お前はお前の道を行け
合コンは8時から始まった。
私は念のため風呂に入ってゴシゴシと股間を洗い、勝負パンツをはいてきた。前に使ってた純白レースのセクスィ〜なヤツじゃないわよ。だってアレは、股間のところに黄色いシミが薄っすらとあるから。捨てろって? 勝負パンツからワンランク落としてはいてるから良いのよ。因みに私は、ワイヤー部分の布がちょっとボロくなってるブラジャーとかも持ってるわ。貧乏なんだからほっといて。
とにかく白のじゃなく、今は最近買ったピンクの勝負パンツをはいてる。
「お名前はー?」
隣に座ったメガネ兄さんが場を仕切ってるみたい。名前訊く前にドリンクオーダーが先だろうと思ったが、私は賢明にもそれを口にしない。
私の知らない女の子が二人いる。正直、邪魔だわ。その子達が自己紹介をして、次に私の向かいに座っている朋美、次に私の隣の隣に座っている桃子、最後に私の番がきた。
私は知っている。ここで自分がどんなキャラを演じるかによって、今日の勝負が大方決まるのよ。恥じらい乙女を演じるならば、ぽっと頬を赤らめて俯きがちに。元気なパワフル娘を演じるならば、目をキラキラさせながらハイテンションでちょっと大きめな声を出す。不思議系統を演じるならば、どこか遠い場所に想像の翼を羽ばたかせているような、一見危ない女のような瞳をして静かな声を。クールな女を演じるならば、どことなく冷めた瞳で短く言葉を吐く。天然キャラを演じるならば、西村知美系のようなコテコテなボケを。
さぁ私、どれにする?
「えっと、篠原ラム。23です」
……うふふ。オッケーよ。オッケーよ、私。
今日の男達は多少小金持ちっぽい理系のお坊ちゃん。浮かれた女よりはこんな普通の女の方が良いに決まってるわ。そりゃ初っ端からテンション高くして印象を強くするのは良い作戦だけれども、それはひとつ間違うと「ただの馬鹿そうな女」に見られるという諸刃の刃。クールな理系君達相手にそんなリスクは犯せない。
「それではドリンクのオーダーを取りまーす」
隣のメガネ兄さんは私の自己紹介に何の挨拶もツッコミもせず、話を進めた。
ちょっとちょっと、さっきからさ、「明久です」「朋美です」「桃子です」とか、そんな自己紹介だけで話が進んでるじゃないの。つまんない人たちねぇ。
大体さ、私の名前聞いて何にもリアクションがないってどういうこと? 半年位前にやったオタク系のコンパじゃ、私、名前言っただけで女王様になれたのよ? つか、ラムよ、ラム。貴方達ちゃんと聞いてた?
ま、許してあげるわ。オタク系じゃなかったら、「ラム」って聞いてもピンとこないだろうしね。きっとこの子達、「だっちゃ」とか言っても何のことだか分からないのでしょう。私もそんなには知らないけれど。
「何飲む?」
メガネ兄さんが私に訊ねたわ。
うん、大丈夫。私、貴方のメガネのセンスは好きだもの。そんな「ラム」に突っ込んでくれなかったことくらいじゃ私は怒ったりはしないわよ。
「生ビールで良いです」
良いわ。良いわよ今日の私。普通っぽくてgood。いつものクセで「生中」って言わなかったところもgood。
……。
何だか、今日のコンパはやけにアレね。アレ。
静かだわ……。
コンパというか『たいして仲が良いわけでもないクラスメートから急にお誕生日会に誘われて、どうしようか迷った挙句行ってみたは良いけれど、やっぱり全然盛り上がりませんでした』的状態になる予感がヒシヒシと。
「趣味とかある?」
メガネ兄さん、貴方ベタベタだわ。ベタベタすぎるわ。もし貴方がケミカルウォッシュのジーンズでもはいてたら、そんな場に出席してしまったことを後悔して私は微かに涙を零すところだけれども、貴方はそこまでアレじゃないから許してあげる。
しかし、「趣味とかある?」って訊かれても困るわね。私、無趣味のように見えるのかしら。
