芳丘聡重 中井典子
だってほら、クリスマス・イブだよ?
イブの夜に全国的に有名な私立高校に通うオレが、しかもこのオレが、一人で過ごすはずないじゃん。ってか、イブの夜に一人で過ごしたりするヤツっているの?いないっしょ、普通は。家族とか友達とか、そんなのとイブを過ごすってヤツもいるだろうけどさ、まぁハッキリ言ってアレだね。アレ。……いや、ハッキリとは言わないけどさ。カワイソーだから。
とにかくオレはイブの夜にオンナと待ち合わせて公園で待ってたわけ。
たまたま知り合ったオンナだけどさ、28才で化粧品会社勤務の美人OL、スタイルバリヨシ。どうよ?なかなかダロ?とか思ってたんだよね。まぁそれまでに2回一緒に遊んだけど、結構ガード固かったから喰えなかったんだけどさ、イブにデートに誘ってオッケー頂いちゃった日にゃ、やっぱ「いただきます」「はいどうぞ」ってこったろ?オレはかなり機嫌良く家を出たね。
ところがだよ?
オレが待っても待ってもそのオンナ、来ねぇーでやんの。
オレをだよ、このオレの約束をブチ?なの?どーゆーコト?とかって思うじゃん。オレさー、もう呆然としてたね。これからどーしよーってさ。だってよ、イブの夜にナンパってカッコ悪くねぇ?なんかいかにも「餓えてます」みたいなさ。まぁ、そんな事考えながら公園内の隅っこのベンチに座って、携帯でツレにオンナの悪口言いまくってたらさ、来たわけ。彼女が。
「芳丘君?」
とか声掛けられたんだよね。最初。
んでもオレは彼女が誰だか分からなかったしこんなダッセー女なんて友達にもいないから、ワザと嫌そうな顔して「アンタ誰?」みてーな顔して見たわけ。だって、こんなダッセー女と話してるトコロ誰かに見られたくないじゃん?特にツレとかさ。
んでも彼女、オレの座ってるベンチにヒョコヒョコっとやって来て
「何してるの?」
とか訊いて来たんだよ。
無視したね。メーワクだったしさ。
すると彼女、やっとオレがウザがってるって分かったらしくてよ、チッコイ声ですまなそーに
「風邪ひかないようにね」
って言って、オレの前を通り過ぎて行ったわけ。そんで、公園の真ん中にある噴水まで歩いて、そこで突っ立ってた。
オレは「あんなブサイクな女がこれからデートで、なんでこのオレが一人でこんな場所にいるわけぇ?」とか思いながら、とにかくツレとか知り合いに電話しまくってた。でもやっぱり誰も相手にしてくれなくてさ。だって今日、イヴだし。
ちょっとイライラしてたね。あん時のオレは。
んで、彼女の方をチラっと見たわけ。
そしたら彼女、じーーっと足元見詰めたままピクリとも動かないんだよ。もう、マネキンもビックリなくらい。あんな根暗そうなオンナの男って、やっぱ冴えないヤツなんだろうなぁって想像しながらオレは暇潰しに彼女を観察してたんだ。
白いハーフコートに、中は淡い赤のニット。下はこれまた淡い灰色の足首まである重そうなスカート。髪は肩までだけどこれまた重い感じ。そんでもって表情も重い。こんな日だしこんな場所だしこれから男と会うんだろうに、何であんな重そうな雰囲気なんだろうねぇーって思ってた。
そん時、彼女が顔を上げてオレを見たんだ。
目が合うと、こう、はにかんだようにニコっと小さく笑ったわけ。オレはその笑顔で、なんだ笑うと結構カワイイじゃんって思ったね。
それから急に彼女が気になって…いや、だってオレの名前知ってたしさ。そんで暇だったしでとにかく彼女のいる所まで歩いて行ったんだよ。
今考えるとヘンな話さ。なんでオレが。
「待ち合わせしてんの?」
オレは多分、そう訊いたと思う。
「うん。芳丘君も?」
彼女は多分、そう言ったと思う。
「そうだよ」
オレはあの時嘘を吐いた。だって待ち合わせした相手が来ないとかさ、言えねぇじゃん。ましてや、ツレも誰も遊んでくれねぇとか言えるか?
