イルカが受付業務を終わらせると二人で居酒屋に入って飯を食べた。イルカが明日も早いからと言うので早々に切り上げ、アパートに戻って風呂に入る。時間の無駄だからと二人で入った。
 イルカは風呂場でカカシがいない間に起こった出来事を語ってくれた。あれから徹夜で資料を片付けたことやブルに昼食を引っくり返されたこと、それからツクシが手裏剣を的に当てた話などを。ブルを置いていったことで機嫌を損ねているかと思われたが、イルカは気にしておらずカカシを安心させた。
「アンタ、それよりも俺に言わなくちゃならないことあるでしょうに」
 シャンプーを手にしてわしわしと髪を洗っているイルカにそう言うと、イルカの口端が上がる。待ってましたと雄弁にその表情が語っていた。
「何のことですかね?」
「なにしらばっくれてるの? あ、お仕置きして欲しいわけ? 可愛いねぇイルカは」
 湯船から腕を伸ばしてそろりとその背を撫でると、イルカが身を捩って逃げる。
「何のことか分かりません。言わなくちゃならないことって何ですか? あ、カカシさんが楽しみにしてた新発売のヨーグルト食べちゃったことですか? 申し訳ないなと思ったんですけど、賞味期限が切れそうだったから」
「いやいやそれじゃなくて。俺、家に帰った途端女の匂いで倒れそうになったんだけどさ。気のせいかなぁ?」
「気のせいですね。疲れているのでしょう。今日は早くお休みになった方がよろしいかと存じます」
「台所に卓上コンロと鍋が出てたなぁ。しまっておいたはずなのに」
「きっと妖精さんが季節外れの鍋パーティーでもしたのでありましょう」
 イルカは笑うのを堪えつつ白い泡を立てて髪を洗う。もしカカシの口調が尖るのであれば膝を交え徹底的に話し合うつもりだったが、カカシは普段と何も変わらなかった。自分のいない間にイルカが他人を家に上げたことなどまるで気にしていない。それどころかしらばっくれるイルカとの会話を楽しんでいる。
 信じてくれている。
 イルカは胸を撫で下ろしながらシャワーのコックを捻り、髪をすすいだ。
「もー。イルカが隠すと、隠さなきゃいけないようなことがあったっんじゃないかって勘ぐっちゃうでしょー?」
「なに言ってんですか。ブルに聞いてるでしょうに」
 水を含んだ髪を全て後ろに流し、身体に付いた泡も綺麗にすすぎ落とすとイルカは立ち上がって湯船に足を入れる。狭いので、ヒョイヒョイと手でカカシにもっと詰めろと合図を送った。カカシが詰めると隙間に両足を入れてカカシに背を向けその膝の上に腰を下ろす。
 肩までは浸かれないのだが、カカシはのぼせやすいのでどうせすぐに風呂から出る。それまでは密着して会話を楽しむ。
「今度紹介しますよ。三人の中の一人はすぐ上忍になれそうですし、その子はアカデミー在学中から飛び抜けて注目されていた子なのですぐに名を馳せることになるでしょう。いずれカカシさんと一緒に任務をすることにもなるでしょうから、顔を覚えてあげてくださいね」
 早めに引き合わせておきたいと思った。高名なカカシに顔を覚えてもらうことは更に黒髪の青年の自信に繋がるだろう。それにカカシは放任主義者のようで意外と面倒見が良い部分がある。
「まだ若いんでしょ? もう上忍になれるの?」
「元々相当なポテンシャルを持っていた子達です。その上彼等の上忍師、あのムギ上忍ですよ」
「ああ、上忍製作工場のムギさん」
 上忍達の間でもムギ上忍の育成能力は広く知れ渡っている。カカシは得心した声でそう呟いてから、イルカの腹と胸に腕を巻き付けてゆるゆると不穏な動きを見せた。指先でイルカの肌をいやらしく撫でていく。
 イルカは苦笑しつつその手を束縛し、背中を背後のカカシに凭れさせた。
「あんまりくっつくと勃起するよ。俺」
