一楽のラーメンはイルカを救う・後編

 この辺りだ。
 足を止めて気配を窺う。微かな血の匂い。
「カカシ! 諦めて制裁を受けろ!」
 すぐに追いついた鳥面が言う。
「黙ってよ。敵忍潜んでるかもしれないのに」
 ていうか血の匂い分かんないほど無能なの? と言いそうになったけど、それは我慢した。
 暗部の先輩達は流石にすぐさま気配を消して周囲を窺う。
 俺は血の匂いを辿って走り出す。
 濃い血臭。
 敵忍の死骸が何体か転がっているのを目の端で捉え、俺は更に移動を続ける。
 また濃い血臭。そして微かに漏れる小さな気配。
 近い。
 いた! へろへろ式の子発見!!
 それは、繁みに身を隠し横たわっていた少年だった。彼は気配を消している俺には気付かず、腹を押さえ横たわったまま、また片手で新しい式を飛ばそうとしている。見たところもうチャクラなんてほとんど残っておらず、腹から酷い出血をしていた。
「助けに来たよ」
 傍に降り立つと、ビクリと大きく震えて警戒心丸出しの顔で見上げてくる。
 真っ黒な髪をひとつに括り、それが尻尾みたいだった。真っ黒な瞳は今にもこぼれ落ちそうな涙で一杯で、顔には横に真っ直ぐ大きな切り傷がある。背格好からして14歳くらいに思えるのだが、もっとずっと幼いような印象を受けた。うるうるした真っ黒な瞳と、それでも口をへの字にして堪えているその顔が、やけに俺の心を強く揺さぶる。
「木の葉の暗部。大丈夫、味方だから」
 キミのでしょ? と式を見せると、彼はようやく安心したのか、唇を噛んで大粒の涙をひとつ溢し、コクンと頷く。
「怖かったね。もう安心して良いよ。敵は?」
「シオ先生がやっつけた」
「全部やっつけた?」
「うん」
 俺が膝を突き、腹の傷を見ていると安心したのか彼の意識が急激に薄れ始める。腹の傷は相当深い刀傷で、マズイことに出血も相当なものだ。はっきり言って里まで保つかどうかかなり微妙だが、俺は何とかこのへろへろ式の子を助けたかった。
 怖かったろうに。痛かったろうに。一人で心細かったろうに。
 それでも仲間を助けようとし、なけなしのチャクラを使って式を飛ばし続けていた子。
「しっかりして。ちゃんと助けてあげるから」
 アカデミーで習った通り、彼はとにかく傷をタオルで押さえ続けていたのだろう。止血剤もかけてあるようだった。
 声をかけて励まし応急処置をしようとしていると、暗部の先輩達がやってくる。
「向こうに負傷したシオ上忍がいた。その他に気を失っている下忍二名発見。すぐに里に帰るぞ」
「この子、このままじゃ運べない。腹が裂けてるから手当に時間かかる」
「その子は里まで持たないだろう。捨てておけ。もしくは殺してやれ」
 その言葉に、意識を朦朧とさせていた彼の身体がビクリと震えた。
 態度を一変させた馬鹿達の言動からして、シオ上忍とやらは実力者だ。暗部は実力主義の集まりなので、デキル上忍に対してはそれなりの敬意を払う。だがこの子は下忍だ。ただそれだけのことで、見捨てろと言う。
「あんたたちさ、いい加減にしないと本気で殺すよ?」
 一応里の仲間だから、ということで今まで散々我慢してきたが、流石に頭にきて全力で殺気をぶつけてやった。
 ビシリと空気が張り詰め、馬鹿達が息を飲む。
 睨み合いが続き、本当に何人か殺そうかなぁと思っていると、馬鹿達の視線が急に俺を通り越して彼の方へ向けられる。揃いも揃って、目をまんまるにして。
 何だろうと振り返ると、腹を押さえた彼が、今の今まで生気さえ虚ろになりかけていた彼が、あのヘロヘロとした式そのものみたいだった彼が、立ち上がって暗部の馬鹿どもをはちきれんばかりの怒気を込めて睨みつけていた。
「俺はこんなところじゃ死ねねーんだよ……」
 絞り出すような彼の声に、俺は焦る。彼は立てる状態じゃないのに。
「ん、俺がちゃんと助けてあげるから」
「俺は、シオ先生とレンゲとネギとで、今日俺ん家の近くで開店する一楽ってラーメン屋に行くんだ……」
「ん、行けるから。まず横になろう。ね?」
 手を差し出したのに、それを思いっきり払われた。
 何気にショックだった。写輪眼のカカシの手なのに……。
「殺せるもんなら殺してみやがれクソヤロー!」
「ああ、刺激しないで馬鹿って刺激に弱いから! それと俺は君を助けたい人なの。だからあの人たちは放っておこうね? ね?」
 俺はわたわたしながら彼を横にしようともう一度手を差し出す。
 が、払われる。
 ショック……。
「威勢が良いな小僧。暗部にそんな口利くとは。無知なだけか? 暗部知らないのか?」
「うっせーハゲ」
 ああ、鳥面にハゲは禁句!!
「小僧、今すぐ楽にしてやろう。どうせお前は生きて里へ帰れん」
「ハゲが怖くて鶏ガラスープのラーメン喰えるか! 俺を殺してみろ、お前等全員、ラーメン頼んだら絶対にチャーシューが端っこの方のちっちゃいのになる呪いかけてやるんだからな!」
 すごく微妙な呪いだね。
 じゃなくて!
「カカシ、どけ」
「うっさいよハゲ」
 ああ、俺まで刺激してどうする!!
「お前等……まとめて殺してやる」



