リュックの中には非常食用ラーメンがまだ三袋ものこってるし、水筒の中の水だってまだ半分くらいのこってる。万が一のための板チョコだってある上に、寒くなっても良いようにって毛布と腹巻だって持って来た。枕にするための長みみうさぎもあるから寂しくないし、ケガをした時のためにバンソウコウまである。
その他だってもりもりあるんだ。例えば暗部戦隊コノレンジャーのファイナル警棒、アメちゃん十個、サバ缶一個、ポケットティッシュとハンカチ、塩コショウ、手ぬぐい、ろうそく、マッチ、暇つぶしのための『月刊忍術』、きがえ、ふでばこと何でもノート、台所から盗んできたウメボシ、お守り、さらには片手なべにランタンだってある。
俺はまだ下忍にもなれてないけど、もうほとんど忍者みたいなものだから当然クナイだって持って来た。断っておくけどアカデミーで使ってるゴムみたいなヤツじゃなくて、「絶対さわっちゃいけません!」って普段からさんざん言われてる、父ちゃんの本物のクナイだ。それを盗んできた。こんなことしたら本当はすっごく怒られるけどセンベツだからかまわないと思うし、そもそも俺はもう、父ちゃんと母ちゃんのところには帰らないから怒られる心配もない。
 本物のクナイはずっしりと重くて、怖い。だからまだ使ってないけど、当分はこれ一本で何とか生活していかなきゃなんない。サバイバル生活を生き抜いていかなきゃなんない。
 だが、俺はやるんだ。こうして家出をしたいじょう、見事にひとりで生き抜いてみせる。
 現に今日一日、俺はすごく上手にやってのけた。記念すべき家出とジリツの第一歩として、ほとんどカンペキに日中を過ごしてみせた。水のカクホはよゆうだったし、お昼ごはんと夕ごはんのラーメンはおいしくできたし、家出ソウサク隊という恐ろしい追手からのがれるために、できるだけ木ノ葉からはなれようといっしょうけんめい歩いて歩いて、こんなに遠いキノコの森まで来れた。
 本当にすごい。さすが俺、めっちゃすごい。カンペキに近い。
 もう日がくれたからあとは眠るだけだし、誰もいないけど平気だし、さっきラーメンを食べたからお腹もへってないし、全然怖くないし、ランタンあるからオバケとか絶対に出ないし、お守りもあるからオバケなんかホント絶対の絶対に出ないし、モウジュウとか出てもクナイあるし、俺はもうほとんど忍者みたいなものだからよゆうでゲキタイで、だからオバケとか出てもホントに怖くないし。
「ぴゃーーーーーーーっ!」
 全然よゆうだけど、念のために奇声を出してやった。これは作戦だ。父ちゃんも母ちゃんも任務に出てて家で独りの時、俺がよくやる手なんだ。怖いわけじゃなくてホントに作戦で、こうすることでオバケとかに「あ、こいつ俺の存在に気付いてやがるな」って思わせるのだ。言っておくけど俺はケンセイだけじゃなくって、実際にオバケに攻撃することもある。お風呂で髪の毛を洗ってる時に、何気なく背後をシャワーで攻撃するんだ。ハハ、そんなところで立ってても俺はお見通しだからな、みたいな感じで。うん。
 さて寝るぞ。明日も朝から歩くんだから、さっさと寝てしまわなきゃなんないんだ。余計なことを考えずに寝てしまうぞ。
 目を閉じてもランタンの灯りが気になってしまう。でも灯りを消してしまうと、本当に真っ暗になっちゃうんだ。それに何か獣が来るかもしれないし。
 気にしちゃダメだ。とにかく目をつぶって寝てしまおう。
 自分が息をしている音とか、つばを飲む音がみょうに大きく感じる。風なんか吹いてないのにちょくちょく物音がするけど、それはきっとヤコウセイの動物が動いているからだ。フクロウとか。
 静かに目を閉じていると、くらい森の中で静かに虫がうごめいている音まで聞こえる。すっごくすっごく集中して耳をすませば、虫がムシャムシャと葉っぱを食べている音だって聞こえるかもしれない。
 もう一度、自分がつばを飲みこむ音がした。寝返りを打つとその音までも大きく耳の中にひびいて、俺は変にキンチョーする。よく分かんないけど、寝返りをうったらダメなような気がしてきた。なんか……なんか、敵とかに見つかるかも、みたいな感じで。
 夜の森っていがいなくらいうるさくて眠れない。鳥の声がずっと聞こえるし、葉っぱとかこずえがカサカサ鳴るし、地面も虫が動く音がするし。こんなにひっきりなしに物音がしちゃ、安心して眠れない。
 家っていうのは雨風から人を守るだけじゃなくて、音もさえぎってくれてるんだなぁ。
「ぴゃーーーーーーーーーーっ!」
 近くでガサって音がしたから思わずイカク用の奇声を上げてみたけど、目を開けても何もなかったから安心した。ちょっとドキドキしたけど全然平気だし、俺は怖くないし、何もないのに音がしたけど別にオバケだとか決めつける気はないし、俺は平気だし。
