1年と2日
高岡真義 21歳 小原祐 21歳
小原がトランプのババを引いたような顔をして高岡の小汚いアパートを訪れたのは、12月始めの夕暮れだった。
203号室のドアの前に立ち携帯を取り出してその番号にかけると、目の前の扉の奥から着信音が聞こえる。
『久し振り』
コール6回目の途中で繋がり、高岡の声がした。
「今からお前ん家行って良い?」
『良いぞ。暇だし』
「じゃあ今すぐ開けろー」
小原は携帯を切ると、目の前のドアをカツカツと叩く。
高岡真義 22歳 小原祐 21歳
小原が競馬の重賞レースに負けたオッサンのように沈んだ顔をし、両手をジーンズのポケットに手を突っ込んで高岡の小汚いアパートを訪れたのは、4月の深夜だった。
「んで? 今回の原因は何だよ」
高岡が精液の溜まったスキンを外してティッシュで包む。
小原も同じくティッシュに手を伸ばし、腹に付いた自分の精液とローションでベタついている股と尻を簡単に拭いた。
「ズバリ、それ」
「それ?」
「スキン」
小原は高岡の手にあるティッシュで包められたスキンを指差し、わざとらしい程大きな溜息を吐いた。
「スゲー良い人だったと思う。そんなに長く付き合ったわけじゃねーけど、それは分かるんだ。まぁまぁ顔もイケてたし、優しかったし、羽振りも良かったし。でも、いざセックスしようってなると、ぜってースキンしねーの。ゴムすると感度鈍るからとか何とか言って。俺は病気怖いからスキンは絶対してくれって何度もお願いしたんだけど」
小原は苛々した口調で別れた原因を告げ、ベッドから降りて風呂場へ向かう。
「コンドームでサイナラか。ま、そーゆーのもあるだろうな」
高岡は欠伸をしながらテレビをつけた。
高岡真義 22歳 小原祐 22歳
小原が退屈と闘ってあっけなく完敗したような顔をし、高岡の小汚いアパートを訪れたのは、8月の深夜だった。
憮然とした表情でカンカンと音がする階段を上り203号室の前に立つと、柔らかで通気性の良い夏物のズボンのポケットから携帯を取り出す。小さな音を立てながらその番号を探してボタンを押すと、目の前の扉の奥から着信音が聞こえた。
『んだよ』
高岡の声は普段よりずっと機嫌が悪そうだ。
「今日ダメ?」
『コイビトできた。だからもう掛けて来んな』
高岡はそう言うと、そのまま携帯を切った。
小原は憮然とした表情のまま、クルリと踵を返して歩き出す。カンカンと音を立てながら階段を降り、そのまま駅のある方向へ歩き出す。
「飲みに行くかサウナに行くか」
手っ取り早くセックスをするならば、同じ性癖の者が集まるすぐ近くのサウナに行けば良い。しかし自分の誕生日にサウナで見つけた相手とセックスとはチト淋しいような気もする。飲みに行って相手を探しても良いが、どうせヤルことは同じだと思うと時間と金の無駄だとも思える。
「コイビトか」
小原は呟きながら羨ましげに溜息を吐いた。
ポケットの中にあるのは携帯と出掛けに何となく持ってきたラッシュ。
「恋してぇ」
コンドームひとつで別れた前回の恋人のことなど全く思い出さず、小原はもう一度大きな溜息を吐いた。
高岡真義 22歳 小原祐 22歳
高岡が禿山の一夜を聴きながら車を走らせ、小原のマンションに向かったのは11月の終わりの深夜だった。
信号待ちをしている間に携帯を取り出し、番号を呼び出しているうちに信号の色が変わる。小さく舌打ちしアクセルを踏み込もうとしたが、チラリとバックミラーを後ろを確かめ、後続車が一台もいないことを良いことに車を停車させたままその番号に掛ける。
『別れたんか?』
コール5回で出た小原の第一声にむっと顔を顰め、高岡はサイドボードから煙草を取り出す。
「ああ」
『来るか?』
「ああ」
『じゃあ俺シャワー浴びてる。鍵開けとくからな』
「ああ」
高岡は携帯を切ると手にした煙草に火を点け、ようやくアクセルを踏み込んだ。
二度目の射精を済ませると、小原がペニスを抜く。
「俺、まだ」
一度しか射精してない高岡がムっとしてそう言う。小原は額の汗を拭ってからペニスのスキンを取って手慣れた様子で口先を結ぶと、ティッシュに包んでからゴミ箱に投げ捨てた。
「口でしてやろうか? バイブ使って。それとも挿れてイク? 俺のケツ使う?」
