第3章 9月の私達



春日美代

 まだまだ暑く感じられる日差しの中、学校裏の林にあるベンチに座っていた春日は、木陰を作ってくれている木々を見上げながら木乃実を待っていた。木漏れ日が降り風が草花の香りを運んでくるこの林は、自然と生徒達の息抜きをしてくれる。春日もまた他の生徒と同じく、林の中の空気を胸に吸い込みながら気分転換をしているところだった。
 小鳥の囀りが聞こえ、葉が擦れ合う音がする。生徒達の笑い声や、誰かが近くを通る足音が聞こえる。春日は木々の合間から見える空を見ながら、後ろに手をついてぼんやりとしていた。
「遅くなってごめん」
 駆け寄ってくる足音と木乃実の声の方向に首を向け、春日は手を上げる。
 木乃実は最近科学の教師に気に入られ、何かと科学室に呼ばれて雑用を手伝わされていた。木乃実本人もその教師を気に入っていたので問題はなかったが、彼女が毎日のように呼び出されているので春日は少しその教師が嫌だった。自分が木乃実と過ごすはずの時間を取られているのは、やはり淋しかったのだ。
「何してたの?」
 木乃実が隣に腰を下ろしながら訊いてくる。
「木の葉を見ながら、ぼーっとしてたの」
 春日は答えながら、もう一度上を向いて大きく息を吸った。
 昨日は一緒に帰れなかったけれど、今日は一緒に帰れるだろうか。
 先週は一度も私の部屋に遊びに来なかったけれど、今週は遊びに来てくれるだろうか。
 春日は今までずっと一緒だった木乃実が、最近自分の側にいないのが淋しくてしょうがない。



木乃実和歌

 木乃実は最近科学の教師に好かれていた。
 教師は30代を少し過ぎた程度のまだ若い既婚男性だったが、背も高く静かで落ち着いた声で話すせいか授業の解り易さのせいか、とにかく生徒から人気があった。そして、その教師が生徒達の中でことさら気に入っていたのが木乃実だった。木乃実はその教師を他の生徒達のような目では見なかったし、最初はあまり興味もなかった。たまに頼まれ事をこなし、その時少し会話をする程度だったのだ。けれども、とにかくその教師は木乃実を可愛がっていた。そして次第に木乃実もその教師に好意を持つようになっていた。
 好意。それはただの好意ではあるのだが、今までの春日とベッタリな生活を少し変えるだけの力はあった。木乃実だってそれに気付いていたし、春日の淋しそうな顔を見るのは心苦しかったのだが、それでも木乃実は科学の教師との時間を大切にしていた。
 実は木乃実は、春日本人よりもずっと深海のセックスフレンドの話に拘っていたのだ。
 セックスに対して別にコレといった感情があるわけではないし、セックスはこうあるべきだとの見解もない。しかし、深海がセックスフレンドを持つのだけは何故かとてつもなく許せなかった。それが苅田や南であれば何とも思わなかっただろう。しかし、春日が想いを寄せている深海だけは、そんな事をしてはいけないように気がしていたのだ。
 そして、深海のその行為について何も言わなかった…言わないどころか、いまだに深海に想いを寄せている春日に小さな苛立ちを感じていた。
 それが、木乃実が春日といる時間より科学の教師といる時間を優先させる大きな原因となっていたのだ。


「和歌ちゃん。深海君最近元気が良いのよ」
 木乃実と一緒にいる時、春日との会話はほとんど深海の話になる。
「良かったね」
 木乃実は一応相槌を打つが、頭の中では違うことを考えていた。
(美代ちゃんは何故いつまでも深海君を諦めないんだろう)
 と。別に深海の事が嫌いなわけではなかったのだが、春日とは合わないと思っていた。

 自分の大事な親友が、平気で身体だけの関係を持ち、そこに何の罪悪感も持たない人間を好きになった。今まで応援してきたし、親友には何も言えない。親友がどれだけ相手の事を真剣に想っているかも知っているから、「もう諦めなよ」とも言えない。自分は何も言えない。
 木乃実は春日が深海の話をする度に、自分に対する苛立ちと春日に対する苛立ちを募らせて行く。