ともかく何か答えなきゃならないけれども、ここで私がベタな質問に対し「お花を少々」とかベタな解答をすればポイントアップでもするのかしら。理系の子とコンパしたことないから分からないわ。でも私、華道の華の字も知らないわよ。今までの貧乏人生で私と華道の唯一の接点と言えば、中学生の時、華道クラブに潜り込んで花をパクって華道クラブ担当の先生を困らせたことくらいかしら。だって私、その先生のこと嫌いだったのよね。家庭科の先生だったんだけど、授業中喋ってもないのにいっつも私のこと注意するのよ。「篠原さん、お喋りは止めてくださらない?」とか言って。そりゃ最初は私もちょっとくらい喋ってたことはあるわよ。普通の子と同じくらい。でも何でもかんでも私に注意するのよ。「篠原さん、お喋りは止めてくださらない?」ってね。だから私も喋らないように気をつけるようになったのよ。それなのにも関わらずそのクソババァは「篠原さん、お喋りは止めてくださらない?」って言うわけ。だから私は喋ってねーっちゅーの。
ああ、とにかくメガネ兄さんに何か返事をしなくては。でもここでヘタなことは言えないわ。
「貴方は?」
質問に質問返し。
オッケーよ、私。これで相手の傾向と対策を練れるわ。
「僕は、数学パズルとかが好き」
…………そうですか。
困ったわ。私、アレは苦手なのよ。っていうか、いくら理系の子だからってそんなベタなこと言わなくても良いんじゃないの。私、何って応えれば良いのよ。
ああ、これだったら先週の「お笑い芸人を目指す子達のコンパ」の方が10の230倍面白かったわ。でもあの子達、ノリは良かったんだけど暑苦しくて暑苦しくて。あと、目立ちたがりやが多すぎて何が何だか分からなくなっちゃったのよね。
「篠原さんは、数学パズル好き?」
「あまりやったことないの。数学苦手だったもので。えへ」
「……」
「……」
先週はサハラ砂漠でコンパ。今週はシベリヤでコンパの気分だわ。ふふ。
……。
本当に静かね。
ああ、でも向かいの桃子は相変わらずのテンションで喋ってるわ。
でも桃子の相手、引いてるように見えるわ……。
「お待たせしましたー」
おお、居酒屋のお兄さん。待ってたわよ。今までNATOの少佐にシベリヤ送りにされていた部下の気分だったのよ。でも、アルコールが入れば少しは変わるわよね。つか、変われ。
「では」
ジョッキ片手にメガネ君が一言。
…一言?
……あら?
………ホントにそれで終わり?
どうなってるのよどうなってるのよ。「では」ってなに? 「では」って。
「カンパーイ」
乾杯じゃないでしょ乾杯じゃ。ああ、アチコチでチンチンコンコンジョッキぶつけあってるし。まあ良いわ。「では」のコンパでもまあ良いわ。
「乾杯」
うふ。笑ってメガネ君とコチン。
…と思ったら、何でメガネ君は隣にいる私とコツンしなくて真向かいの色白兄さんとコツンするのかな。違うんじゃないのソレ。間違ってるんじゃないのソレ。
「か、乾杯」
ジョッキ掲げた自分が淋しいから早くコチンして欲しいんですけど。つか、男同士で喋り込んでるじゃないわよ。今日は何のために来たのよ貴方達。
ようやく最も離れている席の黄色いフリース君が私の淋しげなジョッキに気付いて、手を精一杯伸ばしてコツンとしてくれた。貴方、良いサラリーマンになれるわよ。
メガネ君は相変わらず色白君と喋ってる。この子達、本当に何しに来たの? と言いますか、そろそろいい加減にしないと貴方達のこと乙女眼鏡で見ちゃうわよ?
……。
しょうがないわね。コンパに来ても友達同士でしか喋れないヒッキーでシャイで気の回らない数学パズルのメガネ兄さんは、このラムちゃんから喋りかけて会話の糸口を見つけてやるとしますか。感謝しないさい。
「ねぇねぇ、田村君はどんな音楽を聴くの?」
田村君とは、気の回らないメガネ兄さんのことだ。さっきの自己紹介で私はちゃんと覚えてたのよ。貴方が私の「ラム」という名前に突っ込みを入れてくれなくてもね。
メガネ兄さんは、私を見て眉を顰めた。そんな顔しなくたって良いと思うんだけど。
「音楽は、あまり聴かないんだ」
あ、そう。
「谷君は?」
谷君とは、メガネ兄さんと喋っていた色白兄さんのことだ。
「僕は、ショパンが好きです」
キタキタキタキタキタキターーーー!
