その黒い仔犬は、俺の部屋の前にチョコンと座っていた。
つぶらな瞳はひっきりなしに周囲を伺っており、仔犬特有のずんぐりした体は何かにつけてモゾモゾと動いている。時折フンッと鼻息を荒くしてみたり、かと思えば怖気付いたように項垂れたりもして、とにかく落ち着かない様子だ。クルンと丸まった尻尾も、激しく動いたりピタリと止まったりと忙しい。
その仔犬の前にはスーパーの袋らしきものが置かれており、仔犬はそれをかなり気にしている。袋は手提げの部分で結ばれてあるのだが、鼻先を突っ込もうとしてみたり、前足でカサコソと突いてみたり、気になって仕方ないようだ。
任務を終え、報告書をパックンに頼んでそのまま帰宅した今の俺は、あまり機嫌が良いとは言えない精神状態だ。任務内容がいつにもまして酷かったので嫌なものをわんさか目にしたし、何だかうんざりするくらい人を殺したからサンダルの中がまだ血でグチュグチュと音を立てているほどなので仕方ない。
だから、本来ならば俺はその仔犬のことなど気にせず家の中に瞬身するか、もしくは暗部棟にでも行って仮眠室を借りるところだった。家の前に女が立っている、なんて状況ならば問答無用で暗部棟行きだったろうし、他の仔犬であっても同じことだったに違いない。
だが、そうするわけにはいかなかった。
辟易するほど疲れていて面倒事など一切関わりたくないこの精神状態であってもなお、その仔犬に話しかける他なかった。
何故なら――。
「イルカ先生、何してんですか」
俺が上から声をかけると、仔犬……もといイルカ先生はその場で3センチほど飛び上がった。忍者らしからぬ驚きようだ。この人はいつもこんな具合だが。
「ウオンオンゥオン、ワンウォンワンオン! クゥオォ?」
「犬語は分かりません。変化を解いてください」
「ク……クォン?」
何のことでしょうか、と言わんばかりにイルカ先生はそらぞらしく首を傾げる。しかしつぶらな両の目はあらぬ方を向いているし、丸まった尻尾は挙動不審を絵に描いたように怪しく揺れまくっている。この人はどうして中忍になれたのかと疑問を抱いてしまうほどだ。
あくまでも仔犬だと言い張るらしいので、俺はそれに付き合わねばならない。小さく溜息を吐いてからイルカ先生の前に降り立った。
見下ろすとイルカ先生は盛んに尻尾を振って仔犬らしく愛嬌を振りまいた。まぁ可愛いことは可愛い。それは認める。しかし仔犬に変化したのは良いが、鼻の上を横切る傷、そのトレードマークを消し忘れているところが如何にもこの人らしいが。
「で、なに?」
しゃがみこんで視線をできるだけ近付け、要件を訊く。すると仔犬に変化したイルカ先生はキュイキュイ鳴きながら鼻先でスーパーの袋をつついた。
「俺にくれるの?」
「ワンッ!」
「深夜なので大きな声で鳴かないの」
「……クォン」
すんませんと律儀に頭を下げる仔犬など見たことがないが、まぁそれはさておき俺は袋の中を覗き込むことにした。何故か変化をしてまで、とにかく何かを持って来てくれたのだから。
中を見ると、まずはビニール袋に入った氷と保冷剤があった。それを避けると美味そうなサンマが一尾、それからナスと味噌、だしの素、更には大根まで入っている。完全に意味が分からないが、一番下に水滴に濡れてグニョグニョになっている手紙があったのでそれを開いて見てみると、そこには滲んだ文字でこう書かれてあった。
to 木の葉の至宝、はたけカカシ様! お誕生日おめでとうございます! 本日はカカシさんがこの世に生まれた素晴らしい日であります! 木の葉は今日を祝日にしても良いくらいだと私は思っています! 私の中では既に祝日です! 有難うございます! カカシさんの存在自体が奇跡です! youはshock! 大好きです! お誕生日おめでとうございます!×無限!!! P.S いやむしろV.S カカシさんはサンマとナスの味噌汁が好物だと小耳に挟みました。もし良かったら調理して食べてください。中忍的精一杯の大枚を叩いて超レアな味噌を入れておきました。もしカカシさんが赤味噌派とか白味噌派だったら、申し訳ありませんがその味噌は明日受付の虎吉に渡しておいてください。それからサンマは高級スーパーのマルゼンで買ったものです。美味しいと思います。カカシさん大好きです。憧れています。あわよくば結婚して欲しいです。宜しくお願いします! 貴方の熱烈なファンである一介の中忍より。匿名希望 |