第2章 こうして俺の運命の24時間が


 土曜の昼に待ち合わせた場所に行くと、女2人が待っていた。今日も赤い服と黒い服を着ている。車に乗せられて現場まで行く。
 バイト先は郊外のマンションだった。部屋に着くと2人の男がいて機材を組み立てている。明らかに貧弱な男だったので、俺は安心した。これならいつでも逃げ出せる。
 部屋に入ると直ぐに簡単な性病検査をされ、その後2人は簡単な自己紹介を始めた。赤い服の女はエイで、黒い服の女はケイと名乗った。それからこのバイトの説明。
 バイトは思った通りホモの裏ビデオだそうだ。顔も映すし当然モザイクもかけない。その代わりきちんとした会員制のメンバーにしかこのビデオは販売されないようだった。そんな話は信じられないが、とにかく2人は「ゲイではなくヤオイ女性、それも信用できる女性だけの為に作る、特別なビデオ」と言っていた。そして「市場に出回る事もないし、ネットにも晒されない」とも言う。俺は入れる方だから別にどうでも良かったが、エイは細かく説明し、続いて報酬の話や24時間にせめて2回はセックスして欲しいなど注文をされる。
 決まり事は意外と多く、特に相手の男に対する気遣いは絶対だとしつこく言われた。言ってはいけない言葉まであり、それらを散々叩き込まれる。このビデオはとにかく「ノンケ同士の高校生を24時間を丸々撮影する」事が重要らしい。知らない相手と24時間過ごすには相手への気遣いが絶対だと言う事なのだろう。
 「ノンケ同士」と、わざわざエイは言った。どうやら相手も男とヤルのは初めてのようだ。
 相手の男はエイとケイが散々探し求めていた「理想の受け」らしい。初モノで可愛くて若くて最高に感度が良い。初モノなのに感度まで分からないだろうと言うと、エイは笑って「ちょっと調べたの」と言っていた。呆れた俺は何をどう調べたのか聞かなかった。
 全部を纏めてみると、とにかく相手の男を侮蔑するような言動を避けその身体に細心の注意さえ払えば何をしても良いみたいだった。
 それからはゲイのビデオを強引に見させられた。その前戯がどれほど大事でどうやって挿入するのかエイが説明していく。決して無理には挿入しない事。相手のどこが感じるのかちゃんと確かめながら進めていく事。ひとつひとつエイが確認しながら進んで行く。結構面倒臭いなと思っていると、なぜか最後には相手の後始末の仕方まで教えてもらった。
 それが終わると次はシャワーだ。擦りすぎて痛くなるまで丹念に洗いなさいと言われ、俺は少々ウンザリしながらシャワーを浴びる。使い捨ての歯ブラシが置いてあったのでそれで歯を磨く。途中でエイが入って来て、足や腕の体毛を剃られた。これにはさすがに抵抗を感じたが話によると相手の男は内臓まで洗われたらしい。内臓を洗うなんて考えられない。
「相手の子にも言ってあるけど、24時間できるだけ仲良くしてね。それから一回抜いといて。途中で余裕無くされたら困るの」
 エイはそう言った。俺は唖然としながらも、それもそうだなと思い一回自分で抜いておいた。
 全ての準備が完了すると、エイに
「この相手とは24時間だけの関係。そうゆうバイトなの。だから撮影が終わって後日、もしどこかで相手の子と会っても決して声を掛けないで。これは絶対よ」
 と真剣にそれを約束させられる。
 そしてその約束が済むと、寝室に連れて行かれた。
 この部屋で24時間過ごすらしい。広めの部屋にキングサイズのベッドとテレビだけがポツンと置いてある。ベッドの周りにはやたら眩しい照明が置いてあり、カメラを持った男が1人待機している。こんな状況で果たしてセックスなんてできるのだろうかと、しかも見たこともない男相手にセックスできるのだろうかと思ったが、俺は珍しいこの状況を楽しんでいはいた。