「勃起する前にのぼせますよ、貴方は」
 イルカが予言した通り、カカシはすぐに限界を迎えて風呂から出て行った。白い肌を赤く染めて「風呂場でセックスって夢なんだけどなぁ」とブツブツ言いながら出て行くカカシが可笑しくて、イルカは肩まで湯船に浸かりながら声を上げて笑った。
 その後イルカが身体を温めて風呂から上がると、居間でカカシと一本だけビールを飲んだ。甘えてくる恋人の銀髪を指で梳きながら、ゆったりとした時間を過ごす。ビールのつまみはカカシの土産だった。
 カカシはいつになく饒舌だった。普段のカカシはイルカの話の聞き役に回ることが多く、「本日の報告」も簡潔と言うよりそっけないくらいなのに、今日はあれこれと色々話してくれる。特にシオ上忍師の代理を行った任務のことを、とても楽しそうに語った。
 カカシが世話をした子供達はイルカの受け持ちではなかったが、とてもよく知っている。アカデミーでも有名な「とんでもないお喋り」の三人組だったからだ。イルカも合同演習などで彼等のお喋りっぷりを実際に見ているし、その果てしなく続くと思われるお喋りに圧倒されかけたこともある。そして彼等は受け持ちの教師の頭痛の種であると同時に将来を期待された子供達でもあった。何しろ、際限なくお喋りをしているくせに何故か授業を聞いている。不思議と教師の話を聴き逃すことがない。イルカも合同演習の時に無駄話をしている三人に向かって「おい、今先生が何を言ったか聞いてたか?」と訊ねてみたが、三人はキョトンとした顔をしてからイルカが説明していた話をまるっと復唱してみせた。三人バラバラに。
 そして何より、普通あの年齢の子供は集中してからしか術を発動できないのに、あの三人はベラベラとお喋りを続けながらチャクラを練って術を発動してしまう、ある意味異常な離れ業をやってのけていた。
 彼等は器用と言うか、ある種の才能を持っている。
 それはカカシも強く感じたようで、しきりに「あれは面白いねぇ」と感想を述べていた。確かに面白い才能だった。複数のことを同時にこなす能力は忍であるならば誰でも持っているが、彼等のそれは抜きんでている。しかも訓練でそれを獲得したわけではなく、持って生まれたものだ。
 何故三人が同じ能力を持っているのか分からない。もしかしたら本当に偶然三人が同じ才能を持っていただけかもしれないし、一人の才能が残りの二人を感化させたのかもしれない。しかしどちらにしろ、あの三人はこれからもユニークな成長をするだろうとイルカは感じた。
「肩車までしてやったんですか」
 話の途中で驚きの声を上げると、カカシは誉めてと言わんばかりにイルカに擦り寄ってコクコクと頷いた。それから、自分の子供に対する心境の変化を語りだした。
 カカシが子供に興味がなかったことはイルカも知っている。昔、カカシがまだ酷くすさんでいた頃は子供相手でも平気で嫉妬の対象にしたし、むしろ敵愾心すら持っていた。カカシが落ち着くとそんなことはなくなったが、だからといって子供好きになったわけではないし興味すら持たなかった。自分の部下であった七班の子供達だけはカカシなりにとても可愛がっていたけれど、それだけだった。
 それがどうだ。たった一度の任務で、カカシはシオ班の子供達に愛着を覚えたと言う。小さな子供と触れ合う機会があり良かったと思ったと言う。子供は里の宝だと実感することができたと言う。
 素直に、可愛いね、と思えることができたと言う。
 素晴らしい心境の変化に、イルカは手放しで喜んだ。シオ班のあの三人組の奔放さが良かったのかもしれない。誰が相手でも怖気づかずひたすら喋り倒すあの無邪気なパワーが良かったのかもしれない。
「そもそもカカシさんは、子供と触れ合う機会があまりに少なすぎたんですよ」
