岬杜永司 深海春樹
12月24日。
それは世の中の人間が何の意味も無くちょっとだけソワソワしたり卑屈になったり泣いたり笑ったり怒ったり待ちぼうけをくらったりお財布の中身を覗き込んだり勝負パンツを穿いたり下半身を丹念に洗ったり……する日。
どうしてかとにかく落ち着かない日であるが、中には「おりゃ〜いつもと変わらんぜよ!」と気合を入れて叫ぶ人もいるかもしれない。しかし世の中はジングルベルジングルベルとしつこく騒ぎ立て、毎年この時期に必ず流れだす曲がもうここぞとばかりに流れまくりクリスマスを勝手に演出する。とにかくそんな騒がしい日なのだ。
さて、それではいつも無口でクールな岬杜氏はどうだろうか。彼もソワソワしたりするのだろうか。
答えは……YESだったりする。彼は最愛の恋人深海ちゃんのプレゼントを買うのに大変頭を悩ませていたのである。何故か?お金持ちのお坊ちゃまである岬杜氏ならばもう何でも買えるだろうし、それこそ指輪どころか宝石店一軒丸ごと買えるかもしれない。それに岬杜氏も可愛い深海ちゃんにだったら全財産投げ打ってでも、それこそ小島でも月でも火星でも、もう何でも買ってやるつもりだった。だが、ある日岬杜氏が「クリスマスプレゼントは何が欲しい?」と訊いたところ、深海ちゃんはそんな岬杜氏を黙って見つめた後ボソリと「何でもイイんだけど、とにかく金にモノを言わせてプレゼントを買わないようにな」と呟いたのである。
岬杜氏は絶句してしまった。
だったら何を買えば良いのだろうか。
深海ちゃんは多趣味である。一通りは何でもこなす子である。いや、勉強以外はね。
スポーツ万能で冬にはよくボードに行くようだから、スノーボードでも買おうかと思ったが、今使っているボードを深海ちゃんはとても大事にしていた。いつも適当なモノを着ているので服を買おうと思ったが、ありきたりでつまらない気がした。旅行やディナーを考えたが、よく考えてみたら一体どこから「金にモノをいわせている」のか見当がつかない。
岬杜氏は困った。
はて、何をプレゼントしたら良いのだろうか。
深海ちゃんはノンキなモノだった。
金持ち相手に何をあげようか悩むだけ無駄だと思っているからである。背伸びをしてもしょうがない、相手に合わせようと思うのがまず間違いだと思っているのである。
岬杜氏は、実は自分の事を金持ちだとは思っていない。彼は幼い頃から海外で「王族」「皇族」「地中や海中からドクドクと石油という名のお金が溢れ出てくる人達」を見ている。別に彼等と比べるわけではないが、岬杜氏はとにかく自分はたいした金持ちではないと思っていた。岬杜氏のそんな考えは深海ちゃんも知っていたが、しかし実際岬杜氏は金を持っていた。大体高校生の分際で毎日株価をチェックし、自分のマンションを所有し、家政婦を雇い、電球一個の為に電話一本でデパートの係りの者が飛んでくるような相手に、何をプレゼントしようか悩むのは確かに無駄なのだ。
深海ちゃんがノンキな理由はもうひとつあった。
岬杜氏はブランドに拘らないのだ。
村上春樹氏の小説「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」の中にソファーに関する話があるが、岬杜氏はそれに少しだけ似ていた。岬杜氏は「金を積めば買えるモノ」と「自分の理念や思想に合うモノ」は必ずしも一致しない事を知っている。それは彼の部屋にあるソファーやベッドやバスルームの小物、靴や時計を見れば納得するだろう。有名ブランドの家具が全て彼にとって寝心地の良いベッドを作っているわけではない事を、岬杜氏は良く分かっているのだ。自分の拘りたい場所にはトコトン拘る岬杜氏は、モノを見る目が非常に肥えていた。
深海ちゃんは彼のそんな所を知っている。しかし自分にはそこまでモノを見る目がない事も自覚している。
そこで深海ちゃんは考え、サクリと結論を出した。
なんとなんと自分で作ってしまったのだ!