「ケツ」
「了解」
小原はコクコクと頷くと枕元にあるスキンを高岡に手渡し、自分はローションを手にして後ろを解す。
「ちょーっと待ってろー」
高岡と身体を入れかえた小原は、四つん這いになって指で解しながらそう言った。高岡はスキンをつけ終えると、胡座を組んでその様子を眺め、小原の身体の準備が整うのを待った。
何をしても先日別れた恋人が頭に浮かんで高岡を苦しめる。年下の恋人のことを、高岡は高岡なりに可愛がってきてつもりだった。一日に何度も掛かってくる電話の相手もしたし、メールだって高岡には珍しいほど返信した。時間が合えば会って体を重ねたし、何度か旅行も行った。それなのに、恋人は高岡から去って行った。
「何で萎えてんだよ」
四つん這いになっていた小原が振り返り、高岡のペニスを見て少しむくれる。いつも感情がそのまま顔に出る小原を見て、高岡は苦笑しながら自分のペニスを片手で扱き、勃起させた。
あの恋人も、こんなふうに感情を表に出してくれれば良かったのに。
コンドーム一枚を隔てて感じる小原の体内の温度を感じながら、高岡はぼんやりとそんなことを思った。
「何で別れたんだよ」
小原はそう訊ねながら冷蔵庫からコーラを取り出し、先にウィスキーと氷を入れておいたグラスに注ぐと、それをソファーに座っている高岡に渡す。
「知らねー」
高岡は渡されたコークハイの小さな泡を眺めながら、片手で自分の顎を撫でた。恋人と別れてからは何をするにも億劫で、髭も剃ってない。
「振られたのか」
「ああ」
「何て言われたんだよ」
「別れたいって」
「だから、何で」
「よく分かんねーんだけど、高岡さんは何を考えてるのか分からないとか、僕は本当に愛されてない気がするとか、そんなようなこと言ってた」
高岡の冷めた声を聞きながら、小原は高岡の隣に座ってテレビをつけた。深夜…もう1、2時間もすれば外が薄っすらと明るくなる時刻には、見ていて楽しい番組が放送されているわけもない。
「愛してたんだろ」
「俺なりに。なのに突然、『何を考えてるか分からない』とか『愛されてない気がする』とか。……わけ分かんねー」
高岡は甘ったるいコークハイを飲もうとせず、グラスを手にしたままずっと自分の顎を撫でていた。視線はテレビに向けられているが、何も見ていないことは明白だ。
「高岡って、前にもそんな理由で振られてるよな」
小原は笑ってそう言ってから、欠伸をして自分のコークハイを少し喉に流し込む。
高岡は返事をしなかった。だが、何年か前に付き合っていた恋人にも、確かにそう言われて別れ話をされたことを思い出していた。それから、その前の恋人…何人前の恋人かはもう思い出せないが、とにかくそれ以前にも同じ理由で振られたことを思い出した。
「まあ、相手の気持ちも分かる気がするけど」
小原の何気ない一言に高岡は持っていたグラスをテーブルに置き、一度だけ両手で顔を覆った。
テレビからは「これひとつで全て解決」とか何とか言いながら、外国製の洗剤を髪の短いやたらと早口な、そして軽薄そうな外人が売り込もうとしているが、テレビを見ている小原はその外人の吹き替えをしている声の主のことなどを考えている。
「お前もそう思った?」
黙っていた高岡が急に口を開き、小原に訊ねる。
「何が?」
「小原も、『何考えてんのか分かんねぇ』とか『愛されてねぇ』とか、思ったか?」
高岡の質問に、小原は遠い過去を思い出すように視線を上げ、悩むように少し固まってからつまらないテレビを消した。
「思ったような記憶があるぜ? もう随分昔のことだからあんまり覚えてねぇけどさ」
小原はそう答えて立ち上がる。壁に掛けられてある真っ黄色の時計で時間を確かめ、全く口のつけられてない高岡のグラスの横に少しだけしか口をつけていない自分のグラスを置き、また黙り込んでしまった高岡の頭をトントンと叩く。
「今日は泊まっていくんだろ?」
小原の呼びかけに高岡は応じない。
小原はリビングの電気を消し、もう一度高岡の頭をポンポンと叩いた。
「お前、分かりにくいヤツだからしょうがねーんじゃねぇ? まあそんなに落ち込むな。次とか、次の次とか、次の次の次とかの恋人がお前のこと分かってくれる可能性だってあるんだしよ。知らねーけど」