 銀色の頭を抱えてヨシヨシとその髪を撫でながら、イルカはそう言った。そして「実はカカシさんは子供好きなのかもしれませんね」と続けた。
「それはないよ」
 カカシは苦笑して頭を振る。確かにカカシの人生の中で子供と触れ合う機会はあまりに少な過ぎた。小さな者と触れ合うのは七班の子供達が初めてだったくらいだ。だが、子供を慈しむことを覚えた今も、真の子供好きであるイルカとはまるで違う。
「分かりませんよ?」
「子供好きなんじゃなくて、単に俺に余裕が出てきただけなんだと思う。それに俺が好きなのはイルカだけ」
 イルカの背に腕を回し、ぎゅっと抱きしめてからカカシはその胸に顔を擦り寄せた。イルカが髪にキスを落としたので、顔を上げて唇にもキスをしろと強請る。
 ちゅっと音を立ててイルカがカカシの唇を啄ばんだ。
 優しいキスに物足りず、カカシは顎を逸らして続きをせがんだが、イルカのキスはどこまでも優しくて舌すら入れてくれない。カカシは痺れを切らして身体を起こし、イルカを押し倒して唇を重ね舌を割り込ませた。
 トントンとカカシの背中を叩き抗議するイルカを無視してその口内を貪っていると、次第に身体が火照ってくる。緩やかに勃ちあがった股間をイルカに擦り付けて自分の意志を伝え、舌を絡ませそれをしゃぶっているとツンツンと髪を引っ張られた。
 仕方なく唇を離す。唾液が長く糸を引き、ぷつりと切れた。
「ヤラシイこと一杯する予定だったよね」
 イルカが余計なことを口走る前に先手を打つ。楽しむはずだったのに暗部のせいで台無しにされ、その上任務が長引いた。今日こそはと意気込むカカシは有無を言わせぬ口調でそう念を押してイルカを覗き込む。
 イルカはそんなカカシをじっと見詰め、少し気の抜けた声で言った。
「驚くことに、明日はアカデミーがあるのです」
「驚かないけど?」
「驚くことに、明日も早朝から体術訓練です。更に驚くことに、今はもう遅い時間なのです」
 にっこりと笑って遠回しにセックスを拒否するイルカが憎たらしくて、カカシはその頬をやんわりと甘噛みする。強引にセックスにまで持っていっても良いのだが、明日辛くなるのはカカシではなくイルカだ。それが分かるので無体な真似はできない。
 イルカが大切だから。
「でも勃った。出したいよ」
「じゃあ、口でしたげます」
 それから二人で裸になり、互いのペニスを口に含み合った。
 カカシはセックスできない分せめて少しでも長く口淫を楽しみたいと思っていたのに、カカシの性感帯などとうに知り尽くしているイルカによっていとも簡単に絶頂に導かれた。悔し紛れに「なに本気になってんの」と余裕ぶってみたが、イルカがペニスを離さず口淫を続けるのでまたすぐに勃起した。負けるものかとカカシもイルカのペニスを責め立てたがイルカの本気の舌技に翻弄され、結局そのまま最後までイルカのペースでことは進んでいった。
 根元まで丁寧にしゃぶられる。咥えきれない部分は手の平で激しく扱かれる。亀頭に舌を押しつけられ、何度も何度も繰り返し舐めまわされる。睾丸を甘く揉みしだかれ、裏筋の少し横の部分を強く吸われる。
 恥じることなくじゅるじゅると音を立てて、イルカはカカシのペニスに愛撫を加える。
 イルカが二度目の射精をした時、カカシは三度目の射精をした。
「俺の勝ち」
 身体を起こして勝利宣言をするイルカの頬には黒い髪が張り付いており、その唇は唾液とカカシの精液でべっとりと濡れていた。
 そして性的な興奮に潤んだ黒い瞳をカカシに向け、口の端に零れたカカシの精液を舌を出してゆっくりと舐め取りイルカは笑う。
 その笑みは壮絶なほど艶めかしく、美しかった。




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