はい。えっと。
 弁当を食べ終えるとみんなでゴロゴロして胃を休ませました。私が腹一杯だーって言うと、俺もーとか私もーとかそんなのんびりした声が聞こえてきて、身も心も本当に満たされていました。前日まで降っていた雨で下はちょっと湿気ってましたけど、私達がいた場所は日当たりが良くて問題なく、逆に草の香がより楽しめたくらいです。
 暫くすると黒羽が虹玉を懐から取り出しました。
 虹玉とは今子供達の間で凄く流行っている小さなボールです。ビー玉みたいに綺麗で光に翳すと虹色に光るものなんですけど、ゴムみたいに弾力性があってとてもよく跳ねるんです。
 黒羽は割り箸を使ってそれを弾いておりました。すると誰かがパス、と叫び、そこから遊びが始まったのです。最初はみんなで寝っ転がったまま上手くボールの遣り取りをしていたのですが、そのうち立ち上がって歓声を上げながら遊びました。箸で弾いたり、木の枝で弾いたりしてとても面白かったです。黒羽の他にも虹玉を持って来ている子がいたので、最終的に三個の虹玉を同時に弾いて遊びました。
 私は生徒達にからかわれ、集中攻撃を受けました。しかしここは中忍といえども教師の腕の見せ所だと思い、私は夢中になりました。とても楽しくて、一杯笑って。
 そんな時、カカシさんがやって来ました。
 カカシさんは、その。小さな子供みたいな人で、とても愛情に飢えていて、不器用だけど我儘なんだけど、凄く一生懸命で本当は純粋な人です。
 でも嫉妬深くて強引なところがあります。里から戻って来ると一目散に俺のところにやって来て、俺を力尽くで連れて帰ろうとするんです。何度もそのことで話し合いをしようとしているのですが、あの。私は教師なのに、不甲斐ないことに恋人を説得させることもできないんです。
 その時もカカシさんは風のように現れ、瞬く間に俺を抱えて連れて帰ろうとしました。私は、その。
 ……私は。
 俺はカカシさんに抵抗しませんでした。軽蔑なさっても結構です。でも俺はカカシさんが大切なんです。小さな子供のようなカカシさんの手を、振り解くことはできないのです。周囲にどれだけ迷惑をかけているのか分かっています。葉ノ紀先生にもケイ先生にもシダレ先生にも子供達にも、みんなに迷惑をかけている。それでも俺はカカシさんを取った。カカシさんの手を取りました。俺はあの人を愛しています。周囲の人達の中には俺が無理矢理カカシさんの情人にされているのだと勘違いしている方もいるけれど、俺はあの剥き出しの魂を心から愛しているのです。
 それにカカシさんは俺が抵抗すると何をしでかすか分かりません。俺に酷くするだけなら良いけど、嫉妬と怒りに身を任せ、自分を含め全てを傷付ける可能性が高いです。だから俺はあの日も抵抗せず、カカシさんの思うようにさせました。
 あの日のカカシさんは、いつにも増してその……強引でした。
 俺を連れ去るとすぐに。あの。俺は、身体を求められて。えっと。

――無理なさらなくて結構ですよ。それから、うみの中忍から見て何か気になることがあれば教えて下さい。何でも良いです。匂いや風、色、周囲の様子、どんな些細なことでも良いし印象に残っていることでも構いません。何か聞いたとか、見たとか。

 それは、あの日全体を通してですか?