 オデコに浮かんだ汗を腕で拭って静かにしんこきゅうした。それからもう一度目を閉じたけど、残念なことにこれっぽっちも眠くならない。毛布を頭までかぶってみたけど森はガサガサカサカサホーホーリンリンとうるさいし、それに小さな虫が足元からよじ登ってる気がして、足がかゆい。一回かゆいって思っちゃうと身体中がかゆくなってくる。
 枕にしていた長みみうさぎに顔をうずめた。
地面で寝るって大変だなぁ。木の上で、川原の大岩で、芝生でベンチで土管の上で、俺は今までいろんなところで昼寝をしてきた。当たり前だけどそういう時は毛布なんかないし、昼寝だから太陽はまぶしいし、いろんな音がする。それなのに俺は全然平気で、いつだってぐっすりと寝れてた。
 でも地面の上で……ようは『外で眠る』って、本当はこういうことなんだ。夜にならなきゃ分からないものなんだ。音が気になるしオバケとかも気になるし、虫はいるし背中は痛いし、これで雨なんか降ったらきっと人生いやになる。ほんと、外で寝るって大変だ。それから建物って大事だ。
 近くのヤブで鈴虫がモウレツに鳴きだしたから俺は寝ることを完全に諦めた。鈴虫、うるさすぎ。アオマツムシもうるさすぎ。
 体を起こしてポイポイって荷物をまとめ、大きなリュックとランタンを持ってキノコの傘に上った。キノコの森には大小それぞれのキノコがもりもりと生えていて、俺はその中でも一番感じの良いキノコを今日の宿にしようと思ったんだけど、眠れないんだから仕方ない。斜めだけどフカフカなこのキノコの傘の上で、眠くなるまで本を読むことにする。
 リュックの中からアメちゃんを取り出し、口の中に放り込んだ。それから『月刊忍術』も取り出す。
キノコの傘の上で横になってペラリを本をめくってみた。ランタンの灯りで文字は見えるけど、読めない字が多すぎる。あと、字が小さすぎる。暇つぶしになるだろうって字が多い父ちゃんの雑誌を持って来たけど、背伸びしすぎたかもしんない。でも字はいつか読める時に読めば良い。今は子供らしく、絵を見てれば良いのさ。
 俺はニヤニヤしながらページをめくる。この本をチョイスしたのは字が多そうって理由だけじゃないのだ。なんと言ってもこの『月刊忍術』の表紙には、暗部特集ってデカデカと書いてあるのだ。
 本の半分くらいからその特集が始まった。ひょー! 暗部超カッケー! ほうほう、コノレンジャーと一緒で、暗部面にはいろんな種類があるんだな。キツネとかネコとかタヌキとかあるみたいだ。忍具も見たことないのが多い。でも暗部特集なのに暗部の人の写真がほとんどないなぁ。まぁ仕方ないか、だって暗部だし。
「ねぇ、なにしてんの?」
「ぷぁーーーーーーーーーーーーーーッ!」
 急に話しかけられてビックリしすぎて、「ぴゃー」のイカクが勢い余って「ぷぁー」になってしまった。でも俺は全身をガチガチにさせつつもソクザに冷静をきどり、オバケとかマジで慣れてるから、みたいなたいどで念仏をとなえた。全然涙目なんかになってないし、ふるえてないし、ホントよゆうでゲキダイだし!
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏!」
「急に念仏唱えないでよ」
「南無阿弥陀ぶちゅ南無阿弥でゃ仏ニャ無阿弥陀ぶちゅ!」
「ねぇ、なにしてんの?」
「なーんまーいだー!」
「こんなところでなにしてんの? 木ノ葉の子だよね?」
「悪霊退散! 悪霊退散!」
「俺、まだ死んでないよ。死んでないはず。死んでないんじゃないかなぁ?」
 これは間違いなくオバケの罠だけど、俺は頭がキレるからそんな罠にはひっかからない。きっと声のする方を見たら血まみれの男の子が立ってるんだ、そんで「み〜た〜なぁ〜」とか言われるんだ。これはそういう罠。
「なむさん! なむさん! そもさん、せっぱ!」
「最後、ちょっと違うよ」
「悪いけど、俺は暗部戦隊コノレンジャーの武器持ってるし、それでコノハチャージもできる。それに友達に寺の子と神社の子いるし、こういうこと言っておどしたくないけど、本物のクナイも持ってる。だからお前はあきらめた方が良いし」
 オバケを説得するにあたって、俺は口早にその説明をした。全部本当のことだからって付け足して、ふるえる手をリュックに伸ばし、そこからコノレンジャーのファイナル警棒を取り出す。
「それがコノハレンジャーの武器?」
「コノレンジャーだ!」
 そこは素早く訂正すると次にファイナル警棒を握り、俺は「コノハチャージ!」と叫んだ。同時にボタンを押したから、ファイナル警棒はピーという音を出してピカピカ光った。これでもダメなら本当に本物のクナイを出さなくちゃならない。でもそれは凄く……勇気のいることだ。危ないし、オバケは早めにコウサンした方が良い。
