最終章 慣れ親しんだ赤い空


 時計を見ると4時半。全速力で走った俺は今、イナのいるビルの前にいる。
 鬼やアーティは俺が叫んだ地点に俺達が集合すると思っただろうか。それともちゃんと動きを読んでいるだろうか。どっちにしろ時間との勝負だ。とりあえず俺はイナがいる部屋まで上っていく。トワがここまで来るには時間がかかるかもしれない。でもここに向かっているはずだ。俺達が集合する場所はネイGの司令塔であるイナのいる場所。
「イナ」
 部屋に入るとイナの隣にナツがいた。
「ここにお前がいるって事、ライ達やジオは知っているか?」
 イナはギシギシ鳴る椅子をくるりと俺の方へ向け、ニヤリと笑う。
「心配ないわ。皆もうすぐ来るでしょう」
 俺は安心する。特にライが来てくれるのは嬉しい。
「イナ。俺は今回のゲームもうイヤなんだ。もうヤメル。でも、鬼に仕返ししたい」
 俺はゲーム開始から今までの事を簡単に説明する。
 イナとナツは神妙な面持ちだ。
「スイ。貴方が怒ってるのは分かったけど、鬼は1人でも貴方達3人以上の戦闘能力なんでしょ?仕返しは難しいわよ」
「でもトワの腹を蹴った。しかもヒビが入ってる場所にピンポイントでもう一度蹴ったんだ。俺はトワの分も仕返しする」
「ネイG7人がかりでも鬼退治は難しい」
「俺は捕まってもいいけど、鬼は許さねぇぞ。こんなゲーム、ムカツク」
 話しているとライとファーが来る。
 俺はライに話をし、協力を申し出た。
「頼むよライ、ナツ。トワが手負いの今、肉弾戦はお前等に頼るしかない」
 俺の話にライとナツは頷いてくれた。どうやらこの2人は今回何もできずに不満だったらしい。アーティは探してもいないし、仕掛けても来ないし、鬼はヤバそうだから逃げるしかなかったしでストレスが溜まっていたそうだ。
「じゃ、話が纏まったところで貴方達3人は離脱したと考えるわよ。アーティは4人ゲームアウトだからファーとトワとジオには死ぬ気で逃げて貰わなくっちゃね」
「絶対イヤ」
 振り返るとジオが口をへの字にして立っていた。
「ジオ、お前あの状態でどうやって逃げたんだ?」
「鬼の襟元に手榴弾を入れてやったのだ。それより私もヤル。あのヒゲはこの私を殴った。私はヤラれたら2.26倍返しがモットーだ」
「それじゃ私達は勝てない」
 イナが首を振った。
「勝つ。ネイG丸は不沈艦」
 ジオの言葉にイナは苦笑して頭を抱えた。
 その後もイナがジオを説得したが、ジオは絶対譲らなかった。そのうちファーまでもが鬼退治に加わると言い出し、イナは溜息を吐いてコツコツと指で額を叩く。
「しょうがないね。私は今回ちょっと卑怯な手使ったから、これ以上ゲームに口出しする気にはなれなかったけど…。でもトワを手負いにしたのは鬼だし、やたらにスイを狙ってるのもゲームの主旨に外れてる気がするしね。鬼の自業自得って事でゲームを強制的に終了させちゃおう」
「ゲームの強制終了?」
 思わず皆で口を揃えた。
 そんな事が可能なのか?
「そうよ。このゲームは鬼ごっこ。鬼が認識票を狙って私達を追うの。だから認識票を読ませなくすればいいわけ」
「でも携帯は手放さないのがルールだぞ?」
 ナツが首を傾げて言う。確かにその通りだ。
 イナはクスリと笑って続けた。
「私は鬼の1人の携帯を凍らせた。リセットもメインスイッチも利かないようにしてあるの。そこでもう1人の鬼の携帯を破壊したらこのゲームはどうなると思う?」
 なるほど、だ。