――そうです。森に行くまで、到着してから、そしてうみの中忍の意識がなくなるまでの全てを通してです。

 生徒達と一緒にいる間は何もありません。お、私も一応周囲には気を配ってましたが、不審な点は見当たりませんでした。イシノ薬草園は結構広いので迷子が出ると困ります。だから午前中はそれなりに気をつけていたつもりです。生徒の頭数も常に数えてました。
 カカシさんに連れ去られるまでは、本当に何もなかったです。匂いと言っても草木の匂いしかなかったし、風は吹いてませんでした。
 ただ、私がカカシさんに求められている時、子供の声を聞いた気がします。
 あの日のカカシさんは、その。さっきも申しました通りかなり強引で、いつにも増して執拗でした。何と言うか、凄く暴力的でもあったし変に優しくもあるような、妙な感じでした。腕力で無理にことを進めたいのかそうじゃないのか、よく分からない感じです。多分カカシさん自身も分からなかったんだと思うんですけど。私はそんなカカシさんに翻弄されて、あの。
 すみません。イハヤ上忍にとって気持ち悪い話になっちゃうから申し訳ないんですけど、俺はカカシさんとの性行為でも普通に気持ち良いんです。同性との性行為でも射精することができるんです。でもその時、途中から妙に……何て言うか。
 俺は途中から滅茶苦茶に……その……凄まじいほどの悦楽を得ていました。何かいつもと違う感じだったんです。全部、俺という存在が残らず全てカカシさんに奪い取られる感覚に陥っていたんです。普段でも俺はどれだけ酷くカカシさんに求められてもちゃんと快楽を拾うんですけど、そういったものとはまるで違う感覚でした。
 俺のどこもかしこもを否応なく奪ったカカシさんの力強さに陶酔していたんです。その激しさに恍惚としていたんです。
 味わったことのないその強い快感の波を漂っている俺の頭の中にはカカシさんしかおらず、俺の目はカカシさんしか映しておらず、カカシさんは獣のようでもあり勝利者のようでもありました。そして次第に意識が朦朧としてきました。
 そんな時、その声が聞こえたんです。
 よく分からないんですけど、子供の声で、「落とした!」と。
 うん、落としたと。「落っことした!」かもしれません。どっちかです。
 それは確かに子供の声だったのですが、今こうして思い返してみても誰の声か分かりません。男の子だと思うんですけど、よく分からないのです。特徴がなかったとかそういうものじゃなくて、その声は口から発せられたものじゃないような感じだったんです。こう、頭の中にするりとそのまま入り込んできたような。声って言うよりも、言葉が飛び込んで来たみたいな。

――その他には何か聞きましたか?

 いいえ。俺が耳にしたのはその一言だけです。
 上手く言えませんが、やけに悲痛な叫びでしたけど、驚いている声でもありました。焦ったようでもありました。
 もし誰かが何かを本当に落としたのなら、その声を上げたのはきっと本人じゃないです。落としたのに気付いた、落とした本人と仲が良い、落としたものの重要さを知っている他の誰かです。そんな感じがします。

――貴方ははたけ上忍に身体を求められている最中、大量の涙を流したと聞いております。それは、どんな理由からですか?

 子供の声を聞いた時、朦朧としていた俺の意識が一瞬にして浮かびあがりました。子供が近くにいるのなら流石にいけません。俺は何よりもカカシさんを、あの人の魂を優先してしまう駄目な教師ですが、それでもそこは譲れません。俺は慌てて周囲を見渡しました。気配も探りました。でも周りには俺とカカシさん以外誰もいませんでした。ああ良かったと安堵して、カカシさん、場所移動してくれないかなぁって思ってるうちに今度は一気に意識が混濁していきました。
 次に意識が戻った時、俺はカカシさんに頬を叩かれ大きな声で名前を呼ばれてました。
 その時にはもう俺は泣いていて。
 自分でも本当によく分からないくらい、大量の涙を流していました。ぼろぼろと勝手に零れてくるんです。体内の水分が涙になってこのまま全部流れ出ちゃうんじゃないかってくらいの勢いです。それで、脱水症状を起こして死んじゃうかもしれないってくらいの量です。
 次々に溢れ出る涙のせいで視界は極度にぼやけていました。でも俺はカカシさんが酷く焦っているのが分かりました。あの人は暗部だし一流の忍なのかもしれませんが、俺に関してだけは驚くほど臆病で、怖がりです。自意識過剰っぽく聞こえるかもしれませんが本当にそうなんです。あの人はいつも怯えきっている、小さな子供みたいなもんなんです。
 カカシさんが怯えているのが分かった俺は何とかして涙を止めようとしたけれど、それは俺の意志とは関係なく溢れ続けました。その時の俺はとても混乱していたのかもしれません。カカシさんを怯えさせてしまっている、でも涙が止まらない、それに何だか、心が引き裂かれるような悲しみもあったんです。圧倒的で暴力的な何かによって心が真っ二つに引き裂かれるような痛みと悲しみが。
 俺はカカシさんに謝り続けました。アナタのせいじゃないよ、これはアナタは関係ないですよと言えば良かったのに、混乱した俺の口からは「カカシさんごめんなさい」って言葉しか出なかった。
 その後、俺の状態に怯え焦ったカカシさんによって、俺は抱き潰されました。

