秋佐田鉄雄 矢祇真二 + アホ7人


 金曜の夜に大嫌いな苅田から連絡が入った。
「深海ちゃん、無事保護」
 たったそれだけ。
 俺も滅茶苦茶心配していたので一応一安心だったが、苅田から何の説明もなく深海の携帯は相変わらず繋がらなかったので、一体何だったのだろうと思っていた。
 それが日曜の朝、また大嫌いな苅田から連絡があった。
「将棋盤持って岬杜ん家へ来い。ヤギシンジを忘れずにな」
 たったそれだけ。
 将棋盤を持ってって事は将棋を指すつもりらしいが、「真二を忘れずにな」とはなんだろうか。真二も連れて行けって事だろうか。
 苅田は俺の学校の文化祭で真二に会っている。俺の隣に座っていた真二を舐めまわすようにジロジロ見て、ニヤニヤしていた。それだけならまだしも、俺が席を離れた途端に真二の隣に座り俺の大事な真二に手を出そうとしていたのだ。
 苅田みたいな最悪な野郎は見た事がない。本当に、どうして深海はあんなクソ野郎とツルんでいるんだろうか。
 俺がむっとしながら携帯を見ていると、ベッドで眠っていた真二が目を覚ました。真二は昨日、バイトが終わってから俺の部屋へ遊びに来てそのまま泊まっていったのだ。
「なんの電話だった?」
 昨日のバイトの疲れがとれないのか、眠そうに訊いてくる。
「苅田から」
「ああ、あのニヤニヤした変なヤツ」
 大きく欠伸をしている真二は、まだ少し眠そうだ。
 俺は苅田の電話などもう忘れ、その黒髪を撫でて再び眠らしてやろうと思った。
 しかしそう思ったところでもう一度携帯が鳴る。
 ディスプレイは砂上。
「はい」
 珍しいなと思いながら出てみると、何やら携帯の向こうでガヤガヤと物音がする。
「おい、砂上」
 返事がないのでこっちから声を掛けると、何故か砂上ではなく深海の声がした。
「秋佐田ぁ?俺、俺、みんなの深海ちゃん。あのねあのね〜この前は心配かけてゴメンねぇ。そんでねそんでね、ちょっと将棋盤持って永司のマンションまで来てくんない?オ・ネ・ガ・イ。オネガイー!どうしてもケリつけないといけない事態が発生しちゃってさぁ、そのケリを将棋でつけようってコトになったわけ。俺の将棋盤ガッコだし、それにお前も苅田と勝負するって言ってたじゃん?ね、ね、来て来てシンジ君も連れて来て!待ってるわ〜ん」
 深海は何だか変にハイテンションで一方的に喋り、俺の返事も訊かずに切ってしまった。
「アキ、今度はなに?」
 真二は今の携帯の呼び出し音で完全に目が覚めてしまったようだ。
「アキって呼ぶなって何度も言ってるだろ?鉄雄って呼べよ」
「アキのほうが呼びやすいんだって俺も何度も言ってる。そんで、何の電話だったんだよ」
「深海って覚えてるか?文化祭で凄い人気だった奴」
「覚えてる。変なスカした男と、人前で堂々とキスしてた変なヤツ」
 どうやら真二は、知らない人間を全員変なヤツだと感じるらしい。
「そう。その深海が将棋盤持って真二連れて来いってさ」
「なんで?」
「知らねぇ」
 真二はちょっとイヤな顔を…普段の生意気そうな表情が消え、拗ねた子供のような顔をする。真二は人見知りが激しいため、知らない人間に会うのを嫌うのだ。
 最近気付いたのだが、どうやら真二は学校でもバイト先でも少し浮いている存在らしい。無口なわけではないのだが、元々人と打ち解けるのに時間がかかるタイプみたいだ。知らない人間にはツンとした態度を取るせいか、それともこの生意気そうな顔つきのせいか、友達もあまりいないようだった。だからってわけではないのだが、俺は以前から、真二に深海を紹介したいと思っていた。学園祭の時は深海が忙しそうだったからあまり話ができなかったが、今回いい機会かもしれない。
 俺はいやがる真二を無理矢理急き立て、用意をして岬杜のマンションへ向かった。

