No.15432zzgLD-324-1228 ****年06月05日
総合責任者:イハヤ キリト
文書製作者:キクザト リョウ
付帯資料 別途添付 D-786-A-4562〜D-786-A-4593
05・26 D-423-115地区児童集団昏睡事件
アカデミー助教諭 うみの イルカ 参照資料D-786-A-4569
――最初に、この面接における全ての責任は私にあること、またこの聴取によって纏められた資料はごく限られた人間しか閲覧できず、閲覧の許可は私と火影様しか持ち得ないことを明言しておきます。そして、私は裁きを行うために関係者に面会しているわけではなく、この不可解な事件の真相に一歩でも近付きたい一心で提出された報告書以外の情報を集めているだけだということを理解して頂きたいです。
はい。
――私は、昨日はたけ上忍にも面接を行いました。そのことははたけ上忍から聞いておられますか?
いいえ。……あの。
――私は貴方の特殊な事情を知っております。それについてとやかく言うつもりはありませんし、恥ずかしがる必要もありません。ただ、はたけ上忍が私に協力してくれたように、貴方にも協力して貰いたいのです。言い難いこともあるでしょうが、先程も言いましたように私は情報が欲しい。どんな些細なことでも良いのです。貴方が見たこと、感じたこと、それらを全て教えて頂きたい。お願いできますか?
分かりました。
――有難うございます。それでは、当日のことをできるだけ詳しくお聞かせ下さい。お好きなように語って下さって結構です。
はい。
……あの日は見事な五月晴れでした。俺、いや私は生徒達の最後尾を歩いていたのですが、どの子の後姿もやたらと元気で仔犬みたいに可愛くて、木漏れ日はキラキラして綺麗だったし、あの、個人的なことなんですけど、俺あの日誕生日でして。それで余計、何と言うか。
楽しかったです。
みんなと並んで歩いてるだけで浮かれてしまうくらい、何だか楽しかったんです。日の光を受けて反射する雫も澄んだ森の空気も生徒達の笑顔もイルカせんせーって俺、いや私を呼ぶ声も、何だか全部が綺麗で楽しくて、俺はいつになく幸福だったんです。大好きな生徒達に囲まれて歩いてるだけで、ああ俺、教職選んで本当に良かったなって思えるくらいです。
最後尾を歩く俺の傍にはいつものメンバーがおりまして……えっと、お、私は去年アカデミー教諭試験に合格してそのまま葉ノ紀先生のクラスの助教諭となたんですが、今年はクラスがそのまま持ちあがりとなりまして、俺もまた同じようにそのまま葉ノ紀先生のクラスの助教諭となりましたから、もう生徒達とは一年以上も付き合っているんです。有難いことに俺は子供から好かれる性質のようでして、いつもからかわれたり悪戯されたりしてるんですけど、みんな本当によく懐いてくれてて。うん。で、中でもいつも俺から離れない生徒達がいまして、あの日もその子達が俺の傍にいました。
俺はその子達のことを黒羽隊って呼んでました。グループのリーダー格が黒羽って子なんです。黒羽隊の中心メンバーは四人でしたけど何しろ彼は人気があるので、いつも彼がいるところにみんな集まる、みたいな感じです。その時も最初は黒羽隊四人と俺でじゃれ合いながら歩いていたんですけど、到着する時には七、八人くらいになってました。
みんな楽しそうでした。どのクラスにも大抵一人は一匹狼みたいな子とか、こう、上手くみんなに馴染めないような子がいるんですけど、あの日はそういった子も何て言うか、結構のびのびと歩いてましたね。みんなの輪に入れない自分を恥じて小さく縮こまることもなく、その輪に入り込みたくないと頑なに殻に閉じ籠ることもなかったんです。そうすると自然と会話も生まれるもんでして、そういった普段は一人で歩くような子もみんなと仲良くしてました。
途中で歌も歌いました。
黒羽隊の中の一人が歌い始めたんです。その子、いつもはとっても……。
あの。こうした余計な話は省いた方が良いんですか?