とにかくオレは、待ち合わせしてるって言った。そんで、彼女の隣に並んで、真ん中からブワーとずっと水が溢れてる噴水のその縁ン所に腰を下ろした。彼女は立ってたな。オレの方をちょっとだけ見て、そんでまた俯いてた。
最初は彼女から声を掛けてきたくせによ、いざ近寄ったら彼女は何も言わないんだよ。オレ、退屈だったからとりあえずまた話し掛けてみたね。
「なんでオレの名前知ってんの?」
ってさ。
彼女、困ったような諦めてるような、それでもってどっか卑屈な感じの笑みを一瞬漏らしたね。オレは見逃さなかったけど。
「同じクラスになった事あるよ」
返って来た彼女の声も、なんか困ってるような諦めてるような、そんな感じだった。
「いつ?」
「中等部の頃」
「何年の時?」
「一年」
忘れてた。
もう、ぜんっぜん、思い出せなかった。だってこんな地味でさ、全然可愛いとも思えないオンナなんて覚えていられないっしょ。
「ゴメン。名前、何だっけ?」
オレが笑いながら訊くと、彼女も笑った。んでも、苦笑っぽかった。
「中井典子」
「オレ、芳丘聡重」
「知ってるよ」
「そーだったね」
まぁ、こんな感じで彼女は笑った。今度は苦笑とかじゃなくて、普通の、なんての?…えーっと、そうそう。クスって感じで笑ったんだ。
「今も同じ学校?」
「そうよ」
「クラスは?」
そこでオレは彼女のクラスを聞いて、ちょっと嫌になったんだ。だって、深海のいるクラスだったんだ。いや、深海自体は良いよ。オレ、深海大好きだしさ。
でも問題は、その他の…あのクラスの主要メンバーだったんだ。
まず、オレの大嫌いな南暁生。
南もオレを嫌ってたよ。オレ達、仲悪いんだ。それこそ、幼少部の頃からだぜ?もう、気合の入った仲の悪さだったね。んでも、南は喧嘩強いからオレはなるべく避けてたし、別に南もオレに突っかかって来なかったけどさ。
次に、苅田龍司。
正直苅田にはあまり関わりたくなかったよ。アイツはちょっと、普通じゃないからね。だって、アイツってもう素人じゃねぇもん。高校生なのにだよ?それにさ、苅田ってちょっとヘンに冷酷な所があってさ、仲間が誰か…例えば仲の悪いチームの奴等とかにボコにされても、絶対に仇とか取らないんだ。苅田は自他ともに認める地元の大物だよ。んでも、仲間がやられても、「テメーのケツはテメーで拭きな」って感じで全然動いてくれない奴だったね。オレはなんでアイツがあれだけ仲間内から人望あるのか理解できないんだけど、とにかく何かあっても助けてはくれなさそうだった。いざって時にも助けてくれない。んで、怒らすと身体壊される。そんなんだったら、普通はやっぱあんまり関わりたくないって思うだろ?オレの周りの奴等もそんな感じだったさ。でもまぁ、オレは苅田は結構上手く付き合ってたけどね。
次は、岸辺和也。
もうこれは相性とかの問題ではなかったね。あんなメガネのダサダサヤローを苦手とするオレもどーしようもねぇけど、アイツって深海と妙に仲が良いだろ?なんか言うと、深海が怒るんだよ。深海に嫌われるのは嫌だし、んでも岸辺見てるとなんか言いたくなるしさ。だってアイツ、イライラするし。んだからなるべく近寄りたくないんだよ。それにアイツ、ダサメガネのクセに砂上さんと仲良いでやんの。オレがどれだけ口説いてもいっつも適当にあしらわれるだけなのによ、砂上さんはなんか岸辺とは仲良いんだよね。それが余計ムカツクわ。ホント。
んで、最後はオレの大ッ嫌いな真田鮎。
あのクソオンナだけは絶対許さねぇよ、オレ。
ま、とにかく、その他もやたらと気の強いヤツとかいるしとにかく嫌だったわけ。あのクラスは。
んで、オレは適当にふーんって返事だけしてすぐに話題を変えたんだ。
「今日はデートなわけ?」
ってさ。
彼女は照れたようにちょっと赤くなりながら、小さくコクンって頷いた。期待してるような、切羽詰ったような目をしてた。そんで、頷いた後、ぎゅーって目を瞑ったんだ。
何でだろう。オレ、そん時かなーり嫌な感じしたんだ。