 9月が終わる頃、木乃実と春日は一緒にいる事の方が稀になっていた。
 春日は1人で登下校し、休憩時も木乃実ではない他のクラスメートと会話を楽しむようになった。
 木乃実は科学室に入り浸り、科学教師と昼食をとる。
 春日は何も言わなかった。
 それでもたまに「今日は一緒に帰れる?」と訊いてくる事があったが、木乃実は首を振り、用もないのに科学室まで足を運ぶのだった。



瀧野梨香

 夏休みが終わり、少し涼しくなってきた。
 瀧野は教室で授業を受けながら、今年も何とか夏を乗り越える事ができそうだと思う。
 暑さ・湿気・月経不順。それら全ては食事を遠のかせる。しかし食事は、生命を維持するために毎日習慣的に摂取しなければならない。
 瀧野は夏になると、生きて行くこと自体が苦痛になるのだった。
 それは誰にも理解されない。自分の持つ苦痛を他の誰にも理解されないのは、その苦痛と同じだけ辛いものだ。自分の苦痛を他人に理解される事を望むのがそもそもの間違いなのだろうか。いやそれでも、本当に苦しい時は、人は皆自分の苦しみを分かってもらいたくなるものなのだ。そこに何の意味もなくても、人に聞いてもらいたくなるものなのだ。
 本当に辛い時。それは他人に自分の苦痛を話しても、その意味や自分の悩みの存在自体を全く理解されない時。

 瀧野は今朝も市販の野菜ジュースを飲んでいた。小さめのパックに入ったこの製品は、ほんのりと甘くてあまり酸っぱくないので、最近瀧野が好んでいるモノだった。
「おはよう瀧野さん。今日も岬杜君来ているわよ」
 登校して来た土岐浦が、瀧野の前に屈んでそっと耳打ちする。
「本当?」
「本当。深海君と一緒にバイクで来ていたわ。もうすぐ教室に来るでしょう」
 ニッコリと笑う土岐浦は瀧野に吉報をもたらすと、手を上げて自分の席に戻って行く。
 瀧野は長い髪を指に絡めながら岬杜を待った。彼は夏休みが終わると毎日のように学校に登校している。
 暫くして岬杜が深海と共に教室に顔を出すと、瀧野は土岐浦と目を合わせて軽く笑う。土岐浦が「ね?」と言っているのが分かったので、瀧野も軽く頷き「やった」と小さく口を動かした。

 瀧野は授業中ふと、自分が生まれて初めて他人と「視線で会話をした」事に気付いた。
 土岐浦とはまだ付き合いが短いが、それでも彼女とは本当に気が合う。瀧野の苦痛について彼女は何も言わないし瀧野も自分からも何も話さなかったが、それでも彼女は瀧野のペースを崩すことなく無理をしているようでもない、本当の友達だった。
 土岐浦は瀧野にとって、生まれて初めての友達なのだ。単なるクラスメートではなく、必要以上に気を使わなくても良い、友達なのだ。
 そう思った時、瀧野は土岐浦の存在をとても大きく感じた。今まで一緒にいて、何故この事にもっと早く気付かなかったのだろうと悔やんだほどだった。
 土岐浦涼子は自分の友達。
 それは土岐浦にとっては何でもない事だったが、瀧野にとっては生命を維持するために毎日習慣的に摂取しなければいけない食事よりも重要で、自分の根本の中心に関わるほど大切なことだった。



土岐浦涼子

 土岐浦は登校してきた岬杜を見て、瀧野に目で合図をした。「ね?」眉を軽く上げてそう表情で語ると、瀧野も笑って「やった」と口を動かしている。土岐浦は静かに微笑みながら担任の教師を待った。
 瀧野は最近食欲を取り戻しつつあるようだった。うだるような暑さの夏はピークを越えたが、それでもたまに思い出したかのように真夏日が訪れる。瀧野はそんな日々の中で、少しずつではあるが自分の生活のリズムを取り戻しているように見えた。
 土岐浦は以前、拒食症について調べた事がある。ダイエットが原因の拒食症は有名だが、実は決まった理由や原因はないそうだ。拒食症に陥る原因は、10人いれば10人とも違うらしい。瀧野はダイエットどころか自分の痩せ細った身体を恥じているので、理由は全然別の所にあるのだろう。拒食症に対する対処もこれといった正解がないのだそうだ。
 瀧野がどんなトラブルを抱えているのか土岐浦には分からない。そして、そのトラブルが瀧野にとってどれほど根深いものなのかも分からない。
 土岐浦は、彼女に対し自分がどうするべきなのかいまだ答えが出ずにいた。


