第3章 このままコイツと笑っていたい


 射精が終わっても俺は性器を出したくなかった。
 すぐ近くでジャックが撮影されているのが気に食わなかったので、今度は俺が腕でコイツの顔を覆ってやる。ジャックは息を弾ませながらまだ俺を見ていたのでその目にキスをしてやった。俺はコイツが愛しいと感じていた。
 耳元に口を寄せ、マイクに入らないように「悪かった。キツかったか?」と訊いてみる。ジャックはまだ呆然としながらも何かを言おうとしたが、結局何も言わないまま目を閉じた。
 俺はそれを見ながらキスをする。
 舌を入れてジャックのと絡ませ唾液を交換する。俺はこのままもう一度、いや何度でもセックスしたかったがジャックの辛そうな顔を見てやっとその身体を解放してやった。

 セックスが終わるとジャックはケイに支えて貰いながらシャワーを浴びに行った。俺がそれを見て 「俺も一緒に入る」と言ったのだがエイに却下された。ジャックの身体に傷ができていないか調べているらしかった。ケイが調べているのだろう。きっとジャックはケイに「感度の良さ」を調べられ「内臓を洗う」のを強制され、もう何もケイには恥じるコトがないのだろうと思った。
 ジャックが部屋に戻って来ると次は俺がシャワーを浴びる。これもビデオに撮られるモノと思っていたが、カメラは付いて来なかった。どうやらあの部屋にいる時のみ撮影されるらしい。そう分かるとちょっと安心した。例え24時間でも絶えず誰かに見られているのは嫌なものだ。
 部屋に戻ると、ジャックがちょこんとベッドに座って何かを食べていた。近付いてみると皿に盛られたアイスクリームだ。
「んだよ、俺の分はねーのかよ」
 文句を言うとエイが笑ってリビングから同じ皿を3枚トレーに乗せて持ってくる。俺はその中から抹茶を選び、ケイはバニラでエイはチョコを取った。カメラの男の分がなかったのだが、後で食べるからと言っていた。
「俺、もういらない」
 ジャックが半分も食べないうちにそう言う。
「駄目よ。少しでも食べておきなさい」
 ケイが少し困った顔をして言った。
「もういらない。入らない」
「だって貴方、今日1日何も食べてないでしょ?」
「ヤられたすぐ後に食べれるわけないよ」
 その言葉にはケイも苦笑していたが、俺はケイはケイで気を使ったのだろうと思った。だからアイスなんだ。
 俺は今日1日何も食べていないと言うジャックが気になって、自分の分の抹茶アイスを口移ししてやる。ジャックは何も言わずに食べたが、これも仕事のうちだと思っているのが丸分かりの顔をしていた。

