岬杜永司 深海春樹



「オケツが…俺の可愛いオケツが……オケツがいたい〜」
 昨日は俺から誘ったよ確かに足りねぇって言ったよはいはい確かにこのお口から飛び出した言葉ですよええそうですともそうですとも。…でも何?このケツの痛さは?
 俺は確信したね。もうこれは絶対だ。
 俺と永司は【サイズ】が合ってない!!
「永司君。ちょっとここへ来なさい」
 ソファーでブツクサ言いながら横になっていた俺は、キッチンでミルクを温めていた永司を手招きして呼んだ。永司は機嫌良く俺のホットミルクを持って横に来る。
 そう、今日の永司君は妙に御機嫌なのである。そりゃ昨晩あんだけヤっときゃ機嫌も良くなるだろうさ。ぷん。
「なに?」
永司の機嫌が良ければ良いほど、俺は自分の身体に同情しちゃうね、まったくのところ。
「永司君は俺の事好きかな?」
「好きですとも」
 そうですかそうですか。
「どのくらい好きかな?」
「骨の髄まで好きですよ」
 俺はコクコク頷きながら、永司の手をもって言った。
「だったら俺の身体大事だよな?俺の頼みきくよな?」
 今度は永司がコクコクと頷く。何だか嬉しそうに。
 俺はそれを見て、メッチャクチャ真剣に言ってみた。
「よし永司、お前今から整形外科行ってそのデカマラ削って来い!!」
 そうだサイズが合わんのだ。だから俺はケツが痛いし、内臓も気持ち悪くなるし、腰もだるいし、それに一杯ヤるのがキツイ。そう考え、真剣に言ったのにも関わらず、永司はもうこの上なく楽しそうにクツクツ笑っている。
 俺は永司の顔を手で挟み、子供に言い聞かせるみたいにゆっくり言った。
「お前の、その、いつも元気ハツラツのジュニア君を、人差し指くらいのサイズにして来なさい。そうしたら、お前がいくら全身絶倫生殖器でも、俺は平気だし、痛くないし、ってか、嬉しい。いいですか?削って来なさいよ。なんだったら、モロッコ行って取って来ても良いですよ。どうせお前のその摩訶不思議生物は、また生えてくるのでしょうからね」
 永司は俺がこんなに真面目に言っているのに、まだ笑っている。
「再生はしないと思います」
「いいや、する。絶対する。お前のソレは再生能力があるのです。いや、きっとね。多分ね。でもかなり高い確立でね。とにかく、いいですか永司君。これは大事な話なのです。俺の身体は、このままでは大変なのです。けれども、サイズさえちっこくなれば、永司君のそのデカマラちゃんを鉛筆削るみたいにシャシャっと削れば、問題はすぐに解決なのです。分かりますね?」
 俺がこんなに真剣に尚且つ丁寧に説明しているのに、永司はやっぱりクツクツ笑っている。
「笑い事じゃありません。永司君、俺の身体大事でしょ?」
「春樹の身体は大事です。しかし春樹の身体は喜ん――…んんっ」
 ちょっと恥ずかしい事を言われそうになったので、俺は慌てて永司の口を手で押さえた。永司はムグムグ言いながらもニヤニヤしている。
「永司。その笑い方、苅田にソックリだぞ」
 そう言ってやっても永司はまだニヤニヤしているので、俺はダメだこりゃと思いながら手渡されたホットミルクをふぅふぅして飲んだ。
 ホットミルクは俺専用の、くまさんの絵が描いてあるコップに入っている。くまさんは不細工な顔をしていて、キバまであって、笑っているのか怒っているのかよく分からん絵なのだが、俺はこれが大好きだ。麦茶はでかい字で浜名湖って書いてあるヤツ、ホットミルクはこの不細工くまさんで飲むのである。
 ふぅふぅしながら飲んでいると、まだ苅田のような笑い方をしている永司に散々キスをされ、髪を撫でられ、抱き抱きされ、ぎゅうっとされ、もう本当にベタベタされた。ここまでされるのは初めてなくらいだった。
 そりゃ気持ちは分かる。俺が無事に戻って来たのが嬉しいのだろう。俺は時々ホットミルクをこぼしそうになりながらも自分の可哀相なおケツの事を考え、少々複雑な思いで永司の抱擁を受けていた。

 お昼に出前のうな重を食べていると、やっと永司がこの三日間の事を訊いてきた。俺はうなぎさんの皮を永司の方にぽいぽいしながら、なるだけ詳しく川口さんとの事を話してやる。駅で意識を失ってから永司が乗り込んで来るまで、ひとつひとつ思い出して話してやった。逃げ出そうとしなかった事と、永司に連絡を取らなかった事について何か言われるかなと思ったが、永司は最後までその事については何も言わなかった。
「……で、結局あの男は何だったんだ?」
 話が終わると、永司がちょっと憮然としながら訊いてくる。
「知らねぇ。ヘンテコで、不思議な人だった」
 川口さんは最後までよく分からない人だった。俺の記憶を探り、自分は宇宙人だと言い、そして人間と同じ赤い血を流していた。