 それから数日後の放課後の事である。
 土岐浦は瀧野と一緒に学校を出ようとしていた。
 監守に軽く会釈をし、校門を出る。
「結局今日も新生祭に何をするのか決まらなかったわね」
 土岐浦達のクラスはこの学校で唯一、いまだに新生祭の出し物が決まっていなかった。纏まりがないのは分かっていたが、クラス全員がこれほどバラバラなのも珍しいと感じるほどだ。
「私はミュージカルで良いと思うけれど」
 瀧野も土岐浦も、本城が提案しているミュージカルに同意していた。
「でも、男子は絶対ヤダって言ってるしね」
 何故みんなミュージカルの映画で納得できないのだろうかと話していると、突然隣の瀧野が前に崩れた。身体が軽いせいか、少しの衝撃だったろうに何かに突き飛ばされたような感じで倒れる。
 声を上げる前に、2人で息を飲んだ。
 瀧野にぶつかったのは、岬杜だった。
「瀧野さん…」
 大丈夫かと声を掛けようとした土岐浦は、その続きが出ない。
 瀧野は岬杜と見詰め合っていた。
 見詰め合っていた。
 くだらない。本当はただ2人は互いに驚いていただけだった。瀧野は自分にぶつかった相手が岬杜だった事に、岬杜は少しぶつかってしまった相手がそのままバタンと倒れてしまった事に。
「瀧野大丈夫〜?おい永司。ちゃんと謝れ」
 岬杜の横にいた深海がそう言って岬杜を肘で突付いている。岬杜は無表情のままで瀧野に目で謝る。
「んだよ、ちゃんと『ゴメンネ』って言えよバカ永司」
 深海が岬杜に文句を言いながら瀧野の手を持ち彼女の身体を起こしてやったが、瀧野は身体を硬直させたままずっと岬杜を見ていた。
「大丈夫?平気?」
 深海の言葉に上の空のような瀧野がとりあえずコクリと頷く。それを見て、ようやく深海と岬杜は帰って行った。
 土岐浦はその間ずっと瀧野の隣で突っ立っていただけだったが、このほんの一瞬の出来事…人生の中の小さな小さな出来事は、土岐浦にとってドロドロと続く時間の始まりだった。

 土岐浦は瀧野と岬杜が見詰め合っていたその瞬間、いや、本当は意味もなく岬杜と瀧野が互いを呆然と見ていた瞬間、土岐浦が何の根拠もない場面で下衆の勘繰りをしてしまったその瞬間
――土岐浦はとっさに瀧野の服を剥ぎ取ってしまいたいと思った。この、いつもは服で隠している痩せこけた身体を岬杜に見せ付けたいと思った。
「見ろ!この情けない姿を!この骨と皮だけの、惨めで見苦しい身体を!!」
 そう叫びたかった。
 土岐浦の瀧野に対する友情は本物だった。
 しかし土岐浦の奥底から溢れた、このあまりにも汚く惨めで野卑な感情も本物だった。



本城寿美

 最近本城は、あれほどまでに毛嫌いしていた堀田と仲が良い。仲が良いと言うか、前にもまして共に行動している。
 堀田は勉強ができないが友達は多い。ブサイクだがスタイルは良い。ただし時折どさ回りをしている売れない演歌歌手のような服を着てくるコトがあり、彼女のファッションセンスがかなり危険なのは周知の事実だった。本城はいつもそのコトをからかうのだが、堀田が雑誌などで服や色の組み合わせを必死で研究しているのも知っていた。

