「…イ、スイ」
何か気がかりな夢から目が覚めた。
眠い目を擦って少し身体を動かすと下半身に違和感がある。ついでに俺とトワは全裸だ。
「トワ。何度も言うがな、俺がトリップしてる間に俺の身体で性欲満たすのヤメロよ」
「だってスイが起きてる時じゃできねーだろ?」
「当たり前だ。ケツに突っ込まれる俺の身にもなれよ」
俺は文句を言いながら身体を起こす。ケツが異様に痛くてムカついたからトワに枕を思いっきり投げつけた。
トワは変態だ。この時代にはそう呼ばれている人種。
今から数世紀程前、日本は崩壊寸前だった。
深刻な問題となっていた過度の人口増加、それに伴う食糧危機。犯罪の低年齢化は進む一方で性犯罪はアメリカ並。親の子供に対する虐待と見放されたと言っても過言ではなくなった老人介護。いつまで経っても近隣諸国と対等な立場で話し合えない外交の弱さにIT関連株が総崩れしデフレとインフレを繰り返す経済。
全ての問題をひっくるめて、日本は沈没寸前だったのだ。
そんな中、断固反対する一部の野党や学者達を押し切って、人口増加抑制の為に日本政府はあるプログラムを作る。
性欲プログラム、ディープ・リビドーだ。
DL(ディープ・リブドー)とは、脳に直接伝達される個人用のイメージ画像と微量の電子によって視床下部のシナプスを人工的に操作し、最上級の快楽を提供するヒト専用プログラムだ。コードを直接人間の神経に繋ぎ、つまり5感の刺激全てが神経、そして脳に直接伝達されるようになったのだ。認識とは脳への電気信号の事であるから、人は現実世界の認識と同じようなセックス、そしてそれ以上の快楽を手に入れたのだった。
このプログラムができ1世紀弱で人間はセックスをしなくなり、性犯罪もなくなった。
無宗教国家日本ならではのプログラムだった。
これは各国の倫理的反対を日本政府が珍しく押し切って強引に進めたモノだったが、しかしそれだけの効果はあったのだ。DLに誰もが嵌り、今では日本の製品を元に世界中の多くの国で開発され使用されている。
つまり俺達の時代は増えすぎた人間を抑える為、できるだけ国民の顰蹙を買わずに政府が必死で作った大規模な計画の下で生活しているのだ。
このDLの成功を期に、政府は次々に新しいプログラムを使い始める。一昔前までは大問題だった若者のドラッグ問題も、これまた苦肉の策で政府が作った人畜無害な脳内麻薬増幅プログラムによって解決された。これも今や世界中でヒットしている。
人間は所詮快楽の為に生きているのだ。
ただこの時代にも戦争や紛争はあるのだが、それは増えすぎた人間の間引きとして、そして人間の性として国連までもが黙認するようにまでなった。国連はこの時代、もう平和の番人ではなくなってしまったのだ。いやもともと違ったのかもしれないが、とにかく何時の間にか国連は国連の名を語る違う組織に様変わりしたのだ。
俺達の時代の数少ない子供は全て選ばれた精子と卵子により、人工授精と人口子宮によって生まれるようになった。俺達は人工子宮にいる時から脳にナノマシーンを注入され、様々な情報を受け取って成長してきた新世代と呼ばれている。
このように俺とトワは優秀な遺伝子を持った精子と卵子から作られた、生まれながらのエリートのはずだった。
この時代の限られた子供達は皆、完全に新しい世代として確立されているはずなのだ。
にも関わらず、トワは原始的なセックスを好む。
性欲プログラムDLより数段劣る快楽しか得られない生身のセックスなんて普通はしない。結婚式の初夜に一度だけセックスする特殊な宗教があるらしいが、DLに慣れた女は絶対エクスタシーを味わえないし、男も射精できないので途中で合法ドラッグを使うらしい。それにわざわざ自分の体力を削って何が楽しいのか。
しかもトワはゲイだ。ゲイやレズビアンは現在市民権を得ているのだが、ただでさえこの時代に原始的なセックスをするモノなんていないのに俺相手に何をやっているのか。