 鬼は鬼でなくなる。俺達を捕まえても何も出来なくなるのなら、そこでゲーム・オーバーだ。しかも1人の携帯はイナが凍らせてくれた。
「イナ。お前がフリーズさせた相手ってヒゲ?」
「違うわ」
 俺とジオは目を合わせ頷き合う。あのヤロー吠え面かかせてやるぜ。
 結局俺とジオとナツがヒゲを攻撃。イナが3本直結した強力サーベルスタンガンで携帯破壊を担当。ライ、ファーがもう1人を攻撃プラス足止めで話は決まった。
「トワが合流するのと、鬼達がここに来るのとどっちが早いかな」
 俺は正直トワにも鬼退治に加わって欲しかった。勿論骨折しているトワは戦闘できないだろう。でも一発くらいは殴ってやらせたい。
「鬼でしょうね。トワは今、相当慎重に動いているはずだから」
 イナが言い終わった時、俺の勘が動いた。
「誰か来た。トワじゃない」
 俺が呟くと皆の顔が変わる。
「じゃ、2手に別れて。とにかく鬼達を離すのよ。それと建物内での複数攻撃は混乱するから気をつけること」
 イナの言葉に俺達は頷き、部屋を出た。
 鬼らしき者はビルの東階段を上っている。俺達は下りながら西側5階で待ち伏せ。ライとファーは東へ行き、7階で待ち伏せ。
鬼が4階まで上った時点でジオが姿を現し鬼を挑発。
「キミ達のスイはこっちだよアッカンベー!」
 俺の名前を出し、ジオは半ケツを出してペンペンと尻を叩いている。ここのビルの廊下は東西約10メートル弱。ジオなら余裕で逃げられる。
 鬼がジオを確認して止まった。
 次にライが
「スイは我々ネイG丸のアイドルである!!」
 と叫び、物音を立てる。
 鬼は自信家だ。2手に別れるだろう。
 俺はワイヤーを手に持って呼吸を意識する。鬼1人であれ、その戦闘能力は俺達より格段上だ。しかし動きさえ止めればあとはイナが何とかする。
「ライ、ファー!!」
 ジオが2人を呼びながら階段を上ってきた。
「ジオ?」
「鬼は2人ともこっちにやって来た。お前の気配を読んだみたいだ!!」
 イナが舌打ちする。
「鬼は気配の判別ができるみたいだね。しょうがない、7階でライ達と合流。6人で連携プレイに持ち込む」
 イナの指示に従って俺達は階段を上る。狭いスペースで鬼達相手にどこまでできるか問題だが、しかしもう逃げられない。
 階段を上るとまた俺の勘が動く。ヤバそうな感じ。
「イナ、また誰か入ってきた!」
 イナが階段を上りながら頭を抱える。
「アーティが勝負に出たんだ。ここに私達が集結したのを見て鬼と共に一気に叩こうって寸法だろう。1人残して残り2人が自爆覚悟で乗り込んで来たに違いない」
 階段を上がるとライ達と合流。この廊下は幅3メートルしかない為6人で攻撃するには無理がある。味方打ちの可能性が出てくるからだ。
「屋上は?」
「ここの屋上は封鎖されている」
「しょうがねぇな。背水の陣といきますかぁ」
 俺は苦笑して答えた。
 各自が戦闘態勢に入る。
 ライ、ナツが先頭になり、続いて俺とジオ、イナ。後ろはアーティの攻撃に備えてファーに任せる。
 階段を上る音が響き、踊り場に到着。ゆっくりと鬼が姿を現した。
 俺達との距離は7メートル。ピリピリした空気。俺の身体に付着している発光剤の為、視界は良好だ。
 鬼が一歩前へ出る。
 俺達は動かない。
 ライの身体が少し沈んだ。
 その瞬間、瞬きする間もなく鬼が一気に俺達との距離を縮める。ライが左のヒゲ、ナツが右の鬼を攻撃するタイミングで俺とジオは今度は手が届かない高さまでジャンプし、壁を蹴って鬼の後ろへ回る。着地と共に水面蹴り。しかし交わされる。
「潰れな!!」
