トミコらヴ103号


 悪の味方「ワルダー」のメンバーであるトミコらヴ103号は、その日もあくせくと働いていた。
 働くっと言っても、敵である正義の組織「ヨイダー」と闘うわけではない。ヤツらがその豊富な人脈と世間一般からの人望・ツテなどを利用してどこからともなくたんまりと金を貰っているのに比べ、ワルダーは常に火の車なのである。弾薬云々と言うよりも鉄パイプすらさえも配給されないワルダーは、日々真面目に仕事をしてその資金を増やそうとしていたのだ。
 トミコらぶ103号はその日、印刷工場で日雇いの仕事をしていた。以前働いていた町工場はこのところの不況でついに倒産し、トミコらぶ103号は最近まで路頭に迷っていたのだが、先日ようやく派遣会社の登録が終わり、3日前からこの印刷工場で働き出したのである。この印刷工場との契機は10日間。それが終われば今度は別の工場の仕事。それが終わればまた別の工場。その繰り返しだ。
 印刷工場の仕事はあまりにも単純作業であったが、その分キツイ仕事だった。機械が刷った印刷物の向きを一定方向にして整えたり、社員が運んでくる印刷物を梱包したりする作業。それは一見楽そうに見えるが、長時間ほとんど身体も頭も使わないため物凄いストレスを伴う仕事だった。
「オイお前、また間違えてるぞ!」
 担当の社員に怒鳴られ、トミコらぶ103号は顔を上げる。黒い覆面に開いている小さな目の隙間から、渋い顔をした中年の男が見えた。続いて男の手元を覗くと、確かに同じチラシが2枚重なっている。
「ったく、どうしてこんな作業で間違えるのかね。本当にワルダーのヤツらは何をやらせてもダメだな」
 トミコらぶ103号に聞こえるように文句を言いながら、社員の男はまた大きな機械で紙を切断しはじめる。トミコらぶ103号は申し訳なさそうに彼の背中に向かって頭を下げ、そして作業を続けた。

