日曜日、久しぶりにワルダーの出動要請が入った。
今回もヨイダー相手に丸腰で戦闘するとのことだった。何故丸腰かというと、ワルダーはあまり武器を持ってないからだ。組織の上層部ともなると銃を保持できるらしいのだが、訓練場所の確保が困難を極めており、また大佐が弾薬をケチっているためにその腕は酷い有様であった。そもそも、銃をヨイダーに当ててはならないのだ。
まぁ、運悪く弾が当たったとしてもヨイダーは特種な防弾チョッキを着用しているため意味はないのだが。
トミコらヴ103号は朝8時55分に集合場所に指定された波止場に行き、大佐から今回の任務を聞いていた。今日はヨイダーがファンサービスでイベントをするので、それを出来るだけ陰険に邪魔しろとのことだった。
「ベストを尽くして闘え! トミコ様に全てを捧げよ!!」
胸にトミコバッチをつけた大佐は、その場に集まったワルダーのメンバー一人一人にそう告げてから黒塗りの高級車で去っていった。
「おい103号、お前知ってるか? 今日はトミコ様が来るらしいぜ」
隣に座っていた新入りのトミコらヴABC号が目を輝かせてそう話かけてきたが、トミコらヴ103号は黙って頷いただけだった。
「俺は今日、頑張ってヨイダーのヤツらに蹴りの一発でも入れてやろうと思う。そうしたら、もしかしたらトミコ様に声をかけてもらえるかもしんねーし」
ABC号は張り切ってそう言っていたが、実際に戦闘となるとやはり訓練されたヨイダーには手も足も出なかったし、トミコ様も現れなかった。
ヨイダーが特種なサーベルや光線銃を持っているのに比べ、ワルダーのほとんどは丸腰である。更に何故かワルダーのメンバーは、本当に何故か、決まって武術の武の字すらも齧ったことのない、見るからに喧嘩もしたことがないトミコらヴ103号のようなヒョロッコイ体型か、もしくは何の役にも立たない物凄い太っちょだけだったのである。
トミコらヴ103号は今日もレッドチャージに綺麗な回し蹴りを入れられ、その場に倒れこむだけだった。そして他のメンバーも同じような有様だった。
「君達、目を覚ましたまえ! ドジラやガメリャには罪はないが、しかしヤツラが日本に上陸したら何人も何百人もの人間が命を失う! 踏み殺されたり炎で焼かれたりする! 君達も、君達のご両親も、君達の仲間もだよ?! それを分かって欲しいんだ!! 本当は俺たちだって辛いんだァー!!」
ワルダーとヨイダーの戦闘は常にカメラで中継されているので、レッドチャージはいつもカメラ目線だった。それはこんな言葉を吐いている時も例外ではない。
地に這ったままトミコらヴ103号がレッドチャージの視線の先を見てみると、そこには数台の中継カメラと、その後ろにはイベントに来た一般客には見えない角度で、画用紙ほどの大きさの紙を持った男が立っていた。その紙には、今レッドチャージが口にした台詞そのものが書かれてあった。
その日の夜、トミコらヴ103号が自分のアパートで味噌味のカップラーメンを食べながらテレビを見ていると、ニュース番組にレッドチャージとモモチャージが出演していた。
「俺達はみな、本当はワルダーとは戦いたくないんですよ。いやね、本当に。チョーマジで」
レッドチャージの言葉を聞きながら、トミコらヴ103号は自分の横っ腹をさすった。トミコらヴ103号に蹴りをかましたあの時、レッドチャージの仮面の奥には明らかに優越感に満ちた視線があった。
「私達、本当は戦いたくないんです。誰とも、どんな生物とも」
陰鬱な表情で語るモモチャージは今日も大きな胸を強調した衣装に極端に短いスカートという姿だったし、今日も純白のパンチラサービスを忘れなかった。
トミコらヴ103号は味噌味のカップラーメンを最後の一滴まで残さず食べ終えると、先ほど壁に貼ったトミコ様の新しいポスターを眺めた。そのポスターは、ヨイダーとの戦闘に参加すると必ず貰える、トミコ様のとびっきりの笑顔のポスターだ。左端の上には黒い明朝体で『今日はご苦労様。またヤツラをとっちめてネ!』と書いてある。とっちめたことなど一度もないのだがとにかく毎回そう書いてあるし、毎回トミコ様はとびっきりの笑顔を見せてくれた。
そして真っ赤なドレスを着て両手の指それぞれに大きな指輪をはめているトミコ様は、今日もやはり美しかった。
「先方から名指しでクレームが来てね。君、小学生でもできるような簡単な仕事もロクにこなせないんだってね。とにかくワルダーはもう寄越すなってウチまで責められたよ。それで今日から別の仕事場に行ってもらう。ここでまたクレームがきたら、君はもうクビだからそのつもりで。きょうびワルダー雇う酔狂な会社は少ないんだから、ちょっとはしっかり働けよ」
トミコらヴ103号は電話先の派遣会社社員に何度も頭を下げ、中古で買った錆付いた自転車に乗って指示された工場へ向かった。
そこは外国メーカーの自動車の部品を作っている工場で、工場の機械はしょっちゅう故障していた。故障する度にベルトコンベアが止まり、トミコらヴ103号はすることがなくなるので仕方なく自分の周りの掃除などをした。