 飯と話が終わると、俺達はもう一度川口さんのマンションに向かった。単車を置いたままだったし、永司が川口さんの事を気にしたからだった。
「もし川口さんが出てきたらどうすんの?俺が被害届出さなくても警察に突き出すの?それともまた殴るとか?」
 エレベーターの中で訊いてみた。
「もうあの男はいないだろう」
 永司が苦笑しながら答える。俺もそう思っているが一応何故そう思うのか訊いてみたところ、永司は苅田に一発くらってからやはり言葉ではない何かを聴いたらしい。
「それ、綺麗な音楽みたいじゃなかった?」
 言葉ではないモノ。しかし、相手の意思を少しだけ感じるモノ。
「そうだな。音楽みたいだった」
 喋りながら部屋の前まで行く。インターフォンを押してみたが反応なし。コンコンとドアを叩いてみたが、やはり何もなし。
 永司がドアノブに手をかけ回してみると、カチャリと音がしてドアが開いた。
「不法侵入」
 永司が笑いながら部屋の中に入って行くので俺も後から続くと、 中の家具が全てなくなっていた。
「なんか思ったとーり!…じゃねぇ?」
 テレビもソファーもキッチンの小物も、全部綺麗サッパリなくなっている。そこには白い壁と天上があるだけ。
「そうだな」
 永司も頷きながら部屋の中を見渡していた。
 俺は自分が寝ていた部屋を確認し、それから唯一鍵が掛かっていた部屋を覗いてみた。
 白い部屋。
 何もない。
 いや、何かある。
 部屋の真ん中に、ビーダマより少し小さい黒い石みたいなモノが2つ置いてあった。それは転がってあったわけではなく、まるで俺と永司を待ってたみたいに置いてあったのだ。
 近付いて手にしてみると、少し重くて綺麗だ。大理石かと訊いてみたが、永司にも分からないようだった。
 それはひたすら真っ黒で、ツヤツヤしてて、太陽に透かして見てみると光が通る。石ではなくガラスなのかと思ったが、部屋の中で見てみるとやはり石のように見えた。
 不思議な物体。
「そういや俺、チョーカー返してもらってねぇや」
 お気に入りだった茶色のチョーカー。
「そんかわり、コレもらお」
 俺は物々交換だと勝手に決め、綺麗な小石を2個ともポッケにしまった。不法侵入と窃盗の罪だ。でも俺も永司も、この石は川口さんがくれたモノなんじゃないのかなぁと思っていた。きっと川口さんにはもう二度と会えない。どこに消えたのかは知らないが、とにかく川口さんは帰って行った。けれども、川口さんは最後にコレをくれたんだ。
…かなり勝手な想像だけどね。
 玄関に戻って靴を履き、外へ出る。ポッケにしまった小石を取り出して、もう一度青い空に透かしてみると、光が中で反射してとても綺麗だった。
「ドア、鍵が掛かったよ」
 永司の声につられてノブを回してみたが、はやり中から鍵が掛かっていた。そんな音はしなかったし、中には誰もいなかったのに。
「永司。川口さんって宇宙人かなぁ?」
 「それは怪しいな。ただの詭計好きなだけかもしれないし。でも、春樹にそれを渡したかったんだろうね」
 永司は言いながら俺の手を指した。もう一度石を空にかざすと、それはやっぱり綺麗で不思議な感じがした。
「なぁ永司。分からないままの事って、一生のうちでどれだけあるんだろうな」
 俺は呟きながら川口さんのマンションを後にした。