 ベッドに近付くと相手役らしき男がシーツを頭まで被って丸くなっていた。少しだけ見える髪は深海と同じくサラサラで黒い。
「いつから始めんの?」
 俺がケイに訊くと「9時から」と返事をされた。時計をみると8時45分。 あと15分で開始か。
 ベッドの端に腰掛けて時間を潰していると、シーツの中の男が少し動いた。
「……ケイさん」
 擦れた小さな声がする。深海とは違う声だなと、俺はそんな当たり前の事を思った。
「ケイ、呼んでるぞ!」
 この男の声が聞こえなかったようなので、俺がケイを呼んでやる。
 カメラを持っている男と話をしていたケイがやって来た。
「どうしたの?」
 ケイは屈んで男の顔を見ようとする。
「気持ち悪い」
 男はやはり小声で言う。弱々しい声だ。
 エイが俺をまた別室へ連れて行き、その間にケイが相手の男の世話をしているみたいだった。どうやら俺のお守りはエイ、相手のお守りはケイと決まっているらしい。なぜ俺はわざわざ別室に連れてこられたのだろうと思っていると、エイに「9時になるまで相手の子の顔は見ないで」と言われる。これは相手の男からの条件で、そして「撮影が終わったら貴方達は他人に戻る。もしどこかですれ違っても絶対に声を掛けないで」ともう一度言われた。24時間だけの関係。それが相手の条件らしい。
 暫くするとケイが部屋に入って来た。相手役は少し吐いたみたいだった。ケイは「多分緊張しているからだろう」と言う。そんなんで大丈夫だろうかと思ったが、時間はずらさないみたいだ。
 ケイは最後に「女の子に接するよりも丁寧に扱ってね」と言って俺に念を押した。
 もう一度寝室に戻ると、相手は今度も頭からシーツを被っていた。もうすぐ9時になるのに、俺は一度もコイツの顔を見ていない。 とんでもない不細工な奴だったらどうしようと思って苦笑した。

 3分前になる。
 それでも相手役はシーツを被ったままだ。
 2分前、1分前。
 そして9時。





 こうして俺の運命の24時間が始まった。





 ケイとエイが俺を見て頷く。
 俺はまずコイツの顔を見てやろうとシーツに手を掛けた。
「…おい」
 黒い髪に触れる。深海みたいにサラサラな髪で深海と同じくらいの長さだった。
 シーツを掴んで捲ってみると、そこには深海と同じくらいの身長と身体をした男が白くて大きめのシャツを着て丸まっていた。深海より白くて、深海より少し痩せている。
 男は両腕で顔を隠し、ピクリとも動かない。
 とりあえず顔を見てみたくてその手を掴むと、男が少し震えているのが分かった。
 俺はちょっと戸惑う。
 24時間中に最低2回セックスすれば良い。9時になったからって即行でやらなくても良いはずだ。コイツは今緊張して震えている。 この状態で襲ったらコイツはまた吐くかもしれないと思った。
 俺はどうしようかと思いながらも、手に力を込めて顔を見てみる。
 確かに整った顔だった。可愛いじゃなくて美形の部類だろう。
 首筋と顔の輪郭が少し深海に似ている気がした。
 男は真っ青な顔をしてぎゅっと目をつぶり、自分でも落ち着こうと思っているのか何度も深呼吸をしていた。指で唇をなぞってみると一段と大きく震える。俺は、やはりもう少し落ち着くまで待ってみようと思った。なんせ処女の女とヤルよりも気を使えと散々言われている。
 ベッドに腰掛けて枕元に置いてあるリモコンを取る。テレビを付ければ映画が始まるところだった。
「おい、こっち来いよ」
 ベッドの端で丸まっていた男の手を引っ張ってみる。男は動かないのでちょっと強引に引き摺るように自分の側に寄せた。
