トワの囁き
深海春樹 岬杜永司 真田鮎 苅田龍司 緋澄潤 南暁生 砂上喜代
世の中には最悪な組み合わせってのがある。
葬式にアロハシャツとかコーラに日本酒とか入院患者に盆栽とか服のセンスが悪い美術教師に耳がオカシクなるくらい音痴な音楽教師とか超意地の悪い時のノビタにすぐ騙されるドラエモンとかあとは…とにかく、とにかくね、その最悪の組み合わせの中でも最も最悪な組み合わせを今日初めて知った。
それは暁生と真田だ。
この2人が並んでいると迫力のある映画に出てきそうなカッコイイカップルに見える。
しかし暁生も真田も稀に見る「超スーパータイトルマッチ級」の我儘人間なのだ。特に御機嫌な時の暁生と不機嫌な時の真田は「我こそはそう、Center Of Universeなのである」なんて言いそうな程だ。
そしてその状態の2人が揃ってしまった事が今回の騒ぎの発端だった。
暁生が日曜日に上機嫌でやって来て、「今度苅田達と『深海君岬杜君一件落着パーティー』やるから楽しみにしてろ」と言われたのだが、その週の水曜日、つまり3日後に、本当にそのなんだか分からない『一件落着パーティー』が永司のマンションで行われる事になった。
正直に言うと、最初は別に普通だった。暁生の機嫌は良くも悪くもなくいたって普通だったし、苅田はしきりに永司をからかいながらもそれでもまぁ2人して仲良くしていた。緋澄は後から来るらしく、最初はこの4人だったのだ。
途中で暁生が「深海の手作り料理が食べたい。ジャガイモ入ったヤツ」と言い出し、俺も腹が減っていたしで、デリバリーで頼むより自分で何か作った方が美味いしと思い料理を始めた。その時たまたま砂上が俺の携帯を鳴らしたので、ここに遊びに来ないかと誘うとすぐにタクシーでやって来た。俺も永司も、この関係を誰かに隠そうとは思っていなかったのだ。そして砂上と俺が料理を作り、出来上がった所で今度は苅田の携帯が鳴る。どうやら緋澄だったらしく、苅田は「酒を買って来てくれ」と頼んでいた。緋澄は近くに来ていたらしくこれまたすぐにやって来た。
やって来たのは良い。
ただし、何故か…本当に何故か…ここにいる誰もが思いもよらぬ人物を連れてきて。
「ヒジキーーーー!!」
この一声を聞いたときは本当に驚愕し、俺は飲んでいた麦茶を気管支に入れてしまった。
誰がここで真田鮎を想像したろう。緋澄と真田が仲が良いとは思ってもみなかった。俺は苅田がまた悪戯して真田を呼んだのかと思ったが、苅田自身も口を開けて真田を見ていたから本当に何がなにやら分からない。
「ささささ真田?」
「そうだ。何やら今日は私の為に飲み会を開いてくれたらしいではないか」
「…誰の為って」
「私の為に皆集まってくれたのであろう」
どうしてそんな話になっているのか皆目見当もつかない。
「どこからそんな話が…」
「この美形君だ」
そう言いながら真田は緋澄を指した。
「潤?!」
苅田が驚いた声を出す。そりゃそうだ。緋澄は永司と同じく本当に無口な人間で、しかも人見知りも激しい。真田と喋っている所なんて見た事もない。
それでも話を聞いていると事の真相が明らかになってきた。
緋澄が酒屋で酒を買っていると偶然そこで真田に会ったらしい。真田が声を掛けると驚くべきことに緋澄も返事をした。ここですぐに返事が返ってくるところをみると、どうやら緋澄は真田を気に入っているようだ。真田は今日ここで俺と永司の『一件落着パーティー』が開かれるのを聞き、自分も行くと言い出した。そして緋澄は、とにかく信じられない事だが、あの緋澄が、真田と仲良くお喋りしながらここまでやって来たと言うのだ。