トワは理解できない変態だ。
「お前さぁ、原始的なセックスなんてして何が楽しいわけ?」
俺はベッドの下に散らかっていた自分の服を着ながらトワに訊く。
「現代の恐怖は生殖能力の著しい低下にある。生物の存在理由である遺伝子の存続ができなくなった時点が我々人類の種族寿命であり、それは目前に迫ってきている」
「だったら女とヤレよ」
「愛する人間とセックスするのは人間の最後の本能だ」
「お前言ってる事滅茶苦茶」
その最後の本能も結局は個々が得られる最高の快楽に負けるんだ。人間なんてそんなモンだし、それはもう証明されている。愛し合う男女は手を握って別々にDLを楽しむ。そんな生活に誰もが満足しているんだ。反対しているのはごく一部のアングラな組織とごく一部の宗教家だけさ。
「トワは筋金入りの変態なのか偏屈な哲学者なのか」
「俺はスイを愛してるだけだ」
「…お前、やっぱただのバカ」
服を着ると俺の携帯から呼び出し音が鳴る。電源を入れるとライが出て来た。
「よう、スイ。…お?お前またトワに変態行為されてたのかよ」
立体映像のライはソファーに座ってニヤニヤしている。
「トワに何か言ってやってくれ。俺はケツが痛くてたまんねぇよ」
「無駄無駄。この時代に旧世代セックスなんかする奴の神経回路はイかれてるんだよ。それよりお前、これから出て来いよ」
「違法ドラッグならやらない〜」
ライは違法ドラッグをやりながらのDLが大好きだ。そんな事をすれば脳に負担が掛かり過ぎて画像が幾重にもオーバー・ラップする。それは常人には耐え難いバッド・トリップなのだがライには心地良いらしい。コイツもコイツで一種の変態なのだろう。
「そんなんじゃねーよ。今朝アーティ11の奴等から宣戦布告が来たんだ」
「ん、分かった。行く」
「トワも来いよ」
ライの言葉にトワはムっとする。
「…イヤだ」
トワはライが嫌いだし、アーティとのゲームもあまり好きではない。
「いいよ、トワは俺が連れて行く。んじゃ、お前ン家に30分後ねぇ」
俺はそう言い、3Dを切って用意をする。ぐずるトワを急き立ててライの家に向かった。
「アーティ」は俺達が所属している「ネイ」と敵対関係にある。それは俺達が生まれる前から決まっている事だ。アーティのメンバーには皆DNAのジャンクに多少手が加えられていて、俺達ネイのメンバーはそのままのDNAだ。現代になってもいまだにDNAの働きが全て解明されていないのだが、政府はやっきになってDNAジャンク問題に取り組んでいる。そしてなぜか俺達新世代で人体実験を始めた。政府は否定しているが、結局そういうコトなのだ。クローン技術も進んだ現代に何故俺達で実験するのか分からないのだが、とにかく俺達は常に敵対させられ、それを監視されている。政府公認で大暴れできるのだがら文句はのだが。
街に出ればすでに日が暮れていた。
俺とトワは歩きながら眠らない夜空を見上げる。高層ビルの隙間から僅かに見えるそこにはいつも何もない。腐ったテレビのブラウン管のように、何もない。ビルの隙間に、たまに薄ぼんやりと月が見える程度だ。しかしそれも、何も映らないブラウン管に反射している蛍光灯のようだった。
昔は見上げれば星が見えたらしいのに、いつからこんな空になってしまったのだろう。
「トワ、今日の賞品何だと思う?」
「またくだらないゲームだろ」
「脳髄直結シミュレーション?あれ、面白いじゃん」
「俺はつまらない」
「変態だから?」
「そうかも」
トワはどんなゲームにも興味を持たない。トワが興味を持つのは俺自身のコトだけだ。
「スーイスイスイ」
ライの家の前に着くと、やたらと機嫌の良さそうなジオがいた。
ジオは女のくせにやたらと反射神経の良い、それでいてこの時代には絶滅寸前とも言える程の極右思想の女だ。国の話になると必ず「日本はもう一度鎖国するべきなのである!」なんて科白がサラっと出てくる。
「ライは?」
