トミコらヴ103号はある日の昼休み、テレビで自分が働いている工場のメーカーと同じメーカーの車をイェローチャージが所有していることを知った。
 しかしその日はそれだけだった。
 彼は仕事が終わると今日も、 中古で買った錆付いた自転車に乗って帰っていった。

 週末に、またワルダーの出動要請が舞い込んだ。
 トミコらヴ103号は朝8時55分に集合場所に指定された公園へ行き、大佐から今回の任務を聞いていた。今日はヨイダーがモジラ退治に出動するので、それを出来るだけ陰険に阻止せよとのことだった。
「ベストを尽くして闘え! トミコ様に全てを捧げよ!!」
 胸にトミコバッチをつけた大佐は、その場に集まったワルダーのメンバー一人一人にそう告げてから黒塗りの高級車で去っていった。
 それから皆でゾロゾロとヨイダーの最寄の基地まで歩いていき、顔見知りとなっている守衛のおじさんに各自頭を下げて挨拶しながらエプロンへと向かう。そこにはすでに何台かの中継車とテレビクルー達が待ち構えていた。
「おいワルダー、今日も頼むぜ! 頑張ってヨイダーにコテンパにされろよー!」
 照明を持った中継スタッフがヤジを飛ばすと、その周りがどっと笑う。彼らはヨイダーの活躍を撮りたいし、ワルダーがコテンパにされる所も撮りたいのだ。それは、両方視聴者が望むモノであるから。
 周りのざわめきを無視し、ワルダーのメンバーは各自思い思いに散っていく。ヨイダーの戦闘機の車輪にしがみ付く者、翼に乗って飛び跳ねている者、コックピットのガラスに張り付いている者など、様々だ。そんな中でトミコらヴ103号は、一人で端っこの方に体操座りをしてヨイダーが出てくるのを待っていた。
 空には鳶が輪を描きながら飛んでおり、基地の端にある小さな花壇に黄色の花が咲いているのが見えた。
「世界の平和を守るため、悪いヤツラをぶちのめす、そんな俺達正義の組織!」
「皆のリーダー世界のリーダー、自分で言うのもなんだけど、俺はいつでも一番人気! レッドチャーージ!」
「ニヒルでクールで男前、若い娘に何故かしら、いけない妄想に使われる! ブルーチャーージ!」
「この濃い顔が原因か、オバサン達に大人気、近々演歌でデビューする! グリーンチャーージ!」
「若い娘にゃ人気はないが、野郎どもから支持される、勿論カレーは大好物! イェローチャーージ!」
「アイドルよりも可愛くて、とっても元気な女の子、でも本当は淋しがりや、スタイル抜群! モモチャーージ!」
 ポーズをキメながらいつもの決り文句を口にし、ヨイダーが姿を現した。
「良い子の皆、そして全国の皆さん。ヨイダーに資金援助を」
 最後にはこれまたいつものように、白い歯を見せながらレッドチャージがカメラに向かって資金援助を呼びかけている。
「おっと! 今日もワルダーが来ているな!」
 レッドがヨイダーの住所及び指定口座番号を言い終えるまでワルダーのメンバーはその場で静かに待機していたが、レッドのその一言で各々戦闘態勢に入った。
 トミコらヴ103号はワルダーのメンバーが次々と倒れていくのを、体操座りをしたまま端っこの方で見ていた。ガリガリに痩せているワルダー、黒い覆面がはちきれそうになっている太ったワルダー達はヨイダーに勇敢に飛び掛り、そして一方的に殴られていった。中には戦闘機の車輪にしがみついたまま頑張っていたワルダーもいたが、結局はレッドチャージが2.3発威嚇発砲したのをきっかけに皆逃げていった。
 トミコらヴ103号はちりじりになって逃げていくメンバーや地べたに這って嘔吐しているメンバーを見ながら、ようやく立ち上がった。立ち上がってみると、基地の端にある小さな花壇がよく見えた。
「ヨイダー、そろそろモジラの方へ向かわないと」
 テレビのスタッフがそう声をかけ、ブルーチャージが最後までコクピットのガラスに張り付いていたワルダーを引き剥がした時、トミコらヴ103号はレッドチャージの足に飛び掛った。
「んだよ、まだ残ってたのか」
 ぶち当たった時の衝撃で思わずひっくり返りながらも、すぐにレッドは呆れているような声を出したが、トミコらヴ103号はなるべく時間を稼いでやろうと思っていた。そのうち、倒れているワルダーのメンバーが気が付いてまた攻撃してくれるだろうと思っていたのだ。そうすればヨイダーはなかなかモジラ退治に行けなくて困るだろうし、ヨイダーが困るとトミコ様は喜んでくださるのだ。
「レッド?」
「ああ、すぐ行くから先乗ってて」
 レッドはモモの呼びかけに軽く返事をし、足にしがみ付くトミコらヴ103号の側頭部を2.3回殴打すると、何事もなかったかのように立ち上がった。
 しかしそこで、思わぬ声が響く。
「レッド! レッド!!」
 拡声器によって基地中に響き渡ったその声は、まさしくトミコ様のものだった。
 トミコ様が来ている。見ている。
 トミコらヴ103号は殴られた側頭部を手で抑えながら頭を上げ、声のする方に目をやった。すると先ほどまで自分が体操座りをしていた場所に大佐の真っ黒の高級車が、そしてその横には真っ赤なドレスを着たまさしく本物のトミコ様が拡声器片手に突っ立っていた。トミコ様を生で見たのは1年ぶりだった。ワルダーでさえ滅多に実物は拝見できない存在なのである。
