深海春樹 岬杜永司 苅田龍司



 俺が1ヶ月セックス禁止令を出してから、永司は本当に手を出してこなくなった。これは驚くべき事だ。1度寝惚けた永司に抱きつかれたのだが、勘違いした俺は永司の顔面を殴ってしまった。これはさすがに可哀想だったが、真っ暗の中で逃げるのが困難だった為強硬手段をとってしまった。それからは枕元のランプを最弱にして寝ている。そして俺の体温を感じると辛いだろうと思って、最近は真ん中に嫌がるこんぺいとうを無理矢理置いている。
 俺と同じベッドで寝ていると、永司はとても辛そうだ。手を出したいけど出せない。拷問だろうと思う。しかし俺はキス以外はさせなかった。
 理由は…。
 セックスさせない理由は、本当はない…気がする。
 ただ俺は、なんとなく……そう、なんとなく、したくなかった。
 実は、俺は1ヶ月くらいセックスもオナニーもしなくても全然平気だったりする。これは身体の仕組みを考えてみると少し変だろう。しかし俺は平気なのだ。永司と出会ってからは普通の高校生らしくそれなりにしていたし欲情も俺にしては随分したが、本当は欲情すらもあまりしない。セックスはやろうと思えばできるのだけど、別にしなくても良いのだ。
 でもコレは俺の身体の話であり、永司は普通の男子高校生だ。
 普通の男は3日で精子が溜まる。きっと永司は1日で溜まる。きっとね。それに苅田にいたっては2時間くらいで溜まるんだろう。アイツはそんな感じ。
 まぁとにかく、俺は結構気にしていた。永司は俺に手を出さない。どこでどう処理しているのか知らんが、俺のただたんに「なんとなくしたくない」の理由でこう苦しめては可哀想だ。でも、俺は何故かしたくない。
 どうしようもない。

 その日の夜も、不機嫌なこんぺいとうを挟んで寝ていた。永司は寝付けないようだったし、俺もウダウダと永司の身体の事を考えていたら眠れなかった。
 そのうち自分のちょっとちっこい脳味噌にピカリと電球が灯る。
 ん〜(←長島茂雄風に)そうだそうだ。
「え〜じぃ」
 小さく呼んで見ると永司が目を開けて俺を見た。
「なに?」
「俺、ちょっとお前を喜ばす事にした」
 ニコニコして言う俺を見て、永司がこれまたニコニコする。
「俺を喜ばす事?じゃ、『春樹に手を出すと拳が飛んできます警報』を解除させて『岬杜永司は深海春樹を思う存分抱いてもかまわない法』を国会で可決させるとか?」
 そんなんどこの国会で可決されるんだよ…。
「変な事言うな馬鹿者め。良いから服脱げ。全部」
 俺はそう言うと、真ん中で寝ていたこんぺいとうを抱き上げてリビングのソファーに持っていった。こんぺいとうは物凄く不機嫌そうに「フッ」と言うと、大きくシッポをバタコンバタコンと振っている。こんぺいとうは真田と同じく怒りんぼうさんだ。
 寝室に戻ると全裸の永司が上半身を起こし、ベッドの隅でなにやらコソコソしている。嫌な予感がして覗き込んでみると、その手には一体どこで購入しているのかいまだに良く分からないピンクのローションとスキンがある。
「ちっがうんだぞぉ〜、永司」
「え?違うの?」
 意外そうな顔をされてしまった。
 俺は永司の手からそれ等「夜のお友達君達」を取り上げてポイポイ捨てると、灯りを消すかどうか悩み、結局点けたままで永司の整った身体を押し倒した。
「なに?春樹がヤリたいの?」
 永司がクスクス笑いながら訊いてくる。
 ヤリたいの?って、俺がお前を攻めろってか?