「ファーと一緒にもうすぐ降りてくるだろう。後はナツだけだ」
俺達はライが降りてくるのを待つ。
隣に座ったトワが俺を見ているのが分かった。
トワはいつも俺を見ている。子供の時からずっとだ。暇さえあればいつも俺を見ている。もう慣れてしまってウザイとも思わなくなった。トワに触れられる事もトワと同じベッドで眠る事もトワにキスをされる事も、全て子供の頃からの習慣で今では何も思わない。俺達はいつも一緒にいる。それは俺の意思とは関係なしに、なのだが。
しかし俺にとってトワは仲間の1人だ。
恋愛感情もなければ別にこれといった特別な感情もない。
足を投げ出しブラブラさせながら腕の携帯で遊んでいると、今日もエアー・スケートボードの最高速度でナツがやって来た。コイツのエアスケはウルサイからすぐ分かる。
「スイ、今日のゲームって何処と?」
目の前で急ブレーキをかけ、ナツが訊いてくる。
「11らしいよ」
「へぇ。あそこ、結構強いって噂のトコじゃん」
「関係ねぇよ。俺達『ネイG』の無敗神話は止まんねーさ」
「確かーにっ!」
ナツと話しているとファーと一緒にライが降りてきた。
それから俺達はいつも通り途中でイナを拾って、政府の管理している特別指定地区に向かう。ここは街から離れた場所にある広大な敷地だ。正確にどのくらいの面積があるのか一般には公表されていない。
セキュリティーで瞳孔チェックをして中に入った。
入り口にいつもの役人風の女が立っている。
この女は若いのか年なのか分からない感じの女だ。
女と一緒に車に乗ると、今日のゲームの説明をされた。今日のゲームはこの広大な土地の中のC地区を使うらしい。武器は支給されたモノのみで時間は6時間の短期戦。今回は敵の位置や仲間の位置を知る為のGPSは使用不能。
「で、結局何すんの?」
ナツがイライラした様子で訊く。
「原始的な鬼ごっこ」
役人風の女は淡々と答える。
「なにそれ?」
「ナビは利かない武器も大した物じゃないトラップもまともなモノは張れない、携帯も使えないから仲間との連絡も取れない。使えるのは自分の身体のみ。それで鬼から逃げてもらうわ」
「面白そうじゃん」
ライがニヤニヤして言う。俺も面白そうだと思った。きっとナツもジオもそう思っている。
アーティとのバトルはその時によって全然違う。それは1ヶ月間掛けたかなり本格的な戦争だったり陣取りゲームだったり宝捜しだったり、ただの知能テストだったりする。
「鬼は誰よ?」
「鬼は国家警察の機動隊から2人。鬼に捕まったらゲームアウトね」
「え?鬼変わるんじゃないの?」
「変わらないわ。そこでアウトしてもらう。半日経った時点、もしくは片方のチームが全員捕まった時点で終了」
C地区の入り口に到着すると各自に武器が支給された。長さ1メートル程しかないワイヤーとスタンガン機能を備えたサーベル。防具はメットのみ。唯一ジオだけが「サーベルスタンガンは邪魔になるからいらない」と言い、結局ワイヤーとメットだけで参戦する事になった。その後認識票を配られ各自腕に付けている携帯に登録。鬼に捕まってこの認識票を読み込まれるとゲームアウトだそうだ。だから各自腕の携帯は外さない、隠さないように注意される。しかしこれまたジオだけが携帯を持っておらず、認識票のチップを首に捲き付けて参戦する事になる。
「開始は12時から朝の6時まで。もう質問は受け付けない」
女はそこで説明を終えた。
俺達は車を降りた後、C地区の範囲を教えて貰う。ここは崩れかけたビルが並ぶ廃墟だった。荒れ果てていて逃げる・隠れるにはもってこいの地形に見える。
いつもはそれから各自の動きを確認するのだが、何せ今日は携帯が使えないから連絡が取れない、レーダースクリーンもレシーバーも支給されてない。本来なら司令塔の役割のはずのイナが物凄く不服そうだ。イナはパソコンフリークで、ついでに俺達ネイG唯一の戦略家だ。俺達はその戦略をなるべくオモシロオカシク実行する戦術家。今までのバトルはそれで勝利してきた。しかし今回のように俺達駒をイナが動かせない場合は各自バラバラで行動する事になっている。
