「子供相手に欲情するとは、何たる変態性、何たる不道徳」
暗部隊長の叱責に俺はますます項垂れた。
「あの子が可愛いのはみな同じだ。だからこそこうして敵味方の垣根を超え、彼や下忍達を喜ばそうとこうしてサプライズパーティを企画した。なのにお前ときたら何だ。あの子を草むらに誘いこみ、あろうことか卑猥な悪戯をしようとしおってからに!」
「別に草むらに誘いこんだわけじゃないもん」
「言い訳するなッ!」
大隊長の怒声に俺は更にますます項垂れ、グスンと鼻を鳴らして浮かんだ涙を手で拭う。
暗部隊長、大隊長、敵方の隊長、その他大勢に囲まれ正座させられ、大説教が始まってもう三時間。向こうではサプライズパーティが始まり、はんぺいたのはしゃぐ声が聞こえる。ラーメンだ、一楽のラーメンだと歓喜しているはんぺいたの元気な声が聞こえる。それなのに説教は終わりそうにない。
ああ、はんぺいた。そのラーメンは俺の功績が大きいんだよ。そのラーメンは俺がね、写輪眼で作り方をコピーして、そんで豚さんとか塩とか味噌とか、その他諸々一杯ここまで運んで作ったの。俺がはんぺいたのために作ったの。今日は俺がサンタになって君を喜ばせるつもりだったんだよ……。
「聞いておるのかカカシッ!」
「……はい」
はんぺいたを救うため、暴走していた俺の後頭部に渾身の一撃をくれたのは兎面だった。その兎面は今、はんぺいたに寄り添ってあれこれとはんぺいたの世話を焼いている。それは俺の役目だったはずなのに。あ、はんぺいた、お口にお汁が付いてるよ、みたいな役!
それなのに俺はこうしてもうずっと説教され続けているんだ。
俺、頑張ったのに。一杯走って一杯チャクラも消費して、頑張ったのに。
「隊長、まぁカカシもこうして泣くほど反省しているわけだし」
グスンと鼻を啜る俺に優しくしてくれるのは鳥面のみ。コイツがこんなに良い奴だったとは知らなかった。これからはちょっと優しくしてやろうと思う。もうむかついても髪を抜いたりしないでおこう。
て言うかさ、そもそもお前等だけ説教中もラーメン食べてさ、俺、おなかぺこぺこなのにさ。はんぺいたは向こうで兎とイチャイチャしてるし、おなかはぺこぺこだし、一杯叱られるし、涙は出てくるし寒いし兎ははんぺいたにベタベタするしさ。
ぐーとお腹が鳴ると、大隊長と暗部隊長が顔を見合わせて大きく息を吐いた。
「もう二度とあの子に不埒な真似はせぬように。良いな?」
「……はい」
俺だってそんなつもりはなかったんだけど、よく分かんないけどあの時もう一人の俺が出てきて俺を乗っ取ったんだもん。本来の俺は天才で紳士だから、あの時はちょっとおかしかっただけだもん。おちんちんもパンパンになってたし、多分疲れマラで勃起しちゃって、そんで紳士カカシはチンコカカシに乗っ取られたんだもん。
でもそう言うとまた説教が長くなるので、俺は神妙に項垂れた。
今日ははんぺいたに感謝されて、ほっぺにチューしてもらう予定だったのに!
「じゃあ行って良し」
足が痺れて動けない。自分が可哀想でまた涙が出てくる。
それでも何とかヨロヨロと立ち上がり、鳥面に肩を貸してもらってみんなのいるところに向かった。
敵味方混合のサプライズパーティは大いに盛り上がったようで、ラーメンはもう残っていない。それでも俺を不憫がった鳥面は、塩と醤油と味噌ととんこつの寸胴からスープをかき集め、なんかその辺に散らばってた麺もかき集め、ラーメンのようなものを作ってくれた。ふた口分しかなかったけど……。
「カカシ、こっちに来い」
手招きする兎面が憎い。コイツのせいで俺の後頭部には特大のタンコブはあるし、コイツが今日どれだけはんぺいたとラブラブしい時間を過ごしたのだろうと考えるだけでその兎面をカチ割ってぶっ殺してやりたくなる。お前なんて永遠に瞑想してりゃ良いんだ、この瞑想オタク!
