12月24日 (大層寒い)
今日は七班の任務で雪かきに行った。
雪かきは酷く体力を消耗するから子供達は嫌がるだろうなと思っていたのに、「今日は雪かきです」と言っても子供達は特に文句を言わなかった。いや、それどころか毎朝恒例の「カカシ先生、おそーい!」という批難の声すらなかった。今日は「迷子になった夢を見たから遅くなった」と言い訳にならない言い訳をしてサクラとナルトに叱られる予定だったから、ちょっと寂しかった。
子供達の機嫌は終始良く、それどころかチームワークなるものを発揮して予定より早く任務を終わらせた。その間、三人は俺を除け者にして何か楽しそうに喋っていた。もしかして俺があまりに遅刻するから、「カカシ先生ってマジうざくね?」みたいな女子的悪口で盛り上がり、「カカシ先生って調子に乗りすぎだよねー。弱いのに」とか何とか言ってケタケタ笑い、最終的に「あんな奴、いなくて良いよね。これからシカトしようよ」なんて話になったんじゃないだろうかと、内心相当緊張した。
でもシャイな写輪眼ボーイである俺は、「ねぇねぇ、何の話をしてんの?」と気軽に話しかけることなんてできない。だから三人で楽しくお喋りしながら(←俺を除け者にしていた)帰り道を歩く彼等に、「珍しいこともあるもんだねぇ」と水を向けてみた。無視されたらどうしようって真剣に緊張した。
「馬鹿ね、カカシ先生は。だって今日はイブじゃないの。分かる?」
と、サクラが答えてくれた。俺は無視されていたわけじゃないと分かり、とても嬉しかった。でも意味はサッパリ分からなかった。
「カカシ先生には関係ねぇってばよ! イブは子供の日だからさぁ」
と、ナルトが続いた。確か子供の日は五月のはずだけど、俺の知らない内にいつの間にやら十二月にも子供の日ができたのかもしれない。何せ俺は少し世間知らずなところがあるし、年間行事にも疎い。
「子供の日……つまり今日は、ちまきや柏餅を食べられるから機嫌が良いってこと?」
四代目は子供の日にちまきと柏餅を配り歩くのが好きだった。俺はちまきが良かったのに、四代目はいつも柏餅の方をくれた。どうせなら両方くれれば良いのにって子供心に思ったものだ。
「ぜーんぜん違うってばよ」
ちまき・柏餅説でほぼ確定かと思っていたのに、ナルトに全否定された。俺のナイーブな心が少し傷付いた。良く分からないけど、全部四代目のせいにしたくなった。
「カカシ先生は大人なんだから……イブって言えば、違う意味しか持たないだろうけど?」
サクラが大人びた顔をして言う。凄く意味が分からない。
「イブと言えば……暗殺任務?」
心当たりと言えばそれしかない。世間では年末に謎のパーティが頻繁に行われるのだが、そこに潜り込んで毒を仕込んだり千本で刺したりする任務が多い。イブと言えば暗殺任務だ、間違いない。それに大人なんだから、という言葉にも合致する。
しかし、子供達は凍てつく大地のような目で俺を一瞥し、完全に俺の言葉を無視した。その時の雰囲気はとてもじゃないけど書き表せない。ちょっと泣きたくなるくらいだった。
三人は仲良く(←俺を除け者にして)受付に入って行った。普段なら面倒くさいからって押し付け合う報告書も、俺が何も言ってないのも勝手に三人で製作して提出した。俺はすることがなかったし寂しかったから、もう先に帰っちゃおうかなって思ったけど、俺が帰った途端に「カカシ先生ってマジでウザイよねーキャハハ!」的会話が繰り広げられたらどうしようと恐ろしく、三人の後ろを付いて回るはめになっていた。
三人は当然のように、うみの中忍の所に並んだ。子供達は彼の名前をしょっちゅう話題に出すし、報告書も百パーセント彼のところに提出する。うみの中忍は子供達に人気すぎて、俺は少しばかり嫉妬してしまう。
「いやぁ、俺は今晩予定があって! 今晩予定が! イブの夜に予定が!」