 岬杜の部屋に入ると、出迎えたのは砂上だった。部屋の中から深海と南の声がする。
 リビングには同じクラスの奴等が揃っており、何か深海と南、真田が口論をしていた。
「深海。将棋盤持って来たぜ」
 声を掛けると深海が俺の方を向き、にっこり「ありがと」とだけ言うと、また南と真田に向かって何やら喚き立てていた。
 一体何の騒ぎだと砂上に訊いてみると、話はまったくくだらないモノだった。
 学園祭が終わった日の夜、深海が消えた。それは俺も知っている。苅田から連絡があり、俺もツレに連絡を取って深海を探したんだ。それでも金曜には深海は戻って来た。何があったのかは知らないが、とにかく今の様子を見ると元気そうだ。
 とにかく、深海は戻って来た。そして今朝、このメンバーが集まり深海に何があったのか話を聞き、深海が「皆心配かけてゴメンね」で締めくくったトコロで話が終わるかと思われた。が、話はそれで終わらなかった。
 真田が「ヒジキは拉致された。つまりお前はモモレンジャーだ。モモレンジャーはアカレンジャーとくっつくべきであるからして、ヒジキのお相手は本来ならホーミングではないのハズ。ホーミングはクロレンジャーだから赤レンジャーであるワラワとくっつくべきなのである」と、何やら俺には理解できないコトを言ったらしい。
 俺は真田と話したコトがないし、真田は時折授業中も俺には理解できないコトを叫ぶコトがあるので、まぁ普段からこんなヤツなのだろうが、とにかくそんな真田の言葉に深海が反論を始めた。「俺はモモレンジャーではなく、青レンジャーだ」と。
 そこからなんとも幼稚な喧嘩が始まってしまったらしい。しかも、深海はわざわざ紙に「7レンジャーの色分け」とかいうのを書き、それまでこのくだらない喧嘩を傍観していた5人を巻き込むハメになってしまったのだそうだ。
 俺はその「7レンジャーの色分けとその確固たる理由」の紙を見せてもらった。


真田鮎著/真田による独断と偏見による七色レンジャーの色分け
赤レンジャー真田鮎真田と言えば赤だから
黄金レンジャー南暁生太陽だから
黒レンジャー岬杜永司なんとなく
桃レンジャー深海春樹拉致されるのは桃の役目だから
金(カネ)レンジャー砂上喜代別名腹黒レンジャー
紫のTバックレンジャー苅田龍司卑猥だから
限りなく透明に近いレンジャー緋澄潤理由なし


深海春樹著/7レンジャーの色分けとその確固たる理由

【1】お勉強
岬杜永司 150
砂上喜代 100
緋澄潤  80
苅田龍司  70
南暁生  50
深海春樹  40
真田鮎−200
【2】瞬発力
深海春樹 150
真田鮎 130
岬杜永司 100
苅田龍司  90
南暁生  80
砂上喜代  30
緋澄潤   0
【3】持久力
真田鮎 200
南暁生 100
岬杜永司  90
深海春樹  90
苅田龍司  70
砂上喜代  50
緋澄潤   0
【4】野球
深海春樹 2番でショート 150
真田鮎  1番セカンド 120
岬杜永司 3番ライト  90
苅田龍司 4番キャッチャー  90
南暁生  5番ピッチャー 100
砂上喜代 9番ファースト  50
緋澄潤  ベンチ   0
【5】早食い競争
南暁生  ダントツの1位 200
苅田龍司 無念の2位 150
真田鮎  屈辱の3位 100
深海春樹 お腹一杯の4位  80
岬杜永司 マイペースで5位  50
砂上喜代 はしたないコトはしませんわ  30
緋澄潤  食べれません   0
【6】お料理
深海春樹 皆のおさんどん 100
砂上喜代 普通  80
真田鮎  本当は少しできる  60
南暁生  ついにジャガバタの作り方をマスター  40
苅田龍司 カップラーメンくらいなら  30
岬杜永司 男子厨房に入らず   0
緋澄潤  混ぜるな危険  −5

以上【1】〜【6】を踏まえ、七色レンジャーの色分け
総合能力トップ
★ 深海春樹
リーダー的存在であるがため、本来ならばアカレンジャーになるべきトコロを、本人(謙虚なお人柄)辞退で結局アオレンジャー。
★ 南暁生
驚きの2位。本来ならば2位はアオレンジャーなのだが、深海がアオに入ったのと本人カレー好きなのでキィレンジャー。
★ 苅田龍司
ミドレンジャー辺りが妥当かな。
★ 岬杜永司
意外とポイントが低かった永司君。黒い服が多いのでクロレンジャー。
★ 真田鮎
本人が五月蝿いのでアカレンジャー。ほんっと赤色に五月蝿い。
★ 砂上喜代
これまた意外とポイントが低かった砂上。本人はシロレンジャーを希望しているが、最近のコイツを見ていると、俺的にはハイイロレンジャー。
★ 緋澄潤
シロレンジャー。でも個人的にはモモレンジャー。

