「イルカ」
優しい声にイルカが振り向くと、カカシがニッコリと微笑んで背後からイルカを覗き込んでいた。
資料室にはイルカ以外誰もおらず、日が沈もうとしている今、そこは少し暗い。
「任務終わりました? もうちょっと待ってていただけます? あとこれとこれあるんです」
困った顔をしてそう言うイルカに、カカシは首を振る。
「実は俺、今から別の任務行かなきゃならなくなったんだ。今日は戻れないと思う。ごめん」
土産話があった。今日の子供達の話を語って聞かせたかった。顔に見覚えがなかったのであの子達はイルカの受け持ちではなかったと思うが、それでもイルカは聞きたがったはずだ。アカデミー教師として、下忍となった子供達の成長を聞きたがったはずなのだ。
それにカカシの心境の変化も聞かせたかった。七班の子供達以外を可愛いと感じたことを聞かせたかった。
しかし、大門をくぐったカカシには次の任務が待っていた。
「イルカ、良い子で待てる?」
「勿論です。でも今日は一緒に帰って、それから、えっと」
「ん、ヤラシイこと一杯する予定だったのにねぇ」
クスクスと笑いながら腰を屈め後ろから抱き締めてやると、イルカがくすぐったそうに首を竦める。
「約束破ったから、イルカの言うこと何でもひとつ聞いてあげるよ」
「じゃあ、キスしてください」
「どこに? 頬? 唇? 首? 耳元? 乳首でもアソコでもどこでもしてあげる」
卑猥な笑みを見せてそう囁くと、イルカはぺちんとカカシの額を叩く。それから身体を捻り、顎を上げて目を閉じた。
イルカの一挙手一投足全て可愛い。可愛いと言うとイルカは必ず微妙な顔をするのだが、カカシには可愛いとしか言いようがない。
唇を合わせて舌を入れイルカの口内をねっとりと弄っていると、愛おしさが次から次へと溢れて出てくる。強く抱き締めて口付けを深くすると、イルカが「んー」と小さく声を上げた。構わず続けていると、触れたくなる。もっとイルカに触れようとカカシの手が勝手に動き出す。
熱い吐息の合間にイルカがまた「んー」と声を出した。それが抗議だとは分かっていたが、カカシは無視して手をイルカのベストの裾から中に入れようとする。しかしそこでまたぺちんと叩かれた。
「もう。カカシさんは普通のキスができんのですか」
「できるよ。してみせようか?」
「もう駄目です。駄目ったら駄目です。キスはもうおしまいです」
上気した顔を背けて潤んだ目を伏せるイルカは艶めかしく、カカシのペニスに熱が集まり腰がぐっと重くなる。
「ねぇ、ちょっとだけしようよ。挿れないから。手で出すだけ」
「駄目です。駄目。早く任務に行きなさい」
つれないことを言うイルカの耳に唇を寄せてそこに息を吐きかけながら、イルカの手を持って勃ち上がった自分の下半身に触れさせる。
「したい」
「駄目ですよ。ここたまに人が来るんです」
「結界張っちゃえば良いじゃないの。声も漏れないようにして。すぐに終わらせるから」
甘く強請っていると、扉の向こうに気配が湧いた。イルカは気付いていないがそれが自分を迎えに来た暗部のものと分かりカカシは心の内で盛大に舌打ちする。
「んじゃ、諦める。そのかわり帰ったらたっぷりイルカを堪能する」
資料室という公共の場所で不埒な行いをすることを諦めたカカシに、イルカはほっとしているようだった。カカシに身を預けるように重心を後ろにし、両手を上げて背後のカカシの頬を撫でる。
「無事に戻って来てくださいよ。約束ですよ?」
「ん、分かってる。それから、イルカの浮気防止にブルを置いていくよ」
決定事項としてそれを告げると、イルカがばっと身体を離し身体を捻ってカカシと向き合った。
黒い瞳に浮かぶものは強い困惑と怒り。
「嘘。浮気防止じゃなくてさ。イルカがあんまりにも可愛いから、誰かがちょっかい出すと嫌だから」