だって、こう、彼女は…眉を寄せてさ、ぎゅーって目を瞑ったからさ。よくあるだろ?ドラマとかでもそんなシーン。そんで、そんなシーンって大体悲しいシーンじゃん。だから、オレは嫌な感じってか、嫌な予感がしたわけ。
それから彼女はちょっと黙ってた。オレも黙ったし。
公園内からだったら何処からでも見る事ができるようにしてある高い鉄の棒のテッペンについてる時計が、そん時7時の時報を鳴らしてた。周りはもう真っ暗で、でも公園内にはカップルがいた。十代の奴等から三十代くらいの奴等まで、結構いたよ。
彼女は多分、7時に待ち合わせだったんだろうな。時報を聞いて、またぎゅって目を瞑ってたから。
オレはさ、それを見て「そりゃこのオンナの処女を捨てる日だもんなー。緊張もするだろうよ」ってな感じで考えてた。
「芳丘君の彼女は、どんな人なの?」
7時10分を過ぎた頃、それまでソワソワすることもキョロキョロすることもなくじっと俯いてた彼女が急に口を開いて訊いてきた。オレは適当に答えたよ。だって「年は28で証券会社勤務。美人、スタイル良し」のオンナはオレの彼女じゃねぇもん。約束破ったあんなオンナ、どーでも良くなってたんだな。だから、適当に「大学生で、大人しくて綺麗な人」って答えた。彼女はオレの架空のオンナの話を聞きたがって色々尋ねてきたけど、全部適当に答えたよ。今まで付き合ってきたオンナの、良い所を繋ぎ合わせるみたいな感じでさ。
んでも流石に嘘をベラベラ喋ってるのも嫌んなってさ。だってイブの日にどうしてウソの彼女について喋ってなきゃならん?オレ、なんか淋しいじゃん。
「中井のオトコはどんな奴なんだよ」
デブメガネでオタクっぽくて、アニメキャラのプリントがしてあるシャツを着てて、ちょっと走るだけでハァハァ息切らすようなオトコなんだろうなって思ってたね。
ところが彼女は言うわけ。
「凄く格好良の。背も高くて」
オイオイ、お前もオレと一緒で架空の彼氏かよ!って、思わず心ン中で突っ込み入れたよ。
んで、オレはハイハイってな感じでカクカクと頷くと、後は口を閉ざしてボケーっとしてた。確か、このオンナにそんな良いオトコが付き合うわけないじゃんとか思ってたな。
だってこのオレですら、良いオンナとはナカナカ巡り合えないからな。
あぁ、スゲー美人だって思ったって…。
思い出したくもないあの日。確か学園祭の準備でクラスの奴等が忙しく駆け回ってた頃だよ。オレはそんなダリー事したくなかったから、久々に屋上に行ったんだよ。煙草吸いにね。
そしたら、いたわけ。
揃いも揃って6人だよ、6人。しかも深海のクラスのヤツばっか。
でもよ、確かにオレの嫌いな南はいたけど、わざわざ屋上まで行ってドア開けて外見て全員と目が合って「あ、南がいる…」とかって理由でスタコラ逃げるのも、なんかカッコ悪いだろ?だからオレは行ったんだよ。まぁ…確かに深海がいるし、南も普段オレのコト無視してるからイイやって思ったのもあるけどさ。
とにかく6人のいる場所まで行って深海に手を上げてちょっと声かけて、んで深海とちょっとだけ喋って、あとは普通に煙草吸ってたわけ。
深海は岬杜と喋ってたし、南も見た事ないオンナと喋ってたし、オレは苅田と共通の仲間の話とかしてたんだ。苅田には及ばずともオレだって顔が広いし、仲間とか学校の外にも一杯いるしね。そんで、苅田と話をしてたわけ。
その日の苅田は機嫌が良くて、結構イロイロ話に乗ってきたんだ。苅田ってその日の機嫌でオレとはあんま喋ってくれない時もあるけどさ、その時は喋ってくれたんだよ。オレはちょっとでも苅田と仲良くしておきたかったから…だっていくら苦手でも何かあった時苅田は助けてくれないにしてもやっぱこんな時に少しでも仲良くなっておいた方が得だし苅田と知り合いってだけでとにかくイロイロイイコトあるし、だからとにかく苅田と喋ってた。
そしたら急に、南の隣で喋りながら煙草ふかしてたオンナが爆笑しだして…なんか南が相当笑える話をしたらしくて…とにかく爆笑してオンナの背中が寝ていた緋澄にゴンとぶつかったんだ。