並んでいると彼の不必要に大きな声が聞こえた。
「イルカ……俺、何も言ってないけど……」
対話しているのはアオバらしく、アオバの引き攣ったような小声が耳に届く。
「いやぁ、参ったな! イブの夜に予定が入っちゃうとか、俺もやっぱりさ、イブの夜は予定が!」
文脈が意味不明になっているが、ともかく彼はイブの夜に予定があることを周囲に知らしめたいようだった。そして、どうしてか分からないけど、受付に並んでいた里の仲間はお通夜のように黙り込んでいた。中にはこっそり涙を拭う者もいたし、三代目なんかは憐憫を宿した瞳で遠くを眺めたりしていた。
ともかく、そんな感じで俺達の順番が来た。
「おお、ナルト、サスケ、サクラ! 俺、今晩予定があってなぁ!」
彼の第一声がそれだった。いつもなら必ず「お疲れ様」から始まるのに。
「イルカ先生、今年も恋人できたんだな? 俺ってば知ってるけど、イルカ先生は毎年イブの前日になると急に恋人ができ――いって! 痛いってばよサクラちゃん!」
イブの前日になると急に恋人ができるなんてこの中忍は器用だなぁと感心していたら、サクラがナルトの尻を捻った。どうして急にそんなサディスティックな行為にでたのか俺には分からない。思春期の女の子は恐ろしいと思った。
サスケが無言で報告書を差し出すと、彼はようやく「お疲れ様、寒かったろう?」といつもの彼に戻った。そしてニコニコと報告書をチェックすると「綺麗な報告書だ、偉いぞ。これなら今年もサンタさんが来てくれるだろうな」と、続けた。途端に三人が歓声を上げる。珍しくサスケまで嬉しそうで、頬が紅潮していた。
うみの中忍もそれに気付いたのだろう、サスケの頭の上にポンと手を乗せる。
「サスケ。サンタさんに来てもらうために、今晩はどうするんだっけ?」
彼の声はとても優しかった。
「いつサンタが来ても良いように、早く寝る。気配を感じても起きたらいけない。サンタはシャイだから、姿を見られると来年は来てくれないから」
頬を赤らめたサスケが澱みなく答える。
「よし、ちゃんと分かってるな。お前は良い子だから必ずサンタさんは来てくれる、安心して早寝してろよ?」
「イルカ先生、俺、今年も各種トマトの盛り合わせを貰えるかな?」
「もらえるよ、きっともらえる。サンタもボーナスが出たから大丈夫のはずだ」
なんといういたわりと友愛じゃ、サスケが心を開いておる……と、俺は大ババ様の声を真似ながら心中で呟いた。大体サスケは俺のことを「カカシ」って呼び捨てするくせに、うみの中忍のことは「イルカ先生」って呼んでいる。怖かっただけのキツネリスのように攻撃的なサスケをこうまで懐かせるとは、この中忍、正体は風の谷の姫君なのではなかろうか。
「イルカせんせえ、俺も、俺も一楽のラーメン半額券、今年ももらいたいんだってばよ!」
「ああ、きっともらえるぞ? だから今晩は良い子で早寝な?」
「イルカ先生、私は?」
「サクラも大丈夫だ。念のために今日はご両親の肩を揉んでおきなさい。サンタさんはそういうの見てるから」
報告書にポンと判を押し、うみの中忍は子供達全員に「じゃ、明日な」と話を締め括る。すると子供達は「イルカ先生、さようならー」と元気に挨拶して(←最後まで俺はほったらかし)帰って行った。報告書は勝手に提出されちゃったし、話も終わっちゃったし、俺が解散って言う前に子供達は帰っちゃったから、俺もすごすごとその場を後にした。明日は遅刻しないでおこうって、ちょっと思った。
寂しい心を埋めるように上忍待機所でイチャパラを読みふけり、さてそろそろ帰ろうかと思っていた時のことだ。
天才とかエリートとか里の至宝とか呼ばれいてる俺は、イチャパラから天啓を受けたようにそれに気付いた。それに気付いてしまった。
つまり、サンタとは、サンタクロースのことだったのだ!