適当なことを言う小原に苦笑を浮かべ、高岡もようやく腰を上る。
高岡真義 23 小原祐 23
高岡が展覧会の絵を聴きながら車を走らせ、小原のマンションに向かったのは6月の終わりの8時すぎだった。
視界に煙草の自販機が入り、車を寄せて停車させると小銭を持ってドアを開ける。小雨が降る中足早に自販機に向かい、キッチリ280円入れて点灯したボタンを押す。カタンと音を立てて落ちた煙草を取り出し、また足早に車に戻って運転席に座ると、思い出したように鞄から携帯を取り出した。
番号を呼び出して耳に押し当てる。
コール7回で小原が出た。
「今から……」
『ダメ。俺は人生のパートナーが見つかった。もうお前とは会わない』
高岡が言葉を全て言い切る前に、小原は口早にそう言って携帯を切った。
高岡は少し呆気に取られたように切れた携帯を眺めていたが、やがて買ったばかりの煙草の封を切り、中から一本取り出して口に咥える。
ライターで火を点け、煙を肺に入れるとハンドルを握ってアクセルを踏んだ。
「人生のパートナーねぇ」
CD一枚分のドライブが終わりアパートへ戻ると、高岡は風呂に入って湯船に体を沈ませながらそう呟いた。
小原が本当にその「人生のパートナー」とやらを見つけたのであれば、少しだけ羨ましいと思う。少しだけ。
何故少しだけなのか。
それは、もう恋ができないからだ。
6年前、高岡は初めての恋人…小原が恋人だった時にそれをハッキリと感じたのだ。二人でいるのは心地良かったのだが、もう他人とは恋をできないのが嫌だった。それに、小原以外の人間とセックスもできない。
要するに、恋はしたいし恋人も欲しいが、自由だって手放したくなかったのだ。
若かった二人はお互いにもっと多くの男を味わいたかった。しかしそれをしてしまえば、どうしても相手のプライドを傷つけてしまう。
結局高岡と小原はあっさり別れてしまった。もっと多くの恋愛をし、もっと多くの男の体を知りたいと言う、随分と正直な理由で。
「恋かー」
湯気で白く曇った壁を指で擦りながら、高岡はもう一度呟いた。
小原と付き合っていた頃は、恋なんてモノは道沿いのコンビニと同じくらいの頻度で転がっているものだと何の根拠もなく信じきっていた。しかし最近は、セックスの相手を適当に見つけるのと恋をするとでは、それに遭遇する頻度が全く違うものなのだと痛感している。
まだまだ恋はしたい。だが、ずっと愛せるパートナーも欲しいと少しだけ思っている。
高岡真義 24 小原祐 23
小原が、贔屓にしていた球団が負けた時のような顔で高岡の小汚いアパートを訪れたのは、4月半ばの夜だった。
重そうな足をズルズルと引き摺るようにしてだらしなく歩き、小汚いアパートを見上げて携帯を取り出す。
久し振りに呼び出すその番号を見て何か不満でもあるように口を尖らせると、ピっと小さな音を立てて通話ボタンを押す。
コール4回で高岡の声がした。
『人生のパートナーは?』
高岡の第一声に、小原は更に口を尖らせる。
「別れた。今から…」
『来てるんだろ?』
「まぁね」
高岡が軽く笑ったのが聞こえ、携帯が切れた。小原が小汚いアパートを見上げると、2階の高岡の部屋のドアの鍵がガチャリと開く音がした。
小原は拗ねた子供のように口を尖らせたまま、階段を上っていく。
足を担がれ、体を折り曲げて息苦しいまま小原は3度目の射精をする。薄い精液がドロドロと先端から零れ落ち、腹を濡らす。
小原は息苦しさに顔を振り両手で高岡の肩を押したが、高岡はそのままの体勢で腰を振り続けた。酸欠からか極度の刺激からか、小原の頭に薄い霧のようなものがかかってきた時、高岡は強く打ち付けてようやく射精をした。
「…あーー」
ぼんやりと宙を見たまま、何かを後悔していそうな小原の溜息のような声に、高岡は眉を顰める。
「んだよ。お前がスゲー溜まってるって言うから…」
「――じゃなくて。そうじゃなくて、あの人ともこんな激しいセックスしたかったなーって思ってさ」
「人生のパートナー?」
高岡はペニスを抜き、コンドームを取って先を縛りティッシュに包んでゴミ箱に投げ捨てる。
「……だと思った人。違ったんだけど」
