第4章 俺はトワにとって…トワは俺にとって


 午前4時。それまでどれほど探しても姿を眩ましていたアーティが突然動き出した。物音を立て俺達を挑発する。俺達ネイGが鬼にまだ1人も捕まっていないのに対し、自分達はすでに2人捕まっている事に焦っているのだろう。
 俺達は追うかどうか迷ったが、結局アーティの影を追ってC地区の東南端にある建物が密集した場所までやって来た。あからさまな物音がするビルに入り、トワが物音に集中しながら進んで行く。アーティ11は評判が良い。 統率の取れたチームだと聞いた事があるから、慎重に動かねばならない。
「スイ、すぐ上の階に2人いる。向こうもコッチに気が付いている」
「トラップの可能性は?」
「気にするほどのモンはないだろう。支給されているワイヤーは短いし、ここには使えそうな物はない」
 静かに階段を上って俺達は気配を読む。俺は廊下西を指差し、トワはそれに頷く。
 一気に廊下を走った。崩れたコンクリートの瓦礫を飛び越え、目的の扉の前に立つ。アーティの気配は動かない。後から来たトワを振り返ってノブに手を伸ばした。扉のすぐ向こうに2人揃っている。
――?」
 ノブに手が触れる手前で俺の身体が止まった。
…トワの馬鹿。何が「気にするほどのモンはないだろう」だ。
 黙って俺を見ているトワに口パクでバーカと言ってやり、手に持っていたサーベルのスタンガン機能をオンにしてノブに近付ける。
バンッ!!
 と、こちらの手がサーベルごとはじけ飛ぶ程の衝撃とスパーク、爆音。
 小細工だ。
「バカタレ俺を殺す気かァ!」
 重そうなドアをそのままガシガシ蹴って突き破る。 トワがそのまま部屋に入り俺は上に跳んだ。
 暗い部屋。予想通りアーティは2人。戦闘能力は俺達が上。サーベルを持った男が右、素手の男が左。トワが右の男にサーベルを伸ばしたのを目の端で捕らえ、俺も着地と同時に左の男にミドルキックを出す。クリーンヒットの手応えあり。
「ウラァッ!」
 続けてローキックで足を止め、サーベルスタンガンを振り上げた途端に前蹴りで反撃された。後ろによろけると続けざまに攻撃が来る。早い。
「イデッ」
 相手の右ストレートが直撃して唇を切った。俺はサーベルスタンガンで応酬しようとしたがさっきのドアのスパークでスタンガン機能をやられたらしかった。
 後ろで激しい物音。
 トワが心配だが俺もそれどころじゃねえ。
 飛び掛ってくる男に今度はこっちが前蹴りを喰らわせ、続けて手刀で相手の目を狙う。暗闇の中で勘だけを頼りに見当を付けて腕を伸ばすと一瞬相手の動きが止まったのを感じる。相手も勘が良い。しかしそれが命取りだ。目を狙われ動きが止まった相手を左フックで持ち上げ宙に浮かせて今度は右で顎を狙う。
「ツッ!」
 入った。脳を揺らしたから今度こそ相手はリングアウトのハズだ。念の為蹲った男の鳩尾にもう一発蹴りを入れて後ろを振り向く。
 トワは思いっきり相手の鳩尾に拳を入れた後、相手がメットを被っているのを良い事に後ろに回ってスープレックスをキめた。メットで頭を保護しているとはいえ相当のダメージだろう。転がっているワイヤーでアーティ2人を縛ろうとした時、俺達は同時に視線を合わせた。
――?!」
 静まり返った部屋の中、アーティの呻き声が響く。
「今何階?」
「分からない。足音消している」
 この薄暗い部屋を見渡す。窓はない。隠れる場所もない。
「トワ、どうし…」
 トワが手で俺の口を塞いだ。
 俺は素早くこのビルの構造を思い出す。ここは10階。真ん中に階段。東西に約25メートルの廊下。ここは西側の奥から2番目の部屋だが、廊下の突き当たりはただの壁。しかし東側の突き当りには大きめの窓があり、しかもそのすぐ隣にはビルがある。移動できる可能性は高い。ここから東の突き当りまで約40メートル。
 行ける。
 俺はトワを見て頷く。アーティの腹にもう一発拳を入れて、その身体を引き摺って部屋の奥に転がしておく。階段付近に気配はない。消しているのかもしれんがここで一悶着あったのはスパーク音知られているはずだ。だったらここにいても虱潰しに調べられる。今のうちに逃げた方が賢明だ。
 俺の勘は逃げろと言っている。