――いえ、全く問題ありません。むしろ報告書には書かれないそのような部分を私は聞きたいのです。
はい、分かりました。
えっと、その子はいつもは大人しくて、本当に本当に物凄く優しい子なんですけど、こう、率先して何かをするタイプの子じゃなかったので驚いたんですけど、すぐにみんながその子に続いたんで俺も歌いました。一曲終わるとまた次の曲、それも終わると次の曲ってなって。全部その子が歌い出すと、みんながそれに続くんです。何だか俺、妙に嬉しくって。
途中で俺が今一番好きな歌になりました。あの、「この心には時間も距離もないんだよ。深海の底みたいに、月の向こう側みたいに」って、こういう。知ってますか? 最近凄く流行ってる曲なんですけど。
とにかく俺が今一番好きな歌になったんで、俺、いや私はその子を抱き上げてその子と大きな声で歌ったんです。みんなも大きな声で歌いました。辛いことや苦しいこと、あの、カカシさんと俺色々あるんですけど、そういうこと全部忘れちゃって、酷く満ち足りた気分で、幸福の真っ只中みたいな気分でした。一丸となってた、みたいな感じです。生徒達と心がひとつになってたって言うか。もう、みんなのことなら俺、全部分かるってくらい。
きっと葉ノ紀先生やケイ先生、シダレ先生も一緒に歌ってましたよ。俺、分かるんです。そういう一体感みたいなものが確実にそこにあったんです。
イシノ薬草園に到着するとシダレ先生の注意事項の確認があって、それから薬草摘みになりました。
俺、いや私の周りにはやっぱり黒羽隊がいて、一緒に薬草摘みをしました。黒羽隊の中の紅一点である女の子が結構熱心でしたね。ミキって子なんですけど。先生これは? 先生これは?って一杯色んなことを訊ねられました。私はそれに全部答えてあげて、薬草や毒薬にまつわる思い出話なんかも語ってやりました。黒羽や他の男の子も、飽きることなく薬草を摘んでましたよ。黒羽隊はやんちゃで悪戯好きなんですけどその反面非常に優秀な子達で、その上同じ年齢の子供達と比べると飛び抜けて向上心が強いんです。生徒達も忍を目指す以上いつかは上忍になりたいという夢を持っている子がほとんどですが、黒羽隊はそこから更に、ではどうすれば上忍になれるのか、どうすれば他の誰よりも早く忍として成長していけるのかを理解している子達なのです。俺から見ると彼等は恐ろしいほど優秀なんです。だからその時も薬草がいかに大切なのか分かっていて、正しく見分け正しく採取する経験を積んでました。
暫くするとお弁当の時間になって、一旦イシノ薬草園の中心部に集まりました。私は他の先生達と生徒達が全員揃っているか確認し、それからみんなで輪になってお弁当を広げました。黒羽隊のメンバーと、それに女の子達もそこに混じりました。そして私はお弁当のおかずの交換をしようと提案し、みなで交換しあうことになりました。
生徒達のほとんどの両親は、忍であります。中には父親も母親も一般人という子もいますけど、でもほとんどは現役の忍として働いている両親の子です。あの日親が両方とも任務に出ていて、お弁当を作ってもらえなかった子もいたんです。両親は既に他界し、自分で作ってきた子もいたんです。自分の不器用で小さな手でこしらえた弁当を恥じたり、早朝からやっているスーパーの弁当をつまらなそうに見ている子がいたんです。
慣れてます。子供達はそういうものに慣れてます。それに淋しいとは言えない、言ってはいけないこともちゃんと分かってます。俺がそうだったように、両親がいない子もそんなものに慣れてる。
でも、おかずを交換すると味気ないお弁当が一気に美味しくなったりするんです。本当に、そういうものなんですよ。だから俺達、みんなでわいわい言いながらお弁当を食べました。俺玉子焼き欲しいとか、お前のおにぎり形悪すぎだろ、なんて言い合いながら。
あの。全く関係ない話で恐縮なんですけど、親御さんの中には任務に赴いているわけでもないのに、子供にお弁当を作らない人がたまにいます。凄く忙しかったり、とても疲れてしまっていたり、そういったことに無頓着だったりと理由は様々なんですけど。でも不思議なことに親御さんに……何て言うのかな、愛があれば、子供に対するそれなりの愛があれば、子供って結構ケロっとしてるもんなんです。何か今日は弁当なしって言われたーとか、俺んちの母ちゃん料理しねーとか、ぶつくさ文句は言いますけど。