「あ、変態サンタだ」
つまようじでシーシーしながら、はんぺいたは俺を見てそんなことを言う。
もう駄目だ。俺、もう駄目。はんぺいたの頭には「俺」イコール「変態」とインプットされてしまった。本当は紳士なのに、そんなふうにインプットされてしまった。カカシ、もう生きていけないんだから!
しかしそんなはんぺいたの肩に手を置き、兎面が言った。
「コイツはね、君のためにとても頑張ってくれたんだよ」
うさぎいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!
お前、いいやつ!! 俺泣けてきた! お前の友情に泣けてきた!! 友情とかあるかどうか分かんないけど泣けてきた! あと、その手をどけろこのばか!
「へー」
「一楽のラーメンを再現したのもコイツなんだよ。材料を背負ってここまで走って来てくれたんだよ。君を喜ばせたくて」
「へー」
はんぺいたはシーシーしていたつまようじから手を離し、親指を突きたて最高の笑顔で言った。
「オヤジ、今日のスープは良いデキだったぜ?」
ああ……神様!
もう良い。全部良い。説教されたことも俺のほっぺにチューとかお世話係とかいう目論見が全部泡となって消えてしまったことも、全部良い。全部だ!
それだけで……はんぺいたのその言葉だけで、俺は感無量です!!! ……俺はオヤジじゃないけど。まだ十代のカッコイイ天才のお兄さんだけど!
感動にうち震える俺の肩に鳥面が馴れ馴れしく肩を置いた。みなが笑顔だ。俺も、鳥面も、兎面も、はんぺいたも、そしてここに集まった全ての忍が。
はんぺいたは満足そうにおなかをぽんぽんと叩く。一杯食べたんだろう。もうちょっと前の、ラーメン欠乏症に罹ったはんぺいたではなく、その目には確かな知性が――。
とその時、はんぺいたが突然空高く飛び上がりズザザザザーと音を立てて皆から離れた場所に着地した。同時にクナイを取り出して戦闘態勢を整え、鋭い眼光で瞬時に辺りを見渡す。
「ど、どうしたの?」
「どうした、小僧!」
「落ち着け、はんぺいた」
はんぺいたの異様な雰囲気で、周囲のそれも一変した。
その場にいた者達の視線が一斉にはんぺいたに向けられる。
「敵襲だああああああああああああああ!!!!!」
……え?
ちょ、え?
「敵がいる! なんか一杯いる! 幻術? みんな幻術にかかってるのか? くそ、俺しか正気を保てていないのか!」
あ、いや、それ。
「確かに敵なのだが、この方達は麺作りに協力してくれたんだ。陣地に畑まで作ってくださったのだぞ」
どう反応して良いのか分からずみんな呆然としていたのに、鳥面はいち早く我に返りはんぺいたにそう教えてあげた。しかし、そう言えば彼等は敵だったんだよね。みたいな妙な雰囲気がその場に広がる。
「そうなの?」
「そうだ。感謝せねばならんぞ?」
「へー」
はんぺいたは妙に鳥面の頭髪の辺りを見ながら、あまりピンときてない感じでそう返事をした。今もまだ鳥面の頭は禿げたアフロだからそれは仕方ないことだとは思う。
でも鳥面は自分の頭髪に関して普段以上に、物凄くデリケートになっていた。ハゲ、ピカ、ツル、どころか、髪、少ない、凹んでる、抜けた、頭、眩しい、減少なんて言葉にも敏感に反応する。ナイフみたいに尖ってて、ガラス細工のように脆い今の鳥面の心。
「どうも有難うございました。とっても美味しかったです」
はんぺいたは鳥面のアフロから目を離し、敵方に向けて深々と頭を下げてそう言うと、またすぐに凹んだアフロに視線を送った。
見てる。超見てる。ガン見してる。
「いやいや、それは別に。クリスマスだしね、今日は」
向こうの大将もポリポリと頭をかきながら、困ったような顔で返事をする。