「変な事言うなってば。いいから横になってろよ」
 俺は永司の身体に顔を寄せ、舌を這わせた。ヤル気満々な永司の下半身を見てちょっと怖くなったけど、がんばろう俺!と自分にエールを送りそのまま下にずれる。
「春樹?」
「ん〜」
 永司は手で俺を止める。でも俺は続けた。
「春樹、ちょっとまて」
「イヤ〜」
 上手くできるかなぁと思いつつ俺は続ける。そして、舌が永司の下腹部に届く寸前に、物凄く強引に引き離されてしまった。
「駄目だよ」
「どうして?」
「どうしても」
 俺はちょっと淋しくなる。
「何で駄目なわけ?お前を喜ばそうとしてやってんのに」
「めちゃくちゃ嬉しいけど、駄目」
 どうして駄目なんだろうと思いながら、永司の言葉にちょっとムっとする。
「お前は俺に毎回するじゃん。何で俺は駄目なの?理由は?」
「駄目だから」
 俺はまたムカっとくる。理由を言えよ。
「お前は俺の言う事何でもきくのに、どうしてフェラチオ如きでそんなに駄目駄目言うんだよ。俺はしたいしたいしたいっ!し〜た〜い〜!」
「春樹の言う事は何でもきいてあげる。でも駄目」
 なんだよそりゃ!
 俺は相当頭に来た。そして、もうムキになって永司にフェラチオしたくなった。でも腕力で永司に勝てるわけがなく、何度試みても無理矢理引き離される。
 俺はあの手この手を使うのだが、何故か永司は絶対させてくれなかった。
「良し分かった。させてくれないんなら、俺だって絶対セックスさせてやらない」
 そうなると辛いのは永司なんだからな!俺はそう思いプーンとそっぽを向いてシーツに潜り込んだ。
「それは困る。今だって我慢に我慢を重ねているんだ」
 永司はそう言って溜息を吐いた。
「んじゃしていい?」
「駄目だってば」
 どうしてこれほどイヤがるのだろう。永司は時々変な所で頑固になるけど、コレもその中の1つだろうか。
 俺がプリプリしていると、永司が寝室を出て行こうとした。どこに行くのか訊いたら頭を冷やして来ると答えた。多分浴室で冷たいシャワーでも浴びてくるのだろう。
 永司が戻って来るのを待ちながら、俺は大きなベッドを占領してフェラチオについて考えた。生まれて此の方フェラについて考えるのなんて初めてだ。
 銜える、咥える、クワエル。
 ほとんどの男はフェラチオが好きだろう。いや、やってもらうのがね。俺だって結構好きだもん、永司だって好きだと思う。
 なのにやらせてくれない。
 これは大問題だ。もしかしたら永司には重大な隠し事があるのかもしれない。例えば……例えば、何だろう。実は良く見るとあのデカマラに顔が付いていて「ボクは絶倫坊。宜しくね」とか喋っちゃったりしたりして?それとかあのデカマラにはボタンがあって、それを押すと取り外し出来るようになってるとか?
…怖い。
 あぁ俺ってば、また変な事考えてる。トンチンカンな事想像してる。
 俺はブンブンと頭を振り、もうちっと冷静に考えてみようとした。
 永司は俺を愛している。うん、これは確定。だってそれは俺自身が一番良く分かってるコトだし。でも永司はさせてくれない。俺の言う事何でもきいてくれる永司が抵抗する。これは余程嫌がっている証拠だ。
 もしかしたら、本当に何かとんでもないトラウマがあるのかも。
 ウダウダと考えていると、パタンとドアが開く音がして永司が戻って来た。俺はふと、随分時間がかかったなぁと思った。
「永司、もしかして抜いてきた?」
「うん」
 うん、なのね。頭と一緒に下半身も冷やしてきたのね。
「ねぇ永司。 お前もしかして、女にフェラしてもらってる時に噛まれた経験とかあったりするぅ?」
「ない」
 即答された。
「んじゃ、小さい頃に犬に噛まれたとかぁ?」
「どんな生物にも噛まれたコトはないよ」
 永司は髪の水分をタオルで拭き取りながら少し笑っていた。
「噛まれたまではいかなくても、歯ぁ立てられたとかぁ?」
「春樹は可愛いな」
 なんだよそれ!どうしてそんな言葉が出てくるわけ?