実際真田がこの説明している時も、緋澄は真田の話を聞いてコクリコクリと頷いていた。
「…ってコトだ。それで私が美形君に『ヒジキとホーミングの一件落着パーティーということは、私の世紀の大失恋記念パーティーなのだな』と聞いたところ、美形君は『そうだね』と言ってくれた。だから今日は私の世紀の大失恋記念パーティーなのだ」
真田は言いながら俺と砂上が作ったポテトサラダを勝手に食べていた。俺と永司の「一件落着パーティー」は、真田必殺の脳内変換で「世紀の大失恋記念パーティー」になっているらしい。大体どうして自分の大失恋に記念パーティをしなくちゃいけないのだろうか。
「美形君、今日は君をツマミに吐くまで飲むぞ!」
そう言うと真田は勝手に冷蔵庫を開け俺の(永司の)ビールを出し、それを皆にくばり酒盛りを始める。
俺達も最初は呆然となりながらも次第に真田のペースに嵌り、ビールのガブ飲みを始めた。
そして宴たけなわ一歩手前位で様子が変わって来た。暁生がミョーにハイテンションになり、真田の機嫌がどんどん悪くなっていったのだ。
事情の知らない砂上と暁生に真田は自分の失恋話を聞かせている。「ヒジキは真田十勇士に昇進させてやった恩を忘れよって」とか「元来ホーミングは私のモンだったはずなんだ。それをホーミングはホーミングのクセしてロックオンする相手を間違えおった」とか、もう滅茶苦茶俺達にネチネチ文句を言いながらビールを飲む。俺と永司以外はその話に爆笑している。俺は、ちょっと待て、これは一体何のパーティーなんだ?真田のネチネチ愚痴パーティーなのか?と思いつつも、しょうがないから真田の話に合わせていた。
そのうち真田の機嫌はどんどん悪くなり、暁生はどんどんハイテンションになり、そしてこの2人が何故か何故か異常に意気投合し始めた。「真田、お前美人なのになー」「暁生、オヌシは良い奴だな。今日からオヌシはワラワの心の友じゃ!」とか言いながら2人で酒を飲み飲み盛り上がっている。しかも真田は砂上にも「砂上、オヌシもワラワを慰めろ」とか言って誘い、続いて緋澄に「美形君、オヌシは勿論今夜の夜伽に参れ」と言い、最後には「駅弁はムカツクがしょうがないからワラワに膝枕をいたせ」と締め括った。
真田は永司のこの部屋に『真田ハーレム』を作ったのだ。
俺と永司はそのさまをただ見ているだけだ。何せ真田は俺達の当付けでハーレムを作っている。俺が永司を見ると、永司もちょっと困ったねといった感じで俺を見た。
永司がそっと俺の手を握る。
「ゴルァ!!お前等なにイチャついてんだ馬鹿者ッ!!」
すかさず真田の突っ込みが入る。それでも手を放さない永司。永司はたまにこうゆう変なところでとても頑固になる。怒った真田はそれを見てまた文句を言い、ビールが切れたので緋澄と一緒に持ってきた日本酒を飲みだし、
「皆のもの見ろ!コヤツ等は私のいたいけな恋心を踏み躙りよる。しかも犬のフンを踏んだスパイク付きの靴でグリグリと踏み付けるのじゃ」
と大騒ぎし、
「私の心はまだ癒されてはおらんのに…。薄情者。鬼。悪魔。乙女の心を踏み躙りそこに塩を擦りつける鬼畜」
と泣き真似までする始末なのだ。真田が泣くわけないのだが。
泣き真似が終わると今度は開き直って我儘を言い出す。もっとツマミ持って来いとかここでキノコ使って乱交パーティーしようとかヒジキ一発殴らせろもしくは抱かせろとか。それに暁生まで我儘を言い出す。何か弾け飛んでいてそれでもってデビルマンのテーマ曲みたいな音楽が聞きたいとか、この日本酒熱燗にしてくれとか。