 男はまた両手で顔を覆っている。
「お前、何て呼べばいいんだ?」
 あまり黙っているのもつまらないと思い、俺は話し掛ける。本当は名前なんてどうでもよかったが、24時間ずっと「お前」じゃ色気がねぇなと思ったのだ。俺はなぜかAV制作にヤル気満々だった。この珍しい状況を楽しんでいた。
「俺はな、……テ……ア、アキ。アキだ」
 俺がそう言っても、男は黙って丸まっていた。
「お前さ、何か言えよ。24時間ずっと黙ってるつもりか?」
 何かそんな感じがする。
「……も」
――あ?」
 今「何でも」って聞こえた気がしたが、男はそれ以上何も言わない。
 何でも良いって意味なんだろうか。何とでも呼べって事か。
「じゃ、お前は…」
 フカミだ。
 言おうとして口を閉ざした。 別にフカミでも良いだろうとも思ったが、それを口にできなかった。
 ハルキ。
 これも駄目だった。コイツをハルキと呼ぶのも抵抗がある。
 ケイとエイを見ると、二人とも平然と俺達を見ていた。エイが俺の視線に気付いて軽く微笑む。問題なさそうだ。
テレビの映画が始まった。映画は「ジャック・サマースビー」だった。
「お前、ジャックなんてどうよ」
 俺が何気にそう言うと、男が少し笑った気がした。無視されると思っていたのにちょっとでも反応があったので俺の方が驚いた。
「どうよ?コテコテの日本人顔したジャックってのも」
「いいぜ」
 今度はちゃんと返事をした。さっきまでの声とはうって変わって、少し緊張気味ではあったが生意気そうな声だ。
「映画見ようぜ。コレ、面白かった覚えがある」
 俺がそう言うとジャックは大きく息を吐いて身体の向きを変え、テレビを見る体勢になる。始めて見るジャックの目は、深海に似ているアーモンド型の目だった。俺はそれを見ながら、コイツとならセックスできそうだなと思っていた。
 エイに飲み物と灰皿を持って来てもらい、俺達は映画を見ながら少し話をした。途中で何気なくジャックの身体に触れるとコイツは途端に身を竦める。こんなんじゃいつまでたってもセックスできねーなと思い、何度も腕や髪を撫でていると、馴れてきたのか映画の後半が始まる頃には顔色も良くなったみたいだった。
 ジャックの深海に似た黒髪を触っていると、苅田がいつも深海をベタベタ触っているのを思い出した。そして、もしコイツが本当に深海だったら、俺だって苅田に負けないくらいベタベタするだろうと思って苦笑した。俺は今日、いや、さっき初めて出合ったばかりの男の身体を何の躊躇もなく触っている。これは自分でも意外なのだが、しかしそれはコイツが深海に似ているとゆう理由からすれば当たり前のような気がした。
 ジャックはこの映画を見たことがなかったらしく、結構真剣に見ていた。周りにはエイとケイ、それとカメラを持った男がいるのだが、この3人はこうゆう撮影に慣れているらしく気配を消すようにして俺達を撮影している。
 映画が佳境に入ると、俺は身体の位置をずらしてジャックの後ろへ回った。横になって後ろから抱え込んでみる。ジャックの身体は緊張したが、それでも映画が最後の場面なのですぐにテレビに夢中になった。
 俺はふと深海の事を思った。深海だったらこの映画をどんなふうに見るのだろうかと。きっと「どうなるのどうなるの!」とか喚きながら見るんだろう。そう思っていると少し笑えて来た。
「なに笑ってんだ?」
 ジャックが訊いてくる。
「いや、何でもねーよ」
 俺はジャックの髪を撫でて映画を見る。
 最後のシーンでジャックの身体に変化が起きた。力が入っているようだったし、触れば分かるほど熱くなったのだ。グシッと鼻を啜る音が聞こえる。テレビの映画を見て泣く男なんて見たことなかったから俺は驚いた。深海は泣くかもしれないが。