「イナ、お前肉弾戦苦手だろ?」
ライがニヤニヤして言う。
「苦手も何も、ヤル気も起きないわよ」
イナは大欠伸をしながら使えない腕の自作携帯を弄んでいる。どうやら本当にヤル気がないようだった。
「んじゃ、今回は作戦ナシでいきますか」
俺の言葉に全員が頷く。
それでも鬼が2人いるので俺とトワ、ライとファーはいつものようにペアになった。ナツとジオはこれまたいつものように個人行動だ。
「貴方達ネイGっていつもこんなんなの?大まかな作戦もチームワークとかもないわけ?」
珍しく俺達の話を側で聞いていた役人風女がクスクス笑いながら訊いてきた。俺達が無敗なのはよっぽどの理由があるのだと思っていたのだろうか。大体こんな鬼ごっこで大まかな作戦もクソもない。地区内の詳しい見取り図も鬼の情報も何もないのだ。こうゆう時はチームの事なんぞ考えていたら全員捕まる。
「俺達はいつもこんなんだよ。
通信利く時はなるべくイナの作戦に従うが、基本的にヤリタイ放題」
ナツがシューズを履き直しながら答える。
「朝の6時まで、どっちのチームも誰も捕まらなかった場合は勝敗どうなるんだろうな」
ファーがライに訊く。
「多分その機動隊さん達は余程のモンなんだろうぜ」
ライがニヤついて答える。
こうしているうちに12時が近付き、俺達は「ネイG丸は不沈艦!!」を口々に散って行った。
俺はトワと歩きながら、今回のゲームについて考える。
このC地区は周りに金網が張られている。そこから電波妨害が出ているのかどうか…は分からないのだが、とにかく電波を飛ばせない。イナの自作携帯でもお手上げのようだったので、かなり強力なモノに違いない。試しに地区内で自分の携帯でナビ機能をチェックしてみたが確かに反応がなかった。やはりここには強力な電波妨害が張られているらしい。
しかしその条件は鬼も一緒のはずで、まさかこの中で特殊なレーダーを使えるなんて事はないだろう。
そうなると、である。鬼は2人。組んで動くかあらかじめ何らかの作戦を立ててピンで動くかは分からないのだが、どっちにしろこのC地区は広すぎるはずだ。廃ビルは1棟4階以上で、見ただけでも30棟以上はある。タイムリミットがたったの6時間の中で、一つ一つを隈なく探すのは無理のはずだ。圧倒的に俺達に有利な展開になる。
それなのに、この勝負はあくまで「ネイG」対「アーティ11」。これはライの言う通り、余程腕に自信のある「機動隊員」なのだろう。
……いや、もしかして。
「トワ。今回の鬼ごっこってさぁ、もしかしてただ逃げるだけじゃ駄目なんじゃ……」
「勿論駄目だろう。アーティの奴等を鬼に献上しつつ逃げなきゃ」
やっぱり。
つまり隠れているだけじゃ駄目なんだ。勝つつもりなら俺達はそれなりに動き、アーティの奴等を捕獲して鬼にそれを布告し、捕まえて貰わなくてはならないのだ。でもこれはハイリスク・ハイリターン。
「三つ巴ってかぁ」
なかなか面白そうだと思った所で12時10分前になった。
俺達はまず、一番見晴らしの良いビルが一番良く見えるビルに入る。所々崩れているビル内には電力が通ってない為、俺達は9階もある屋上まで歩いて上らなくてはならなかった。これだけで相当疲れる。
「誰がいると思う?」
暗い階段を上りながら、向かいのビルに誰がいるのか予想してみる。
「自信家のバカ」
ライの事らしい。俺もそうじゃないかとは思っていた。イナは多分、今回は全く動かない筈だ。見つかるのも見つからないのも運。そう思って、隠れて寝ているだろう。ナツとジオは単独行動しているから迂闊な事はしない。アイツ等は最初は冷静に事態を見守る。しかしライは違う。ライはなまじ腕に自信がある為、アーティがいようがいまいが関係無しで一番目立つビルに入って、しかも屋上から鬼の姿を確認しようとするだろう。
