第4章 永司の意識
意識がハッキリしない。
皮膚の上に分厚いビニールのようなモノを貼られているみたいな感じで、何をされているのかどんな状態なのか全然分からない。酷く神経が鈍感になっているみたいだ。
目が開かない。開いているのかもしれないけど何も見えない。真っ暗だから寝室にいるのだろうか。
口も動かない。舌も。だから、何も喋れない。もしかしたら何か声を上げているのかもしれないけど、よく分からない。
鼻も利かない。匂いなんて全然分からない。
耳もよく聞こえない。ずっと遠くの方で水の音がするけど、あんまりにもずっと遠くだから分からない。それに耳に水が入ってるみたいで、音が酷く聞き取り難いんだ。
…あ、でも凄く遠くで携帯の着信音が聞こえる。なんかのサイレンみたいだ。もしかしたら姉ちゃんからかもしれない。
自分がどんな状態なのか分からない。永司に抱かれているんだろうか。それとも、1人でベッドに寝そべっているのだろうか。
ああ、水の音がする。
なんか、腹が痛い。気持ち悪くなってきた。
意識がハッキリしない。
感覚が全部ヘンになってる。
動きたくても動けないし、なんかだるい。うまく考えることもできない。
「愛してるよ」
耳元で、やけにハッキリと永司の声が聞こえた。本当に、耳元で。
俺も愛してると答えたいけど、なんか声がでない。出てるのかもしれないけれども、よく分かんない。だって、耳に水が入ってるみたいになってるし。
「大好きだよ」
永司の声だけが、妙にしっかりと聞こえる。低い声。俺の大好きな、しっとりとした低い声。
「愛してるんだ。お前を…」
永司が耳元で囁きながら舌で俺の唇を舐めた。その途端、俺の唇の感触が熱を持って生き返る。もう一度舐められると、唇に通う神経全部で永司の舌の感触を味わった。
永司が舌を捻じ込んでくる。俺の舌に優しく触れると歯列をなぞって口内をゆっくりと撫でていく。俺はそれに反応するように感覚を取り戻していく。
舌を押さえつけられるようにされる。押し返す。まだ感覚の薄い身体のずっと奥で、何かがジクジクと蠢き始めた。
永司の舌は俺の唇を離れ、そのまま顎へと滑り落ちていく。顎から首へ。首から鎖骨へと舐めていく。
「愛してるんだ。ねぇ春樹。愛してるんだ」
永司の囁きは耳元でずっと続いている。
舌が身体中を這う。全部舐められる。指先も、指の間も、足も、足先も。全部全部唾液を塗りたくるようにして舌が這っていく。そして俺の身体は、永司の舌によっていつもの数倍の感覚を目覚めさせていく。全ての神経が自らの意思を持ち、永司の舌を歓迎しているようだった。
でも俺の身体は動かない。真っ暗だ。永司の声以外は聞こえない。自分がどんな格好をしているのかも分からない。
でも、永司の舌の感触だけが今の俺の全てだ。
俺の神経は永司の舌の動きについて行く。砂鉄が磁石を追うように、俺の神経も永司の舌を追う。
「愛してる…。春樹…愛してる」
永司の声だけしか聞こえない。
身体中全部を這う舌の感触に、もう俺の身体はドロドロになっていた。ドクンドクンと鼓動に合わせて身体が呼吸しているような気がする。一杯感じる。舐められてる身体中が感じる。撫でられてる胸の突起や足の付け根、顔に降り注ぐキスの雨。
そこ、汚い…。
「汚くないよ」
でもそこ、やっぱり汚い。舐めるな。
「汚くないってば。それに、さっきあんなに綺麗に洗ったろ?」
そうだったっけか。よく思い出せない。
とにかく身体がだるい。だるいのに、熱くてジクジクしてる。
ヌメっとした柔らかい指のようなモノが侵入してきた。永司の生暖かい舌のような気がするけど、よく分からない。
入って来る。
なんか、どんどん進んできた。身体を内側からしつこく舐められるような感触に、ビクビクと内側が反応しているのが分かる。すげー……気持ちイイ…。
でもやっぱり汚い。そんなに入れるな。
「汚くないって」
でも、でも。
「綺麗にしただろ?全部綺麗にしただろ?」
「お前だけなんだ…もうお前しか見えねぇんだ。なぁ春樹…分かってくれ。分かって。分かってよ」
耳元でずっと囁いてる永司の……
……永司の声?
……耳元?