「感動したろ?」
 映画が終わりCMになってから俺は笑って訊いてみた。
「感動した。俺涙脆いからやばかったぜ」
 ジャックが身体を起こしてジュースを飲む。
 俺は黙ってそれを見ていた。
 ジャックがリモコンを探してテレビを消す。暫くそのままでいたが、やがてゆっくり俺の方を向いた。俺と視線を合わせない。
「……ヤろうか」
 ジャックが小さく言う。生意気そうな声ではなく、最初に聞いた弱々しい声だった。
「別にまだいいじゃねーか」
「どうせ24時間にヤル事はやるんだ。嫌なことは早く終わらせたい」
 確かに嫌な事だろうなと思った。 俺だったら野郎にケツ掘られるなんて考えただけで鳥肌が立つ。
「どうしたんだよ急に」
「金貰うならそれなりに仕事しなくちゃなと思って」
 ジャックは言いながら苦笑した。
 俺はこのバイトを暇潰しようと思って引き受けた。AVに出演するなんて面白そうだと思っただけだ。でもジャックは違う。暇潰しで男にケツ差し出す奴なんていない。コイツはゲイでもないようだし、ケイとエイがあれほど気を使うんだからきっと何かの事情がある。そしてそれは多分金の問題だ。このバイトは24時間経ったら即座に金が貰える。攻めの俺でさえ驚くような大金が貰える事になっているので、受けのコイツは更なる大金を手に入れるのだろう。しかも客受けが良ければ後でボーナスが貰えるみたいだ。ジャックはきっとそれを考えている。
 自分が男にヤられるのを嫌がりながらも、深呼吸して映画を見ながら自分を落ち着けて、そして「嫌な事は早く終わらせたい」といいつつも俺を誘う。
 「嫌だ」と思いつつも「金を貰うなら」と考えている。

「お前、脱げよ」
 ジャックが言う。俺は迷ったが、確かにどうせヤルならコイツが落ち着いている今ヤっちまおうと思い、上着を脱いだ。ジャックはそれを見て自分も脱ごうとボタンに手を掛ける。
「お前のは俺が脱がせるよ」
「何で?」
「その方が良い感じじゃねぇ?」
 俺の言葉にジャックが少し笑う。
「それだったら、そんな事言っちゃ駄目なんじゃないのか?」
「いいんだよ、きっと。この会話もリアルっぽく聞こえるんだろうから」
 俺がチラリとエイを見ると、彼女も苦笑して頷いていた。
 24時間最低2回のセックス。それとジャックへのしつこい程の気遣い。考えてみるとそれ以外に詳しくは指示されていない。何をしても何を喋っても良いのだろう。
「お前、こうゆうの出るの本当に初めてなのか?」
 ジャックの身体を倒して釦に手を伸ばすと、コイツは身体を堅くして訊いてくる。「本当に」と言う科白からして、コイツも俺の事を少し聞いているようだった。俺がジャックの事を少し聞いていたように。
「初めてだぜ。因みに男とヤルのも初めてだ」
「俺も……」
 顔を近づけるとジャックは堅く目を閉じた。
「目、開けろよ」
 俺はコイツと一度も目を合わせていない。深海に良く似たコイツの目を真正面から見てみたかった。
「嫌だね」
 ジャックが言いながら大きく深呼吸をする。
 俺がジャックの顔に手を添えると、また身体を堅くした。男とキスなんぞ勿論したことはなかったが、深海に良く似たこのサラサラした黒髪を見ていると俺は自然に唇を重ねた。
 ジャックの唇は女よりも少し堅くて女よりも清潔な気がした。
 舌を入れようとしてもコイツは歯を食いしばって中々開かない。
「ジャック、オマエ口開けよ」
 俺が言ってもコイツは歯を食いしばったままだった。しょうがないから首元にキスを落とした。舐め上げているうちに俺は深海を思い出す。深海の匂いと深海の身体の感触を。
 耳を軽く噛んでみながら一番上まで釦を外した。腹の方から手を入れて胸まで持っていく。