俺が屋上のドアの前で立ち止まり、先客がいないかどうか気配を読む。本当は気配を読むってか、自分の第六感に訊いてみるのだ。
「どう?」
「大丈夫」
俺とジオは異常に勘が良いからこんな時は頼りにされるのだ。
ドアを開けてコチラより少し高い向かいの屋上を見ると、案の定ライとファーが金網に凭れていた。
「トワ、見える?」
「見えるけど、ライ達の他に誰がいるんだ?」
「あれ、アーティ」
俺は笑って答えた。ライはすでに1人のアーティを捕獲している。ネイGの中で一番視力の良いファーが俺達に気付き手を上げた。俺も手を上げる。
俺達はそれから屋上を回って、このC地区をチェックした。一番高い建物はライ達がいる目の前のビル。数えてみると12階ある。あれは上るのも一苦労しそうだ。C地区の正確な広さは分からないが、まぁ西の入り口から一番端の東のフェンスまで1キロ弱だろうか。南北の距離は建物が多くて良く分からない。北西は建物が少なめで東南が多いように見える。あとで移動しながら確かめないといけない。しかし南北も同じ距離があるとしてこのC地区は1キロ平方、存在する建物の高さを考えると本当に広い。6時間鬼から逃げるのは余裕に感じた。
12時1分前になってC地区の入り口にジープが現れた。中からオッサン2人組が出てくる。2人ともガタイの良い中年オヤジだ。確かに紺の機動隊の制服を着ている。
「肩のヤツ、光線銃?ライフルじゃないよな」
片方のヒゲを生やした鬼が持っている銃が気になって目を細めて見てみるのだが、遠すぎてイマイチ判別できない。ファーも鬼の肩に掛かっているモノに気付き、俺にジェスチャーで何か訊いてきた。しかし俺も分からない。
12時の時報。
『只今より戦闘開始です』
何故そんなモノまで持って来ているのか、鬼の1人が拡声器で話す。しゃがれた声だ。一般地区から離れたこの静かな特別指定C地区に鬼の声が響く。ライフルを持ったヒゲを生やした鬼がライ達の方を見ていた。
「戦闘開始ってさぁ、それじゃまるで――ッツ!!」
一瞬ヒゲ鬼の1人と目が合ったと思った瞬間に間髪入れずソイツが銃を向け俺に狙撃し、反射的に動いた俺の頭を掠って弾が後ろのコンクリートにぶち当たる。
「スイ!」
2人で屈んだ時には3発の銃声が聞こえていた。
「なんてこったよ。トワ、後ろ見てみ」
俺達の後ろのコンクリートにはキラキラと粉が舞っている。
「発光弾……みたいなモン?」
「ちょっと違う。いや、全然違うかな。ペイント弾の一種だろう」
俺は笑いながら粉が治まるのを待った。多分これが身体に付着したら取れないのだろう。暗闇の中をキラキラ輝きながら移動するのはごめんだ。
俺はトワと一緒に身を屈めながら、今の早撃ちは一体何だったのだろう少し考える。俺と目が合って一体コンマ何秒で鬼は動いたのか。
「何でライ達じゃなくて俺が狙われたんだろ?」
「スイが可愛いからさ」
そうかも…なんて喜んでる場合じゃないかも。
『これからこのビルを爆破します。この中にいる人間は15分以内で出てきなさい』
このビルに来るのかと思ったのに鬼はコチラには移動せず、C地区出入り口の、一番手前の小さ目のビルを見上げてまたもや拡声器で叫んでいる。俺達が呆然としていると、鬼達はジープの中から何やら箱を取り出してビルの中に入って行った。
あのビルには、人はいないと思う。でも、いたらどうなるんだろう。鬼達は今あの建物の中を虱潰しに調べているのだろうか?それだったら全部調べるのに15分では短すぎる。あのビルだって4階以上あるのだから。大体爆破しますって言ってたけど、本当だろうか。
俺達はとりあえず2つ隣のビルに移動をした。
一番上の階まで上って、トワと一緒に窓枠に腰掛ける。ガラスが砕けていたので身体を乗り出したら真ッ逆さまに落ちてしまいそうだった。それを心配してかトワが俺の腕を掴んでいた。