大丈夫よ色白兄さん。ちょっと貴方がアルフィーの高見沢に似てるからって、私は気にしない。全然気にしないし、むしろカムオン状態。ヘイヘイ! 私の強固なバージンとも今日でお別れな予感。おほほ。
「私もショパン好きよ!」
「僕はあまり好きじゃない」
……いや、メガネ兄さんの出番は今じゃないの。君、場を読めないの? 今はさ、どっちかっていうと、私と色白兄さんが盛り上がろうとしているところじゃないの。
「リストは?」
私はとりあえずメガネ兄さんに愛想笑いをし、また色白兄さんに話し掛けた。
「好きだけど、ショパンの方が好きだよ」
「私もーーー!」
本当は両方好きだけど、とりあえず今日の私はショパン>>リストってことで。ええ。こういう所で柔軟に対応ができる女、自分。
「僕は音楽はあまり聴かないんだ」
……だから、今は貴方の出番じゃないの。メガネ兄さんは、そこで大人しくビールでも飲んでいるか、隣の女の子と喋ってなさい。
「私はね、やっぱりポロネーズの……」
「僕は音楽はあまり聴かない」
分かったっちゅーの! だからメガネはそこでビールでも飲んでろって言ってんだろーがっ!!
ムカムカした私が口を閉ざすと、すかさずメガネがまたもや色白兄さんに話し掛けている。だから今日は何のためにここに来てるんだ、アンタ。
それともアレかい? アンタ達は私が乙女メガネを使って見ようが見まいが、すでにそういう関係なのかい? お尻とお尻でお尻愛の関係なのかい? だったらさっさと失せやがれ。場違いだろーが!!
私は手にしたビールのジョッキを持ち上げ、グイグイと飲み干した。見渡すと、私以外の人間はビールなんてほとんど飲んでいない。最初に少し口をつけた程度だ。これだから嫌になる。ビールってもんはね、ザクザク飲まないとすぐ温くなって不味くなるもんなのよ。
イライラして通りがかりの居酒屋の兄さんにおかわりを頼んだ。居酒屋兄さんはすぐに生中を持って来てくれた。
ありがとう居酒屋兄さん。貴方は私の中で今日一番輝いているわ。
とにかく今日は全然盛り上がらなかった。談笑どころか笑い声すらも中々聞かれないようなコンパって初めてだわ。人生何事も経験ね。
私はジョッキ片手にこっそり席を移動した。いつまでもメガネと色白のホモホモしい会話を聞いているだけなんてやってられないもの。
さっき私にジョッキコツンをしてくれた黄色いフリースのお兄さんの隣に行ってみる。「お邪魔しまーす」
「はいどうぞ」
ああ、今度はきっと上手く行くわ。席は狭いけどそこがgood。肩と肩が触れ合いそうな極めてドキドキな感じなんだけど、今まで強固なまでの頑なさを誇っていた私の処女膜はこのドキドキで今や厚さ0.2ミリ。黄色兄さん、ドシドシ突付いて下さいっ。
私は黄色兄さんと少しだけホットでグッドでフィットで処女膜が蕩けるようなお喋りをした。少しだけ。
時折向かいの桃子が口を挟んできたけれど、私は桃子に「邪魔したらブッ殺死!」というアイコンタクトをし、桃子を黙らせた。ナイス判断、私。
私は黄色兄さんとなかなか素敵で快適な時間を過ごした。正直、このままこの黄色兄さんと役所に行って籍を入れても良いと思った。
「映画好き?」
黄色兄さんがそう訊ねた時、私はこの二杯目のビールで「ちょっと酔っちゃった、てへ☆」的演技をしようかしよまいか真剣に悩んでいたが、直ちに頭を切り替え即答した。
「好きよ!」
キタキタキタキタキタァァァアアアアア!!ってもんでしょ。だってこれで今度会う時の口実が見つかったってもんだもの。勿論「一緒に映画観に行かない?」ってね。
「何が好き?」
オッケー。オッケーよ。私のセンスを見極めたいわけね。うん、了解。
でもちょっとだけ待ってね。私、そういう質問弱いから。
黄色兄さんは、私に何を望んでいるのかしら。それによって私の解答は違ってくる。
どうする? どうする? どうするアイフル、私。
「一番泣いたのはタイタニック」
good。goodよ私。
タイタニックは一番の安牌。一番好きなのは、じゃなく、一番泣いたのは、と言ったところも心憎い小細工。逃げ道確保ってところね。
「へぇ、あんな下品で三流ラブロマンスで泣けるんだ」
………。
黄色兄さんは人が代わったような顔をし、声を出し、フフンと笑った。
私の中で何かが切れた。
良い人だと思ったのに。貴方だけは信じていたのに…。この私の純情を返しやがれ!