 廊下に出たときに、少しでもこのアーティ2人組みに目が行くようにサーベルスタンガンをオンにしてアーティの手に握らせ、光を出した状態にしておく。ここまで30秒弱。
 目を閉じ足に神経を集中させ
「行くぞ」
 トワの声で俺達は一気に走り出した。気配が動いた。だが間に合う。あと20、10、5、隣のビルにも同じ場所に大きめの窓があるのを確認。
「飛べ!」
 隣のビルまで2メートル。俺達はそのまま窓をブチ破って隣のビルに転がり込んだ。頭から飛び込んでそのまま受身を取り、身体を一回転させ勢いからそのまま全速で走り出す。
 背中に視線を感じたのと俺達が階段の踊り場に身体を隠したのは同時だった。そのまま階下へ一気に降りる。
俺の勘が動いてから今まで約45秒。
「動いて良かったな」
 ちょっと上がった息でトワが呟いた。
 俺も頷く。
 俺達が気付いた時点で鬼が何階まで上っていたのか分からないが、背中に感じたプレッシャーには冷汗が出た。イナと鬼が対決している時、俺達は気配を消す為に意識を沈めていた。しかし普通の状態である今、鬼の視線を感じるだけでこれほどの威圧感があるとは。
「これからどうする?終わるまであと2時間ある。アーティはあの2人が捕まるはずだから残り3人。このままここで沈んでおくか?」
 呼吸を整えてトワに訊く。トワが口を開けようとした時、ヒュルヒュルと打ち上げ花火のような音が聞こえた。
「何だ?」
 トワが眉を顰める。外から、しかも隣のビルから何かが発射されたようだった。
「曳光弾…照明弾かな」
 俺は答えながら考える。曳光弾や照明弾を使っているのなら鬼達は別行動をとっているコトになる。曳光弾や照明弾は仲間に自分の場所を知らせる為、もしくは何かの合図だ。何故か?何故知らせる必要があるのか?
 俺達は隠れる場所をウロウロと探しながら場所を移動する。途中でこの建物のすぐ裏には金網が張ってあるのを見て、ここは本当に地区の端なのだと実感した。
 俺は歩きながらこの建物から離れようと思った。
 どうやら鬼達は人の気配を読むスペシャリストだ。しかし俺とトワは気配を完全に消せる。この建物は結構広いし、良い隠れ場所があれば時間終了まで俺達は発見されない。だが鬼はこのビルに俺達がいるのを知っている。しかも仲間に何か合図を送った。もう一度だけ移動しよう。アーティは4人捕まった。これ以上俺達が動くのは得策ではない。鬼の能力範囲がどれほどあるのかは知らないが、イナの時の事を思うとたいした事はない。ネオGのメンバーは今まで誰も捕まっていないのだし、何とかなるはずだ。だからもう一度だけ移動しよう。
「やっぱ移動しちまおう」
 言いながら階段を降りると、トワが「ジオがいる」と呟いた。
 ジオは7階の東の部屋にいた。イライラと貧乏揺すりをしながら、窓からの月光を頼りにひたすら真剣に何かを読んでいる。
「ジオ?」
 俺が声をかけると飛び上がって驚いている。アーティや鬼だったらどうするつもりだったのだろうか。
「驚いた…けど、お前等楽しそうだなー」
 ジオは俺の唇の血を見て言う。トワが親指でそっと血を拭いてくれた。
「もうすぐここに鬼が来ると思う」
「了解」
 ジオはすぐに立ち上がった。壊れた机の上に散らばっていた緑色の小さな球を手に取る。
「何それぇ?」
 俺は階段を早足で降りながらジオに訊く。
「小型手榴弾みたいだ。さっき鬼のジープの中で見つけた」
「は?!お前鬼のジープに入ったの?」
「入った。面白そうだったのでな。でも使い方分からなくて今まで説明書読んでた」
 ジオは階段をトントン4段飛ばしで降りながら笑って答える。驚いたもんだ。
 俺達が一気に3階まで降りると、またさっきの曳光弾か照明弾の音がした。気にしつつも2階へ降りる。
 拡声器のスイッチが入った音がした。
『これからこのビルを爆破します。これは脅しではありません。 中にいる者は早く出てきなさい』
 俺達の足が止まる。
 このビルとは明らかに俺達がいる、このビルだ。
「ここで前半戦の無差別爆破が効いてくるわけですかぁ」
 俺は苦笑して呟いた。

「トワ、鬼は入って来た?」
「いや、入って来てない」
 足音を消していてもここは2階だ。トワなら聞き逃しはしない。