「おぉ、美形君スマンの」
オンナは振り返って緋澄に謝った。それまで南の方を向いて喋ってたオンナの顔をオレはその時初めて見たんだ。
キツそうな顔だけど、やたらと美人だった。
顔全体のパーツがひとつひとつ整ってるんだけどそれが揃うと妙な迫力が出る、そんな不思議な顔だったよ。化粧っけまるでナシで、眉とかもナチュナルなのに綺麗なラインなんだよな。目元と口元から溢れてる異様なキツさと背の高さが、迫力ってか圧迫感ってか、そんなモノを感じさせてるような気がした。
とにかく、美人だったね。いや、今まで会った中で異色のオンナだった。
見た事ないオンナだったから、高等部からこの学校に入ったんだろう。オレはすぐさまそのオンナに興味を持ち、苅田にオンナの名前を聞いた。したら、「真田鮎」だと苅田は言った。
「芳丘君寒くない?」
ボケーとイヤな事を思い出してたら、彼女が声を掛けてきた。そういやオレ、今日は薄着だったんだよな。
「ちょっとさみーな」
周りはもう真っ暗で、座ってる噴水のフチのコンクリートからケツに寒さが伝わってくるみたいでさ。確かに寒かった。
そんで、オレが返事したら彼女、何度も周りをキョロキョロと見てさ、なんか確かめるみたいにすると一気に走って行って、ちょっと離れた場所にある電灯の下の自販機でジュース買ってた。ちょっと離れてるって言ってもここの場所は余裕で見えるのにさ、金入れてる間も何度もコッチを気にしてたな。
戻って来ると、彼女の手には種類の違う2本の缶コーヒーがあった。
「誰も来なかったよね?」
彼女は念の為って感じで訊いて来たけど、オレは適当に首をカクカクさせておいたよ。「見りゃ分かるだろ?」ってなふうに。
「芳丘君、どっちが良い?」
オレの返事にほっとしながら、彼女は2種類の缶コーヒーを差し出して来てさ。オレはブラックを取った。マジで寒くなってきたから、その缶コーヒーの温かさが気持ち良かったな。こう、指の先からジーンとキてさ。
んで、時計を見たら8時ちょっと前。
アレ?なんでもうこんな時間なんだ?って思ったけど、さっき彼女とイロイロ話したのを思い出して納得した。んで、オレは彼女に
「まだ待つのか?」
って訊いてみたよ。こう、なんとなくね。
「私は待つよ。芳丘君は?」
「オレも待つよ」
今考えると、何であの時「待つ」って答えたのかが分からない。
オレは何を待ってたんだろうな。
真田はあの時、オレに何の興味も示してなかった。オレが苅田から名前を訊いて、それで…それで……。なんであんな話になったんだろうな。とにかく気がついたらオレは苅田を挟んで真田と喋ってた。真田の隣には南がいて、でもアイツは黙って煙草吸ってたっけ。
オレはいつもの調子で…いや、あの時は苅田がいて、しかも苅田は普段よりオレの話に乗ってくれてたから少し調子コイてたかもしれない。
「真田。今度一緒に遊ぼうぜ」
多分こんなふうに言った。でも真田はオレの言葉を無視した。オレはちょっとむっとキたけどそれでも真田に話し掛けてた。苅田とは仲が良さそうだったから「苅田と一緒にどっか行こう」とか「飲みに行こう」とか。
オレは真田の隣にいる南が気になってたけど、南はよく苅田に殴られているのも知ってた。よく知らねーけどそれは普通の喧嘩ではないらしい事や、南はオレと違って苅田を全く恐れていない事も知っていたけどな。
とにかくオレは真田と仲が良いらしい南を牽制するつもりもあって、苅田と特に仲の良い振りをした。苅田は慣れているんだろうな。そういう事に関してはあまり怒ったりイヤな顔をする事はないんだ。なにか厄介事に巻き込むと怒るけどな。
暫くオレは真田に話し掛けてた。真田は最初はシカトしたりたまに笑ったりしてたけど、オレが五月蝿かったんだろうか。そんなしつこくした覚えはないんだけど。まぁ、とにかくこう言ったんだ。
「五月蝿い木の葉天狗じゃの」
コノハテングの意味なんて知らねぇよ。ただ、いかにもイヤな感じの単語だろ?