 少し変な間ができたから、俺は覚悟を決めてファイナル警棒を強く握りしめ、頭の先から指の先まで全部の勇気をかき集めてキっとオバケを睨んだ。それと同時にボタンを押して腹の底から叫ぶ。
「コノハチャージッ!」
 夜の森に俺のコンシンの雄叫びがリリしくひびき渡る。ファイナル警棒がピーと音を立て、聖なる光をきらびやかに発した。
 オバケは血まみれってわけじゃなかったけど、色白でいかにもオバケって感じがする、俺と同じくらい年頃の子供だった。しかも木ノ葉の額当てを巻いていて、まるで本物の忍者みたいに見えた。その本物の忍者みたいな子供のオバケが俺のとなりにちょこんとしゃがみこみ、小首を傾げてこっちの様子をうかがっていたんだ。
「コノハチャージ!」
 オバケが無反応だから、三度目のコノハチャージを発動せざるをえなかった。これでダメならついにコノレンジャーの必殺技、エクストリーム忍法をくり出さなきゃならないけど、俺は忍術できないからクナイの出番になっちゃう。
「……うわー、やられたー」
 へんな時間があってから、子供のオバケがぽつんとつぶやいた。俺が放った聖なる光にダメージをくらったに違いない。
「カンネンしろ! そして成仏しろ!」
「うん分かった。それで君は、ここでなにしてんの?」
 オバケはさっきからビドウだにしない。やられたーって言った時も今もピクリとも動かず、俺のとなりにちょこんとしゃがみこみ、小首を傾げて俺を見ている。
 髪の毛は銀色だった。オバケだからか、キラキラしてすっごくキレイな髪だ。
「俺はここで月刊忍術を読んでた」
 ファイナル警棒をかかげたまま、俺はそう答えて大人っぽい顔をしてみせた。聖なる光がオバケにダメージを喰らわせることができると分かって、心によゆうができてきたのだ。それにこのオバケは、見た目が全然こわくない。
「どうして子供が一人で、こんな夜中にこんな場所で月刊忍術を読んでいるの?」
 オバケのそぼくなギモンに、今度はむっと顔をしかめてファイナル警棒をキノコの傘に突き刺す。家出をしたっていう誇り高い気持ちと、家出をバカにされちゃうんじゃないかっていう怖い気持ちが入り乱れて、上手く言葉を返せない。大体そういったことはプライバシーのシンガイだ。よく分かんないけどプライバシーのアレだ。よく分かんないけど。
 オバケはふしぎそうな顔をして俺のリュックにしせんをうつし、それからキカイみたいにせいかくに俺にしせんを戻した。ずっと同じ姿勢のままでだ。
「もしかして、家出したの?」
 その声の出し方からして、絶対に「家出とかスゲーな」なんて言ってくれないって分かった。
「家出じゃない、出家だ!」
「出家? 仏門に下るの?」
「それはちょっと違うけど、出家みたいなもんなんだ。家出じゃないし、俺は父ちゃんと母ちゃんに頭に来て、ひとりで生きていくって決めただけだし。だからその辺の子供の家出と一緒にされたら困る。俺は、そういうんじゃなくて、カッコたるイシを持って、こう、出家したわけだ。これからひとりで生きていくって決めてるから木ノ葉には帰らないし、それにラーメンだってまだあるし、長みみうさぎがいるから寂しくないしさ」
 バカにされるのはゴメンだから必死になって説明する。俺の家出はそんじょそこらの子供の家出とは違うんだって分かってもらうために、それから俺自身がこのオバケ子供に舐められないように、グサグサとファイナル警棒をキノコの傘に刺して迫力を出しながら力説する。
 そのかいあって、ひとしきり主張するとオバケはコクリと頷いて「分かった」と言ってくれた。理解のあるオバケでほっとする。
「それで、なんで家出しようと思ったの?」
 オバケはまたもやそぼくなギモンを投げかけてきた。俺は待ってましたと言わんばかりにその説明を……しようと思ったけど、その前にオバケにちゃんと座るようジョゲンした。だってオバケはずっと俺の隣でしゃがんだ状態のままだったから、そろそろ足がしびれるだろうなって思ったんだ。それにこのオバケは怖くないし、もの分かりというものがすごく良い。
 オバケはふしぎそうな目をして俺を見たけど、俺のジョゲンにしたがってちゃんと腰をおろした。それから膝をかかえて、またコテンと小首をかしげる。
 聞いてもらうタイセイが整ったみたいだから、俺は気合を入れて昨日のできごとを語り始める。正直に言って、誰かに聞いて欲しくてたまらなかった話だ。それなのに誰にも言えないことだったから、色々気持ちがたまってて、すっごく苦しかったんだ。このさいオバケでもなんでも良いから、俺の言い分を聞いてもらう。

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