 時刻はすでに2時半を過ぎている。
 俺達はケイとエイが変えてくれた新しいシーツに包まって寝ようとした。しかしこの異様な状態ですぐに寝付けるはずもなく、俺はジャックの身体をいつまでも触っていたくて眠れない。ジャックはジャックで俺が触るから眠れない。3時を回った頃にエイに酒を持って来てくれと頼んだ。
「だって貴方達未成年じゃないの」
「その未成年に声掛けて裏ビデオ撮ってるのはどこのどいつだよ」
 そう言うとエイはクククと笑いながら酒を取りに行った。持ってきたのはヘネシーだ。俺はこのマンションにはこんなモノまで用意されてあるのかと感心してしまった。
 俺はすぐ寝たいからとそのままストレートで飲み、アルコールはあまり強くないと言うジャックにまた口移しで少し分けてやる。エイとケイはきっと俺のコトをサービス精神旺盛な奴だと思っているだろうし、ジャックもそう思っているだろう。だが本当は違う。俺はこの男にとにかく触っていたい。何かにつけてキスをしたかったのだ。
 ジャックは何度か口移しでヘネシーを分けてやるとアルコールが回ったようだった。今日1日ロクにモノを食べていないしセックスした後だしで酔いが早いのだろう。とろんとした目で俺を見て何かを呟いている。
「なんだ?」
「……吊り橋の上でさ」
「うん」
 そう言ってジャックは俺を見た。
「会ったんだよな」
「誰と?」
「オマエと。だから……」
 そう言ってジャックは皮肉めいた笑い方をした。
 俺はわけが分からずに黙り込んだ。吊り橋ってなんだろうか。俺は今までそんな場所行った事ないのだが。
 ジャックはヘネシーに手を伸ばす。俺は瓶を取ってそのまま口に含み、寝ているコイツに分けてやる。
 潤んだ瞳が俺を見ていた。
「金欲しいんだ、俺は。必要なんだ」
 自分に言い聞かせるように、ジャックはマイクには入らない小声で呟いた。
「だったらボーナス貰えるように可愛くしろよ」
 俺も小声で囁きながらコイツの髪を撫でてやる。そんなことしか言えない自分を本当に馬鹿みたいに感じていた。
「オマエはアキ?」
 ぼんやりした目でジャックはそう訊いてくる。酔っているようだった。
「俺はアキだ」
「……じゃあ俺はジャックだ」
 ジャックは俯いてそう言った。
 俺はその時理由もなく無性に悲しくなり、今すぐにでもこの撮影を強制的に終わらせて俺の腕の中にいるこの男を連れて帰りたくなった。連れて帰って思うがままに抱き締め、犯し、この男の全てを貪り尽くしたくなった。
 ジャックは黙っている俺の首に腕を巻きつけ、顔をすり寄せる。そしてカメラを見ながら
「ジャックはこれからアキとイチャイチャしまーす! ボクはお金欲しいから皆さんヨロシクねー!」
 と、とんでもなく明るい声を出してそう叫び、俺にキスをした。何度も瞬きをしながら俺を見詰めるジャックの瞳が辛そうに揺れていた。
 コイツはマジで金が必要なんだと思った。金の為にこんな最悪なバイトを引き受け、金の為に好きでもない男に抱かれてキスをする。
 初めてジャックの方から舌を絡ませてきた。俺が飲ませたヘネシーの味がする。俺が今どんな思いでオマエを腕の中に抱いているのか伝わればいいのに、そう思う。
 ジャックと暫く濃厚なキスをしていたら、当たり前なのだが俺の下半身が反応を始めた。俺は左手をジャックの右手に絡ませ、片手でまた髪を撫でてやる。それ以外は触らなかった。
「んだよ。ヤル気ねーのかよ」
「ねーよ」
「んじゃ俺の腰に当たってるモンは何だよ」
「足」
 ジャックは不服そうに俺を見る。
「ヤろうぜ」
「嫌な事は早く終わらせるのか?」
「違う。何度でもヤル。何度でもヤろうぜ」
 そう言いながら俺の下半身に手を伸ばしてきたコイツの手を掴む。俺だってしたい。何度でも何度でも。この撮影が終わっても。
「アキ、犯して」
「ばーか」
「バカじゃねーよ。強姦って客受け良いだろうが」
「だったらそんな事言うなよ」
「だってこうゆうのもリアルに聞こえるんだろ?」
「んじゃ、明日犯してやるよ。ケイとエイが頷いたらな」
「明日ヤルんだったら今でもいいじゃねーか!」
 ジャックが上半身を起こして俺を睨む。焦っているように見えた。
「分かった。分かったからこっち来な」
 俺がそう言うとジャックは俺の胸に倒れこんでくる。実はヤル気なんてなかった。今のコイツとセックスしたくはねーなと思っていた。俺はジャックが眠りにつくまでゆったりとした愛撫を続けてやる。どこも刺激しないように、ただ寝付かす為の愛撫を。
 ジャックは頑張って起きていたが、最後に「俺は起きている間はずっとアキとセックスしたいんだ」とだけ呟き、そのまま目を閉じ眠りについた。
 俺はエイとケイに向かって…いや、本当はカメラに向かって「寝た。酔ってたみてーだ」と笑って言い、照明を少し落としてくれと頼んだ。俺は、あの妙に明るく開き直った声で俺を誘うジャックがコイツの本性だと誰かに誤解されるのが嫌だった。
 照明が少し落とされても撮影は続いていた。本当に24時間丸々撮影するみたいだ。
 ジャックが眠りについても俺は眠れない。腕の中で寝息を立てるコイツの横顔を見ながら、この撮影が終わった時の事を考える。ジャックは金さえ貰えばこの妙なバイトの事を一刻も早く忘れ、普段の生活、つまりノーマルの高校生としての生活に戻るのだろう。このバイトの事を最悪な出来事として記憶に鍵を掛ける。そして俺も、その嫌な記憶の中の最も嫌な記憶として削除される。俺はもう二度とコイツと会えないかもしれない。
 でも俺は会いたい。
 これから何度でも会いたい。