「歯ぁ開けよ」
 言いながら小さな乳首を撫でてみる。
 一瞬ジャックの力が抜けたので、俺はすかさずコイツの口に人差し指を押し込んでそのまま引っ掛けた。舌を入れて掻き回してみながら俺は深海を思った。深海とのキスもこんな味がするのだろうかと。
 俺達がセックスに突入したのでケイとエイとカメラを持った男が何時の間にか近寄って来ていた。こんな状況じゃ萎えるんじゃないかと思ったが、俺の身体は深海を想像する事によって自然に反応を起こし、そして思いの他ジャックの反応も良かった。明るすぎる照明はどこか場違いな感じがするのだが、それでも俺達はセックスをしようと身体を寄せる。
 ジャックの下着を脱がせて直に触ってみる。
「俺はホモじゃねーけど」
 触られている事を認めたくないように顔を自分の手で覆うジャックを見ながら俺は呟く。
「…お前とならセックスできるな」
 ジャックの顔色がまた悪くなってきていた。
 俺はちょっと心配になってケイを見る。ケイは難しい表情をしていたが俺の視線に気付き、顎をしゃくって続きを促した。それを見て俺もヤル気になった。ジャックはきっと24時間待っても「その気」にはならない。なんせコイツだって望んでこの撮影に参加しているわけではないのだ。だったら早いトコヤッちまった方が良い。確かにそれがコイツの為でもある。一回ヤレば少しは落ち着くだろう。
 俺はそう思って愛撫を再開する。
 女とヤル時だって俺はこれほど丁寧に前戯しない。だからエイと一緒に見たビデオでの行為を思い出してそれに沿って進めていった。
 一回手で出してやろうと思っていると、ジャックがずっと手で顔を覆っているのに気が付いた。イク時くらい手を外させようとジャックの手首を掴んでみる。力を入れてもジャックは必死でそれを拒んだ。こんなんで良いんだろうかと思ってしまうがしょうがない。 俺はそのまま続ける事にした。
 ジャックは緊張している所為かなかなかイかなかった。身体の反応は良いのだが、俺がヘタなのか身を捩るだけで声も上げない。口でヤルのはさすがに嫌だったので結構時間が掛かった。
 そしてやっと俺の手の中で精子を出した。
 ジャックはイク時ですら息を止め片手で自らの口を覆い声を押し殺していた。

 カメラがジャックを映している隙にエイからゼリーを貰う。女とヤル時には使わないモノなので、俺は初めてそれを手にした。手に出してみると冷たかった。
 正直最初は後ろに手を伸ばすのを躊躇した。どんなに綺麗に洗ったとしても、内臓まで洗ったのだとしてもやはり躊躇するのは当たり前だと思う。
 だから目を閉じ深海のことを考えた。深海の可愛い笑顔と深海の肌の感触を思い出す。そして目を開けジャックの首筋を舐めて、また深海の肌を思い出す。暫く続けて、できそうだなと思ったところで後ろに手を伸ばした。ジャックが大きく息を吸ったのを見てもう一方の手の指をまた口に入れる。耳元を舐め、指で口内を混ぜながら後ろに中指を入れてみた。
――ンッ」
 一瞬、口に入れていた指を強く噛みジャックが逃げようとした。俺が口から指を抜き抱き寄せると「…悪い」とマイクに入らないように小さな声で囁いてくる。 俺も小声で「気にするな」と返す。
 男とするのは初めてだしこんな場所に指を入れた事などなかったが、確かにそこは狭かった。それでもエイに説明されたようにジャックのポイントを探してみる。これでもかとゼリーを付けたので、狭いが滑りは良かった。
「……あ!」
 ジャックの身体が跳ねる。俺は逃げようとするコイツの身体を押さえつけながらほくそ笑む。
「ここか?」
 言いながら触るとまた声を上げた。