俺はてっきり「三太」なる、どこぞの誰かが、気風良く子供の日にプレゼントをばら撒くのだと思い込んでいたのだが、それは違う。イブとはクリスマスイブのことで、サンタは三太ではなくサンタクロースなのだ。そこに気付くとはさすが俺、大した奴だ……。
そういうことならばと、俺は自分もサンタになると決意した。確か一般家庭は親御さんがサンタの代わりにプレゼントを贈るはずだが、サスケとナルトには親がいない。だから、ここは上司であり、彼等の保護者でもある俺がひと肌脱いでやろうではないか。そうしたら彼等もいつしか俺を尊敬し、除け者にするのを止めてくれるかもしれないし。
うむと頷き、俺はさっそくプレゼントを買いに走った。年に一度のことなんだからと奮発し、サスケには高級忍具セットを、ナルトには高級巻物を買ってやった。二人ともまだまだ忍とも呼べないヒヨッコだけど、強い忍を目指す心意気は誰にも負けてない。それは俺が一番良く分かってるから、値が張っても役立つモノをと思ったのだ。
プレゼントを買うと腹ごしらえと時間潰しに一楽に寄った。そこで俺は、うみの中忍にでくわした。
「俺、今晩は予定あるんですよ! ホントですよ! これから予定あるんです。イブの夜は長いですからね!」
誰に訊かれたわけでもないのに、彼はここでもそんなことを口走っている。しかしアヤメさんは涙目になって唇を噛み締めているし、テウチさんは悲痛な面持ちで「ラーメンを湯がくのに夢中になっているフリ」をしていた。
何だかよく分からないけど、俺は塩ラーメンを頼んでカウンターに腰かける。「はいよ」と返事をしたテウチさんは、暫くしてうみの中忍にラーメンを出す。
「お、テウチさんサービスしてくれたんですね? いやぁ有難いなぁ、俺、今日は眠れないかもしんないし、精を付けなきゃ〜って思ってたんですよね。ほら、俺はこれから、か、か、かの」
「イルカ先生、タマゴもサービスしとくから」
「わ、有難うございます! 嬉しいなぁ。俺、これから予定あるし! か、かの、かのz」
「良いから早く食べちまいな!」
良く分からないけど、そんな会話が繰り広げられていた。
ラーメンを食べてからもう少し時間を潰し、そろそろナルトも寝た頃かな?と思う塩梅で俺はサンタとやらになる。別に変装したわけではないが、良い子にプレゼントを渡すサンタさんなる人物となったのだ。
ナルトの家は相変わらず雑然としており、カカシ先生と張り紙がある大きな人形もあった。ボロボロになっていたけれど、そんなに俺のことが好きなのかとちょっと感動する。プレゼントを枕元に置いて、「カカシ先生を除け者にしたらいけないよ。サンタより」と書置きも残した。
これで良しと満足した時、窓からうみの中忍が飛び込んでくる。今日は何かとうみの中忍と縁がある日だと思った。
「カカシ先生!」
「大声出さないで。ナルトが起きるよ?」
しぃっと指を口に当てると、彼は真っ赤になって自分の口を手で押さえた。大きくて白い袋を背負っている彼は、俺と違ってサンタとやらに扮装している。
「うみの中忍、今日は予定があったのでは?」
あれだけアピールしていたのにと思い、小声で訊ねてみると、彼は更に顔を赤くする。耳まで真っ赤だ。
「い、今からです。今から……か、か、彼女とデートなんです」
「そ。では良いイブを」
「はい」
どうしてか、うみの中忍は真っ赤になって俯いていた。でもここで俺がすべきことは終わったので、窓から出て彼と別れた。
次にサスケの家に行き、同じことをした。サスケの家には「カカシ先生人形」がなくてちょっと残念だったし、サスケは生意気だし、俺のことを呼び捨てにするし、生意気だし、あと生意気だけど、とにかくこの子だって良い子には違いない。だからプレゼントを枕元に置く。それから「カカシ先生を除け者にしたらいけないよ。サンタより」と書置きもした。
よしよしと悦に入っていると、なんとここでもうみの中忍が窓から飛び込んできた。デートはどうしたのだ?
「あっと……おれ…私は、親のいない子にプレゼントを贈って、それからデ、デートです」
何も訊いてないのに彼はそう答えた。
それから背負っている大きくて白い袋の中から、スーパーの袋を取り出してサスケの枕元に置いた。どうやらそれはトマトの詰め合わせみたいで、俺は納得する。ナルトには一楽ラーメンの半額券を贈ってやったということか。
「これ、カカシ先生のプレゼントですか?」
俺の高級忍具セットを指差して彼はそう訊ねた。「そうです」と答えると、今度は顔を青くする。赤くなったり青くなったり忙しい人だなと思ったけれど、彼がそれ以上何も言わないので俺も何も言わなかった。
理解できない重苦しい雰囲気になったので、俺は逃げるようにサスケの家から出て行く。何も悪いことなどしていないはずなのに、どうしてか小さな罪悪感に苛まれた。俺は俺、あの人はあの人でサンタをやった。一人の子供につき一人のサンタって決まっているわけでもないはずなのに、チクチクと胸が痛む。変だなと思った。