俺と砂上はこいつ等の我儘が余りにも五月蝿くてしつこい為、しょうがないからできるだけの事はやってやる。
真田と暁生は我儘を言いたいだけ言うと、今度は暁生が
「この部屋を探検しようぜ!!」
とか言って、本当に探検し始めた。隣室に入ってクローゼットまで開ける始末。真田は「ホーミングのパンツが見たい。持ち帰るんだ」なんて喚いている。最悪だ。
どうやら真田は未だに永司に未練があるらしく、何かにつけて「ホーミングは…ホーミングは…」を連発していた。
俺はちょっと複雑だった。真田が本当に永司を好きだったなんて知らなかったんだ。真田はいつも永司のコトを目の保養君と呼んでいたし、永司は見てくれが良いからそれを気に入ってるんだと思っていた。真田は普段ヨダレを垂らしながら永司を見ていたし、そこには思いつめたような感情はなかったように見えたから。
「ヒジキー。お前ちょっと上着脱いでみそ」
これだけ飲んでやっと酔いが回ったのか、永司の下着を頭から被った真田がヘラヘラしながら絡んでくる。ついでに何を考えているのか暁生まで俺の下着を頭に被っていた。
「何で脱がなくちゃいけないんだよ」
「だってホーミングは脱いでくれんだろう?」
「そりゃそうだけど、俺だって脱がないもん」
「脱げ」
「だからどうしてよ」
「私は男の裸体が大好きだなんだ」
完全酔っ払いの真田が俺に絡んでくる。そのうち調子に乗った暁生まで俺を捕まえようとして3人で追いかけっこが始まった。
「永司!この2人どうにかしてくれ!!」
「…ごめん、無理」
そんな殺生なぁ〜と思うのだが、本当にこの2人は止め様がない程の酔っ払いだった。
「ヒジキが恥ずかしいのならば私も脱ごうではないか!」
とか言いながら真田が真っ赤なシャツに手を掛ける。砂上が慌てて止めたのだが、「ならば砂上が脱げ」と言われ、「そんな事したら喜代お嫁に行けないじゃない!」と返し、結局真田は本当に脱ぎ始め暁生も喜んでそれに続いた。砂上と俺の必死の説得で何とか下着は付けたままだったが、俺達がいなかったらこの2人は絶対真っ裸になっていたと思う。苅田は手を叩いて喜んでいたし珍しく緋澄も笑っていたけど、どうしてか何時の間にかこの2人のお守役になっていた俺と砂上は大変だったのだ。
「約束だ。ヒジキも脱げ」
「約束なんてしてないもん」
「契約違反だ!!」
契約なんてしてない…とも思ったが、余りにも五月蝿いのでしょうがなしに上半身だけ脱ぐ。
「お前、やっぱり思った通りの綺麗な身体だ……」
酔っ払いの真田にしみじみ言われてしまった。しかし真田の身体も凄かった。それは高校生のモノではないような迫力…はっきり言って胸は砂上の方がデカイと思うが、それでも真田の170の長身にこの整った身体を見せられると、俺でも永司は確かに照準を間違ったのではないかと自分らしくない考えが頭を過ぎった程だった。それ程真田の身体はカッコ良かった。
それからこれも珍しく少し酔った苅田までもがその見事な身体を自慢するように見せ付け、ついでに真田に「テメーの身体なんぞ見たくもないわ、このオスフェロ!」と頭を叩かれ、暁生が無理矢理緋澄の服まで脱がせ、もうなにがなにやら分からなくなって夜は更けていった。
実際俺も我儘2人組みに強引に日本酒を飲ませられ、酔っ払った。
珍しい、そして変な夜だった。
アルコールに滅法強い苅田も酔い、そして途中でクソ五月蝿い真田と一騎打ちでゲームを勝負して強制的に飲まされたこれまたザルのはずの永司も少し酔っていた。
