴を上げるように空気が振動したが構うことなくカカシは窓を開け、そのまま中に入ってベッドに降り立った。
「カカシさん?」
結界解除の振動で目を覚ましたのだろう。イルカが驚いて上半身を起こす。
「カカシさん、どうしま……」
「――明日の墓参りって、誰の?」
強張ったカカシの声に、イルカが眉を顰める。
「何ですか藪から棒に。それにサンダルを」
「イルカ答えて。明日の墓参り、誰の? 去年の六月七日に、一体誰が死んだ?」
膝を折り、イルカの肩を両手で掴んでそう問うカカシの気迫にイルカは怯んだ。そんなイルカに焦れ、カカシは答えを急かすようにイルカの肩を掴む手に力を入れる。
「答えてイルカ! 去年の今日、誰が死んだんだ!」
「ちょ、ちょっと待ってください。肩痛いです!」
「イルカ!」
「世話になった上司ですよ! お子さんが生まれてそのままアカデミーを退職なさった、葉ノ紀先生です!」
その瞬間カカシの思考に空白が生まれ、次に足が竦むほどの恐怖に襲われた。
ターゲットはカカシではなかった。全てはカカシが狙われていると思い込ませるための罠。イルカを囮に使うと予想させ、囮だから強い毒は使わず生きて捕獲しようとしているのだと油断させるための罠。
真のターゲットはイルカ。
最初からイルカただ一人。
敵が日付に拘らずイルカを狙っていればイルカはとうに死んでいた。敵がツクシをもっと巧妙に操っていればカカシの忍犬は手出しすることが出来ず、あの時イルカは死んでいた。イルカに忍犬を付ける以前ならもっと簡単だったろう。
何せ敵の容姿は……。
「カカシさん、どうしたんですか」
いや、忍犬を全て付けている状態でも敵が自ら仕掛けて来たならばイルカは死ぬ。忍犬達は止めることができない。油断するだろうから。
「カカシさん、ねぇカカシさんってば」
何故なら敵の容姿は……。
それはカカシですら見抜くことができなかったのだ。カカシはその目で敵を見ていたのに、見抜くことができなかった。忍犬達もまんまと騙されるに違いない。
「カカシさん!」
イルカの鋭い声に、カカシはゆっくりと顔を上げる。
そして真っ直ぐにイルカを見据え、唇を噛み締めて手に握られていた一枚の紙切れをイルカに差し出した。
「なんです?」
「イルカ、襲われたってね。昨日」
「それがどうしました? ツクシの件は大丈夫ですよ。それに俺にはカカシさんの忍犬も――」
「イルカ、毒は何だった?」
差し出された紙切れを見てイルカは顔色を変える。
「この子は関係ないです。この子の父親が植物生態を研究する有名な特別上忍で、その父親が偶然木ノ葉の森の中で見つけた植物に自分の――」
「毒は、なんて毒だった?」
「この子は関係ありません! この子は、アオイは絶対に関係ありません!」
イルカは絶叫して突き付けられた紙を引き裂いた。
黒髪の少年の写真が貼られ、天乃使アオイのデータが記載されたその資料を。