「うっせーーって言ってんだろ!! 暗部が怖くてラーメン喰えるか!! 暗部だからって威張りくさってんじゃねーよ暗部がナンボのもんじゃ!! お前等なんて俺から見ればラーメン屋の親爺よりずっと格下なんだぞ!! お前等ラーメン作れるのかよ!! ラーメン!! ラーメン!! くそぉおラーメン喰いてぇラーメン喰いてぇッ!! 俺は今日、新装開店する一楽のラーメン食べるんだァアアアーーーッ!!!!」



 彼は半分死にかけてるくせに元気に生きてる人間でもなかなか出せないような大声でそう叫ぶと、ばったりと倒れ込んだ。
 それは何と言うか。
 破れた腹の底からの絶叫というか。
 まさしく魂の叫びだった。

 こんなに……こんなにラーメン食べたがっている子を……殺すわけにはいかない!
 天才エリート忍者はたけカカシの名にかけて!!

 と思ってうつ伏せに倒れた彼の身体を反転させた瞬間、彼の手が腹から離れて内臓が地面に飛び出た。
「ギャーー!!」
 彼も叫んだけど、俺も叫んだ。
 大急ぎで内臓を腹の中に押し込む。とにかく押し戻す。
「ラーメン喰うための俺の大切な内臓がーーーー!!」
 こんなんになってもまだ意識がある彼の精神力に感動しながら、俺は先輩達を振りかえって頼むから先に帰ってて、と頼んだ。もう彼に関わらないでって。
 先輩達も彼の魂の叫びに何か感じるところがあったのか、負傷者を抱えて消えて行った。

 そして、彼の驚異的な生命力とラーメンへの執着、それから俺の天才的で感動的で適切なチャクラコントロールによる応急処置で、彼は生きたまま里へ戻れた。







 その日の夜、何となく彼が言っていた一楽って店を探して中を覗いてみたら、そこにはこの世のものとは思えない信じられない光景があった。

 彼がいたのだ。

 世界で一番幸福なのは俺ですって顔して、ラーメンを啜っていたのだ。
 今日、腹が破れて内臓を地面に落していた彼が。

 俺は何だか例えようのない猛烈な感動に襲われつつ、その場を去った。


 その数日後、俺は再び暗部の先輩達の制裁を受けかけ、見事返り討ちにした。
 だってしょうがないでしょ、天才エリートなんだから。
 特に彼にハゲと言われたことを根に持ち報復をするかもしれない鳥面を徹底的にタコ殴りにし、二度と俺に逆らえないよう傷めつけ、彼に近付かないことを約束させた。

 更に数日後、集中治療室から抜け出してラーメンを食べに行ったという下忍の話を小耳に挟んだ。彼はラーメンを食べ終わった直後に倒れ、1週間意識不明だったそうだ。
 だが今は回復し、ちょくちょくと病院を抜け出しては一楽に通っているらしい。
   

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