・青レンジャー = 深海春樹 = リーダー的存在
↑コレ、重要。



……俺は同じクラスのこの7人がこれほどアホだったのかと思うと、ちょっと呆然となった。隣で真二も呆れている。
 深海・真田・南の3人はともかく、砂上と岬杜がなぜこの中に入っているのだろうか。
「…で、なんでそこで将棋が出てくるんだよ?」
「だって私、カネレンジャーとか腹黒レンジャーとか灰色レンジャーなんてイヤだもの。喜代は白が良いわ」
「だから、なんで将棋なんだよ」
「皆が出来るゲームで、リーダーを決めようと思うの。それで、将棋の話になったんだけれど、私と岬杜君は出来ないからイヤだって言ったのに、とにかく勝手に決まっちゃったのよ。竜王戦決定戦でもしようかってね。それで優勝者、つまり竜王様に色を決めてもらおうかって事になったの」
「…で、何で俺と真二が出てくるんだよ」
「だって、苅田君強いらしいから秋佐田君に潰してもらおうかなって思ったの。あと、人数の関係で、貴方の隣の子も来てもらっ…」
 そこで苅田が出てきて、砂上に文句を言い出した。どうやら砂上が作った抽選が、公平ではなかったコトに気付いたらしい。
 俺は呆れ返りながら、深海が作ったトーナメント用紙を見た。



……緋澄ができないので真二が呼ばれたらしい。
 俺はこんなくだらない理由のためにわざわざ駆り出されたのかと思うと、脱力この上ない。なにが七色レンジャーだ。それでも高校生か?まったく。
「アキ。こいつらって一体」
「……」
 真二の言葉に返す言葉もない。
 それでもシロレンジャーがいいとか、モモレンジャーはイヤだとか、ゴチャゴチャ五月蝿い中でこの竜王決定戦は俺と真二の意思も訊かずに始まってしまった。
 それに、俺も苅田と勝負できるのは嬉しかった。コイツのコトは大嫌いだが、あの時の勝負は確かにまだつけてなかったのだ。
「秋佐田。竜王になったら、今日一日王様だからな」
「お前さ、バカじゃねーの?高校生にもなって何が王様だよ」
 ふふんと鼻で笑ってやったら、苅田がニヤニヤしながらチラリと真二を見た。
「俺が王様になったからって、帰るなよ。……ヤギシンジもな」
コイツって奴は――ッ!!
「テメーだけにゃ負けられねぇ!!」
 こうして俺と苅田のかなり本気な一局が始まった。

 隣で深海と砂上がPS2で勝負をしている。
「砂上って将棋やったコトないんだろ〜?えへへ」
「秋佐田君が来るまでに、ルールはちゃんと覚えたわよ」
「えへへ。俺、将棋って結構好きなのぉ。むふふ」
 深海が楽勝ムードでくっちゃべっているが、俺はそれどころではない。真二が隣で俺達の勝負を見ていた。
 苅田は上手い。序盤から飛ばす俺に対し、苅田はその性格に似合わず対振り飛車として居飛車穴熊で持久戦に持ち込んだ。

 10分経過。

「ありゃ?ちょっと待った」
「まったナシよ深海君」
 隣では何やら将棋初心者の砂上に対し、深海が苦戦しているようだ。
 しかし俺は今、それどころじゃねぇ。
 ジリジリした戦いの中で、苅田の余裕を感じさせる笑い方がいつになく癪に障る。
「王様になったら何しよっかな」
 苅田の呟きに自分のペースが崩れて行くのを苛々しながら感じ、俺はそれでもドンドンと駒を進める。

 更に10分経過。

「あやや?」
「待ったはナシ。はい、詰みよ」
 何と深海は、今日初めて将棋をやったらしい砂上に負けていた。
「さすがヒジキ、将棋が結構好きなだけあるな。初心者の喜代に負けるなんぞ我々には想像も及ばん行為だ」
「それにしてもどこでどう間違ったら砂上に負けるコトができるんだろうな。深海って難しいコトをやる奴だよな。ある意味偉大だぜ、偉大」
 南と真田が罵詈雑言を浴びせかけ、初心者に負けた深海の傷に塩を塗りたくっていた。
 俺は周りの雑音に気を取られぬよう…と思っているのだが、苅田が何かと真二ネタで挑発してくる。
 この男とは、一度キッチリ勝負をつけないといけないらしい。

 隣では第二回戦が始まろうとしていたが、岬杜は砂上と同じく全くの初心者だったため、まだネットでルールの確認をしているトコロだった。

「秋佐田ってよぉ、最近シンジクンとどうなのよ?」
「五月蝿い黙れ」
 俺が苅田の動きを読もうとすると、それを邪魔する。
 何て根性悪な奴だろう。
 しかも周りの奴等が「腹が減った」だの「深海、メシ作れ」だの五月蝿いので、俺はまともに考える事もできない。
「シンジって美形だな」
「苅田。テメー真二に指一本触れて……あ」
 俺の気が緩んだトコロで、思わずとんでもない場所に駒を進めてしまった。
「秋佐田、待ったなしだからな」
 苅田がニヤニヤし、そして俺は深海が皆の昼飯を作り終えたと同時に――負けてしまった。