苅田と真田と緋澄が持ってきたモノ、そしてこの部屋に元々あったアルコールが全部空になったのだ。
正直、俺はこの辺りから記憶が曖昧だ。
ただ所々の記憶で、暁生と真田の馬鹿者2人組みが揃ってトイレで笑いながらゲロを吐いていて、しかもウォシュレットを見て爆笑していたのは覚えている。なぜそんな所を覚えているのか分からない。でもそれを覚えているってコトは、俺自身もその場にいたんだ。それで俺も同じくウォシュレットを見て、何が楽しかったのか爆笑していた気もする。恐ろしい。
それから皆でかくれんぼまでしたような気もする。ヘラヘラになった俺を永司が抱いてウォーク・イン・クローゼットの中でキスをしていたら真田に見つかって頭を叩かれた…ような気がする。それから俺達が鬼になって、勝手に俺達のベッドで隠れていた苅田と暁生を見つけて、今度は俺達がこの2人の頭を叩いた…気がする。今度は永司と一緒に浴室に隠れていたら中々見つからなくて、調子に乗ってイチャイチャしていたら暁生と砂上に見つかって頭を叩かれ、それで今度は俺達がカーテンの後ろで隠れていた緋澄と真田を見つけて今度は……もうこの辺は夢うつつだ。
とにかく楽しかったのは覚えている。
かなり楽しかった。
一度夜中に目が覚めると、最後にちょっとだけ残っていた永司のバーボンを永司、苅田、真田で回し飲みしている。砂上と暁生、緋澄はリビングの床でザコ寝状態で、俺はソファーで永司に膝枕してもらっていた。
「永司、何か飲みたい。アルコール以外で」
そう呟くと永司がキッチンから冷たい水を持って来てくれる。飲むと少し楽になった。
「お前等強いなぁ」
俺なんてまだ頭がグラグラする。多分自力では起き上がれないだろう。
「私は吐くと復活するタイプなんだ」
真田が笑いながら言っていた。どこから持ってきたのかその手にはニンジンが丸ごと握られていて、真田はそれをウサギさんのようにそのままがぶりついていた。
俺はこの3人の話を薄ボケた脳味噌でボンヤリ聞いていた。
途中で苅田が俺の足を持ち上げ、ソファーに座る。
「以前は深海ちゃんの身体は反対だったのにな」
と言いながら。そうだ。以前は苅田が俺に膝枕をして、永司は俺の足を自分の足の上に置いていた。
真田がのそのそ動き苅田の足元まで移動し、砂上暁生緋澄の身体を引き摺って自分の側に寄せていた。
砂上は右、緋澄は左、暁生を足の間に挟んで、その上苅田に凭れて肩を揉んでもらっている。
「素晴らしいだろう?真田専用ハーレム名付けて『侍れ侍れ美しき者達よ!』じゃ」
真田が俺を見ながらゲラゲラ笑っている。
俺は何となく、本当に真田は永司のコトが好きだったし、
そして今でも好きなんだろうと思った。
「…真田、裏切っちゃってゴメンね」
こんな事言ったら嫌味かなぁと思いながら呟いてみた。苅田に身体を預けながら肩を揉んでもらっている真田と目が合う。
不思議な瞳だった。
「私はな、深海春樹を愛している岬杜永司に惚れていた。お前は逃げていたが、岬杜の感情から逃げ切れるわけがないと思っていた。そして予想通りお前は捕まった。でもそうなると私はお前が憎くなってな。羨ましいよ。この男にこんなに愛されてさ」
真田が自嘲気味に言う。
「俺のコト憎んでるの?」
「嫉妬しただけだ。それに私は深海春樹を愛する岬杜永司に惚れていた。お前は別に謝る必要が無い。そのかわり当分憂さ晴らしさせてもらうからな」
真田はそう言って目を閉じた。
俺ももう限界だったので、そこで同じく目を閉じた。