何をって、それはただのチョーカーだったりするけれど。
深海ちゃんは以前自分が気に入っていたチョーカーをなくしてしまったので、自分の分も欲しかった。だからお揃いにしたのだ。
皮の紐を買い、木材専門店を見て回って綺麗で落ち着きのある木片を何個も買った。ネットでチョーカーの作り方を調べ、毎日誰も使ってない学校の技術室に忍び込んでせっせと木片を削ったり磨いたりしたのである。岬杜氏にバレないようにと極力注意を払い、どうしてもできない箇所は大手ゼネコン会社の経営をしている苅田の父親に頼んでコネを使って仕上げをした。木どころか小石まで手に入れ、苅田の父親から紹介してもらった石細工の職人さんに手伝ってもらいながら細工を施した。木と小石は全て円錐の形に削り両端に溝を入れ、それらを交互に紐に通していく。木にも小石にもひとつひとつに細工がしてあるそのチョーカーの出来栄えは素晴らしく、苅田の父親に「職人技だ」と言わしめた程だったのだ。深海ちゃん自身もそれに満足していたし、作っている最中も楽しかったので、実際プロになろうかと本気で思ったくらいだ。
だから深海ちゃんは、もうイブになるのが楽しみだったくらいだった。
そして本日12月24日。
深海ちゃんは鼻歌を歌い、ノンキにビーフシチューを作っている。
さて岬杜氏はどうだろう。
……なんと岬杜氏、まだプレゼントを買ってないのである。
もう悩めば悩むほどドツボに嵌って行く今の岬杜氏に、いつものクールさは見当たらない。彼の脳細胞は今、全部プレゼントで一杯だ。大体どこまで金をかけて良いのかのさえも分からなくなっている混乱振りだから、手がつけられない。
今も1人で街を歩き、迫り来る時間と闘っているのだった。
深海ちゃんの部屋には様々なモノがゴチャゴチャと積まれている。それはゲームだったりバットだったりバスケットボールだったりプラモデルだったりフクロウの置物だったり電車の模型だったり…とにかく色んなモノがある。岬杜氏にはよく分からないモノばかりなので、手が出せない。
岬杜氏が溜息を付きながら街を歩いていると、深海ちゃんに帽子のコレクションがある事を思い出した。帽子だったらそんなに高価なモノではない。きっと喜んでくれるだろう。やっと考えが纏まって店に入り可愛いニットの帽子を何個か買ったが、買ってからこんなモノで喜んでもらえるのだろうかとイマイチ心配になった。
それから深海ちゃんが以前雑誌を見ながら「これ探してるのぉ」と呟いていた「頭脳警察」のLPも探しまわって見つけておいたので、それを取りに行く。頭脳警察のそのLPはレコード会社から発禁になっているモノだったので、後に本人達が自主制作したこの600枚はかなりの価値があるのだが、勿論岬杜氏にはその辺りを知らない。ただ以前深海ちゃんが「欲しい」と呟いていたのを覚えていたので探しまくって手に入れただけなのだ。
ニットの帽子と頭脳警察のLP。…何だかこんなモノで良いのだろうか。
岬杜氏には分からない。
分からないけれど時間がなくなってきた。
岬杜氏はウンウンと悩みながら両手のプレゼントを見て、また溜息を吐いた。
結局ニットの帽子を10個も買い込んだ岬杜氏がマンションに着いたのは夕方3時。出掛ける時「2時には戻る」と言ったから、約束の時間より1時間も遅れてしまった。
エントランスを解除して、エレベーターで登る。部屋の前に着いて鍵を開けようとした時、ドアに何か挟まっているのに気付いた。
紙切れだ。
『なぞなぞ的最終問題。わ〜いドンドンぱふぱふっ!ベロベロバーって言ってる月を見たと言っている人がいるけどそれはどんな月?』
深海ちゃんのきったない字でそう書いてある。
なぞなぞ的最終問題って何だろう?岬杜氏は首を傾げながらとにかく部屋に入った。