気が晴れないので里をブラブラしていると、ガイに捕まった。非常に面倒だったけど、こんな日はこのでたらめな男と一緒にいるのも良いと、居酒屋に行って一緒に酒を飲んだ。ガイはうるさかった。「青春!」と「青春・イブ!」と「破廉恥なことはイカンな」」と……まぁそんなことばかり喚いていた。けれどその居酒屋には知っている上忍もチラホラいたので、夜更けまでみんなで飲んで騒いだ。
その帰り、もう随分遅い時間、屋台のおでん屋でうみの中忍を見かけた。
どうして今日はどこに行ってもこの人に会うのだろうと小首を傾げつつ近付いてみると、おでん屋の親仁が酷く困っていることが分かった。親父はもう店を閉めたいのに、うみの中忍が潰れてしまって動かないのだ。「今日は早く帰りたかったんだけどなぁ」と苦笑する親仁さんが不憫で、俺がうみの中忍を背負って家まで送ると申し出た。だって話を聞くと、親父さんには娘がいるって言うんだ。きっとプレゼントを枕元に置きたいに違いないと思ったのだ。
ムニャムニャ言う中忍先生を背負って夜の里を歩く。家を知らないから酔っ払いの彼を起こして道案内させた。でも彼はすぐに眠ってしまうから、とても時間がかかった。それから何度もしつこく「俺は寂しくないぞ!」と叫んでいた。近所迷惑甚だしい。
彼の家は、とてもみすぼらしい小さなアパートの一室だった。鍵を開けさせて家の中に放り込むと、彼は「床、つめてー」とケタケタ笑った。何がおかしいのかサッパリ分からない。
「じゃ、俺は帰ります」
俺がそう言うと、彼はよろよろと立ち上がって馬鹿みたいに敬礼する。
「ごくりょーさまでした! うみのイルカ、このご恩は一生忘れましぇん!」
絶対忘れる。明日の朝には忘れてる、と言うか、うみの中忍は俺という存在すら認識できていない。この男は今の時点で既に、綺麗に記憶が飛んでいるのは間違いない。
「はいはい。じゃーね」
俺は彼のサンダルを綺麗に揃え、ドアノブに手をかけた。
「俺、寂しくないんですよ」
「うん、分かったよ。おやすみなさい」
「俺、だって寂しくないもん! 絶対寂しくない。もし本当に彼女ができても、イブは子供たちのためにサンタににゃるんだ。家族ができて自分の子供が生まりぇても、シャンタになるんれす。おれぁ間違ってない! さみしくないッ!」
あまりに大声で喚いたから、俺はちょっと困ってしまった。このまま彼を放っておいたら隣の住人が目を覚ましてしまうかもしれないし、こんなに寒いのに彼は布団に行こうとしない。ただでさえ彼は既に鼻水をズビズビさせていた。このままだと風邪をひくのは必至だ。
仕方ないので部屋に上がらせてもらった。それから彼を抱えて布団の中に、今度こそちゃんと放り込んだ。
「はい、寝てください」
「おれぁさみしくないんれす。良いですか? おれぁさみしく、ぜったい、ない。良いですか?」
「分かりましたって」
「自分に彼女ができても家族ができても、親のない子のしゃんたになるって決めてるんです。イブは、そうやってしゅごすんです。一生、おれぁサンタやるんです。みんなのこども、みんな、うれしい。日になる、ように。だからさみしくない」
どうしてそんなに執拗に繰り返すのか俺には分からなかった。彼は自分で言うように正しいし、俺も立派だと思う。だったらそれで良いはずなのに。
「おれぁ、みんな、こどもみんな」
「うん」
「こどもみんな、好きで。だから、みんなうれしい日に、つらかったり、しょぼくれたり、さみしかったりする子が、いけない」
「うん?」
「いては、いけない」
「ああ、うん」
「さみしいのは良くなくて、でゃから。みんな良い子。良い子が、さみしいの、は、いけないんれすよぉ!」
「そうですね」
「おれぁー、ずっとサンタれす! 一生やりまふ。だからおえもさみしくないんれす」
彼はグズグズと鼻を鳴らしてそのまま眠りに落ちた。寒かったのだろう、鼻水が止まらないようだった。
うみの中忍の主張の大半は理解できたけど、少し意味の分からない部分もあった。特に最後の言葉だ。子供好きで、寂しい子供をつくらないよう生涯サンタをやる。寂しい子がいないから、彼は寂しくない……ということなのだろうか。
酔っぱらいの戯言だから、気にすることはないのだけど。
家に帰っても、俺はずっと考えていた。
どうして彼はあんなに何度も、何度も、何度も何度も何度も「さみしくない」と主張したのだろう。寂しいんじゃないのか? 本当は凄く寂しくてたまらないんじゃないのか?
それからもうひとつ、気になったことがある。いや、ふたつだ。
・俺はちょっとばかり何かを間違えなかったか?(←どこか分からない。考えたけど分からない)
・俺は何か、やり残してないか?(←これもサッパリ分からない。けれど、結構重要なことをやり残した気がする)