一楽のラーメンはまたもやイルカを救う・前編

 世の中の大半を占める凡人には到底理解出来ないだろうけど、実は天才すぎるのも困りものだったりする。天才ゆえの悩みってヤツだ。天才の苦悩は天才にしか分かんないんだけど、俺レベルの天才は残念ながらそうそう見当たらない。天才忍者だった父はとっくにあの世だし、同じく天才忍者だった四代目ももういない。三代目はいるけど、あの人はただの天才で美形じゃないから、俺みたいに天才で尚且つ美形の苦悩はおよそ三割程度しか理解できないと思う。
 そして天才は、共感を得ることができないから孤独になってしまう。
「つまり俺、天才エリート忍者で更に美形なはたけカカシは、孤独なんだよね」
 天才すぎるから今回も予定されていたより一週間も早く任務を終えてしまった俺は、隣を走行している鳥面に自分が抱える暗く繊細な部分をちょびっと聞いてもらっていた。
 とにかく僻まれるし仕事が早いから次から次へとやっかいな任務を頼まれるし他里の忍からも「写輪眼のカカシだな。きゅぴーん!」って目を光らせて襲われるし、あとチンコやケツを狙われる。チンコは良いけど常にケツを死守しなくちゃなんないから、お外ではいつもケツへ送られるねっとりとした視線から身を守んなくちゃなんない。女がよってたかって「カカスィ〜、良いコトしましょぉ」ってやってくるから俺にはだらだらと惰眠を貪る暇もないし、チンコが乾く暇すらない。この年で最近腰が痛くなってきた。モテモテって困るのよね。
 みたいなそんな繊細な悩み。
「カカシ、お前、いつまでも自分のその馬鹿みたいな髪がフサフサであり続けるとは思うなよ? 髪の悩みに比べればお前の悩みなぞ大したことではない。お前もいずれは髪を洗う度に排水溝に流れて行く髪を見つめ、貴重な髪が!と涙するようになるんだ」
 黙って俺の悩みを聞いていた鳥面は、漸く口を開いたかと思えばそんなことを言う。でも俺、ハゲないと思うんだよね。父もフサフサのままだったしさ。て言うか、今、髪の話なんてしてないじゃないの。
「カカシよ、孤独ならば瞑想を趣味にしないか? 今度一緒に瞑想しよう」
 同じく並走していた瞑想オタクの兎面がそう誘ってくる。俺は以前、兎が女からデートに誘われている現場を目撃したことがあるけど、あれは酷かった。「今度デートしましょうよ」って言われてんのに「おなごと一緒に瞑想も良いな」って返すってなんなの? 「デートよ。映画とかお食事よ」って言ってんのに何で「映画館で瞑想か。暗いから初心者向けの瞑想場所だ」って返すの? 「瞑想じゃなくてデートよ!」って一生懸命言いつのってる女の子が不憫で仕方なかったね。
 あんな思考回路になっちゃうんだったら、瞑想を趣味にするのもどうかと思う。て言うか、兎は瞑想を趣味にしすぎだと思う。
 何故か髪の話を続ける鳥と瞑想に誘ってくる兎を放っておいて、俺は盛大な溜息を吐いた。
 仕方ないのだよはたけカカシ。俺。天才とはそういう孤独と書いて天才のサダメと読む、みたいなものを背負って生きていくものなのだよ。孤独と書いて愛はロンリネス。孤独と書いて冷蔵庫の中で干からびた人参。孤独と書いて射精直後の賢者タイム。いやむしろ、孤独と書いてはたけカカシ。
 うわ、今ぐっときた! ついに俺にしか行けない地点まで到達してしまった感じ! ほとんど悟ったみたいな感覚!
 流石俺。流石はたけカカシ。こんなところまで天才なのよね……。
 と、そんなことを思っている時、その式はやって来た。