 最高だと思った。イク時にすら声を出さなかったコイツが、自ら口を手で抑えながらも声を出している。エイが言っていた「感度の良さ」はこの事だろうと思った。
 俺は時間を掛けてそこを解す。時々腕の中で悶えている黒髪のコイツが深海に見えて俺はかなり興奮した。
 ジャックの身体は次第に熱くなり俺の指を心地良く締め付ける。指を2本に増やしてこれでもかと言う程時間をかけて前戯をする。なぜか汚いとは思わなかった。それどころかジャックが声を上げる度に楽しくなった。
 もうそろそろかと思ってエイを見ると、エイは頷いて俺にスキンを手渡す。片手で受け取って、口に咥え中を出す。普通のピンクのスキンだった。
 ジャックの身体をうつ伏せにして腰を抱く。
「力抜けよ」
 俺は自分が勃起しているのを見て、不思議なもんだなと思いながらそう言った。
 ジャックは顔を枕に押し付けて両手で頭を抱えていた。緊張しているのが分かった。
「力抜けよ」
 もう一度言いながらそこに当てる。ジャックの性器を軽く刺激してやりながら、根元を持って捻り込むように先を入れた。
――ッッ!!」
 ジャックが息を飲むのが聞こえた。
 散々解したのに余程痛かったのかジャックの身体が一気に冷える。
 俺は教えられた通りここで少し待ち、ジャックの身体を撫でてやる。『女とヤルよりも丁寧に、女とヤルよりも優しく』エイとケイ、特にケイに散々言われた。俺はそれを思い出しながらたまにはこんなセックスも良いもんだと思っていた。深海とヤルのなら、きっとこんなふうにヤルのだろうと思いながら。
 ジャックがなかなか力を抜かないのでそれ以上進めなかった。大丈夫かと声を掛けながらもうちょっと待ってみる。
 俺はケイもエイも納得するくらいゆっくりとコトを進めた。途中でこのままガンガン犯したくなったが深海の笑顔がチラついたので辛抱強くヤルことができた。エイの言う通り一回抜いといたのが功を奏したみたいだった。根元まで一杯に入れると本当に中が狭いと実感する。ピッタリくっついて締め付けてくる。これに慣れちまったら確かに女とはできねーなと苦笑した。
 それから俺はジャックの身体の反応を確かめながら少しずつ動かした。ジャックの身体は余程辛いのか冷えてしまっていたので、俺は取り敢えずこの分かりやすい身体を先程のように熱くしてやろうとイロイロ試してみた。それでもこの冷えた身体はなかなか反応しない。ジャックの余りにも辛そうな小さな呻き声を聞いて少し居た堪れなくなる。痛いのは当たり前なのだ。こんな場所に入れるのだから。
 それでも、角度を変えてみたり浅く擦ってみたり深く擦ってみたりしながら狭い中で動かした。そうしているうちにやっとジャックは反応を始めた。
――やめっ」
 ジャックの背中がクっと沿って枕に突っ伏していた顔が少し上がる。俺は内心かなり喜んだ。何度も同じ場所を責めてやると緩やかに中が収縮する。一瞬クラっとキた。
 ジャックはまた枕に突っ伏して頭を抱えているが、しかしその分身体が多弁だった。何度も何度も同じ場所を擦ってやるうちにコイツの身体が熱くなる。俺は夢中になった。その背中や首や髪を見ていると、コイツが深海のように思えてきて俺は堪らなく興奮し始めた。そして深海に似たコイツの目を見たいと思った。深海に似ているその目で俺を見詰めさせ、そしてセックスしたいと思った。
 ジャックの身体を反転させて正上位にする。コイツは腕を上げて顔を隠していたが、俺は強引にその腕を剥がす。
「目、開けろ」
 さっきと同じ場所を責めながら俺は言う。ジャックはキツク目を閉じ歯を食いしばり俺の要求を拒否する。コイツは男にヤられているのを認めたくないのだろう。
「……ああっ」
 勃起した性器に手を伸ばすとジャックが声を上げる。その声は女のそれよりも色気があった。