唇を尖らせそう答える小原にティッシュを何枚か渡してやり、高岡はベッドから降りて立ち上がった。
「別れた原因は、性格の不一致じゃなくセックスの不一致?」
「うん」
「相手がインポだったとか?」
「いや…淡白なだけ。しかも、とびっきり淡白なだけ。セックス以外は、文句のつけようのないほど良い人だった」
渡されたティッシュを握り締めたまま何もしない小原を見て、高岡は体を屈めて小原の体を簡単に拭いてやった。
「そんなもん、テメーがオナニーしてりゃ済むじゃねーか」
「ケツが淋しいじゃん」
「バイブ使え」
「だって、その人バイブなんてAV女優とかAV男優とかしか使わないもんなんだって決め付けてる人なんだぜ? 多分、そんなもん使うヤツは変態だって思ってる。多分だけど」
「こっそり使えよ」
「そりゃそう考えたけどさ、そうやって付き合い続けてたら、俺は人生の精子出す瞬間は9割方バイブ相手のオナニーになるんだぜ? そんなん許せねー」
何に対して許せないのか訊こうと思ったが、高岡は結局苦笑しただけで何も言わなかった。ベッドの中でまだブツブツと別れた相手の不満を言っている小原の頭をクシャっと撫でて、高岡は浴室へ向かう。
そして汗と小原の精液を流して部屋に戻ってくると、小原はベソをかいた子供のような顔で眠っていた。
高岡真義 25歳 小原祐 25歳
高岡がホヴァンシチナを聴きながら車を走らせ、小原のマンションに向かったのは7月終わりの夕暮れだった。
途中でコンビニに寄り、毎週月曜に発売される青年誌と缶コーヒーを買ってまた走り出す。
先日まで付き合っていた年下の恋人と別れてからまだ3日しか経ってないのに、高岡は既にその元恋人のことなど思い出さない。感傷にふけったりもしない。今回の恋愛は相手から一方的に感情を押し付けられたせいでもあるし、付き合っていた期間が短くて情が移る暇がなかったせいでもあった。それに、少し嫌な別れ方をしたからかもしれない。
別れた理由は、元恋人曰く「高岡さんが薄情すぎた」ことらしい。高岡はその一言でかなり白けてしまったのだ。そして「そんな俺を好きになったのはお前だし、そんな俺に付き合って欲しいと言い出したのもお前だ」と言った。元恋人は泣いていたが、高岡にはそれも理解できなかった。大体一ヶ月少々しか付き合っていないのに、「薄情すぎた」なんて言われたくない。
彼を愛していたわけではないが、それでも別れ際にこうやって自分が白けてひとつの恋愛を終わらせた事が高岡は少し嫌だった。
小原のマンションの前に到着すると、高岡は駐車場を見て、小原がまだ仕事から帰ってきていないことを知った。
携帯を取り出し時間を確かめてから小原の番号に掛けると、コール4回で珍しく留守電に変わった。高岡は留守電に伝言を入れるのが苦手なのでそのまま切り、ハンドルを何度か指先で叩いてこれからどこへ行くのか決め、そしてアクセルを踏む。
車を走らせながらとりあえず夕食を済まそうと考えていた時、着信音が鳴った。ディスプレイで相手を確かめてから、たまたま通りかかった市民公園の入り口で車を止めて通話ボタンを押す。
『久し振り。でも、お前とは会わない』
開口一番、小原は笑ってそう言った。
「今度こそ、人生のパートナー?」
『そ。今度こそ本物。絶対本物!』
かなり浮かれている小原の口調に、高岡も少し笑う。
「オメデトウ」
『アリガトウ。んじゃ』
小原は言いたいだけ言うと携帯を切った。
高岡は切れた携帯をポケットにしまうと、夕食のことを考え、今日は軽く済ませて飲みに出ることを決めた。
高岡真義 25歳 小原祐 25歳
小原が、役満をチョンボしたような顔をして高岡の小汚いアパートを訪れたのは、8月の一番初めの土曜深夜だった。
近所迷惑も考えず、わざとかと思えるほどカンカンと大きな音を立てながら階段を上っていき高岡の部屋の扉の前に立つと、今度は遠慮なく扉を叩く。
「うるせー」
ムっとした顔の高岡がドアを開けると、小原はチラリと玄関を覗き、来客がないのを確かめてから靴を脱いで勝手に部屋の中に入っていく。
「お前な、来るんだったらまず電話しろよ。それとな、夜遅いんだから静かに階段を上れ。ドアもガンガン叩くな」
