屎尿や吐瀉物、腐りかけの死体を避けて、男は悠々と天幕の中を点検していく。
 汚物の臭いや焼かれた皮膚や髪の臭いに混じって、精液や淫靡剤などの臭いも微かに残っている。その悪臭に加えて飛び散った血痕や醜く歪み壊された肉体や性器、散乱している使用済みの拷問器具が、ここで何が行われたのかを如実に物語っていた。
 拷問とは名ばかりの、加虐的な強姦とその延長である凄惨な人体破壊。
「せっかく作戦を練ってやって上手く敵忍を捕まえても、これじゃあねぇ」
 足元に転がる何体もの歪な死体を目にして男は呆れたように呟きつつ、戦場での精神的緊張と抑圧をこのような手段を以て解消しようとする人間の弱さと愚かさに苦笑する。
 どれほどありえない方向にねじ曲げられていようが、手足がある死体はまだましだった。眼球を抉られ眼孔がドス黒く空いているだけの死体もまだ綺麗な方だろう。歯を全て抜かれながらも大量の薬を使われ、肛門と膣内に道具を挿れられたまま狂気の笑顔で死んでいる者などは幸運だとしか言いようがない。ある死体など、四肢を切り取られ男性器を切り取られ、更には内臓まで抉り出されている。散らばった臓物に蟲が集り卵を産みつけていた。
 男が小さな溜息と共に視線を上げると、天幕の端に転がった肉体に僅かな生気があるのに気付いた。
 ゆっくりと近付いて、足の爪先でその肉体をひっくり返してみる。
「嗚呼、まだ生きているとは凄いね。しかも女で」
 男は感嘆しながら腰に下げていた水筒を取り、蓋を開けると女の顔の上に水をかけていく。女は浴びせられる水の冷たさに意識を取り戻し、ヒクヒクと瞼を痙攣させた後にそれを飲もうと餓鬼の如く必死で口を開き、水筒が空になると瀕死の虫のように醜く身体を捩って土の上に出来た水溜りに顔を寄せ、音を立ててそれを啜った。
 チャクラ封印の為に施された特殊な拘束具を付けられたままの両腕両足はあらぬ方向へとへし折られ、乳房は抉られ、汚物にまみれた下腹部には大量の血痕が付着している。膣と子宮が完全に破壊されているのは明らかで、肛門も酷く裂けているようだった。本来は見事な輝きを持つのだろう長い黒髪は不潔に絡まり、肌は干からびて死んだ老人のようで、どこをどう見てもまだ息があるのが不思議なくらいだ。女からは死臭さえ漂う。
 何よりも、女の顔が酷かった。
 顔の左側、髪の生え際よりも少し上から耳、顎、首にかけて全て焼け爛れている。あまりの惨たらしさに目を背けたくなるほど、醜くおぞましく焼け爛れている。
「ここまでされても口を割らなかったとは、流石木ノ葉のくノ一だね。うちの里の者が馬鹿ってのもあると思うけど」
 男は足元の女を見下ろしてそう独りごち、既に土に吸収された泥水をまだ啜ろうとする女を再度爪先で仰向けにさせる。それから天幕内を見渡してパイプ椅子を見つけると女の前に置き、そこにゆったりと腰を下ろした。
 それから優雅に足を組む。
「死にゆく者が最後に語る物語は大好きだ。郷愁の念だろうと怨念だろうと、はたまたただの思い出話でも構わない。他人にとってはつまらない、些細な話で良いんだ。恋人のこと、家族のこと、友人のこと、何でも良い。頭に浮かんだことをそのまま話しておくれ。とにかく、君の物語を聞かせておくれ」
 男の言葉に女は唇を歪ませ、嗤った。
 そして機能する右目だけを開くと真っ直ぐに男を見据え、再度嗤った。
「私は死なない」
 死にゆく者とは思えない女の力強い瞳に、男はうっとりと目を細める。
 慈愛とも羨望とも呼べる眼差しで、男は女の黒い瞳を見詰める。
「聞かせておくれ、君の物語を。もし語ってくれたら、私は君を助けたいと思うかもしれないよ? その可能性に賭けてみなさい。君は死なないのではなく、死ねないのだろう? どうしても死ねない理由があるのだろう? ならば語ると良い。これは命乞いでも何でもない、ただの賭けだ」
 男は低く艶のある声で促す。
 黒く力強い瞳をうっとりと見詰め、優しく促す。
「さぁ、語っておくれ。君の物語を。君にしか語れない、君だけの物語を」

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