「ハッタリの可能性は?」
 ジオが腕を組んで訊いてくる。
「俺はブラフじゃねーと思うよ。前半戦の爆破行動は今の為にやってたようなもんだろうから。トワはどう思う?」
「スイと同じ。これはブラフじゃない。しかし簡単には死人はだせないと思うから今回は慎重にやると思う」
 そうだ。今回は慎重に爆破するはず。 だからいまだに建物に入って来な――そう思った時に上で小さな爆音がした。
 上で、だ。
 俺とトワは目を合わす。これで鬼の行動は読めた。
 鬼は隣のビルから俺達がこのビルに逃げ込んだのを見た。そこで別行動をしていた仲間に合図して来てもらう。その間に鬼はこのビルの屋上もしくは最上階まで上がり、俺達がこのビルから逃げないか監視。仲間が下に着いたらもう一度合図。下の仲間は拡声器で警告、待機。上の鬼はそこから行動開始。小さな爆破で威嚇しつつこのビルを破壊する本格的な爆弾を仕掛けているはず。
 これは鬼の爆破はもうないと思い込んでいた俺達の完全なミス。俺達は鬼に姿を見られた時点で、即行でこのビルから出なければいけなかったのだ。
「ジオ。ここの東、建物は?」
「ない。前半で鬼に爆破されておる。その向うはフェンス」
「裏も金網。となると下の鬼はこの建物の北西の位置で監視していると思う。どうする?東に戻ってもどうせまた爆破されるだろうし」
「強行突破」
 階段の手摺りに腰掛け、足首を回していたジオが笑って言う。
「トワは?」
「1階に降りた時点で感知されるだろうな。スイ。もし1階に俺達が降り、2人が西、1人が北の正面へ向かったら鬼はどっちへ向かうと思う?」
 上から小さな爆音。
「賭けだな。鬼の考えはイマイチ分かんねぇ」
 黙って聞いていたジオがヒョイと顔を上げる。
「この2階から南の、建物とフェンスの間はどれくらいだ?」
「人間が歩けるスペースは無かったよ」
 俺が答えるとジオは靴の紐を結びなおす。
「私が西へ向かう。お前達は北へ」
 ジオの言葉に俺達は頷いた。
 俺は目を閉じ神経を集中する。上から3回目の爆音が聞こえた。
「ネイG丸は不沈艦!」
 叫んだと同時に階段を一気に飛び降りる。踊り場、回ってまた階段。ジャンプから着地の間に視界に入って来るモノ。このビルの1階は1つの大きなフロアだった。正面に大きなガラスのドア。
「うが?!西側に窓なんかないではないか!!」
 ジオの素っ頓狂を聞いて視線を西にやると、確かにこのフロアには入り口しかなく、窓なんか1つもない。ジオのバカがこの建物に侵入する時ちゃんとチェックしてなかったんだ。俺達の作戦は何だったんだよ!と心の中で叫びながら3人で正面ドアに向かう。ガラスの向うに腕を組んでいるヒゲの鬼が見えた。
 ジオが手の中の緑の球を投げる。
「伏せな!」
 ジオの言葉に俺達は身体を伏せ、耳を塞いだ。
 くぐもって聞こえる爆音。
 目を開ければ玄関付近の崩壊と煙。即座に立ち上がって俺達は走り出す。この爆音で上の鬼が駆けつけて来るハズだ、グズグズしてらんない。立ち込める煙の中に鬼の気配を感じ俺は上へジャンプ、トワは右、ジオは左へ。しかし別れた瞬間トワが息を呑んだのが聞こえ続いてジオの怒号、俺は着地する前に背中を思いっきり蹴られた。
「スイ!」
 息が止まりそうなその衝撃で俺が倒れると、トワの声がして激しい打撃音。目の前の砂利を掴んで振り返ると、静まっていく煙の中でトワとジオが2人掛りでヒゲの鬼に攻撃をしているのが見えた。俺は身体を起こし膝を付いた状態で右手の砂利をヒゲ鬼の顔に投げつける。鬼が顔を顰めた瞬間に動いたジオに合わせて俺は右中段蹴り、ジオは左肘でヒゲ鬼のこめかみを狙った。厚いゴムタイヤを蹴ったような感触。利いてない。 鬼はジオの肘を左手で交わし、俺の蹴りの引き足を右手で掴んだ。
「スイッ!!」
 右足を引っ張られバランスを崩した時にトワが叫びながら手を伸ばして来る。まるでスローモションみたいにゆっくりに見えた。俺がトワに手を伸ばした時、無防備なトワの左脇腹へ鬼が重そうな蹴りを入れる。
――激痛
 俺の肋骨にヒビが入ったような気がした。
「トワ!!」