「結局よ、俺たちはどこへ行ってもやっかい者扱いされるんだよ」
 残業を含めた10時間労働の後にワルダーの先輩に4人に居酒屋へ連れて行かれ、トミコらぶ103号は月に一度の贅沢であるビールを飲んでいた。
 店に入った途端に居酒屋の店員は覆面を被った彼らを、店の一番奥のトイレの隣にある古ぼけた小さな個室へとおしやった。それは5人で座るには小さすぎる個室だったが、そんな扱いに慣れてしまっている彼らは文句など言わない。
「俺たちの仲間で接客業やってるヤツは一人もいないぜ。一人もだ」
「接客業どころじゃねーよ。警備会社も信用のできない奴は雇えないとか言いやがるし、会社のイメージが狂うからってビラ配りもティッシュ配りもできねぇ。それどころか……お前、523号の話知ってるか?」
「知ってる知ってる。最近じゃもう小説は書いてないんだってよ」
「アイツ、この前会った時も悔しい悔しいって泣いてたぜ」
 先輩達の話を聞きながら、トミコらヴ103号は枝豆に手を伸ばした。隣に座っているトミコらヴ89号の吸っている煙草の煙が少し目に染みたが、彼は何も言わずに枝豆を2つ取って自分の分け皿に置く。
 自分達の境遇の話になると、いつもトミコらヴ103号は黙った。そんな話には何の意味もないことを彼は知っていたからだ。
 自分達の仲間がどんなに不平を口にしても、何も行動しないのは分かっている。「ワルダーにも人権を!」と叫んだり、法に訴えたりなどは決してしないのだ。何故なら、自分達は「悪の味方」だからだ。悪の味方が法に訴えてはいけないのだ。それは、ワルダーの大佐が決めた。
「ん? またヨイダーがドジラと闘ってるみたいだぜ」
 トミコらヴA24号が小さな個室の端にある、これまた小さな旧式テレビを指差したのにつられて、他の4人が一斉にテレビを見た。ヨイダーが日本海沖に現れたドジラと闘っている様子が中継されている。
「何が正義の味方だ。ドジラだって好きで人間に近寄ったわけでもねーし、好きであんなふうにデカイ体で産まれたわけでもねーよ」
「結局さ、ヨイダーなんて『正義の味方』じゃなくて『人間の味方』なわけだよ」
「あ。それ何だっけ? 歌の歌詞だっけ? その、正義の味方じゃなく人間の味方ってヤツ」
「え? 俺知らねー」
「何でも良いじゃん。昔からよく聞く言葉だし」
 薄給の身である5人は、中ジョッキの中のビールをチビチビと飲みながらぼんやりとテレビを眺めていた。
 ヨイダーは必要以上に派手な衣装を身に纏い、必要以上に派手に塗装されている戦闘機に乗っていた。必要以上に派手なミサイルを打ち込み、必要以上に派手にワルダーやドジラ・ガメロなどを倒すのだ。
 今日もヨイダーの圧倒的な勝利だった。
 勝利後のインタビューは、今日も一番人気のあるレッドチャージだった。
「皆さんの声援のおかげで、今日も無事ドジラを倒すことができました。これからも声援、それと資金援助の方もヨロシク!」
 レッドチャージはインタビューされるとわざわざ仮面を脱ぎ、爽やかな笑顔をお茶の間に届ける。その口元からは今日も白い歯が覗いていた。
「ふん。資金援助を募らなくたって、たんまり貰ってるじゃねーか。一流企業はほとんど奴らのスポンサーになってるんだろ」
 小さくはき捨てながら隣の89号が立ち上がったので、トミコらヴ103号も帰る用意をし、余っていた気の抜けたぬるいビールを胃に流し込んだ。
 古ぼけた小さな個室を出ると、店内の大スクリーンではまだレッドチャージのインタビューが続いていた。
「おいおいワルダーが何でこんな場所にいるんだよ! まだ間に合うから早くヨイダーに喧嘩売って来い!」
 黒い覆面を被った5人に気が付いた客の一人が笑いながらヤジを飛ばすと、店内がどっと沸いた。
「俺はレッドがワルダーに飛び蹴り食らわすトコが見てて一番楽しい!」
「私はイェローがアイツらを追いまわすトコが好きだわ」
「俺はとにかく、ワルダーがヒーヒー言いながら逃げ回るトコがサイコーに笑える! 」
 ヤジを飛ばされながら5人はきっちり割カンし、勘定を払った。

 トミコらヴ103号の翌日の仕事は、ヨイダーの広告の折込み作業だった。
 中央にはレッドの爽やかな笑顔と、大きな胸を強調した衣装を着たモモの上半身が載っていた。
 トミコらヴ103号は、その広告で指を切った。
 しかし、血はでなかった。
 仕事が終わりアパートへ戻ると、テレビをつけてカップラーメンをすすった。テレビはレッドチャージの特集で、彼の私生活を密着して撮ったものだった。
 そこに映っているレッドの寝室にはどこか遠い国の王様が眠るような天井のついたベッドがあり、リビングには皮製のソファーが置かれていた。
 トミコらヴ103号は畳の上で胡座をかき、カップラーメン片手にずっとテレビを見ていた。
 レッドの浴槽にヨイダーの戦闘機の形をしたプラスチックの石鹸入れがあったが、それはトミコらヴ4D号が作ったモノだろうと思われた。何故なら、以前4D号が工場でそんなものを作っていると話していたからだ。
 レッドは最後にテレビに向かってヨイダーへの募金を呼びかけ、そして番組は終わった。
 トミコらヴ103号はテレビを消し、カップラーメンのカップを流しへと持っていって中を軽く漱ぎリサイクルボックスに入れると、布団を敷いて電気を消した。
 古ぼけた布団はいつも埃の匂いがし、 トミコらぶ103号の指は眠るまで痛かった。





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