 こんな事はありえるのだろうか。
 別に何となく引き受けたゲイビデオの撮影で相手役の男に惚れるなんて。
 俺が異常に単純なんだろうか。
 だが、俺はコイツに恋をした。
 名前も知らないこの男に。

 眠りにつく寸前、俺は深海の笑顔を思い出した。
 そして、その笑顔は全然コイツと似ていないのに気が付いた。





「…キ、アキ。アキってばっ!起きろー!!」
 頭を叩かれ目が覚める。目の前にジャックがいたのでそのまま捕まえて腕の中に抱き、そしてまた目を閉じる。
「オラ起きろよ!ケイがオマエ起きないと朝飯作れねーって!俺は腹が減ったんだ!!」
 腕の中で騒ぐジャックの腹がグーグー鳴る。そう言えばコイツは昨日何も食べてないんだっけかと思い身体を起こした。ケイが「朝ご飯は和食洋食?」と訊いてくる。俺は洋食でジャックは和食を頼んだ。
 俺達はケイとエイが作っている間に交代でシャワーを浴びる。昨日のヘネシーが残っていて少し頭がクラクラしていた。
 部屋に戻って時計を見ると10時半。ケイとエイが朝食をトレーに乗せて持ってくる。この部屋にはテーブルがないので、そのままベッドの上で座って食べた。俺の分はトーストと半熟卵とサラダ。それとコーヒー。ジャックの分はご飯と味噌汁と漬物、卵焼き。それとお茶だった。俺達はそれらを食べながらこれからどうやって時間と潰そうかと考える。ジャックは昨晩のように変な事を口走らなかったし、俺もその事は言わなかった。

 朝食が終わるとすることがなくなったので2人でテレビを見る。日曜のこの時間帯には何もやってなくてちょっと気まずくなった。
「エイ、ゲームとかないのか?」
 俺が煙草を吸いながら訊くと、エイは隣室に行き本当にプレステ2を持ってきた。どうやらこの部屋は何でもあるらしい。ソフトも初代プレステのモノからイロイロ揃っていたので2人で選ぶ。ジャックは自分が得意な格闘系、俺は将棋、そして2人の苦手な車のレースのソフトを選んでそれら3つで時間を潰す事にした。 1試合づつ勝負して2敗した方がなんらかの罰ゲームをしようと決める。
「フェラなんてどうよ?」
 罰ゲームを決めているとジャックが淡々と言う。
 俺の中では誰かにコイツの身体をこれ以上見られたくない気持ちと、今日の9時でコイツとは会えなくなるって気持ちが入り乱れていた。それでも俺はどうせもう一度コイツとセックスする。
「俺は別にいいけど。オマエできるのか?」
「できる。…やった事ないけど。オマエこそできるのかよ」
「できるぜ。やった事ないけど」
 こうして罰ゲームはフェラチオに決定した。
 格闘ゲームから始めた。鉄拳2だった。これならやった事があったのでなんとかなるかなと思ったが、俺は敢え無く完敗した。続いて将棋。ジャックは俺が将棋ソフトを手に取った時、散々「ダセー」と笑っていたので将棋の指し方程度しか知らないのかと思っていたが、俺が咥え煙草でやっているとすぐにそれどころではないと気が付いた。ジャックは強かったのだ。ここで負けたら俺はマジにカッコ悪いような気がしたので、相当本気で考えて対局した。そしてようやく俺が勝つと今度はレースだ。自信はないが仕方ない。ジャックもヘタクソだったので俺達はクラッシュを繰り返し、その度に爆笑しながらコンマ差で俺が勝つ事ができた。これが一番盛り上がったので、そのあと3回このレーシングゲームで遊んだ。
 俺は笑いながら思う。俺達はソリが合う、と。
 これは俺の願望などではなく、この場で出会わなかったら親友になっていたに違いないと。
 しかしこの場で会わなかったらコイツに惚れたかどうかは分からない。
 でも、きっと――