隣でジオが金的を狙うが手をクロスされガード。それを見てライが上段蹴りを出すが交わされた。俺とナツは息の合った連携プレイを繰り出すが、どれもこれも空振りに終わる。
 格の違う相手に俺達は苦戦した。
 早くケリをつけないとアーティがやって来る。俺達は4人が入り乱れての攻撃をしたが、どれもこれもが有効打には程遠い。サーベルスタンガンは狭い中なので使えない。味方に当たった時が危険だからだ。
 そしてそのうち、本当にアーティが来た。
 ファーが応戦するが、もたないと判断したのかイナも対アーティ戦に加わる。
「絞るぞ!」
 ナツの声がし、俺達はヒゲじゃない方の鬼に攻撃を絞る。コッチの方が弱い。
 4人揃っての攻撃。前方でイナとファーが苦戦しているのを見ながら、俺はもう1人の鬼の鳩尾にフック。後ろからナツがハイキック、ジオがミドルキック。動きが止まったところをライに仕留めてもらおうとしたら、ライはヒゲに捕まって1人で応戦している。前方でファーの叫び声。
「あぁ、もうクソ面倒臭い!!」
 いい加減ウザくなった俺は十分五指を開いてしならせ、相手の目をはらう。リードフィンガージャブだ。鬼がひるんだところでナツが平手で耳打ち。バシッと大きな音がした。鼓膜は鍛えれるモノではないから破れただろう。ジオがすかさずワイヤーで鬼の首を締めているのを目の端で確認し、同時にナツがヒゲとタイマンして殴られているライの援護に行くのも確認。俺は肉弾戦が苦手なイナとファーの元へ。
「ウリャッ!!」
 敵のサーベルスタンガンを交わして素早く腕を取りその下へ肩を入れてそのまま上へ。ガキッと間接が外れた音がした。もう1人と向き合った時に俺の右腕に激痛。後ろ…ヒゲと交戦中のライかナツが腕をやられたらしい。
「クソッ!」
 ファーがアーティにトゥキックを入れ、相手がしゃがんだところを俺が延髄斬り。後はイナにまかせてヒゲとの戦闘に向かう。
 ムカツクヒゲは強かった。ライが腕をやられている。俺とナツ、ジオの3人でも押し切られそうだった。
 そのうちジオが吹き飛ばされ、ナツが鳩尾に蹴りを入れられる。
「鬼さん、強いっすねぇ〜」
 俺は笑いながら言いつつも、無性に腹が立っていた。ネイGのメンバーがこれほどやられた事は今まで一度もない。ネイGは俺の家族同然であり、そして俺達ネイGは不沈艦だ。政府から何を言われてきたのか知らないが、ちょっとオイタが過ぎるってモンだ。
「窮鼠猫を噛むんだよ…」
 俺の息は上がってる。しかし俺達ネイGの相手を1人でして、ヒゲ鬼も息が上がっていた。ここで俺がもたもたしてスタミナ回復されちゃ困る。
 俺は自分の身体に意識を向ける。
 まだ動けるか、どのくらいの速さで動けるか、どれほどの重さの蹴りを出せるのか。
 それらを一瞬で確認をし、そして両足に力を込めて飛び上がった。
「トワの仇!!」
 ヒゲ鬼の左目を狙った右飛び回し蹴り。余裕を持って交わされるのを見て身体を反転。
――アメェーんだよッ!」
 空中で反転させたところでそのまま左足でヒゲ鬼の左側頭部に踵をキめる。今までの実戦では見せたことがない2段蹴りだ。
 今度こそ確実にヒットしたのを感じて着地。次の攻撃に入ろうとすると自分の足が痙攣をおこした。
 あと一撃で良い。
「誰か、ソイツを…」
 ヤッテクレと言おうと顔を上げると、そこにはヒゲ鬼の首の頚動脈を後ろから抑えているトワがいた。
「…トワ?」
「スイ。仇討ってくれてありがとう」
 トワは笑って言いながら、ヒゲ鬼を落とした。