時折、目の前の油まみれの機械を見ながら、トミコらヴ103号は自分も機械になっているような錯覚に陥った。目の前を流れてくる自動車の部品をチェックするだけの仕事は、彼にそんな錯覚をさせるだけの力が充分にあったのだ。
毎日は平凡に過ぎていった。
仕事場の社員から嫌味を言われることはなかったが、決して話し掛けられたり食事に誘われたりすることもなかった。しかしこの工場は慢性的な人手不足であり、契約期間を半年にしてトミコらヴ103号を雇ってくれた。トミコらヴ103号にしてみれば、それは本当に有難いことだった。
トミコらヴ103号は毎日真面目に働き、声が掛かればヨイダーと戦い、また真面目に働き、余った金をワルダー本部へ送り。
そして4ヶ月が過ぎた。
その日トミコらヴ103号は、スタジオに来ていた一般人とワルダーのメンバー3人が討論する番組を見ていた。知り合いが出るかもしれないと思ったトミコらヴ103号は、粗大ゴミの日にゴミステーションから拾ってきた薄汚れた旧式のビデオデッキで番組を録画しながら、塩味のカップラーメンを食べてテレビを見ていた。
「結局さ、アンタ達って何も考えてないんでしょ?」
目だけをやたらと強調したメークの女が、キンキンと頭に響く声を出した。
「そんなことありません。俺達は俺達なりに……」
「何よ。言ってみなさいよ」
「だから……ドジラだって好きで日本に……」
「そんなこと分かってるわよ! だったら、ドジラが日本に上陸して沢山の人を殺しても、どれだけ建物を破壊しても、アンタ達がその責任を取れるわけ?!」
「そうじゃなくて……」
「だったら何よ」
「……」
「ほら、何も言えない」
目だけをやたらと強調した女は勝ち誇ったような声を出し、言い負かされたワルダーはオドオドしながら黙り込んだ。
番組はただの公開リンチだった。番組司会者すら中立の立場を保とうとせず、ワルダーに対する罵詈や冷ややかな嫌味を呟いたりする。3人は誰もトミコらヴ103号の知り合いではなかったが、しかし彼はそれでもこの悪趣味な番組を見ていた。番組を見ながらの食事なので塩味のカップラーメンはなかなか減らず、麺は汁を吸収して随分とのびていた。
「ヨイダーなんて、本当は凄く性格悪いんだ。この前だって……」
「アンタ達にそんなこと言われる筋合いはないわよ!!」
「ワルダーのくせにヨイダーのメンバーを悪く言うな!!」
「君、公共の場での個人の誹謗中傷は止めなさい。ましてや我々のために日夜命をかけて戦ってくれているヨイダーを悪く言うなんて」
ワルダーの一人がヨイダーを非難しようとした途端に、その場にいたワルダーの3人以外の人間全員が牙を剥いた。
トミコらヴ103号には、本当に牙があるように見えた。
その時、ずっと黙っていた真中のガリガリに痩せたワルダーが口を開けた。いや、彼もまたワルダーの黒い覆面を被っていたので口を開けたところは見えないが、とにかく喋りだしたのだ。悲しいほど震えた声であったが、若い青年のようだった。
「僕達、トミコ様が笑ってくれるなら何でも良いんです」
一瞬、スタジオが静まり返った。それと同時に、塩味のカップラーメンを食べていたトミコらヴ103号の手も止まった。
「僕達、馬鹿ばっかりなんです。ワルダーのメンバーは、本当に馬鹿ばかりなんです。でも僕達本当は、ドジラやガメリャのこととか、ちゃんと分かってるんです」
「だったら……」
悪趣味な大きな緑色の石の指輪をはめた太った中年女性が口を挟む。
「僕達は、トミコ様がやれと仰るのであれば何でもやるんです。それだけなんです
」
「でもトミコって――」
この趣味の悪い指輪をした太った中年女性は、ワルダーの全てのメンバーが一番言われたくないことを言おうとしている。そう感じたトミコらヴ103号はとっさに両手で耳を塞ごうとし、その勢いで手に持っていた塩味のカップラーメンを布団の上にぶちまけてしまった。
「僕達、トミコ様が笑ってくれるなら何でも良いんです。それだけです」
中年女性の声を遮るように青年は少し強い口調でそう言った。声は興奮からか緊張からかさきほどよりもずっと震えており、気を張ってはいるものの今にも崩れ泣きそうな声だった。
トミコらヴ103号は布団に染み込んでいく塩味のカップラーメンの汁をそのままに、息を殺して黒い覆面の奥から同じく黒い覆面を被ったその青年を見ていた。
そして番組が終わるとビデオを巻き戻し、
青年が発言するシーンを繰り返して見た。
「僕達、トミコ様が笑ってくれるなら何でも良いんです」
青年の言葉を聞きながら、トミコらヴ103号は部屋中に張り付けてあるトミコ様のポスターを愛しそうに見つめていた。
「僕達、トミコ様が笑ってくれるなら何でも良いんです」
「僕達、トミコ様が笑ってくれるなら何でも良いんです」
「僕達、トミコ様が笑ってくれるなら何でも良いんです」
「僕達、トミコ様が笑ってくれるなら何でも良いんです」
「僕達、トミコ様が笑ってくれるなら何でも良いんです」
塩味のカップラーメンの匂いが漂う小さな部屋には、朝方まで青年のこの言葉だけが流れていた。