 へろへろ、へろへろ、と。

 へろへろ、へろへろと、随分不細工な鳥が里の方に向かって行く。不細工というよりもあまりに悲壮なそれは、里方面へ飛ぼうと必死で、たまたまその通過点にいた俺の方へやってきた。
 まるで俺に向かって飛んでくるようなそれを、ひょいと捕まえる。
 何だろうこの既視感。以前同じようなことがあったような、なかったような。
 もう如何にも「ピンチなんです!」と言わんばかりの悲壮なそれを眺めると、何故か猛烈な不安に襲われた。里の仲間がピンチ!とかそんなんじゃない。もっと大切な……俺にとって大切なものがピンチのような。でも俺に大切なものなんてあったっけ。オビトもリンも死んじゃったし、四代目ももういない。
 首を傾げつつ印を結び式を紙切れに戻す。
 そしてそこにへろへろな文字で書かれてある文章を読み解くと
「お、お、俺のはんぺいたがああああああああ!!」
 俺は絶叫してから全速力で駆けだした。



「カカシ、はんぺいたがどうかしたのか!」
「はんぺいたの式なのか?」
 後から追って来てそう訊ねる鳥と兎に、「なに勝手に彼のことはんぺいたって呼んでるの!」って突っ込む余裕すらなかった。俺、超涙目だった。俺の愛しいあの子、ヘロ・一楽ラーメン・ヘロ太郎内臓くん。またの名を俺のはんぺいた。そう、俺を感動の渦に巻き込む、俺のはんぺいた!
 そのはんぺいたがこんなヘロヘロな式を飛ばして応援を求めてるなんて!!
 もう駄目。俺、もう死ぬ。はんぺいたの身に何かあったらもう生きていけない。もし前みたいに彼が内蔵をぶち撒けていたら俺、もうその場で泣き崩れる。ラーメンを食べるための、彼の大切な大切な内蔵がびろろーんって出てたら俺その場でラーメンの神を恨んで堕天使みたいな存在になってやるから!