高岡はむっと顔を顰めたまま文句を言い、扉を閉めて自分も部屋に戻った。
見てみると小原は何も言わずベッドに突っ伏している。
「オイ」
声を掛けても小原は返事をしない。
高岡はひとつ溜息をつき、テーブルの上にあるビールを持ってテレビの続きを見始めた。土曜深夜のテレビ番組はくだらないが平日よりはまだマシだ。
暫くすると、ベッドからドンドンと音がした。
振り向くと、小原がベッドで突っ伏したまま足をバタつかせている。
「静かにしろ」
高岡がそう言うと、小原は足を止めた。しかし高岡がテレビを見始めると、また足をバタバタとやりだす。高岡が近くにあったクッションを投げつけると足が止まる。しかし暫くするとまたバタバタとやりだす。
高岡は残っていたビールを全て飲み干すと、小原に聞こえるように大きな溜息を吐いてベッドに向かった。
高岡は分かっている。小原は今、とてつもなく構って欲しいのだし、本当は喋りたくて喋りたくてしょうがないのだ。ただしつい一週間前に浮かれていた自分を晒した手前、何となく自分からは話し出し難い。だからキッカケを与えて欲しいわけなのだ。
「で、『今度こそ絶対本物!』の人生のパートナーは?」
高岡の一声に小原は突っ伏していた顔をガバっと上げて、への字に口を歪めた。高岡が促すように顔を覗き込むと、ようやく小さな声を出す。
「……こ」
「は?」
「……こ…ろって」
「ころ? 殺したのか? 自首するなら付き合うぞ。逃げるならさっさと逃げろ」
「バーカ、俺はそんなアホじゃねーよ」
小原はようやく普通に話した。
高岡はクスッと笑い、言葉を続ける。
「んじゃ、どうしたんだよ」
「だってよ……」
本当は全部ぶちまけたいくせに、小原がまた口を閉ざそうとする。
「だから、なんだ」
「だって……………………ウンコしてるとこ見せろって言うんだよ!」
「――…は?」
「ウンコだよウンコ! ウンコしてるとこを見たいって言うんだよ!!」
ヤケクソのようにそう叫ぶ小原とその言葉の内容に高岡は一瞬言葉を失ったが、すぐに腹を抱えて大爆笑を始めた。
「笑え笑え! この苦しみはどうせお前には分かんねーよ! お前、スゲー好きだった人に『目の前でウンコしてみせて?』とか言われたことねーだろ。ねーだろ? あー良かったね良かったねそりゃ幸せな人生だったね!」
「止めてくれっ。腹いてー!」
「いや俺は止めない。俺がどれだけ苦しんだか、お前にも分からせてやるっ! 大体お前、俺がどれだけ綺麗好きが知ってんだろ? セックスの前はケツだけじゃなくて必ずケツの中も綺麗にしてよ、出すもん出してくるだろ? 知ってるだろ? その俺にさ、『風呂入らずに来い』とか言うわけ。あとさ、『お前がウンコする直前にバイブ入れてバイブウンコまるけにしたい』とか『二人でションベンしながらセックスしよう』とかさ。もう見た目とか喋る内容とかムッチャ普通の男なのに、セックスになるとスゲー変態路線に行こうとするんだよ。俺を道連れに! つか、どうして俺が人の目の前でウンコしなきゃいけねーんだよ! 教えてくれよ!!」
小原の叫びに高岡は最後まで笑いっぱなしだった。
翌日、高岡が目を覚ますと小原はまだ眠っていた。
昨晩あまりにも笑ったのでセックスするのを忘れていた高岡は、朝勃ちしてるついでにサクっと済まそうと思ったのだが、結局何もしないままベッドを降りた。
昨晩の話は…まぁそれなりに面白かったわけだが、別に珍しい話でもなかった。小原が「本物の人生のパートナー」だと勘違いした男は、ただ少しばかりスカが好きだったのだろう。あれほど笑えたのは、ヤケクソ気味に叫ぶ小原が可笑しかっただけなのだ。
カーテンを開けて光を入れると小原が目を覚ます。
「朝メシどーする? マックでも行くか?」
高岡が訊ねると、小原はまだ眠そうに目を擦りながら頷いた。
大きく背伸びをしながら欠伸をする小原を見て、高岡は洗面所に向かう。
「なー高岡」
後ろから聞こえた声に振り返ると、小原が朝の光を受けて眩しそうに目を細めながら、笑ってこう言った。
「俺達、今度はどんな恋愛するんだろー」
高岡真義 25歳 小原祐 25歳
8月の1番初めの日曜の朝。
彼等がもう一度恋人になり一生続く恋愛を始めるまで、あと1年と2日。