――大量の涙が溢れている時、何か貴方の脳裏に浮かぶものはありませんでしたか? 誰かの顔や、何かの声など。それから、子供達は翌日全員覚醒したわけですが、その後何か変化はありましたか?

 ありません。俺はその時カカシさんのことしか考えてません。
 その後の子供達も、変わった様子はありません。アカデミーが再開してから子供達の様子を注意深く見ているんですけど、変わった様子もないし、ほんと、みんな元気です。今日も私は子供達に誘われて虹玉で遊びましたが、どの子も真っ直ぐな目をしていたし、そこに影はありませんでした。家庭の事情でまだアカデミーに復学していない子がおりますから、その子のことは分からないんですけど。

――分かりました。では最後に、この件に関するうみの中忍の所感を述べていただけますか?

 所感、ですか。
 私は……私は、ほんとにアカデミー教師になりたかったんですけど。頑張って任務果たして勉強して、まだ見習いとは言えこうしてなれたんですけど。あの。本当に、誰にどうやって謝ったら良いのか分からないくらいで。周囲の方々は本当に優しくて、色々気を遣ってくれたりもして、でも私はその優しさに甘えてばっかりなんです。事件が起きた時に現場にいないなんて、そんな人間がアカデミー教師なんてやってちゃいけないって分かってます。本当に、分かってるんです。でも辞めないのは私の我儘で。
 俺、カカシさんも子供達も離したくないって、物凄く強欲な人間なんです。だって愛してるんです。カカシさんも子供達も愛してるんです。心から慈しみたい、もっとよりよい方向へと向かわせたい。だからそうなるまで、頑張りたい。俺、まだ頑張りたいんです。この手を離したくないんです!
 ……この件に関してですね。すみません。
 私は現場にいなかったので、子供達に何があったのか分かりません。一応話は聞いておりますが、この目で見ていないので何とも言えません。
 ただあの時、子供達は俺と同じように大量の涙を流したと聞きます。どの子も酷く泣いたと。何で俺、その時子供達の傍にいてやれなかったのかなぁってそれが凄く悔しいです。俺、何で抱き締めてあげられなかったんだろうって。カカシさんを恨むわけじゃないけれど、でも何であの日にカカシさんは任務から帰って来て、何であの日に限ってソレが起こってしまったんだろうって。それが悔しい。
 抗えない力、まるで運命みたいにそれが重なったのが悔しい。
 それから、俺が膨大な量の涙を流していた時ですけど。
 その痛みと悲しさはとてもじゃないけど言葉にはできないものでした。理由は分からないんです。その悲しみの理由はどこにも見当たらないんです。でも、とにかく絶望的な痛みと悲しみがあったんです。
 まるでこの世にたったひとりだけ残っていた天使が、死んでしまったかのような。
 俺が心から愛している本当に本当に優しい天使が、誰も救えず誰にも救われず、羽をもがれて堕ちてしまったかのような。
 そんな、怖いくらいの痛みと悲しみでした。




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