「ただいま」
声をかけても返事がない。いつもだったらすぐに「おっかえり〜」とくるのだが。
岬杜氏はまた首を傾げ、自分が遅くなったから深海ちゃんが怒っているのかと思った。だからちょっとドキドキしながらリビングに入る。
人の気配がない。
しかしキッチンからいい匂いがした。
コトコト音もする。
「春樹?」
リビングから続くキッチンを覗いても深海ちゃんの姿はなかった。
鍋に火が掛けっ放しになっていたのでそれを消し、もう一度呼ぶ。
「春樹?」
返事がない。
深海ちゃんは鍋に火をかけたまま何処かへ行く事はない。キッチンで火を使っている時は、必ずキッチンかリビングにいるのだが。
テーブルの上には深海ちゃんが作った手作りケーキがあった。実はこれ、スポンジを横に上手くカットできなかったため本当は酷いありさまなのだが、それを深海ちゃんが生クリームでカモフラージュしまくって作った努力の一品だった。岬杜氏にそんな事が分かるわけないのだが、しかし彼は深海ちゃんが作ったモノならばどんな高級料理よりも美味しいと思っているので、本当はスポンジがグチャグチャになっていても関係ない。
テーブルの上にはケーキの他に料理の本が置いてあった。どうやらこれを見ながらビーフシチューを作ったらしい。
そしてその他に紙切れが一枚。
『どんな月か分かったぁ?』
分からない。岬杜氏はもうなぞなぞの事など忘れていた。
「春樹どこ?」
リビングに戻り部屋を見渡すと、ソファーの上にまた紙切れ。
『ヒントはおトイレに隠れてます』
岬杜氏は、はて?と思いながらもおトイレに行ってみる。
トントン。
返事なし。
カチャリとドアを開けて覗いてみると、トイレの中には深海ちゃんお気に入りの「2億年前の地球儀」が置いてある。
そしてその地球儀に、ペタリと紙切れが。
『暗号はRX−78シャア専用』
……意味不明。
岬杜氏はちょっと途方にくれた。
紙切れを持ったままリビングに戻ってソファーに座り、この不可解な暗号を解いてみようと頭を捻らす。
RX−78
これは分からない。台所用品なのか、はたまた何かのゲームの隠語なのか。
シャア専用
これも分からないが、そう言えば春樹がシャアが何とかって
真田と話しているのを聞いた事がある。
真田?
真田と言えば勉強嫌い。真田と言えば俺の下着を頭から被っていた変な女。真田と言えば俺の事をヒッキーだと言ったムカツク女。真田と言えば愛しい春樹に蹴りを入れた最悪の女。
岬杜氏はちょっとむかついてきたので、頭の中から真田をザクリと消去した。
シャア専用
うん。これは聞き覚えがある。
岬杜氏は深海ちゃんが発した言葉をひとつひとつ覚えている脅威の記憶力の持ち主だ。その数々の深海語録の中からシャアという単語を引っ張り出し、
寝室の横にある8畳程の部屋に入ってみた。
この部屋は元々使われていなかったのだが、深海ちゃんが自分のアパートからせっせとお気に入りグッズを運んで来てはこの部屋に置いているので、最近は深海ちゃんの部屋みたいになっていた。
棚に並べられた数々の小物。
その中の一角にガンダムコーナーがある。
岬杜氏にはさっぱり理解できないモノだ。
そのひとつひとつを調べて行くと、
赤色のプラモデルの背中に小さく畳んだ紙切れが貼ってあった。
『ヒントは今日、2時に帰って来るよって言った人です。もう分かったでしょ?最終コーナーを回ったヒントはこんぺいとうの首。通常の3倍の速さで動くこのプラモを持って行きましょう。急げ!』
なぞなぞの答えが分かった岬杜氏は、クスクス笑いながらリビングに戻った。深海ちゃんは岬杜氏を待っている間、とっても暇だったらしい。