 その後イナがヒゲ鬼のPCを破壊し、ゲーム終了になった。勝ったのは勿論俺達だ。
 トワとライの骨折、俺の背中の火傷。考えてみれば俺達の中で最も腕のたつ2人が骨折だ。その辺も考えてみればなんだかムカツク。
 迎えに来た政府の女の車に乗せられ、俺達はイライラしながら政府指定地区のゲートまで運んでもらう。
 途中で女が口を開いた。
「貴方達の不敗神話は止まりそうにないわね」
 その言葉に俺はなんだかカチンとくる。
「俺達はさぁ、確かにアンタ達が考えるゲームを楽しんでるよ。でもさぁ、今回はなんだったの?なんで俺がターゲットだったわけ?鬼ごっこじゃなかったの?アンタの言う事が信用できないなら俺達はゲームに集中できない。集中できないと楽しめない。楽しめないゲームならもうやらない」
 俺はイライラしながら女に文句を言う。
「私は鬼ごっこだと聞いていたわよ。貴方をターゲットにするなんて聞いてなかったし、貴方の被害妄想なんじゃない?」
「なにが被害妄想だ、ふざけるなよババァ。大体何が国家警察の機動隊だ。今回の鬼は陸軍の機動部隊だろうが!!」
「警察の人よ」
「警察の機動隊があんな早撃ちするかボケ。それに周辺の建物を破壊せず狙った建物だけをあんな綺麗に爆破するのにどれだけの知識と経験が必要だと思ってるんだよ。俺達のメンバー3人がかりでも倒せない人間のどこが国家警察なんだよ」
「でも楽しかったでしょ?」
「だから楽しくなかったって言ってんだろッ!!」
 ムカついたから後ろから女の座席を思いっきり蹴ってやった。
「スイ。貴方は何をイラついているの?肉弾戦ゲームで負傷者がでるのは今回が初めてじゃないし、私達政府が何をしようと今まで文句も言わなかったじゃない。貴方は過激なゲームをいつも楽しんでいたし、私達は貴方達を見ながらちょっと研究させてもらっているだけよ。スイが怒るような事は何もしていないわ」
 女の言葉はいちいち頭に来る。が、俺はそれ以上何も言わなかった。俺だって、今回どうしてこれほど自分がムカついたのか良く分からない。
 黙っているとイナが女に話し掛ける。
「今回の賞品は?」
「脳髄直結シミュレーションゲームよ。まだ発売されてないヤツ」
 イナは少し考えた後、また話し掛けた。
「前から思っていたんだけど、もうそろそろ現金で報酬を貰いたいわ。私達はゲームを楽しんでいるけれど、今回のようなあからさまな個々の能力調査はやっぱり面白くないの。もう散々子供の頃にされたからね。 それに貴方達の研究に私達が使われているのなら、リベートは当然だと思うけど」
「貴方達は国の遺伝研究に役立っているのよ。光栄だと思わない?」
 女の言葉にイナは鼻で笑った。
「光栄?冗談。私達には政府の遺伝研究なんて関係ないわよ。それに貴方達政府の役人が私達でトトカルチョやってんのは分かってるのよ。今回はネイG対鬼?それともスイ対鬼で賭けてた?どっちにしろ大穴だったでしょうよ。私達で儲ける人間がいるのならそれなりのリベートは当然。貰えないのならもうアーティとのゲームはしないわ。ちょうど飽きてきたところだしね」
 イナの淡々とした態度に女は軽く溜息を吐いた。
「ナツ。貴方はどう思う?」
 急に話を振られたナツがボリボリ頭を掻く。
「俺はどうでも良いよ。国も何も関係ねーから。ただし俺はネイGのメンバーの意見にしか従わない」
 女が苦笑している。
 俺達を乗せた車がゲートに近付いて来た。
 車が止まる。
 俺達は車から降りてゲートに向かう。
「貴方達、またゲームに参加してね。ライ、ファー、貴方達だけでもいいわ」
 女の声にライが笑って振り向く。
「俺はエピキュリアンだしアーティとのゲームは楽しいから良いんだけどさ、リベートは確かに欲しいね。因みに俺の意見はファーの意見だ」
 ゲートを開いてもらって俺達は外に出る。
「イナ。報酬はいくらだったら動いてくれるの?」
「それはそのゲーム内容によりけりかな。でも私、最近アーティとのバトル本当に飽きちゃってるから気分次第よ」
 俺達は歩き出す。
「ジオ。愛国者の貴方はどう?ゲームをするだけで国の為になるのよ」
 後ろから女が言っている。
 ジオが振り返って
「国と政府を混同すな!!」
 と叫んでいた。


