――分かりました。ではいのいち上忍が視た子供達の記憶で、何か印象に残っているものはありませんか? 何でも良いです。どんな些細なことでも。

 記憶を視るという私の術は映像と音声だけであり、そこにあった感情や心境は読み取れない。しかしそれでもあまりにプライバシーを侵害してしまうものだからどの関係者の記憶も当日のものしか視ていないのだが、その中で特に印象に残っているものはまぁ、カカシとうみの中忍のアレくらいなものかな。あいつらのせいで他が霞んでしまっている。
 ただしこれは個別な印象であって、全体的な印象で言うと。
 そうだな。……少し異常とも呼べる同調性があったような感じだったな。
 子供という生き物は類稀なる同調性を発揮することがある。同時に同じことを口にしたり、同時に同じ歌を歌いだしたりするあれだ。一卵性双生児に顕著に表れると言われている精神的感応とでも言うのかね。
 私も子供の頃にそんな経験をしたことがあるよ。ある日とても仲の良い友人…シカクのことだが、アイツとアカデミーの屋上で向き合って昼寝をしていたんだ。この事件と同じようによく晴れた日で、昼飯を喰い終えると午後の授業をサボって二人で屋上に行き、青空を眺めてのんびりしていたらいつの間にか眠ってしまったんだな。で、妙にぐっすりと昼寝をして目が覚めると、シカクのヤツも同時に目覚めたんだ。向き合って眠ってたわけだから、お互いそれが分かったわけよ。ぼんやりと目が覚めて相手の顔が見える。ん?と思って瞬きする。そのどれもが全て同じタイミングだった。あまりにシンクロしちまったもんだから、俺は一瞬「コイツは俺の前世の敵とか恋人とかだったのか?」なんて思ったくらいだ。馬鹿馬鹿しい話だが。
 まぁ、とにかく子供の頃ってのはそういうことがままある。あの日も記憶を視ているとそういうことが多々あったようだ。生徒達が無自覚なところでもあった。
 それは子供達の……何と言うべきか。精神的なチャンネルというか、波長が異常なほど合ってしまっていたようだった。しかも長時間だ。何故そうなったかは分からないが、天候、体調、その場の空気や精神状態など多くのものが偶然それに適していたのかもしれない。もしくは我々がトリガーだと思い込んでいる「落ちた」という叫び声よりも前、即ち子供達の精神的感応が始まった時から「その状況」は始まっていたのかもしれない。ここは何とも言えない。
 個人的な意見だが私は子供達の同調は、「その状況」を起こす条件だったんじゃないかと思うがね。
 そう言えばこの件とは無関係とは思うのだが、子供達の記憶を視ている時に唐突に思い出したことがある。イハヤ上忍は知留特別上忍をご存じかな?

――はい。生物学者で、主に菌類学の研究をなさっている方ですね?

 そうだ。私は以前彼と少し話をしたことがあるんだが、彼は興味深いことを言っていてね。
 無意識の話だ。
 彼は無意識は海だと言う持論を持っている人でね。勿論象徴的な意味においてだが、無意識の海は海底のない海、どこまでも続く深淵の海であり、またその海は個人のものではなく生物全てが共有しているものだと語っていた。つまり彼は全ての生物が同じ無意識層を持っていて、全ての生物はそこで繋がっていると考えているのだ。まぁこれはちょくちょく見かける思想ではある。
 粘菌等の下等生物は無意識の海の中で常に漂い続けていて、彼等に陸地はない。動物は無意識の海に浸りやすい浜辺に住んでおり、知能が高い生物ほど海から離れている。鳥は無意識の海にほぼ浸かっており、猫は砂浜に寝そべりその波を浴びている。犬は個体差があるものの基本的には猫より多少陸寄りだ。
 人間は、母親の産道から出た瞬間に浜辺に打ち上げられるとも言っていた。しかしまだほとんど波を浴びっ放しの状態で、成長するにつれて浜辺から陸に上がり……太古の生物が陸上へ進出したようにだな……大人になると海へは近付けなくなる。近付かないのではなく近付けないらしい。海から一度離れると、その混沌の海は恐ろしく危険なものになるからと。だから大人は睡眠時以外は海から遠く離れた陸地で海から目を逸らして生活している。自分の子供が海辺にいてそこで遊んでいることも知らずに。
 とまぁ、その時そんなことを彼は熱心に語っていたのだが。
 何故か子供達の記憶を視ている時に私はその話を思い出したんだ。海辺で遊んでいる子供達をね。

――分かりました。若干話が戻りますが、記憶の欠落が起こるとそこはいのいち上忍にはどのように視えるのでしょうか。また「落とした」という声を何故生徒達は聞いていないのだと思われますか?

 記憶の欠落は……本を思い浮かべて欲しい。どんな本でも良いから脳裏に浮かべ、それを捲っていって欲しい。太い本でも薄い本でも良いが、本には必ず頁が書かれてあるだろう。本を記憶とすると、記憶の欠落は落丁があったと思ってくれて良い。消えた記憶が何も書かれていない空白の頁になっているわけではなく、頁ごとごっそり無くなっているんだ。五頁の次を捲ったら次は八頁目に飛んでいた、みたいにね。
 落としたという声をどの生徒も聞いていないのは、私も不思議に思っている。もし生徒達が聞いていればそれを叫んだのが誰だったのか特定できる可能性もあるから、私も念入りに調べてみたのだがどうしても記憶からは出てこなかった。状況から考えてその声と同時に集団催眠状態に陥ったと考えるのが自然なような気がするが、その声よりも先にそれが始まったとすると声の主はトリガーを引いた張本人ではないという可能性が高い。この辺は何とも言えないよ。うみの中忍と葉ノ紀中忍が偶然同じ幻聴を聞いただけって可能性も捨てきれないしな。

――本日はご足労頂き有難うございました。

 大した情報を渡せなくてすまないね。

――とんでもありません。とても参考になりました。では最後に、この件に関するいのいち上忍の所感を述べていただけますか?

 所感かぁ。
 ……俺はやっぱりこの事件は、無意識の海で起こったものなのだろうと思っている。
 当日子供達は随分とリラックスしていたようだし、浜辺と言うよりもほぼ波打ち際にいたんじゃないだろうか。
 精神が寛いだ状態にあるってことは、睡眠時と脳波が似ているってことだ。元々海辺の住人である子供達が安静状態に入り、睡眠時のように海に近付き波打ち際まで移動していた。と、私は思うのだよ。
 で、そこで何かが起こった。
 何が起こったのかは分からないが、我々には理解できない衝撃的な何かがあの日イシノ薬草園であったのかもしれない。とにかく何かが起こってしまった。
 その衝撃は凄まじく、地震のようなものを引き起こした。そしてその地震により……。
 津波が発生したんじゃないだろうか。
 その衝撃から発生した津波により、波打ち際にいた生徒達は一斉に無意識の海に攫われた。時間も距離もないその混沌の海に攫われた。
 それらは全てほんの一瞬の出来事だった。その刹那の時の間に、最も海から遠くにいた生徒が「落とした」と叫んだんじゃないのだろうか。「落とした」という言葉から察するにそれは最初のインパクトを指している可能性が高い。津波のことではなく。
 つまりだ。
 話を纏めると、誰かが何かを落とした衝撃により地震が起こり、更には津波が発生した。生徒達が次々と津波に攫われ無意識の海に飲まれていく中、最も海から遠くにいた子供、恐らく生徒達の中で精神的に最も成熟している子が全てを目撃しつつ「落とした」と叫んだ、と。
 まぁここまで行くと推測でも感想でもなく、ただの妄言の類になるがな。
   



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