クソー。厚さ0.3ミリまで薄くなった私の処女膜が、23ミリにまで戻りオリハルコンのように堅くなってやがる気分だ。
「だったら貴方は何が好きなの?」
「グラディエーター」
私が最も嫌いな映画はグラディエーターになりました。つか、何が「グラディエーター」だ。得意げな顔してさ。バーカ。
黄色はどこぞの大統領のような顔をし、私にネチネチとどれだけグラディエーターが傑作なのかを説明しはじめた。私はビールをガブ飲みし、天使のような居酒屋兄さんにまたお代わりを…今度は焼酎お湯割で頼んだ。
断っておくが、私はグラディエーターが大好きだ。ただし、今は大嫌いだ。世界一嫌いな映画だ。この黄色サルのせいで大嫌いだ。ついでに、私は本当はタイタニックで泣いたわけではない。つか全然泣いてない。あまり好きでもなかった。だがこの黄色サルのおかげでタイタニックが好きになれそうだ。
映画が好きなのは黄色サルの勝手だが、だからといって映画というものを他人を見下す道具にするなやヴォケ。映画を語りたかったらテメーはまず100万年銀河鉄道で旅してからにしろこのチンカス。クツワムシ。
黄色チンパンジーがどっかのニュース番組のキャスターのような顔をして言った。
「女の子って、基本的に戦争映画や暴力映画って苦手だよね。『怖ーい』とか言ってさ」
私が一番愛する映画はフルメタルジャケットですが何か?
つか、テメーの言うその「女の子」ってのは、テメーの脳内にしか存在しねーんだろ、ぷっ。
私は焼酎お湯割をグビグビと飲み干し、まだくっちゃべっている「黄色チンパンジー性別ヘタレオス」を放って席を立った。
帰ろうと思った。
が、最後にもう一人だけ話しかけてみようと思い、桃子が話している子の隣に行った。
「お邪魔しまーす」
「あ、ラムちゃんいらっしゃい。あの子、もう良いの?」
基本的にいつも真っ向勝負を挑んでくるピッチャーのようにある意味清々しいほどオバカな桃子は、黄色の方を指差して私に訊ねた。そういうことって、イチイチ訊くなよバカ女。
私が笑って誤魔化すと、桃子と話していた七・三分けの男がこう訊いてきた。
「君も文系?」
そうですけど何か文句ありますかこのヤローお笑いコントに出てくるようなふざけた髪形しやがってヴォケ。
機嫌の悪い私はそう言いたいが、賢明にもそう言わない。
「そうよ。ヨロシクね」
私は愛想笑いをした。
「僕、理系」
「知ってます」
「君、文系」
……。
……私は文系は文系でもブン殴り系ですが。
私は確信した。今日のコンパは桃子以外は「アブレモノ」の集まりなのだ!!
そうに違いない。
女は桃子以外、全員処女。男は全員童貞。ぜってー皮被ってるヤツばっか。
落ちるとこまで落ちる前に、さっさと帰ろう……。
私はそう思い、立ち上がった。
このコンパから浮いている桃子は、楽しそうにはしゃいでいた。桃子はバカだから、場の雰囲気とか考えない。でもこのアブレモノコンパの中では、桃子だけが「勝ち組」なのだ。
自分の部屋に帰ると日記を書いた。
フォモのくせにコンパに来たメガネと高見沢…高見沢はまぁ良いヤツだから、とにかくメガネと黄色サルと僕理系バカの悪口を3ページに渡って書き連ねた。
最後に泣きたくなってきたので、居酒屋兄さんがどれほど良い男だったのかも書いておいた。ついでに高見沢と居酒屋兄さんでフォモ話を作ってやった。これは気が紛れて大変良かった。
眠る寸前に桃子から電話がきた。
『ラムちゃん急に帰っちゃうんだもーん』
「あんた、あれからどうしたの?」
『桃子、あれからカラオケ行ったよー』
「楽しかった?」
『桃子、あの子達の話分かんないけど、一杯歌えたし奢ってもらったから楽しかったー』
「ふーん」
『明日、レポート一緒に書こうねー』
「うん」
『よく分かんないけど、ラムちゃん元気だしてねー』
「うん」
『ばいばーい』
桃子は電話を切った。
桃子は果てしなく広がるバカだ。以前付き合ってた男のことを、「私の彼は日銀の社長」とかって言ってた。どれだけ説明しても「本当に日銀の社長だもん」って言ってた。その他に「私の彼は裁判所の社長」っていう名セリフもあった。桃子はバカだ。
でも、桃子は優しい。
私はベッドに入り目を瞑る。
確かに私は性格が悪い。キレやすいし、基本的に文句が多い。そんなことは十分に、いや十二分に分かっている。
……。
……。
だが、私の股間のATフィールドを突き破ってくれる男はいるはず。
私はその運命の男がいることを信じている。
……。
……。
……。
……。
つか、待ってるんだからええ加減さっさと来いやヴォケッ!!
運命の男に文句を言いつつ、私は眠りについた。
おわり