 それから俺達は新世代専用病院に行き、治療を受けた。
 俺の火傷は完治に少し時間が掛かった。それでもライとトワよりはマシだったが。

 治療がすむと今度はトワの家に行って祝勝会をした。
 腹が減っていたのでデリバリーを頼んで夕飯兼朝飯を食べる。
「イナァー。政府はどうしてこんなにDNAの研究に力を入れてるんだぁ?公開された国家予算を見ると凄い金額じゃねぇか。ヒトゲノム解析なんてもうとっくの昔に終わってんじゃん。あとはジャンク問題だけだろ?それよりも他に目を向けたらいいのに。宇宙で言えばダークマターはいまだに解明されてないし、 海で言えば海底1万メートル潜れる強度を持つ原潜すら開発されていないじゃん」
 俺は熱い中華粥をフハフハ食べながらイナに訊いてみる。以前から不思議だったんだ。
「昔からDNAのジャンクにこそ最も重要なモノが隠されていると言われていたわ。それは人類をひっくり返すモノなのだと思われていたけれど、政府はDNAの可能性に全てをかけているんだと思う」
「全てって?」
「例えば国の威信。アメリカに勝るもの。軍事。不老不死。生命の記憶。人間の最終進化の可能性……」
 イナは烏龍茶を飲み目を閉じる。
 外から朝日が差し込んでいた。
「それと俺達と何か関係あんのかなぁ?」
「あるとしたらDNA操作されているアーティのハズなのにね…」
 イナはそう呟いて眠ってしまった。
 俺も床に寝転んで身体を伸ばす。トワが手を握ってきた。
 俺はヒゲ鬼にヤラれたトワの左脇を触ってみる。骨折した場所には自己治癒能力を高める為のテープが貼ってあった。肋骨はすぐにくっつくはずだから心配はないだろう。
『痛い?』
 声を出さずに訊いてみた。
『痛くないよ』
 トワも声に出さずに答える。
「スイ。お前、今回トワがやられて怒ってたんだろ?」
 自分で頼んだ焼肉定食とファーのトムヤンクンをバクバク食べながら、ライが楽しそうに聞いてくる。それを聞いてナツとジオがキャーキャー言いながらはやし立てているのが聞こえた。コイツ等はいつもウルサイ。
「ばーか」
 俺は寝転んだまま答える。
「俺が腕折られても『ライの仇!』なんて言ってくれなかったじゃん」
「ライのば〜かば〜か。ウルサイんだもんねっ!」
 俺が足をバタつかせて文句を言うと、トワがくすりと笑ったのが分かった。
『嬉しかった』
 トワが囁く。
『何が?』
 俺は小首を傾げて訊いてみる。
「トワは何でDLをやらんのだ?」
 突然ジオが割り込んできた。
「あんなの自慰と一緒だ」
「セックスは違うのか?」
「違う」
 トワの言葉を聞いて俺は笑った。
「俺がトリップしている間にセックスするなら、それだってオナニーと一緒だろ?」
 俺の言葉に今度はトワが苦笑していた。
「人類皆オナニー!!」
 ジオが叫んで、それに爆笑したナツはジオと2人で 「人類皆オナニー音頭」を作って歌っていた。
 騒々しい中でもイナとファーはスヤスヤ眠り、俺も眠たくなってくる。
 ジオとナツの酷い歌が聞こえる中、トワに
『愛してるよ』
 と囁かれた。