深海ちゃんが勝手に赤色に塗りたくったシャア専用ガンダム(深海ちゃんはシャアが乗れば飛行機も赤くなるんだと思っています)を手に、岬杜氏はソファーで寝ているこんぺいとうの首を見てみる。
首輪には細く捻られた紙切れが絡まっていた。
『最後の直線です。2時に戻るよって言ったのに3時になっても帰ってこないアンポンタンポカン君を何と言うでしょう?答えが分かったら大きな声で答えを言って、こんぺいとうの背中にシャア専用ガンダムを乗せてください』
岬杜氏が紙切れを読んだ後部屋を見渡すと、閉められたカーテンの隙間から覗くバルコニーの窓に、漫画みたいにキラキラと輝く黒い瞳が見えた。その瞳にはお星様が何個も鏤められているようだった。
深海ちゃんは罪作りな程可愛いのだ。
【トゥルルルルルル】
岬杜氏が声を掛けようとした時、彼の携帯が鳴る。
ディスプレーに苅田とでていた。
「なんだよ」
『今から行っていいか?』
良いわけがない。
「絶対来るな」
『いや、俺もそう思うんだけど真田と暁生がお前ん家に行きたいってさ。特に真田。この前深海ちゃんが授業中に【24と25日は絶対来るな】ってメモを回して来たんだけど、それが逆効果でさ。俺は止めてるけどもう限界』
「来ても良いけど入れない。絶対にだ」
『アイツ等何すんか分かんねーぞ』
岬杜氏はちょっとだけ悩んだ。近所迷惑な行為は慎んでもらいたいものだ。コッチが迷惑するのだから。
「とにかく、お前止めといてくれ」
『俺も本当はお前と深海ちゃんの邪魔したいんだよね』
苅田の声はニヤついていた。
なんてイヤな奴だろう。
「家には上げない」
『潤も行きたがってるし、砂上もお前等の邪魔したがってるしね』
深海ちゃんのお友達はろくな人間がいないようだ。
「絶対駄目だからな。普通にモノ考えてみろよ」
『真田と暁生は普通にモノを考える人間じゃねーよ。とにかく夜12時までは俺の部屋で遊ばせておくけど、それまでにヤる事ヤっとけ』
苅田は笑いながら携帯を切った。
岬杜氏は今日ほどあの5人が邪魔だと思った日はなかっただろう。
ふうと溜息を吐き、気を取り直してバルコニーへ向う。
深海ちゃんは目を輝かせてバルコニーの向こうでササッとカーテンに隠れている。なんて可愛いのだろうか。これはもう犯罪だ。
「春樹。遅くなってごめんね」
「なぞなぞの答えは?」
隠れている深海ちゃんの声。
「嘘月」
岬杜氏は答えながらバルコニーに続く戸を開ける。
そこには、白い息を吐きながら鼻のてっぺんを赤くした深海ちゃんが瞳をもうこれでもかと輝かせながら立っていた。
「遅くなってごめんね。それに今日のプレゼント、あんまり良いの思いつかなかったんだ。それもゴメン」
岬杜氏は言いながら少し冷たくなっている深海ちゃんを抱き上げ、部屋の中に入って行く。
予告通りあの馬鹿者5人は12時に岬杜宅を訪れ、ドンチャン騒ぎが始まる。
大酔っ払いと化した7人はいつものようにかくれんぼをして遊び、何が何だか分からないくらい騒ぎ立てて夜は更けていった。
それはそれで楽しかったし、深海ちゃんもキャッキャラと笑っていたので岬杜氏も「こんなクリスマスもたまには良いかもしれない」と思ったほどだ。まぁ、毎年こんなんだとちょっと困るが。
え?12時まで、岬杜氏と深海ちゃんは何をしていたかって?
そりゃアナタ、想像してごらんなさいな。
マニア垂涎のLPが手に入った時の深海ちゃんの喜びよう。
最愛の恋人から手作りで、しかもお揃いで、更に凝りに凝った細工がしてあるチョーカーを貰った時の岬杜氏の感動。
特に岬杜氏は、それこそ感動の渦に巻き込まれて言葉もなかったほどだったのです。
12時まで、2人がどんなにあま〜いあま〜い時間を過ごしたかは想像できるでしょう?
おわり