 きっかけは、夏休みが始まる少し前、本城は駅で全身変なピンク色で固めたような服を着ている堀田を見た時だ。
「あら、皐月さん。美川ケンイチもビックリの衣装でドコ行くの?紅白歌合戦にはまだ早いわよ?」
 本城が声を掛けると堀田はキっと睨んできたが、それでも唇を噛んで黙っている。
「皐月さんてば、どこ行くのよ?」
「関係ないでしょ」
「教えてよ」
「……esprit」
「espritって入り口でチェックあるじゃない」
 本城は呆れたような声を出し、マジマジと堀田の姿を眺めた。最近オープンしたばかりのそのクラブは、入り口でルックスチェックを行っている。その分客層が良いのだが、どう見ても今日の堀田では入れそうになかった。
「皐月さん。そのジーンズとTシャツでも、その格好よりはマシだわよ」
「これでも全身シャネルなのよ…」
 そりゃシャネルじゃなくてチャンネルじゃないの?っと言ってやりたかったが、堀田にいつもの元気がないので何も言わなかった。友達は多いのだから、どうして誰かにチェックしてもらわないのだろうと不思議に思いながら、それでもシュンとしている堀田を見て本城は少し同情した。
「どんなブランドでも、その場所や貴方自身に似合わない服や格好ってモンがあるでしょ?」
 何も言わない堀田を見ながら、本城は同じ電車に乗る。
「esprit行く前に買い物するわよ」
 本城の言葉に、堀田は珍しく素直に頷いた。
 本城はその日、暇だったのだ。友達の少ない彼女は、それから堀田と一緒にespritに行き思った以上に楽しい時間を過ごした。

 その日から本城は堀田とつるむようになる。
 夏休みは毎日一緒にespritに行き、良い男を探しては取り合いをした。
 元々この2人はお嬢様という柄ではない。男の子と遊ぶコトが3度のメシより好きだし、大人しくしているのも嫌いだった。学校では猫を被っているが、本当は楽しいコトには何でも首を突っ込みたくなるかなり世俗的な性格だった。
 互いにそんな所を隠す必要がない為か、夏休みが終わっても2人は一緒にいた。学校ではいつも1人でランチを食べていた本城を、堀田が何気なく仲間の元に呼んだりもした。相変わらず嫌味や皮肉は言い合うのだが、それでも常に一緒にいるようになっていた。


 9月の終わりの事である。
 本城は放課後、珍しくクラスメートの女子と話をしていた。最近は堀田のおかげで友達も増えているのである。
「本城さんのお父様って、実家はどこなの?」
 まだ明るい教室に、4・5人の女生徒が集まって本城の席にたむろしている。
「私のパパは愛知出身」
「だったら堀田さんのお父様と一緒ね。堀田さんってば、いつも本城さんの事を『土地成金』って陰口叩いてたから、てっきりもっと田舎の方の出身だと思ってたわ」
 本城はここでカチンときた。この生徒の発言に、悪気があったのかどうかは知らない。この発言は本城が堀田とつるむ前、彼女が冗談めかして言ったものだ。しかし、本城はそんな事分からないし、この発言を聞き逃す事はできなかった。本城は土地成金と言われるのを酷く嫌っていたのだ。バブルの頃に本当に広大な土地を手放し、それで財を成した父。その父のおかげで今日の生活があり、そして本城は自分の父を深く愛していたのだ。「土地成金」とは、その父を侮辱しているように感じる。
 堀田は本城の目の前で、平気で「土地成金」と言っていた。しかしそれは、自分の目の前だけで言う台詞だと、本城は勝手に思っていたのだ。
 …裏切られたような気がした。
 まさか、影でもそんな事を言われているとは思わなかった。
 自分と堀田2人だけの、2人だけの世界の時の、言葉の応酬だと思っていた。
「皐月さんって、服のセンス悪いよね」
 本城の突然の言葉に周りの生徒は押し黙ったが、それでも1人の生徒がクスリと失笑する。
「それ、言っちゃダメ」
 別の生徒もそう言って笑った。
「私、たまに皐月さんと出歩くの恥ずかしいと思う時があるわ」
 本城の台詞に、また周りの生徒が失笑する。
 その時、震えるような堀田の声がした。
「悪かったわね」