「まぁたうるせーのが来たよ」
 レッドの忌々しい呟きが耳に入るや否や、トミコらヴ103号はレッドの腰に差してあるサーベルを掴んで一気に抜き取った。
「テメーッ!」
 驚きと怒りでそう声を上げながらサーベルを取り返そうとするレッドの後頭部に、トミコらヴ103号は何の躊躇もなく力いっぱいサーベルを振り下ろす。例え相手がヨイダーだとしても今まで人をこんなふうに殴ろうと思ったことはなかったし、恐ろしくて出来なかった。 それはトミコらヴ103号だけでなく、他のワルダーも同じであろう。
 サーベルは仮面に弾かれ、トミコらヴ103号の手がジンと痺れた。余程特別な仮面なのか、レッドは小さく舌打ちしただけでまた手を伸ばしてサーベルを取り返そうとしてくる。トミコらヴ103号も、先ほどのレッドの呟きで完全に我を忘れており、怖い、恐ろしいなどの感情は微塵もなくまたサーベルを振り上げた。
「止めて! お願いだから止めて!! レッドを傷つけてはダメ!!」
 トミコ様の声に、トミコらヴ103号は思わずその手を止めた。するとレッドにサーベルを奪われ、右の耳の当たりを殴られる。ワルダーはヨイダーとは違い黒い布の覆面一枚なので、トミコらヴ103号はそのまま倒れこんだ。
「レッド! レッド!! 何故貴方は――
 トミコ様がそこまで口にした時、踏み潰された虫けらのように基地内に転がっていたワルダー、いや、テレビで見ている全国全てのワルダーが全身に力を込めて身を硬くし、目を瞑って必死に耳を抑えた。
「何故貴方は私を捨てたの! 愛してるって言ってくれたじゃない! 離さないって言ってくれたじゃない!! レッド! レッド! 何故私を捨てたのよ!!」
 トミコらヴ103号は朦朧とした意識の中でトミコ様の叫びを聞いていた。その声はやたらと甲高く、幼児の鳴き声を連想させるものだった。
「行かないでレッド! 誰かレッドを止めて! 殴ってもいいわ。いえ、殴ってやってよ! 私を捨てたことを後悔させてやるんだから!!」
 トミコらヴ103号が薄っすらと目を開けると、トミコ様が真っ赤なドレスをひらひらさせてこっちに向かって走ってくるのが見えた。
「ったく、あの女しつけーんだよ。ちょっと抱いてやっただけで勘違いしやがって 」
 トミコ様から逃げるように戦闘機に乗り込もうとしたレッドの左足に、トミコらヴ103号はまた手を伸ばししがみついた。
「テメーもテメーでしつけーんだよ!」
 トミコ様に掴まるのが嫌なのか、それとも本当にモジラのことを考えたのか、レッドは忌々しそうに吐き捨てながらトミコらヴ103号を振りほどこうと右足で蹴り付けた。しかしトミコらぶ103号はそれでも必死にしがみ付き、レッドの皮のブーツの上から犬のように噛み付いていた。他のワルダーはトミコ様の言葉を聞くのが怖く、ただひたすらに耳を塞ぎ身を縮めていた。
「レッド、行かないで!」
 トミコ様の声が近づく。
 焦ったレッドは先ほど取り返したサーベルで何度もトミコらヴ103号を殴りつけたが、彼は決して足を離さなかった。覆面は血で濡れ、肩から背中にかけて何度も激痛が走った。
 そんな中、トミコらヴ103号が一瞬の隙をついて今度はレッドの腰に差してあった光線銃を盗み取ったのは、執念なのか奇跡なのか。
 銃を構えられ、レッドは硬直していた。
 ワルダーはどんな場合でも、例え現場に武器に成り得るモノがあったとしても、殺傷能力の高い武器は使わないし使えない。そこまでやる根性のある者などいないからだ。上層部の持っている銃も実は改造銃で、まぐれで当たったとしても実はたいした殺傷能力もない。そもそも、ワルダーはヨイダーに対し邪魔や嫌がらせをするだけで、たいした攻撃をしないのが暗黙の了解になっていたのだ。だからこそワルダーというものの存在が許されているのである。そしてヨイダーの方でも、そんなワルダーに対してたまに威嚇発砲をするのみであり、あとは素手、もしくはサーベルで相手をしていたのである。それはヨイダーの情けや正義の組織という誇りからくるものではなく、ただ単にカッコ良い自分達の姿をなるべく長くお茶の間に届けようというファンサービスのようなものだった。
 しかし今、トミコらヴ103号はレッドに向かって光線銃を両手に構えていた。
「止めて! レッドを撃たないで!!」
 真後ろで聞こえたトミコ様の悲鳴でトミコらヴ103号が怯んだのを見て、 レッドは光線銃を奪い返しトミコ様の追いすがろうとする手を叩き払って戦闘機へと乗り込んだ。
「行かないでレッド! 私を捨てないで!! 私を捨てないで、行かないで、私を捨てないで!! 私を捨てないで私を愛してーッ!!」
 トミコ様の絶叫が響く中、トミコらヴ103号はその場に崩れ落ちた。興奮からか痛みはすでになくなっていた。ただ、もう力が入らなかった。
 トミコ様の絶叫の中、戦闘機は飛び立ち去っていく。
 仰向けに倒れているトミコらヴ103号の目には、どこまでも青い青い空が映っていた。





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