 ふと見るとジャックが俺のシャツの釦を外していた。
 その手はぎこちなくて子供のようだった。
「別に今じゃなくても良いんだぜ?」
「いや、今が良い」
 そう言うとジャックが俺の胸に顔を埋める。身体を舐められてそのまま下へ向かっていく。俺は横たわり腰を上げてズボンを脱がすのを手伝い、そのまま下着も脱いだ。
 ジャックの舌が俺のペニスに触る。
 俺はその温かくて湿気った感触に身を任せながら目を閉じる。
 最初で最後。
 …にはしたくない。
 この撮影が終わったらどうするべきか。
 俺はコイツに何を言えば良いのか。
 何と言えばまた会えるのか。
 俺が惚れたと言っても信じるわけはない。
 ならばいっそ脅迫でもしてみる…か……。

「もしかして俺ってヘタすぎる?」
 何の反応も起こさない俺に対してジャックが困った顔をしてそう訊いてくる。
「いや、ヘタじゃねーよ。オマエのもしてやるから腰こっちに持って来い」
「それじゃ罰ゲームになんねーじゃん」
 ジャックは笑って拒んだが、それでも俺は強引にその細い腰を引き寄せて服を脱がせる。
「シックスナインって男同士でもやるんだな」
 俺のモノを口に含みながらジャックが言った。
 昨晩のように顔色を悪くするわけでもなく、ただ金の為と割り切っているように俺を含む唇。それが無性に悲しくて俺もまたコイツを口に含む。当たり前だが、フェラチオする立場なんぞになるなんて思ってもみなかった俺は、それでも舌を絡ませてジャックを喜ばせようと動かす。
 チラリとエイを見ると、彼女は待ってましたと言わんばかりにローションを俺に手渡す。カメラがコチラに回ってきたのでどうしようかと思ったが、それでも俺は行為を続ける。
 俺の中には今ヤル事をやっとかないともう二度とコイツとはできないと思う自分と、これ以上コイツの身体を他人に見せたくないと思う自分がゴチャゴチャになっていく。
――んんっ」
 中指を入れるとジャックが反応する。俺は昨日覚えたコイツのポイントを探して中を掻き回す。見つけた場所を刺激してやりながら舌を動かす。ジャックは俺が刺激してやるたびにくぐもった声を上げ、必死で俺のを飲み込もうとする。
 先にイったのはジャックだった。
 俺は初めて男の精液を口にし、ためらうことなく飲み込む。
 少し経って俺が精を吐くと、喉の奥に入ったのかジャックが咽た。
「大丈夫か?」
 身体を起こして背中を擦りながらケイに貰ったティッシュで口を拭いてやる。
「精子って不味い」
「オマエのは美味かったぜ?」
「アキ、飲んだの?」
「飲んだ飲んだ。ジャック君の精子をゴクリとな」
 ケラケラ笑って言うと、ジャックがポカンと口を開けて俺を見ていた。


 それから俺達は昼食で何を食べるか散々考え、ケイの「経費は全て自分たちで持つから何でも好きなモノを食べなさい」との言葉に調子に乗って寿司を頼んだ。ジャックは楽しそうに高価なネタばかりを単品で頼み、ケイとエイを含んだ4人で寿司を食う。カメラの男が1人文句を言っていたので、ケイとエイが口まで寿司を持っていって食べさせたりしていた。俺は昼間からビールを飲み、ジャックと戯れる。
 こうしていると、俺達は今何をしているのか良く分からなくなる程だった。
 昼食が終わり煙草を吸っているとカメラの男が変わったので、その男に「昼飯は寿司だった」と言うと「夕飯はもっと凄いのにしてくれ」と頼まれた。出前してくれるモノで寿司より高価なモンなんてあるだろうかと話していると、エイが「私の愛情料理」と呟いたので皆で爆笑した。
 楽しかった。
 俺はジャックの手を握り、このままコイツと笑っていたいと思っていた。





「この煙草、旨いの?」
 ベッドに寝転んでジャックを抱きながら煙草を吸っていると、俺の煙草の箱を手に取ってジャックが訊いてくる。
「旨いよ」
「ラッキー…ス…トライク?」
 箱に書いてある字を読んでいる。
「そうだよ」
「1本ちょうだい」
「オマエ煙草吸った事あるか?」
「ない」
「じゃ、駄目」
「なんでさ」
「駄目だから」
「ケチ」
 ジャックはそう言って目を閉じた。
 俺も煙草を消して目を閉じる。
 昨日あまり寝てなかったせいか、睡魔はすぐにやってきた。







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