 俺がそれからどんな思いで真二の一局一局を見ていたかは言い表すことができない。苅田のような変態悪魔が、俺の大事な真二を毒牙にかけるかもしれないのだ。気が気ではなかった。

 真二は深海が作った焼きソバとおにぎりをちゃんと食べ、同じようにムシャムシャと食べている南とPS2で対局をした。
 隣では真田対岬杜だ。
 岬杜も今まで一度も将棋を指したコトがないらしかったが、それでも何とか黙々と勝負している。

 10分経過。

「おい、ホーミング」
 シンとした部屋の中で、突然真田の妙に低い声が響いた。
「ホーミングよ。お前に尋ねたい。何故お前の銀将はそんなに激しく飛び回るのだ?何故お前の銀将はそこまで突っ走っていかねばならんのだ?! それは角の動きだろうが!!
 真田の怒鳴り、深海が慌てて飛んできて岬杜に駒の動きを教えていた。それでも岬杜は悪びれたふうでもなく、ただ淡々とその説明を聞いていた。

 真二は元々将棋が強いし南もたいしたコトなかったので、コッチは早く勝負がつきそうだった。
「詰み」
 真二が言うと南は「今は左手でやっていたんだ。今度は右手でやるからもう一度勝負しろ」等と真剣にほざき、真二を笑わせていた。真二は真二で「俺は足の指でやっていた」と言っている。すると今度は南が「俺なんか後ろ向きでやってたんだぜ!」とか何とか言っている。
 真二は生意気同士気が合うのか、南とは意気投合しているようだった。

「おい、ホーミング」
 和やかな雰囲気の中、またもや真田の妙に低い声が響く。
「ホーミングよ。お前に尋ねたい。心ゆくまで尋ね倒したい。何故お前の桂馬はそんなカンガルーみたいな動きをせねばならんのだ?何故お前の桂馬はそんな横っちょ の方まで飛び跳ねて行かねばならんのだ?将棋でそんな動きをする駒はないハズだ!!それともアレか?ホーミングが触れると将棋の駒もそんな摩訶不思議な奇行が許されるのか?!」
 真田がネチネチと文句を言い、結局最後までやらずに真田の勝ちとなった。
 岬杜は一体どんな駒の動かし方をしたのだろうか。


 そして、事実上決勝戦となる対局を迎えた。
 真二対苅田だ。
 俺は苅田がどんなイヤラシク性悪で変態なのかを真二に教え、何が何でも勝ってくれと真剣に頼み込んだ。
 真二は笑っていたが、それでも真剣に駒を動かし始める。
 隣では真田対砂上の女同士の対決も始まっていた。

 かなり白熱した対局になったが、45分経過した所で砂上が詰んだ。

 そして1時間30分を経過したところで
「アキ、見て!」
 真二の嬉しそうな声がし、俺のにっくき苅田が敗北した。


 砂上は、今日生まれて初めて将棋を指したとは思えない程上手かった。が、やはり初心者。真二の戦法には手が出ず、あっさりと敗北した。


【表彰状 ヤギシンジ君。君は竜王戦を制したので、これから一年間、俺達7人は君のコトを竜王様と呼んで辱めてやります。以上】
 深海が手作りの賞状もどきを渡し、ついに色分けの話になった。
 この頃の真二はもう完全にこの7人に慣れ、驚く程リラックスして深海や南と話をしていた。
 今日、ここへ連れて来て良かった。
 俺は笑っている真二を見て、しみじみそう思った。

以下、竜王真二による七色レンジャーの色分け。
深海春樹 アオレンジャー
南暁生  キィレンジャー
真田鮎  アカレンジャー
岬杜永司 クロレンジャー
砂上喜代 シロレンジャー
緋澄潤  モモレンジャー
苅田龍司 ショッカー


「ショッカーってなんだよ!!」
 文句を言う苅田に、真二は生意気そうな顔で
「おい。今日は俺が王様だ。命令その1。














苅田、あんぱん買って来い!!」



と叫んだ。
 「ダセー」「カッコワリー」「俺、クリームパン」等の言葉と爆笑の渦の中、一瞬硬直した苅田が頭を抱え「俺、パシリにされるの初めてだぜ」と呟き歯軋りしながら出て行く。
 何て気分が良いのだろうか。こんな清々しい日は久し振りだ。

 俺達は今日ここへ来て本当に良かったと、苅田の屈辱に燃える背中を見ながら俺は思うのだった。




おわり






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