 蹲るトワにもう一発入れようとするヒゲ鬼に俺は腹に力を入れ頭突きをかます。ヒゲ鬼の後ろにジオが飛び、持っていたワイヤーで首を締めようとしたがそれを交わされたのが見えた。ヒゲ鬼が俺に踵落としを入れる素振りを見せ、俺が身を竦めてガードに入った瞬間その足が空中で止まり軌道を変えてもう一度蹲っているトワの脇腹を蹴る。
――更なる激痛
 俺は息を止めて左の肋骨を抑えた。さっきと寸分変わらぬポイントだった。
 トワの肋骨が骨折したのは確実。
「トワ、スイ、走れ!」
 ジオの声が聞こえ、俺は自分の足を掴んでいたヒゲ鬼の右手首の間接を手刀で思いっきり上から叩き、その力が緩んだ所で足を引っこ抜き全速力で逃走。
 トワが心配だったがとにかく自分のコトで精一杯だった。後ろからジオの怒号。ジオが捕まったのだろうかと頭を過ぎった所で後ろから爆音。そしてもう一度爆音。
 俺はとにかく北へ走った。
 トワとジオ、両者とも心配だがあの爆音はジオが持っていた手榴弾の音だ。ジオが何かを仕掛けたに違いない。ジオは俺と同じく逃げ足が異常に速いのでまだ良いが、問題は肋骨を骨折しているトワだ。
 歯軋りしながら走っていると後ろからズバンと銃声がし、その音と同時に俺の背中に痛みが走った。
「んだよチキショーッ」
 俺の叫び声と共にもう3発の銃声。足、肩に痛み。それでも俺は必死に走り続け突き当たりの角を南に入り、2番目のビルに入ってようやく足を止めた。
 全身汗まみれでその場に座り込み、目を閉じ息を整える。
 トワとジオ、とにかくトワが心配だ。
 額の汗を拭ってようやく目を開けると、異常な事態に気が付く。俺の身体が光っているのだ。暗闇の中を蛍のように光っている。
「発光剤付けられたんだ…」
 俺は素早く上着を脱ぎながらトワの事を考えていた。

 ゲーム中の怪我は良くある。切り傷打撲はしょっちゅうだし、以前アーティ2と戦争もどきをした時ナツが鎖骨を骨折した。ジオも腕を折った事があるし、ライも背中をナイフで刺された事がある。いずれも俺は仲間の痛みに共感し、自分も同じような痛みを覚えた。それは俺の奇妙な能力だった。通常のDNAで生まれた俺に、こんな能力があるのはおかしいのだが。
 トワの聴力、ファーの視力、ナツの嗅覚、ライの身体能力、イナの頭脳、そして俺とジオの第六感と、俺のこの共感能力。政府や学者が俺達の能力をどこまで知っているのか分からないが、それでも俺達ネイGは数あるネイグループの中でも異色な存在だった。もしかしたら今回のゲームは、それに関係あるのかもしれない。俺達ネイとアーティのゲームに第3者が介入してきたことは今まで一度もなかったのだ。学者達が俺達の能力を裸にしたがっている可能性もある。
 俺は考えながら移動を始めた。ズボンと髪に付いている発光剤のおかげで随分と目立つ。だがいくら擦っても発光剤は取れなかったのだ。
「トワ…」
 俺はトワの事を考える。
 トワは捕まっただろうか。ジオは逃げたと思う。アイツはネイGの中で俺の次に足が速いし、持久力は俺以上だ。トワだってスピードはあるのだが、骨折した身体でどこまで逃げる事ができるだろう。
 俺は暫く移動した後、トワは逃げ切ったと予想して合流する為のルートを考えた。
 俺とトワは逸れても大体後で合流できる。それは俺達が常に相手の考えを予想できるからだ。今回トワは傷を負った。移動が困難でどこかで意識を沈めているとも考えられる。しかし俺はトワは移動している気がした。ジオと2手に別れて逃げたとして、足が自慢のジオは目の前の通りを西へ真っ直ぐ、トワは多分東のフェンス脇にある小道に入ってそこから北上。俺と合流する為に少し西へ出る可能性大。
 とにかく、北だ。
 俺は歩きだした。
 最初は発光剤の事を考え、警戒に警戒を重ねて移動していたが次第に堂々と大通りを歩きだした。俺のサーベルはさっきの1戦の最初の一撃を喰らった時に落としてしまった。アーティや鬼に見つかるとヤバイのだが、俺はもうこのバトルに嫌気が差していた。何だか酷く滑稽なゲームのような気がしたのだ。
 俺は歩きながらトワの事を考え続けていた。
 トワがゲームで怪我をしたのは今回が初めてだ。トワはネイGの中で一番慎重で一番能力のバランスが良く、やばくなると常に無茶をしたがる俺の事を庇った。