「駅弁の兵隊にはこんな木の葉武者しかおらんのかや?」
真田の言葉に苅田がクククと笑った。オレはなんか知らねぇけど、一気に腹が立ってよ。おだててやりゃー良い気になりやがってと思いつつ、立ち上がった。ケリでもいれてやろうかと思った。
「お?どうした木の葉侍。鬼のような顔をして。…ま、鬼と言っても木の葉鬼だがの」
真田は笑っていた。
「もうすぐ8時半だね」
彼女が時計を見上げていた。まだ公園内には人がいて、カップルとかもあちこちにいた。夜はこれから、とでも言いたげなカップル達が。
「芳丘君。待ち合わせは何時なの?」
待ちぼうけ喰らってるって自分から言うみたいでカッコワリーって思ったけど「7時」って言ったっけ。別にオレは待っちゃいなかったけどな。
そうだよ。オレは別に何も待っちゃいなかったよ。なんかホントにオンナ待ってるみてーでカッコワリーと思ったけどよ。でもさ。
彼女も「私も7時だったの」って言って笑ってた。そんで「待ちぼうけ、だね」って言ってもう一回笑ってた。なんか彼女自身、相手が来ないのを予測してたような口ぶりだった。
オレは何だか急に、無性に喋りたくなってよ。イヤなコト思い出したからかな。とにかく何でもイイからずっと喋っていたくなって、彼女相手にベラベラとどうでも良いコト話しだしたな。ホント、どうでも良いコトばっか。オンナ相手なんだから気の利いたコトでも話しゃ良いのに、「オレの仲間内でさ」とか「この前知り合いの…」とか「突然警察に呼ばれて」とかそんなくだらんハナシ。
彼女は聞いてくれてたよ。ちゃんと、聞いてくれてたさ。
んで、オレも彼女と話してて、ってかオレが一方的に喋ってただけだけど、楽しかったな。最初はこんなオンナと並んでる所を誰かに見られたらどうしような、とか思ってたクセによ。しかも自分から彼女の隣に行って、それでもまだそんな勝手なコト考えてたクセによ。
彼女はちゃんと聞いてた。オレはずっと喋ってた。
んで、気がつけば9時半だよ。
彼女は公園の時計を見て
「私は……もうちょっと待ってみるよ」
って言った。だからオレも
「オレも待ってみる」
って言った。
10時になったら遊びに行こうと思いながら。
真田はあの時、スゲー嫌な笑い方をした。そんで真田の言葉に、苅田もつられるように笑った。
「…ま、鬼と言っても木の葉鬼だがの」
この台詞が全部物語ってるように、2人は完全にオレをバカにしてた。
立ち上がったオレは相当アタマにキてて、真田を見下ろしながら苅田と南の事を考えてた。
苅田は他人のイザコザには手を出さないし、ましてや止める事もしない。例え相手がオンナだろうと、そのスタンスは変わらないと思った。問題の南を見ても、興味なさそうにしている。南はこのオンナと仲が良さそうなのに平然としていた。手を出そうとする素振りも、オンナを庇う素振りもしなかった。
深海をチラと盗み見ると、深海もオレを見てた。何があったんだろうって顔をしてたな。んで、目が合った途端に「真田。ヤめろ」って言ったんだ。すると今度は、それを聞いた南が「良いんじゃねぇの?芳丘も一度はさ」って呟いたんだ。その呟きを聞いて、深海は黙った。
じっとオレを見てた。
それを見て、聞いて、オレは何だかやけに自分がバカにされてるような気がして無性に腹が立ってよ。深海があの時何を考えてたのか知らねぇよ?アイツは優しいけど、時々何考えてるのか良く分からないトコロがあるしさ。
ただオレは、とにかく、とにかくプライドが傷つけられたって感じて真田に蹴りでも喰らわせてやろうと思って。