じゃあ、俺の身体の内側を舐めてるのは誰だ。
俺の髪を撫でてるのは誰だ。
胸を指で転がしてるのは誰だ。
足の指を舐めてるのは。
今、背中に感じる温もりは。
じゃあ、俺の瞼に口付けしているのは――。
「お前は俺のモノだ」
生暖かいヌメヌメしたモノが気持ち悪くなるくらい奥の方まで進んできて、俺は急に逃げたくなった。
何が入ってるんだ。これは何だ。永司はどこだ。
「何故逃げるんだ。お前は俺を愛してると言う。なのに何故逃げる?なんで俺から、お前をここまで愛している俺から逃げるんだ。……俺は絶対にお前を……逃がさねぇからな!!」
身体に入っていたモノがドクンと音を立てるように膨れ上がり、気持ちの悪い生き物のように暴れだした。ソレはやっぱり巨大で気味の悪い生き物のネチッコイ舌のようで、内側の壁をねぶるようにしながら酷く乱暴に動く。俺はソレから逃げたいと感じているのに、身体はソレを咽び泣くように悦び受け入れている。
凄かった。本当に、腰が抜けるほどの快感だった。
「逃がさねぇ…絶対に逃がさねぇ」
いつの間にか永司の声は、甘い囁きから必死で感情を抑えているような呟きへと変わっていた。俺を憎んでいるようにも聞こえ、泣いているようにも聞こえた。
ドクンと音がして、また体内に入っているソレが膨れ上がった。自分の身体が大きく揺れると、内側の壁をねぶっていたソレは蕾が開くようにして細かく枝分かれし、それぞれが別の生き物のように体内で蠢き始めた。ぞろぞろと這うようにしながらソレは舐めたり吸い付いたり細かく押し震えたりしてこの身体を好き放題に弄び、俺はあまりの快感にソレが何なのかなんてもうどうでもよくなっていった。自分がどんな呼吸をしているのかも分からなくなるほどソレの動きに翻弄され、ただ子供のように無心に泣いて縋って、そして一度も性器に触れられる事なく射精した。
「…愛してる」
耳元で聞こえる永司の声。
でも俺はもうそれどころじゃなかった。身体がどろどろに溶けて、指先や足先から自分の肉体の溶けた部分がポタポタと垂れているようだ。それなのに、今自分の身体がどんな体勢なのかも分からない。仰向けに寝ているのか、うつ伏せに寝ているのか、腰を上げているのか、それとももっと違う格好をしているのか。ただ、無性に身体が疼いている。ねとねとしたモノでいつまででも身体の隅々を舐められ、指先が何本も身体の上をなぞっていた。
まだ身体の中で蠢いているソレはどんどんと細かく分かれていって、花弁のような一枚一枚のソレでねちっこく俺を責めたてる。俺の、俺自身知らなかった未知の領域まで踏み込んでそこで激しく動き回って俺を追い込む。
そして俺は何度も射精した。
一枚の花弁が押し込むように舐め上げる度に。
一枚の花弁がグネグネと暴れ回る度に。
一枚の花弁が小刻みに振動する度に。
一枚の花弁が粘りつくような唾液を擦り付ける度に。
何度もダラダラと精を吐き出した。
頭がぼんやりする。
今は何をされているんだろう。
身体がジクジクする。もう何でも良いから、この疼きを止めて欲しい。何をされても良いから。
「……な…」
永司の声がする。
「………に……たい」
微かに永司の声を感じた瞬間、後ろに何か熱い塊を当てられたような気がしてぞっとした。その感触と熱さはよく知ってる。永司の……。
止めてくれ。
「死ぬ程愛してるよ」
だってまだ身体の中に入ってるコレが…。壊れる。怖い。
「壊れろ」
止めろ永司。永司!
「悦べ春樹。滅茶苦茶にしてやるから」
無理矢理押し込んでくる永司の性器に身体が裂けそうになった。凄い遠くから誰かの叫び声がする。
永司の性器はまだグズグズと蠢いているソレを押し分けるようにしながら進み、そしてソレは柔らかな軟体動物のように自由に形を変え俺の身体一杯に広がった。
激痛とか、そんなんじゃなかった。
ギュウギュウに詰め込まれた性器とソレが身体の神経を削るようにして動き出し、思いっきり叩いたり擦ったりしながら俺を虐げる。無茶苦茶に体内を叩かれ、抉られ、捻じ込まれ。太く凶暴な性器と酷く卑猥でねちっこいソレで、グチャグチャになる。身体がビクビクと跳ね上がり、それに合わせてフラッシュをたくように全部真っ白になる。
もがき苦しむ俺の身体は無数にある手でも腕でもない柔らかな細い肉のようなモノで拘束され、ドクドクと脈を打つそれらはいつまでも卑猥にこの身体を舐めている。
激痛とか快感とかじゃなかった。
もうそんなものとっくに通り越した、強烈過ぎる刺激だった。
水の音のずっと上から聞こえる叫び声は、もしかしたら自分の声かもしれない。
「愛しい春樹様。失禁するほど気持ち良いか」
暗闇の中から聞こえる笑みを含んだ永司の低い声は、官能的で嗜虐的な声だった。
俺の肉体が全て溶けきった時、赤く腫れ上がった一本の神経だけが残った。
永司はゆっくりと俺を持ち上げて、口に運ぶ。
赤い舌が優しく触れただけで、気が狂うほどの快感が走った。
永司は愛しそうに溶けきってしまった俺に何度も口付けをし、口の中に含んだ。
もう俺には発狂しそうな快感だけしかなかった。
永司がゆっくりと味わうように歯を立てる。
その歯が剥き出しの俺…溶けきった俺…最後の俺の神経に食い込んだ時、永司の意識を感じた。
お前の身体の中にある全部を掻き出して全てを曝け出してみたい。
お前の内臓を喰いたい。
お前の全部を掻き出して、全部喰いたい。
お前を狂わせたい。俺と同じ場所まで引きずり落としてしまいたい。
このままここでお前の全てを剥き出しにして生きていきたい。
お前の身体中の神経を毟り取って、俺に捲き付けてやりたい。
俺の身体中の神経を毟り取って、お前に捲き付けてやりたい。
春樹…愛してる……――――