 俺がムっとしていると、笑顔の永司がベッドに潜り込んで来る。
「んじゃお前、そのデカマラに顔付いてるんだろ?そんでソイツが喋ったりするの。『春樹ヤラセロゴルァ!』とかって」
 永司が顔を枕に突っ伏して笑ってる。
「分かった。永司は本当はスッゲー早漏で、俺が口に咥えた途端イクんだ。 それが恥ずかしいんだ」
「俺が早漏かどうかは春樹が一番良く知ってるだろ」
 確かに知ってるな。
 永司はクツクツ笑ったままだ。
「分かった。スッゲー早漏だけど、回復力もスッゲー早いんだ。イっても3秒後とかにはもうギンギンなの。そんでもう何回でも復活するの。エンドレスなの。 だから俺は今まで気が付かなかったの」
 永司が腹を抱えて笑い出した。
「分かった分かった。お前超臭いんだ。イカ臭いどころかタコさんとかカワウソさんとかバーバパパの匂いまでするんだ」
「バーバパパの匂いってどんなだ?」
「んん、分かんねーけど何か良い匂いかも……」
 墓穴を掘った俺の言葉にまた笑ってる。
「春樹は可愛い」
 五月蝿い。俺は真剣なんだ。
「分かった分かった分かった!!今度こそ絶対分かったぞ。永司は本当は受けなんだ!だからさっき嬉しそうだったんだ!そうだろ?」
 永司が腹を抱え、身体を震わせながら笑い始めた。俺はコイツがこんなに笑ってるのを初めて見た気がする。
「それとフェラと関係あるのか?」
「ないけど、そうなんだろ〜?」
 永司は身体を捩って笑っている。
 俺の言葉にイチイチ笑う永司。 俺は、もういいもんねと思って永司に背中を向けて丸くなった。
 いつか絶対フェラチオしてやる。見てろよコンチキショー。
「春樹はどうして急にセックスを嫌がるようになったのか」
 俺が不貞腐れていると、永司が楽しそうに呟いた。
 俺は無視する。ツーンだもんね!
「春樹は俺に放置プレーをしている」
「……ぷっ」
 無視しようと思ったのに笑ってしまった。
 クソ!こんな頑固者、無視だ無視!
「春樹には発情期があり、今はその時期から外れている。俺は次の発情期である春まで待たなくてはならない」
「……くく」
 永司の淡々とした喋り方に、俺はまた笑ってしまう。
 イカンイカン。永司のペースに嵌ったらイカンぞ、俺!
「春樹は普通のセックスでは満足できない」
 なんじゃそりゃ!