刺激しないよう両手を上げて言い訳すると、イルカが眉を顰める。
「イルカのことは信じてる。でも心配になったんだよ。今、ほら、あんまりにもイルカが可愛かったから」
両手を上げたままニッコリを笑みを作るとイルカはじっとカカシを見詰めてから、大きな溜息を吐き「分かりました」と返事をした。機嫌を損ねたのは確実だったが、宥めている時間はなさそうだ。
巻物を取り出して忍犬を呼び出す。
「愛してるよイルカ」
唇を尖らせて俯いてしまったイルカの黒髪にそっと口付けると、カカシは心を込めてそう囁き資料室を後にした。
「カカシ遅いぞ。急いでくれ」
部屋を出ると途端に待機していた暗部に咎められる。カカシは黙って怒気をぶつけた。今日はイルカをたっぷり可愛がる予定だったのに、イルカに土産話もあったのに、暗部のせいで予定が狂った。とやかく言われたくはない。
里に帰ったカカシを待ち受けていたのはカカシの良く知っている暗部の隊長だった。彼がカカシを待っている時は決まって暗部の尻拭いをさせられる時だ。げんなりした。それでも子供達を帰宅させ、仕方なく「何か用?」と声を掛けてやれば、暗部隊長は案の定カカシに尻拭いを頼んできた。当然断ったが、五代目もカカシへの正式な任務として手続きもしてあると言う。そうなると行く他なかった。
俺に貸しをどれだけ作ってるか覚えてるかと、カカシは言った。そのうち必ず返すと、暗部隊長は言った。毎度毎度暗部隊長はそう言うが、未だカカシの貸しは増え続ける一方だ。
「どこへ行く?」
屋根の上を走っているとまた声を掛けられる。
「うるさいね。忍具取りに行くんだよ」
どうやら大掛かりな戦闘になりそうだったので、手持ちの忍具だけでは心もとない。失くし物を探すDランクの任務装備のまま暗部を率いてAランク任務に赴くわけにはいかなかった。
カカシは屋根の上を駆けながらイルカのことを想う。
ブルを置いていく、と言った時にイルカは強い不快感を示した。貴方はまだ俺を信じていないのですかと、視線で詰め寄ってきた。俺を、貴方を想う俺の愛を信じていないのですかと。
信じている。
間違いなく信じている。イルカの愛を疑ってはいない。
ただしそれとこれとは話が違った。以前のようにイルカの行動を監視するために忍犬を置いてきたわけではない。自分が狙われている以上イルカに害が及ぶことは充分あり得ることだったからだ。内勤、しかもアカデミー教師という職務上軽んじられることが多いが、イルカはそれなりにできる忍だ。大抵の敵であれば自分で撃退できる。しかし子供を盾に取られた時や相手が暗部レベルだとどうしようもない。その可能性を考えイルカに忍犬を付けた。
心配させたくなかった。だから事情は話さなかった。
「ま、俺を釣るためにイルカを狙うなら、さっさとそうしてるだろうけどね」
むしろ最初からそうするなと、小さく呟いてアパートの共同廊下に降り立つ。そして鍵を取り出しドアノブに手を近付ける。
が、その手がピタリと止まった。
ドアノブの斜め下側、死角となる部分に何かある。
腰を屈めてそこを見ると、棘のような小さな針が貼り付けられてあった。鈍く光る小さな小さな針に顔を近付けると、ほんの僅かに刺激臭がする。
「って、言ってるそばからこれなの?」
顔を顰め毒針を剥ぎ取り、火遁で燃やす。
そして巻物を広げ、印を結んで自分が最も信頼している忍犬を呼び出した。
「パックン、俺が帰るまでイルカを守って。ブルはもう付けてるから、パックンは絶対に気取られないで。二匹も忍犬が付くとイルカに怪しまれるからね」
指示している自分の背後に早くしろと言わんばかりに暗部が降り立ったが、カカシは何も言わなかった。
ただ、今度は怒気ではなく殺気をぶつけた。