「目、開けろってば」
 そう言いながら擦ってやる。ジャックは嫌がるように顔を叛けた。コイツがイク寸前までヤってやると中が蕩けるように熱くなる。熱くてキツくてヒクつく。これに慣れちまったらマジで女とはできねーなと、俺はさっきと同じコトをもう一度感じた。
――いっ!」
 イクみたいだったのでジャックの根元をキツク握ってやった。
「止め…ろ……っ」
「目、開けろ」
 ジャックが首を振る。
 激しく突き入れているとこの頑固な男を犯している気分になり、俺は力加減ができなくなってくる。
 ジャックは辛そうに首を振りながら根元を握っている俺の手に爪を立てる。その口からは喘ぎ声が溢れ、身を捩って逃げようとする仕草が俺を興奮させた。
「放し…て…くれ……」
「目開けて俺を見たら放す」
「ケ…イ…さん!」
「ケイは関係ねぇ!!」
 俺の頭にはもうエイもケイも、誰もいなかった。実際この2人も何も言わなかった。
 ジャックの目から涙が出て耳元に滑っていく。
「頼む…からっ」
「何度も言わせるな。俺、もうイクぞ。知らねぇぞ」
 コイツの中は最上で、本当に俺はイク寸前だった。ただ深海に似た目を見たいと思って腰を動かしていた。
 俺の可愛い深海を俺自身が犯している気がして、頭が熱く痺れているのが分かった。

 ジャックが泣きながらゆっくりと目を開けた。
 その目は涙で一杯で、瞬きする度に涙が耳元に流れていく。
 濡れた目が俺を見た。
 初めて真正面から見たその瞳は、意外にも深海とは全然似ていなかった。
 だが、俺はその瞳に酷く満足した。
「そのまま俺を見ていろ」
 そう言って、握っていた手を緩めてやり扱く。その瞳が大きく揺れながらも俺を見ていて、そしてその瞳の中に自分が映っている事が俺にとって最高の快感だった。ジャックの身体から汗が滴り俺の性器を痛いほど締め付ける。一瞬大きく瞳孔が開いたのを見た。
――ああああっ!!」
 ジャックの顔が快感に歪み、身体を大きく反り痙攣しながらも俺の手の動きに合わせて精を吐く。大きく開けられたままの瞳からは大量の涙が流れていた。 そしてそこにはやはり俺が映っていた。
 同時に食い入るように相手を見ながら俺も同じように射精する。

 ジャックの瞳は俺が今まで見た中で最も美しく、最も淫靡な瞳だった。
 それは俺の中のどこかを抉じ開け、そこに熱くてドロドロした液体を注ぎ、俺を内側から溶かしていくような瞳だった。
 俺は、俺達は、互いを喰らい付くように見詰めながらその身体やその熱やその瞳に互いに惑溺する。
 次第にキーンと耳鳴りがし始め、俺はどうしてかその金属音だけしか聞こえなくなった。空調を整える低いモーター音も、ベッドの軋む音も、シーツが擦れる音も、自分の激しい呼吸の音も、ジャックの激しい呼吸の音も、何も聞こえなくなった。
 ジャックの唇がほんの少しだけ開き、僅かに覗く白い歯の更に奥に赤くて柔らかそうな舌が見えた。濡れていてエロティックな舌だった。
 ジャックがまた少し唇を動かす。
 何かを呟いたのかもしれなかったが、俺には何も聞こえない。
 その舌が俺を誘うように動き、俺もそれにつられて舌を出してその唇を這い中に入れる。
 ジャックの瞳から涙が耳元につたうのが見えた。
 これ以上ない程美しい情景に俺の金属音のような耳鳴りまでが消え、完全な無音になった。


 そしてその時
 俺は唐突に
 自分でも驚くほど唐突に
 俺が今抱いているこの名前も知らない男に
 深海春樹に似た誰かではなく
 この黒髪のこの瞳の男に





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