 俺は子供の頃、随分昔の事なので記憶が曖昧だがとにかく子供の頃、トワと一緒に天の川を見た記憶がある。このスモッグで汚れた夜空にもう星なんて見えないのだが、とにかく見た記憶がある。トワは俺の隣で何かを言っていた。 それはとても大事な言葉だった気がするが、俺は思い出せない。
 トワがトリップしている俺の身体を抱くようになったのは最近のことではない気がする。俺は星を見ていた時もトワに抱かれていたような気がするからだ。勿論生物学的にそんな事は不可能なのだが、でも抱かれていたような気がする。
俺はトワの事が好きだが、それは恋愛ではないと思っている。しかし1人で空を見上げる度に、俺はトワと、トワと見た星空を思う。トワは俺を愛していると言い、何度も俺を助けてくれた。俺が記憶にない人工子宮にいる時からずっと一緒にいて、ずっと助けてくれている気がする。
 俺は、俺達新世代は、世の中に現実味がない。
 生まれは人工子宮、言葉も喋れない頃から保育器の中で教育を受け、幼少期は政府が選んだ学者に囲まれ毎日が怠惰な生活。ペットはAI機能を搭載してあるロボット。少年法に守られぬくぬくと育ち、セックスは仮想空間で見たこともない女と。ついでに身体の中にはナノマシーンだ。
 唯一現実感を取り戻してくれるのがこのアーティとのゲーム、特に肉弾戦だ。
 しかし俺は、トワと星を見た記憶だけは酷く現実的だったと思っている。
 何故か?
 俺はトワにとって…トワは俺にとって、どんな存在なのだろうと思う。


 とりとめのない事を考えていると、不意に拡声器のスイッチが入った音がした。
『アーティ11、2人捕獲』
 俺は耳をすまして続きを待ったが、それ以上は何も聞こえなかった。やはりジオもトワも捕まっていない。あの状態からよく逃げ出せたもんだと感心してしまった。アーティ2人とは俺達がノシたあの2人だろう。だとすれば鬼はまだあのビルの付近にいる。
「……ん?」
 俺はフラフラと歩きながら北へ目指していると、何かとんでもない事が頭を過ぎった気がした。上手く纏まらない自分の頭をコツコツと叩きつつ俺は落ち着いて自分の脳味噌を穿り返す。
 鬼は今、『アーティ11、2人捕獲』と言った。何が引っ掛かるのか。
 鬼は今、鬼は今、……。
――今?今になって?」
 そうだ、今になって捕獲したんだ。よく考えたらおかしくないか?俺達はあの時、アーティ2人をノシて隣のビルに移動した。俺達の姿が見られたのは一瞬だったはず。俺はご丁寧にアーティの手にサーベルを持たせ、スタンガン機能をオンにして目立たせておいた。普通は逃げ切った俺達を追わずにアーティの、光が漏れている方に行くだろう。それともあの部屋に行ってアーティの状態を確認し、なおかつ逃げられないようにしてから俺達を追ったのか?いや、それにしては曳光弾だか照明弾だかの音が早過ぎた。
 考えすぎだろうか。
 でもやっぱりおかしい気がする。
 大体鬼はなぜトワを追わなかった?トワは手負いだ。その気になれば捕まえる事ができたはず。それなのにあのジオの手榴弾の後、鬼はトワを追わずにすでに逃げ切れる位置にいた俺に発光剤入りのペイント弾を撃った。わざわざ3発も、だ。おかげで俺は今やたらと目立ってしまっている。建物の中に入っても、この崩れかけたビルの中ではどうしても光が漏れる。ビル群の中から完全な密室を探そうとウロウロしているうちに鬼に見つかるだろう。
 鬼は俺にターゲットを絞ったのか?
 思い出せば最初から変だった。ライが一番目立つ場所にいたのにも関わらず、鬼は俺に向けて発砲したんだ。そして最初の警告爆破の後だって、ライ達がいたビルではなく、俺達がいたビルを爆破した。
…そうなんだ。
 理由は分からない。しかし鬼達は最初から俺を狙っていた。そして俺と組んでいる俺の個人的ブレーンであるトワに傷を負わせ、引き離した。
 つまり、俺のせいでトワは――
「ブチ切れたぜ」
 俺は精一杯息を吸い込み、自分が出せる最大の声を張り上げた。
「ネイG丸、集合ォォオオーッ!!」
 C地区一杯に声が響き渡ったのを確認し、俺は全速力で北西へ走った。







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