 っと文句を言いたいが、俺は歯を噛みしめて無視をする。
「春樹は淡白と言いつつ本当は俺とのセックスが大好きで大好きで、そんな自分を恥ずかしがっている。でも俺はそんな可愛い春樹も愛してるよ」
「ちょっと待て、それはお前の願望だろうが!」
「正解」
 正解じゃねーよ、このアンポンタンめ。
 1回口を利いてしまうともう無視しきれなくなって、俺達はその夜、互いの事を(変なふうに)想像しあった。
 でも、永司が何故フェラチオさせてくれないのかは最後まで分からなかった。
 俺はかな〜り気になる。
 だから明日にでも苅田に相談してみようと思いながら寝た。



 翌日の昼休み、俺は永司に見つからないよう屋上にコッソリ苅田を呼び出した。苅田は妙に上機嫌で来てくれた。苅田と2人きりになるのは久し振りだ。
 俺は永司が来ないか気にしつつも、苅田に話し掛ける。
「なんか突然変なコト訊くけどさぁ、苅田ってフェラしてもらうの好き?…だよな」
「勿論大好き。相当大好き」
 だろうよ。お前はそんな感じ。
「あのさぁ、好きな奴にフェラしてもらうのって気持ちイイよなぁ?」
 苅田が俺を見てニヤニヤしはじめた。
「なんだよ深海ちゃん。俺にしてもらいたいのか?」
「…お前、本物の大馬鹿者」
 俺は溜息を吐きながら苅田を見る。
「だったらなんだよ、急にそんな話して」
 苅田が俺を抱き寄せたので俺は慌てた。こんな所を永司に見られたら大変だ。永司は結構嫉妬深い。それでも苅田は俺を膝の上に乗せ、久々のハッスルタイム状態にしてしまった。嫌がっても苅田は俺を離さない。俺はしょうがないから身体を捩り、右後方にある屋上のドアを見ながらズバリ核心に迫って訊いてみる。
「あのねぇ、永司がさせてくれないのよ。な〜んでか、ど〜してか、もうムキになって嫌がるの。理由訊いても答えてくれないから気になっちゃってさ。どうしてなんだろうって思った。どうして永司は嫌がるの?」
 俺が屋上のドアが気になっていたから、そこばかりを見て言った。
 返事がない。
 ひょいと苅田を見ると、苅田は呆然って言葉がぴったりしっくりきっちり当てはまるような顔で俺を見ている。
「苅田ぁ?」
「……」
「苅田ってば」
「……」
「もしかして、普通男同士ではフェラしないもんなのぉ?」
 俺が小首を傾げて訊いていると、なんだか膝の上に向かい合って座っている俺達の身体の間に異物感…。
「うが!苅田ってば何で勃ってんの?!」
 俺はあまりの恐ろしさ(!)に大急ぎで苅田の身体から離れた。苅田もそれを拒みはしなかったが、しかし欲情しまくった目で俺を見ていた。
「落ち着け苅田!俺は永司のモンだ。まずそのお前の下半身の暴動を鎮めろ!!」
 俺はちょっとドキドキしながら後退った。
 なんでコイツ突然欲情しちゃうわけ?しかも何の脈絡もなくだよ?
「深海ちゃんは罪作りだ…」
「へ?」
「お前にはその時の岬杜の辛さが一生理解できねーだろうよ…」
「はい?」
 苅田はどこか遠くを見詰めながらしきりに永司に同情していた。
「俺に分かるように説明してくれよ。永司が苦しそうだったから俺は口でぇ…」
「――イデ!」
 苅田が股間を抑えて丸くなっている。
「どうして痛くなるほどお前の股間は猛り狂ってるんだよぉ。もぉ〜」
 俺はちょっと悲しくなった。世の中の男と俺はちょっとズレているのだろうか。
「深海ちゃんのフェラを想像するだけで堪んねーんだよ。それと岬杜は絶対ヤラせてくれねーと思うぜ。深海ちゃんは余りにも――いてぇ!!」
「ん?俺は余りにも痛いのか?そりゃ俺はヤったコトないけどでもでも…」
「もうフェラの話はするなよ。俺の息子がヤバイ」
「ちょっとまってくれ。結局何で永司は…」
 訊こうと思ったら永司が来た。もうハッスルタイム状態ではないけど、それでも俺と苅田が2人きりでいるのが気に入らないのか、サクサクと早足で来て俺を後ろから抱え込む。
 それからは俺達はフェラチオとは全く関係ない話をしたので、俺には何が何やら結局分からず終いだった。
 俺は余りにも…何だろう?
 ヘタそうなの?
 噛み付きそうなの?
 でもでも絶対俺は永司にフェラチオをしてみせる!
 もうムキになってやってみせる!

 俺にはサッパリ分からない株価の話をしている苅田と永司を尻目に、俺は自分に気合いを入れて今晩の作戦を練るのであった。




おわり







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