しかしその後も妙な沈黙が続いた。敵だったよなーそう言えば。一緒になって必死にラーメン作って一緒にパーティを企画して、一緒にこうして和気藹々とラーメン食べたのに、敵なんだよなー。お仕事だから仕方ないけど、なんか面倒くさくなってきたなー。みたいなことが皆の心中に去来している。
その間もはんぺいたは、不思議そうに鳥面のアフロを見詰めている。
そろそろ正月になっちゃうし、早くカタを付けたいのはどっちも同じ。
「ねぇ、もうじゃんけん勝負とかで良いんじゃないの? 年末の大掃除もしたいしさ」
俺がそう提案すると、その場にいた者達もそうだそうだと同意した。まだ餅の準備をしていないとか、おせち作ってないわーとか、燃えないゴミの日っていつだっけ?とか、そういう雑談が始まる。
それからは俺が話を仕切って、五人選抜でジャンケンをして勝負を決め、上には偽りの報告書を出してそれでこの戦を終えようということになった。なんかもう良いよね、戦争とか。面倒臭いし、俺達関係ないし。それに大掃除したいしさ。
パーティの後片付けは中忍と下忍に任せ、俺、鳥、暗部隊長と大隊長、それからはんぺいたで戦うことになった。俺は写輪眼があるから大将戦、先方ははんぺいただった。
「じゃんけん、ぽーん!」
はんぺいた、負ける。
次、暗部隊長。負ける。
なに負けてんの?馬鹿なの?
次、大隊長、勝つ。
次、鳥面。
「その……髪のことは悪かったよ」
敵がしおらしくそう謝ってきた。これは明らかにナイーブになっている鳥面を動揺させる作戦だ。鳥面も馬鹿じゃないから、ふるりと一度身震いしたのみで、怒りはグッと堪えた。えらい。頑張れ鳥面!
はんぺいたは俺の服の裾をこっそりと握りながら、不思議そうにずっと鳥面の凹んだアフロを眺めている。心配なんだろう、不思議なんだろう、アフロが!
「元に戻るまではその凹んだアフロで何とか辛抱してくれ」
なんという精神攻撃。くそ、相手はなかなかやる。鳥面、相手にするな!
「頭頂部が凹んでいるが、上から見ない限りどうなっているかは分からないしな。禿げも目立たない」
そこであえて、あえての「禿げ」という単語か! むしろ禿げは目立っているのに、そこであえて目立たないって言っちゃうのかコイツ! 普通そこまで言えないよね、人としてそれは言っちゃいけないレベルだよね、みたいなことまで言っちゃうのかコイツ!
鳥面が怒りにわなわなと震え、肩に力が入り、やばい、これでは勝負に負ける!と思われたその時。
――はんぺいたが怒りに燃えた声で叫んだ!
「鳥面さんを馬鹿にするな! そのアフロには、カッコーが託卵するんだッ!!!」
「……小僧。ここに、カッコーは、託卵しない」
自ら訂正した鳥面のその声は、まるで世の中の悲しみと切なさを全て背負ったような声だった。
「カッコー、託卵しないんだって」
「ん。カッコーは託卵しないみたいね」
俺は優しく声をかけながら、「へー」と感心したような声を出すはんぺいたの手を握ってあげる。
そして、悲しみと切なさの中で悟りを開いた鳥面は勝負に勝ち、当然俺も勝利した。
敵は製麺工場でも開こうかなぁとブツブツ言いながら戦場を去って行った。
クリスマスの夜、一滴の血を流すこともなく、こうして戦争は終わった。
俺はその後、「変態サンタ」の汚名を晴らさんと必死になってはんぺいたの身の周りの世話をしつつ里に帰還した。
里に到着するとすぐに二人で一楽に行って、お腹が一杯になるまでラーメンを食べた。
そうしてずっと一緒にいて、二人で一杯笑って一杯ラーメンを食べて、俺は気付いた。
はんぺいたに恋をしている自分に。
俺は変態なのか?
俺は、この少年にキスをしたい。もっと触りたい。それ以上のこともしたいと思っている。強くそれを望んでいる。毎日はんぺいたの傍にいたい。
悶々とした気持ちを抱えたまま、俺は年を越すことになった。