 俺はずっとずっと昔から、そしてずっとずっと未来まで、永遠にトワに「愛してる」って言われ続けている気がした。













 目が覚めれば永司の部屋だった。
 目を擦って身体を起こすとほぼ同時に皆起きたようだった。
「変な夢みた…」
 俺が呟くと皆の顔色が変わる。
「スススススス…スイ?……だったり?」
 ナツ…じゃなくて暁生が訊いてくる。
 俺達はそこで言葉を失った。
 それから俺達は喧喧囂囂と今回の夢について話し合った。一体何だったのか。
 しかしいくら考えても答えなんぞ出るわけがなく、途中でどうでも良くなったらしい真田と暁生が、夢の中で作った「人類皆オナニー音頭」を歌い出し、そのお下品な歌を聞いていたら俺達もどうでもよくなってしまって、結局朝食を食べて学校へ向かった。
 世の中不思議な事があるもんだと思う。
「お前は夢の中でも変わらないなぁ」
 俺は学校へ向かいながら永司を見る。
「春樹だって夢の中でも変わらないよ。俺の愛を素直に受け取ってくれない」
 …まぁ、そうかも。
「それでも俺を愛してくれる?」
「勿論」
 永司は優しく微笑んで答えてくれた。
 それは夢の中の永司…トワと同じ笑顔だった。
 学校へ行っても俺は異常に眠たくて、午前中はず〜っと寝ていた。午後から屋上へ上がって永司に凭れて目を閉じる。何だか徹夜した時よりももっと疲れていた。俺以外は皆いたって普通で、俺だけがこの酷い疲労感に苛まれていた。

 暖かな温もりをずっと感じる。
 目が覚めれば空はもう赤かった。
「起きた?」
「ん〜ん」
 俺はイヤイヤをしながら身体の向きを変えて永司に背中を預ける。
「もしかして、また変な夢見たの?」
「…あのねぇ、キリンさんの首が短くなって、俺1人で困ってる夢見たのぉ」
 そう言うと、永司がクツクツ笑いながら俺の身体を撫でてくれた。俺は大きく身体を伸ばしてから、またくたっと永司に倒れ込む。今日は学校来た意味なかったなぁと思いつつ赤い太陽を眺めていると、下から暁生の声がした。覗き込んでみると、暁生と真田と苅田と緋澄が真田のチャリで4ケツしているのが見えた。緋澄が前の籠にチョコンと座って苅田が立ってペダルを立ち漕ぎし、暁生がサドルに座って真田がステップに後ろ向きで乗っている。
「中国雑技団!!」
 真田のバカが怪しいポーズをとって大声で叫んでいる。すぐに数人の教師が職員室から出てきて、怒鳴りながら暁生達を追いかけ始めた。苅田が「重い、重すぎる!」と文句を言っているのが聞こえる。
 俺はそれを見ながら腹を抱えて笑い、柵から身を乗り出して苅田に声援を送った。
「危ないよ」
 そう言いながら俺の腕を掴む永司と目が合う。
 俺を愛する永司の瞳。それはいつも俺を見ていて、俺はその中に沈みたくなる。その中は冷たいのか暖かなのか熱いのか分からないけれど。
「ねぇ、俺が落ちたらどうする?」
「落ちない。落とさない」
「それでも落ちたら?」
「俺は落とさない。絶対に」
 永司はそう言って俺を抱き寄せた。ぎゅうぎゅうと抱き締められながら、俺は今日の夢を思い出していた。きっと今、永司も同じ事を考えているだろう。
 それは透明の瓶の中にある世界のようだった。
 俺は夢で見た空とは全然違う、この慣れ親しんだ赤い空を見る。薄い雲が広がっていて夕日を照らしていた。
 それはとても美しかった。
 俺はその雲を全部掻き集めて小さく握り潰し、陰影を伴う1つの宝石のようにしてみたらどれほど美しいだろうかと想像してみた。だけど、空はやっぱりこのままでもそれだけで充分美しいとも思った。
「俺、天の川見に行きたい」
 俺が呟くと永司が微笑んで頷く。
「星が見たいんだ。永司と。どうしても」
「いいよ。春樹が見たいのなら何処へでも連れて行く」
 永司は俺に小さくキスをした。
 俺は永司の深い瞳を見詰める。


『愛してるよ』

トワの囁きが聞こえた気がした。







end




novel