 はんぺいたがどうかしたのか!と俺を追う二人を無視し、俺は足にチャクラを集中させて森の中を疾走した。はんぺいたは余程焦っていたようで、救援を要請する式には猛烈にざっくばらんな位置しか示されていなかったし、ぶっちゃけその他は文字がへろへろすぎて何が書いてあるのか良く分からなかった。みみずがのたうちまわり、干からびる寸前みたいな文字だったんだ。しかしはんぺいたの前世からの守護者である俺には、そこにグネグネに練りこまれたチャクラがはんぺいたのものだと分かったし、とにかく彼が猛烈なピンチに陥っているということを即座に理解した。
 まさに運命的に理解したのだ。
「うおおおおおお! はんぺいたああああ!!」
 鬼神の如く疾走し続けると、森の奥からキィンというクナイがぶつかり合う音が聞こえた。
 クナイ!
 俺の可愛いはんぺいたにクナイを向けるとは何と言う蛮行! 百万回地獄に落としてやる!
「はんぺいたは俺が守る!!」
 天才エリート上忍写輪眼のカカシの本気の瞬身を使い、網膜に映した情報を脳が判断する前に俺は俺のはんぺいたの前に立ち塞がり、敵忍三人に手裏剣を――投げようとした。
 けどできなかった。
 だって丁度その時、既にボロボロになっていたはんぺいたの上忍師が部下二名を庇って敵忍に捕まっちゃったのよね。俺登場とともに一瞬のうちに敵をやっつけて、「なにこの人、スーパーヒーロー! しかも美形!」とかってはんぺいたに尊敬の眼差しを浴びる予定だったのにね。
「はんぺいたくん、大丈夫か?」
「はんぺいた、無事か!」
 しかも真っ先に声をかけて好感度アップしたかったのに、何で兎と鳥が俺より先に声をかけるかな! でも無視されてやんの。ぷぷ。
「て言うかさ、こういう時ってまず二人は隠れてて、敵の隙を窺って上忍師及びその部下を奪還、その後俺が華麗に敵を殺してはんぺいたから称賛を受ける。ってのがセオリーじゃないわけ?」
 使えない奴等! と、敵対したまま後ろの二人にブツブツ文句を言うと、同じようにブツブツと文句を返された。
「お前だけがはんぺいたを心配していると思うなよ! むしろお前だけ好感度アップなんてさせねー!」
「カカシ、落ち着け。勝手に走りだして状況も把握せず勝手に飛び出すなどお前らしくもない」
 うるさいよ! 君達凡人は天才エリートの俺の補佐的役割を果たしてれば良いデショ!
 イライラしながら手裏剣を持った腕を伸ばして狙いを定め、内輪揉めしてごめんね、とっとと要望を言ってね?と促してみる。
 目の前に敵忍四人。人質となっているのは上忍師と、その部下らしき子供二名。三人とも意識がないようだった。
 敵のうち三人が俺達と対峙し、残りの一人は、部下を庇った時にみぞおちに一発喰らいぐったりしている上忍師の荷物の中身を探っている。
「俺達の狙いは巻物。それ以外に興味はない。大人しくしていればコイツらは無事に返す」
「そ。じゃあさっさと見つけてその人達返してね」
 はんぺいたの仲間である残り二人の子供は、意識はないが無事そうだった。しかし上忍師は一人で子供達を庇いながら戦っていたせいか、かなりの出血がある。はんぺいたが悲しむのでさっさと用件を終わらせていただきたい。迅速に巻物を奪って、迅速に人質を解放して、迅速に俺達にやっつけられてね。
「シオせんせぇ〜」
 ぐすんと鼻をすするはんぺいたの声が聞こえ、俺は振り向いてイイ子イイ子と彼の頭を撫でてあげた。
 真っ黒な髪をひとつに括り、顔には横に真っ直ぐ大きな傷跡があるはんぺいた。俺のはんぺいた。上忍師を心配している真っ黒な瞳は今にもこぼれ落ちそうな涙で一杯だ。
「カカシ、敵に背中を見せるな」
「うるさいハゲ。お前なにはんぺいたの肩に手を置いてんの? 殺すよ?」
「カカシよ、落ち着け。会敵中だ」
「だからさ、何で兎ははんぺいたの手を握ってんの? マジで殺すよ?」
 俺、完全に立ち位置を間違えた。
 こんなことになるんだったら、先に兎と鳥を前に立たせて俺がはんぺいたを包み込むように彼の後ろに立てば良かった。そんな登場にすれば良かった!
 ムカムカしながら鳥と兎の手を払いのけていると、敵が喋った。

「巻物、ないぞ」

「知るか!」と、俺。
「知るか!」と、鳥。
「知らないぞ」と、兎。
「俺、知ってる!」と、何故か嬉しそうに、はんぺいた。

 あれだね。みんな知らないのに俺知ってるもーん、みたいな気分なんだね。良い子良い子。えらいねー、よく知ってるねー。
「シオ先生のベストの胸ポケットに、色々巻物が入ってるよ!」
 ん、えらい! そうだ、そこには普通、巻物が入ってるよね!
 でもそれ、多分、敵が探してる巻物じゃないんじゃないかな?

「そこにもないぞ」と、敵。
「知るか!」と、俺。
「知るか!」と、鳥。
「もう少しよく探してみると良かろう」と、兎。
「じゃあ、懐のところ!」と、何故か嬉しそうに、はんぺいた。

 あれだね。シオ上忍が大切なものをソコに隠してるのを、俺は知ってるぞ!みたいな気分なんだね。良い子良い子。えらいねー、よく知ってるねー。
 でもそこは真っ先に敵忍が確認するところだから、やっぱりないんじゃないかな?

「やっぱりねーなぁ。巻物どこだよ」と、敵。
「んもう、要領悪すぎ。馬鹿じゃないの?」と、俺。
「ところでお前達の里にはハゲに効く薬はあるか?」と、鳥。
「他の二人の荷物も探してみると良かろう」と、兎。
「あ、俺持ってるかも!」と、何故か嬉しそうに、はんぺいた。


 ……。
 ……。
 
 え、ちょ、はんぺいた!

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