子供って俺達大人が思ってるよりずっとタフなんです。お父さんもお母さんもいなくて弁当なくたって、お父さんとお母さん家にいるのに弁当作ってくれなくたって、つまんないって思ったって恥ずかしいって思ったって淋しいって思ったって、驚異的なタフさと楽天的思考でそんなものどんどん過去へ流していっちゃうんです。それで、子供は大人と違ってネチネチと過去を振り返りませんから、流した過去なんてすぐにどっかにいっちゃうんです。そういう部分、凄いんですよ子供って。お弁当のおかずを交換し始めたら、もうそれで全部良しなんです。
でもね。
でも、親御さんから愛をもらってない子は、ちょっと違います。
例えば黒羽は、生まれてからすぐにご両親を亡くしました。あの子は親の愛を知りません。だから強烈なほど仲間想いで、仲間との絆を何よりも重視します。俺が弁当のおかずを交換しようと言った時も、あの子は一人だけ俺の意図に気付き率先してそれを行いみんなを楽しい気分にしようとしました。他の子供が持つ、子供らしいタフさとは違うものをあの子は持っています。タフでなければならない、という無意識の指示です。だからあの子は誰よりもタフだけど、何かあってもケロリとしているような図太さはありません。
更に親御さんから愛をもらってない子は、もっと違います。
俺は子供達の中で、親御さんから虐待を受けているんじゃないかと疑念を抱いている子がいます。その子は本当に本当に優しい子で、いっつも失敗ばかりしている見習い教師の俺を気遣ってくれる子です。でもその子の身体にはいつも痣があって。
その子のご両親も忍です。葉ノ紀先生は親御さんがその子のためを思い、熱心に修行に付き合っているのかもしれないと言っておられました。確かに忍稼業は命賭けですからスパルタ教育で子供を育てる方も多いですし、その子の親御さんもその子に対する愛情から厳しく修行を見てやっているだけの可能性はあるのですが。
でも俺にはその痣が、どうしても愛情によるものだとは思えないんです。それに何気ない時のその子のほんの僅かな仕草が、どうしても気になるんです。俺、顔の傷に触れる癖があるんですけど、俺がこうして手を上げる度にその子の目に怯えの影がチラつくようで。
その子には子供らしいタフさはありません。あるのは、悲しいくらいの優しさだけです。
自分が渇望しているものを、他人に与えようとする怖いくらいの優しさだけです。
あの子は渇望しているんです。優しさを。ご両親が自分に少しでも優しくしてくれることを。少しでも自分に暖かい意識を向けてくれることを。
だってそうじゃなかったら、授業参観日にあんなに後ろを気にするわけないじゃないですか。ガラって扉が開く度に、普段は真面目に授業を受けるあの子が期待に満ちた目で振り返るわけないじゃないですか。友達の親御さんが来る度に羨ましそうにして、それから心底悲しそうな目をして唇を噛むわけないじゃないですか。ガラって扉が開く度にあの子振り返るんですよ? 何気なく俺が手を上げるだけで怯えの印を目に浮かばせるあの子が、それを悟らせまいと必死に隠しているあの子が、それでも自分の親を待ってるんです。
ガラって扉が開く度に振り向いて!
――辛い話ですね。
……すみません。話が脱線しすぎました。
あの。ほんと、申し訳ありません。
――大丈夫です。大丈夫。それよりも虐待が事実なら手を打たねばなりません。子供は里の宝です。アカデミーの先生達がどうすることもできないようでしたら、私が手を回します。いつでも申しつけて下さい。因みにその子の名前を教えて頂けますか?
いえ、あの、俺、いや私は今度その子の親御さんに会って詳しく話を聞いてみる予定なんです。私の手に余る状態でしたら葉ノ紀先生とシダレ先生に報告しますし、それでも駄目でしたら火影様にと思っているので。心遣い感謝致します。
それから、すみません。虐待が事実かどうか分からないのにそれがあるものだと決めつけた物言いになってしまったし、親御さんの名誉に関わることなので名前は申し上げられません。すみません、軽率でした。
申し訳ないです。
――分かりました。では話を続けましょう。