「調子コクな。オレが木の葉ナントカかどうか、思い知れこのクソオンナ」
「そうか思い知らせてくれるのか。良かった。私は、人を判断する時はその人の言葉ではなく行動で決めているからの」
覚えているのは、いつの間にか真田が立ち上がっててオレのケリを避けたシーンまで。まるで映画のマトリックスみてーな動きだったな。あと、アイツって身長がオレと同じくれーあんの。オンナのクセに妙にデカイけど、音もなく飛び上がって、それもまた妙に長い滞空時間でさ。
ま、そこでオレの記憶は終わってる。
あのクソオンナがどんな手を使ったか知らねぇけど、オレはいつかあのクソオンナをボコにしてやる。
彼女がモゾって動いたから、時間を確認したら10時だった。
オレは立ち上がって背伸びをする。
10時。
よく行くクラブがもう始まってる。今日はなにかイベントでもしてるだろう。何系でもいいや。気が紛れれば。
「オレ、行くわ」
考えてみたら、オレ、何でずっとここにいたんだろうな。クソ寒いのによ。そんな事を思いながら両手をポケットに突っ込んで歩こうとしたわけよ。
「ゴメン。ちょっと待って」
彼女の焦った声に足が止まって振り返ったね。
彼女はキョロキョロと周りを見渡して、んで、
「ゴメンね。ちょっとだけここで見ててくれない?すぐに戻ってくるから」
って切羽詰ったように言うわけ。なんかモゾモゾしながら。
オレはちょっとだったら別に良いやって思って頷いた。
彼女はオレに自分のオトコの外見を細かく話して…「髪は茶色で芳丘君よりちょっと長くて、目は細くて…」って感じでさ。とにかくそんな人を見かけたら「中井はすぐに戻って来るからって言って欲しい」って頼むんだよ。オレはさ、「もう来ねぇんじゃねぇーの?」って言いたかったけど、結局言わずに適当に返事しておいた。
彼女はオレが信用できないのか、確かめるように何度も周りを確認すると走ってどっかに消えたんだ。
オレは中井にそんなオトコがいるなんて信じられなかったし、ま、そんな話どうでも良くってさ。そこで突っ立って携帯でゲームしながら中井を待ってたね。すぐ戻るって言ってたし、オレの話に付き合ってくれたお礼もあったしさ。
中井はちょっとしてからすぐに戻って来たよ。イッショウケンメー走りながら手にハンカチもってそれで手を拭きながらさ。
多分、トイレに行ってたんだろうなって思った。
ずっと我慢してたのかもしれねぇな、とも思った。
言い出せなかったのかもしれないとも思ったし、そんなに慌てて走って来なくても良いのに、とも思った。
「ゴメンね芳丘君。彼、来てないよね?」
肩で息しながら戻って来る彼女の目は、「来てないよ」の返事を待っているようにも思えた。でも、「来たけどすぐ帰った。伝言があるぜ。なんか、今日はどーしてもダメで…」ってな感じのドラマじみた話を待っているようにも見えたな。
でもオレは言ったよ。
「誰も来てない」
ってね。
彼女は黙って頷いた。
そしてまた、ぎゅって目を瞑った。
「まだ待つのか?」
「……待つよ」
「……ふーん。んじゃ、オレももうちょっと待ってみようかな」
ホントにさ、オレは一体誰を待ってたんだろうな。
もし彼女のオトコが来たら、オレ、なんか惨めじゃねぇ?
いや、来ても来なくても、オレ、何にも意味のねぇ事してたんだぜ?
クソ寒かったのによ。
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