俺は時々この手を、このトワの手を振り解きたくなる。俺を見詰めるトワを殴ってやりたくなる。殴って、蹴り付けて、罵声を浴びせて、そしてトワから逃げたくなる。でも俺はいつも、結局何もしない。トワが側にいるのを許している。
「トワ。もし俺がここから落ちたらお前どうする?」
生温い風を感じ、俺は身体を窓の外に少し乗り出してみる。
「危ないよ」
トワは俺の腕を掴んでいる手に力を入れ、自分の方へ引き寄せた。
「ねぇ、俺が落ちたらどうする?」
「落ちない。落とさない」
「それでも落ちたら?」
「俺も落ちる」
トワは真剣に言いながら俺にキスをした。俺は何も思わない。子供の頃からしょっちゅうトワは俺にキスをし、俺はそれを当たり前のように感じていた。俺がトワから逃げたくなるのはこんな時だ。でも、もし俺が逃げてもトワはきっと追いかけてくる。トワは俺を掴む腕を絶対に緩めない。俺がどこかに行こうとしても、その手に力を入れて自分の元に引き戻す。
まるで俺がどこかへ落ちないように、その手は俺を掴んでいる。
「愛してるよ」
耳元で低く囁かれた。俺はこの声を聞くと、自分もトワの事が好きなんじゃないのかと思ってしまう。
「ばぁか。ゲーム中だぞ」
「関係ない」
トワは笑って俺を抱き締めた。
俺は思う。
トワから逃げたい。しかし逃げようとした時トワに強引に抱き寄せられるこの瞬間が、俺がトワから逃げない最大の理由だと。
トワは仲間の1人だとは思っているが、
しかしその感情を意識すると俺は自分がたまらなくなる。
それが恋か愛か、それとももっと別の何かなのかは確かめようもないのだが。
15分経つと鬼達が出て来て、俺とトワはまた隠れながらもその行動を見ていた。鬼達はジープに乗り少し離れてまた止まる。
そしてそのジープが止まった時、地震のような揺れと劈くような爆音と共にモウモウと塵埃が舞い上がり、そしてその数秒後に塵埃の中から綺麗サッパリと完全な瓦礫の山と化したビル跡が姿を現した。
ネイGの中では爆薬に精通している者はいない。ナツが簡単な爆弾を作れるだけなのだ。それでも俺は鬼達の異常に完璧なその爆破にいたく感心してしまった。何せ目標としていた建物だけ破壊し、隣接する建物は崩れていない。
「ここまで派手な事されたの初めてだな」
トワも驚いているようすだった。
「ビル1つ破壊ですか。もしかして1つ1つ爆破していくつもりとかぁ?」
「まさか。時間掛かりすぎるだろう」
次に鬼達は、ジープでさっき俺達がいたビルの前まで来るとまた拡声器で警告を発した。俺とトワは鬼がビル内に入って行くのを確認し、また移動をする。鬼はビルをチェックしながら爆弾を仕掛けている。そしてこの時が俺達にとって一番動きやすいのだ。
時間があるのならC地区の地形を確認しておきたかったので、俺達は一番東まで行って距離を確かめる。やはり東西1キロ弱だ。フェンスとビルの間に細い道が南北に通っていたので、そこから北に入った。暫く歩くと西で地響きと爆音。
「もし俺達があのビルにまだいたとして鬼の目からも逃れたとすると、やっぱ木っ端微塵なわけなの?何か今回凄い強引じゃねぇ?」
俺は歩きながらトワに訊く。
「だから最初の爆破は俺達がいたビルじゃなくて、誰もいなさそうな入り口のビルを爆破したんだろう。アレで警告したんじゃないか?本気でヤルと」
「…なるほど」
鬼達のジープの音がした。どうやらコッチに向かっているようだ。しかし途中で『アーティ11、1人確保』と拡声器の声がする。多分ライが捕まえた奴だろう。
道路に放置されていたに違いない。
俺とトワは北へ走り、大き目のビルに入る。
『今度はこのビルを爆破します。中にいる者は10分以内で出てきなさい』
鬼の声が聞こえる。どうやら今度は最東端の大道り南側のビルを爆破するらしい。
「トワ、どう思う?」
「こりゃマズイかもな。本気で逃げないと今回は命が危ない」
トワの真剣な言葉に俺は薄笑いを浮かべた。