慰霊祭が終わり、毎年恒例であるその独特の重苦しい空気から逃げるように歩きだした時に呼び止められ、明日の任務に大幅な変更が出たことを告げられた。
予定では逃げだした猫の捜索だったのだが、飼い主が捕獲したのか猫が呑気に自分から舞い戻ったのかそれは先ほどキャンセルされ、手の空いた俺達七班には新たに護衛任務が割り当てられたのだそうだ。
手渡された依頼書に目を通し、任務の変更を告げに来た事務方に礼を言ってから、俺はサクラを探そうとその場を見渡した。あの子の髪は目立つし、サスケに何やら話しかけていたのを先程視界の端で捉えていたからだ。
多くの忍に紛れる小さな子供達を見つけるのが面倒臭く、一度近くの木の枝に飛んでサクラの髪の色を探すとすぐに見つかった。帰宅しようと歩きながら、まだサスケに何やら話しかけている。
二人の前に舞い降りると、子供達は目を丸くして驚いた。
「カカシ先生?」
「はーい。明日の任務、変更になりましたー」
数日かかる任務だから準備するものが変わる。護衛任務となれば装備を整えなくてはならない。集合時間も変わっている。それを告げると、二人はすぐに重要なポイントを正しく把握した。この二人はこういう点では手のかからない、非常に優秀な子供だ。
残りの一人と違って。
「で、ナルトはどこ?」
「見てないわ」
サクラはすぐに答えたが、サスケはあからさまに顔を叛けた。
「ねー、お前達」
「断る」
「イヤよ」
最後まで言わずとも分かってくれるこの二人は本当に優秀だ。
「私これからすぐ帰って、明日の準備しなくちゃならないもん」
「部下に任務の変更告げるのもアンタの仕事だろ」
俺は大きく溜息を吐き、頭をガシガシとかく。ま、別にそんな手間のかかることじゃない。アイツのことだ、もう帰ったとしても自分の家か一楽か、どちらかだろう。
「んじゃ、明日は遅れるなよー」
「カカシ先生が言わないでって突っ込みにはもう飽き飽きしてきた」
「全くだ」
優秀で息もピッタリな二人に軽く手を振り、俺はまだこの場にいるかもしれない金髪の子供を探す。もう一度木に上って探し、いなかったらアイツの家に行くか。
そう思っていたら、サクラに腕を引かれた。
「なに?」
「ナルト、ここにはいないわよ」
「何で? 今日来てないっけ」
「今日じゃなくて、毎年来ないの」
サクラは酷く大人びた表情でそう言い、サスケはまた、あからさまに顔を叛けた。
ほんの少しだけ、サクラの咎めるような視線を感じた。
当然と言えば当然だった。
九尾が腹の中にいるアイツが、ここに来られるはずはなかった。本人がそれを知らなくとも、周囲がそれを許すわけがなかった。
「苦労してるねぇ、アイツも」
呟きながらナルトの家に訪れてはみたものの、そこには誰もいない。一楽かと思ったが、そこにもいない。
暫く外で待ってはみたが、里を覆うこの日独特の空気に耐えきれずに一度自宅へ戻った。
俺もかけがえのない師を失った。仲間を失った。多くのものを一気に失った。
だがこの日のこの空気だけは、かなり苦手としていた。それは失ったものを思い出すだけではなく、失った原因を記憶の底から穿り出して何度も何度も確認し、その悲しみと憎しみを自分達に自ら擦り込もうとするような、そんな行為からくる空気のように思えて仕方なかったからだ。大切なもの達の大切な記憶を失わないように保管しているだけではなく、負の感情までをも失わないように必死で保管しているような。
一度自宅に帰り、妙に疲労した神経を休めてから再度ナルトの家に行く。
この時間帯なら流石に帰宅しているだろうと思っていたのに、ナルトはまだ帰って来てはいなかった。
今日、この里の中をあまり長時間うろつきたくはない。師が守りぬいた、俺が命を懸けて守り抜く大切な里ではあるものの、今日だけは。
仕方なく忍犬達を口寄せし、ナルトを探させる。
暫くすると、発見したという遠吠えが聞こえた。
早くナルトに伝えるべきことを伝え、家に帰って風呂にでも入って寝よう。ナルトがどこをほっつき歩いているのか知らないが、アイツも今日は早く帰るべきだ。
そんなことをツラツラと考えながら電柱の上を飛んでいくと、パックンが里の中心から少し離れた古ぼけたアパートの屋根の上で俺を待っていた。
「ここの二階からナルトの匂いがする。一番南の部屋だ」
「そう。お疲れ」
労いの言葉をかけると、パックンはひとつ頷いて消える。
俺はそのアパートの共同廊下に降り、一番南の部屋のドアの前まで行って呼び鈴を鳴らす。
早く帰りたい。
それなのに、誰も出てこない。
小首を傾げつつ、とりあえずもう一度呼び鈴を鳴らす。
何なんだと思い、気配を探るとそこにはなにもない。しかしパックンは確かにここだと。
「ナルトいるんだろー? 何やってんだー」
声をかけると、動揺したような妙な気配がひとつ。しかしすぐに消える。
間違いなくナルトの気配。
「おーい、ナルトー」
再度呼びかけると、何の気配も感じられなかったドアの向こうから、鍵がゆっくりと開けられた。
出てきたのは。
「ああ、貴方の家でしたか。ナルトいます? 明日の任務が変更になりましてね」
俺は早く帰りたかった。
にも拘らず、彼はドアの隙間から真っ青な顔をして俺を凝視していた。激しい困惑のようなものを浮かばせ、裏切られたとでも言いたげな強い怒りを浮かばせ、それから、そういうものを全て乗り越えた覚悟のような苛烈な光をその黒い瞳に宿して。
「あの、うちのナルト、お邪魔してますよね?」
「用件は俺が伺います」
彼は立ち塞がるようにそこに突っ立ったまま笑顔らしきものを作り、忍の目で素早く俺の後方や周囲の気配を探った。それと同時に彼の部屋の奥の襖がそっと開き、そこからおずおずと現れた見慣れた金色の髪が俺の目に映る。
「イルカ先生、カカシ先生は大丈夫だってばよ」
「――奥にいろ!」
彼の怒気に一番驚いたのは、その怒気をまともに受けたナルトではなく俺だったに違いない。
彼がこんな神経質で威圧的な怒気を出す人間だとは思いもしていなかった。彼はいつも受付で屈託なく笑っているし、子供達相手に叱ることはあってもこのように怒気で押さえこむところなんて見たこともなかった。今日だって慰霊祭で彼を見かけたが、普段通り子供達に囲まれ、普段通り温かく子供達に接していた。
だが、俺は気付いたのだ。
部屋の中には決して入らせまいと塞がり、忍の目で周囲を警戒し、ナルトに普段の彼からは想像もつかない怒気をあてた彼のこの状態から、気付いたのだ。
そうせざるを得ない状況にあるのだと。
そこまでしなくてはならないほど、ナルトへの風当たりは強いのだと。