 お家に戻ると永司の質問コーナーが始まった。
 どうやら永司は俺の実家の電話番号を知らなかった事がショックだったらしい。結局自分で調べたそうだが、『春樹の事は春樹の口から』ってのに異常に拘る頑固者永司君は、とにかくこれを機に俺に関するありとあらゆる事を根掘り葉掘りと訊き出した。
 何故か知っているはずの住所氏名年齢生年月日血液型から始まり、身長体重足の大きさ(?)手の大きさ(??)指輪のサイズ(…)、それから実家の住所と電話番号を俺の口から言わせ、姉ちゃんと母ちゃんの名前から年齢、俺のちっこい頃の思い出から好きな食べ物嫌いな食べ物・好きな色嫌いな色・好きな音楽嫌いな音楽まで、もうホント、喋りすぎて顎が痛くなるほど質問された。途中で姉ちゃん母ちゃんの写真を見せろと言われたが、あの2人は写真嫌いなのでないと返事をしたら、今度は似顔絵を描けと言われる。俺はしぶしぶ(しかしかなり適当に)2人の似顔絵を描いた。
「春樹。これはなに?」
「母ちゃん」
「春樹のお母さんはキバが生えてるの?」
「そう。俺の母ちゃんは怒ると、ラムちゃんみたいにツノも生えてくるの」
「……。これはなに?」
「姉ちゃん」
「春樹のお姉さんはこんなに髪が長いの?」
「そう。姉ちゃんはメーテルくらい髪が長いの。そんで、怒らすと多分貞子になるの。姉ちゃん怒ったコトないから知らねぇけど」
「……。これはなに?」
「俺」
「春樹はへのへのもへじなのか?」
「そう。永司君の質問責めに閉口してるトコ。我ながらこの表現の仕方は上手いと思う」
 これでちょっとは反省するかと思ったが、残念ながら頑固者永司君は平気な顔をしてまた質問を続けた。
 それからは夕飯のシチューを作っている時も、作り終えて食べている時も、食べ終えて一服している時も、ずーーっと質問コーナー延長戦だった。しかも最後の方は変な質問だった。どうして寝ている時にへらへら笑うの?って訊かれても、そんなん俺だって知らんわ。どうして寝言で突然『古典的!』って叫ぶの?って訊かれても、俺だって何でそんなコト口走るのか知りたいわ。どうして靴下を左右バラバラで履くの?って訊かれても、コレはわざとじゃねーんだよ!
 とにかく、夜遅くまで知りたい知りたい星人永司君の相手をしてやった。
 疲れた。非常に疲れた。
「大体お前さぁ、そんな一変に訊いたって覚えらんねぇだろ?」
 俺は今日、どれだけコイツの質問に答えたか。
「全部覚えてる」
 永司が自信満々に言うので、ちょっとチェックしてみようと思った。
「俺の母ちゃんの誕生日は?」
「8月15日」
「浜名湖湯飲みは何代目?」
「2代目」
「んじゃ、好きな色は?」
「上手く言えない色。艶やかな苺の色とか真夏の入道雲の色とか、朝露が付いてる苔の色とかくすんだ月の色とか俺の瞳の色とか、あとは…」
「分かった分かった。俺の嫌いな食べ物は?」
「ない」
「あ〜!やっぱり覚えてないんだ!!」
 俺はちょっと勝った気分になった。
「いや、春樹はないって言った。苦手なモノはあっても、何でも食べれるって言ってた。イナゴも蜂の子も食べれるって言ってた。でも嫌いな食べ物はないって言ってたぞ」
 そういやそんなコト言ったような気もする。アレのコト、忘れてたんだ。
 永司は黙り込んだ俺を見て、今日の朝みたいにまたニヤニヤ笑った。
「で、嫌いな食べ物ってなに?」
「……ギンナン」
 俺は銀杏が嫌いなのである。あの匂いがなんとも言えんのだ。
 俺が答えると、永司はやっぱりニヤニヤしながら、しきりに「そうなのか」とか「銀杏ね」とか言いながらクツクツ笑った。どうして俺の嫌いな食べ物を知っただけで、そんなに嬉しいのだろうか。実は、永司は川口さんと同じくらい理解不能なのかもしれん。


 それから永司はチラリと時計を見て、妙に御機嫌な面持ちで俺の身体を抱え寝室へ向かった。
「あのね永司君。今日は夜のお勤めはナシなのですよ」
「昨日は毎晩するって言ったろ?」
 やっぱ覚えてらっしゃるのね。
「でもね永司君。君のそのやる気満々下半身を削ってくれないと、俺はオケツがですねぇ…」
「大丈夫。春樹の身体はちゃんと悦ん……んむ」
 またもや恥ずかしいコトを言われそうになったので、俺は大慌てで永司の口を抑えた。むぐむぐ言っている永司はやっぱり何だか嬉しそうだ。
「永司君。とにかく今日はナシなのです」
 俺は今朝のように永司の顔を両手で挟み、言い聞かせるように言ってみた。
「春樹。俺、川口ってやっぱ異星人だったのかもって思うよ」
「はぁ?だってお前、今日の昼は怪しいモンだって…」
「うん。でも考えてみたら、春樹が急に発情期に突入したのも川口が絡んでるような気がして不安になった。何か変な洗脳をされてるんじゃないかってさ。だから俺はそれを解く為に、この辺りやここの辺りを…」
「お前なに言ってんのか分からん。……あ、アホ。変なトコ触るな!」
「川口の俺へのお詫びが春樹の身体だったらどうしよう。俺は洗脳された春樹より素のままの春樹がいいぞ」
「――うぎゃ!ちょちょちょっと待った待った。待ってってば何すんだよこのバカ!お前なにが洗脳だよ!なんだかんだ言ってお前、俺とヤりたいだけだろ!!」
「お、ここですか?ここを何かされてしまったのですか春樹様?」
「ぐはぁっ!ってか、永司のキャラが…永司のイメージがぁ……」
 俺は確信した!!
 永司は川口さんに何かを埋め込まれているんだ!!
 絶対この眉間辺りに何か埋め込まれているんだ!!
「トウッ!」
 俺の永司の眉間を狙った空手チョップが空振りし、その反撃として永司のすけべぃ攻撃がまた始まる。
「うりゃ!」
「イテ!……春樹様御乱心ですか。しかし愛の力で元に戻してみせましょうぞ!!」
「ってか、テメーが御乱心なんだよ!!」

 俺は永司の眉間に埋め込まれているモノの摘出の為(?)に、永司は俺の洗脳を解く為(?)に、何だかすったもんだしながら夜は更けていくのであった。




おわり






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