堀田皐月

 最近堀田は、あれほどまでに毛嫌いしていた本城と仲が良い。仲が良いと言うか、前にもまして共に行動している。
 本城は勉強はできるが友達が少ない。美人だがちょっとデブ。
 でも、良い所があるにはある。

 夏休みが始まる少し前、堀田は最近できたばかりのクラブへ行こうとしていた時だ。ルックスチェックが厳しいと噂されている店だったが、顔はまぁソコソコだがスタイルは抜群だと自負している堀田は、新しい服を着込んで電車に乗り込もうとしていた。
 自分のセンスにはあまり自信がないけれど、それでも自分の友達はクラブなんかには行かない。自分がそんな場所に行っている事も知らない。「これ、おかしくない?」とは誰にも訊けなかった。
 自信と不安が交錯していたそんな時、偶然本城に会った。本城は堀田がどう足掻いても真似できないようなブラック系の格好をしていた。格好良いなと思ったし、本城に指摘され、やはり自分の格好が少し変な事に気付いた。店の店員は何も言ってくれないから、堀田はいつまで経ってもファッション雑誌を真似る事しかできなかったし、自分を客観視する事が苦手だったのだ。
「esprit行く前に買い物するわよ」
 本城の言葉に素直に頷き、堀田は自分に似合う服とバッグを見繕ってもらう。
 本城はその時、堀田のセンスの無さで軽口を立てる事はあっても、軽蔑したり心底バカにしたりはしなかった。
 堀田は本城を少し見直し、そして彼女と一緒にいる時が自分は一番会話が弾むと思った。

 だから、堀田は本城と共にいた。
 口にはしないが、友達だと思うようになっていた。


 9月の終わりの事である。
 放課後、堀田は新生祭の手伝いをしに職員室に行っていた。岸辺と砂上がどうするのかを話し合っている間、堀田は出し物や催しが重ならないように他のクラスが何をするのか調べていたのだ。
 そして全ての用が終わり、教室へ戻った時だった。
「皐月さんって、服のセンス悪いよね」
 突然耳に入ってしまった本城の声は、そのまま捻り込むように堀田の心に突き刺さった。本城の周りにいる生徒の1人がクスリと失笑したのが分かる。
「それ、言っちゃダメ」
 別の生徒もそう言って笑った。
「私、皐月さんと出歩くの恥ずかしいと思う時があるわ」
 本城の声が大きく聞こえた。
 自分といて恥ずかしいと思われているなんて、考えた事もなかった。
 確かに自分はブラック系の服なんて分からない。どこで買うのかも、どんな組み合わせをすれば良いのかも分からない。いくら雑誌を眺めても、そんなの分からない。自分がヘンだと感じる服でも、色の組み合わせでも、他人が良いと言えば良いのかしらと思う。服を買う時だって店員の言いなりだし、マネキンが着ている服一式をそのまま買い込めば大丈夫なような気がする。
 でも、自分の趣味が悪い事は知っていた。知っていたから、いつも雑誌を眺めていた。
「悪かったわね」
 自分の発した声が教室に響いた。
「本城さん。皆さん。恥ずかしい思いをさせて申し訳なかったわ」
 無理矢理口元に微笑を浮かべ、堀田は本城に近寄る。本城以外の生徒は、明らかにバツが悪そうだったが、本城はツンとして堀田を見ている。
「本城さん。貴方、人の悪口を影でコソコソと言っている時が一番楽しそうね。だから貴方は友達がいないのよ。ただの1人も」
 堀田の一言で本城の顔色が変わる。しかし彼女は、何も言わなかった。
 堀田は自分の一言が本城の心を深く抉ったと確信する。



 翌日、本城の周りにいた女生徒が堀田に謝罪をしてくる。
 本城は何も言ってこなかったから、堀田も何も話し掛けなかった。
 今までは言われても平気だった言葉が、少し仲良くなった途端許せなく感じる。それは何故だろうか。
「女同士の友情なんてしょせんこんなモノ。取るに足らないようなくだらない一言であっけなく終わる」
 堀田は1人でランチを食べている本城を見ながら、小さく呟いた。







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