または「タヌキさんとかアヒルさんとかカワウソさんとか、とにかくあのへんの霊」の憑依


南暁生 深海春樹 岬杜永司



 まったく、朝起きてからもずっとケツが痛かったんだ。「1ヶ月セックス禁止令」も当然だ。永司は氷のように固まっていたが、そんな事は知らん。アイツの自業自得。
 そりゃ俺も良かったよ。はい、良かったですよ。でもね、永司は気持ち良いだけかもしれんが、俺はちょっと痛いし、なによりキツイんだ。それに「当分したくない」って言ったのにさ。まぁ昼間のセックスは許してやろう。身体中に痕付けられて(それプラス愛撫で)俺も盛り上がったしさ。でも、夜のアレは何?最初は「キスだけ」その次は「触るだけ」その次は「ちょっとだけ」とか何とか言って。まんまとそれに流された俺も俺だけど。


 いまだに隣で呆然としている永司を無視して、俺は新聞のテレビ欄をチェックしていた。
 ふむふむ。今日は日曜日だからあまり良い番組はないな。永司にどっか連れて行ってもらおうか。あうっ、なんだこれは?!なになに「衝撃激写!!戦慄の心霊旅館と炎上UFO!」だとっ!これは見なくては……。

 ピンポーン

 俺が1人ブツブツ言っていると、インターホンが鳴った気がした。永司はこの音が嫌いで、音を一番小さくしているから空耳かどうかイマイチ分からない。「1ヶ月セックス禁止令」がそんなにショックだったのだろうか、当の永司はいまだに固まっている。

 ピンポーンピンポーン

 あ、やっぱり誰か来たんだ。
「永司、永司、誰か来たよぉ。おい永司ってば」
「……え?」

 ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポーン

 ウルサイ。しかしこれで相手が誰だか分かった。暁生だ。
 永司もようやく我に返って立ち上がり、エントランスを解除している。
 そして暫くすると、今度はドアを叩く音だ。

 ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン、ガコッ!!

 永司がドアを開けに行くと
「こんぺーとー!!」
 と叫びながらドシドシ歩いて来る。どうして人様の家に上がりだ第一声が「よう」でも「おじゃまします」でも「あがるぞ」でもなく、「こんぺーとー!!」なのだろうか。
「おう、深海。こんぺーとーは?」
「さっきバルコニーで日向ぼっこしてたぞぉ」
 俺が答えると、暁生はさっそくバルコニーに出て観葉植物の間なんかを覗き込んでいる。「こんぺーとー!」と呼ぶと、本当にこんぺーとーがムニャムニャ何かを言いながら木の陰から姿を現した。
 こんぺいとうは暁生を主人だと思っていて、飼い主の永司にはあまり懐いてはいない。永司も別に気にしてはいないのだが、傍から見ていると少し変だと思う。
「可愛い、可愛いなぁお前は」
 暁生がこんぺいとうを撫でていると、こんぺいとうはゴロゴロと喉を鳴らす。永司が撫でてもゴロゴロ鳴らさないのに。
「良い子ですねー。こんぺーとーは良い子ですねー」
 今日の暁生は、なぜか明らかに機嫌が良かった。
 暁生は上機嫌でネコを抱き上げて、いつものように永司の部屋をチェックする。ネコの餌、新鮮な水、遊び道具、ネコトイレの掃除。ちょっとでも不満があれば、永司に文句を言う。
 今日もネコのトイレが汚いと言い出した。別にそれ程汚くはないのだが。
「くぉら岬杜!!お前はなんでこんぺーとーのトイレ掃除しないんだっ」
 永司は無視して、俺の横で経済新聞を読んでいる。これもいつもの事だったりする。
「岬杜!聞いてんのかオメーは!」
 取り合えず永司はコクンと頷く。
「今日は俺がやっとくけど、お前毎日3回は掃除しとけよ!」
 またもや永司がコクンと頷く。多分右の耳から左の耳へ抜けているだろうが。
 ブツブツ文句を言いながらも機嫌の良い暁生は、ネコトイレの掃除をし、それが終わるとこんぺいとうと一緒に部屋の中を駆け回り、喉が渇いたと言っては勝手に冷蔵庫を開けて俺の(永司の)ビールを飲む。なんか本当に騒がしい。
「深海も飲むかー?」
 ……ってか、それ俺のなの。
 返事もしてないのにビールが飛んでくる。
「岬杜も飲むかー?」
 永司は首を振ったのにも関わらず、やっぱりビールが飛んでくる。
「深海、ツマミ作ってくれ」
「イヤだぁ〜」
「んだよ、我儘だな」
 我儘なのはお前だよ!と、思いつつも俺はしょうがないからキッチンへ行く。暁生は料理ができないのに冷蔵庫を物色していた。
「暁生は何食べたいのぉ?」
「俺、ジャガイモ食いたい」
 じゃがいも……?
「んじゃ、刻んで揚げるかぁ?」
「ポテトフライ?俺、それイヤ。くどいから」
「んじゃ、バターで炒めるかぁ?」
「それ3分で作れるか?」
「……無理」
「じゃ、イヤ」
「……」
 俺はすたすたリビングに戻った。何であんなに我儘なんだ。
 リビングには永司がまだ新聞を読んでいた。さっきは経済新聞で、今度は英語の新聞だ。俺は英語の成績は悪くはない。しかし、全部英語だらけの新聞なんて見ているだけで目が回る。
「岬杜、このキムチ食えるか?」
 暁生がまた冷蔵庫を物色している。永司は無言で新聞を読んでいる。
「岬杜、この冷蔵庫何にも入ってねぇなー」
 暁生は冷蔵庫を諦め、キッチン中を物色し始めた。永司が無言で新聞を捲る。
「岬杜、お前いつも何食って生きてんだ?」
 鍋やなんかしか入っていない上の棚まで開けて、暁生はゴソゴソやっている。俺はいい加減煩くなってキッチンへ戻った。
 ナンダカンダと言う暁生を無視してジャガイモの皮を剥き、バターで炒めた。手際よく料理していると、暁生が面白がって、自分も同じようにジャガイモの皮を剥いていた。包丁に触った事もなかろう暁生の手つきは最悪で、俺は急いで止めさせた。後ろでチョロチョロさせても迷惑だったので、ジャガイモを炒めるのを手伝わせる。すると暁生は少し手伝っただけで飽きてしまい、とっととリビングへ戻って行った。
 俺は溜め息を吐きながら塩コショウをして乾燥パセリを振る。皿を取り出しジャガイモを乗せる。フライパンをシンクに突っ込みリビングに戻ると、暁生は楽しそうにテレビを見ていた。
「我儘暁生、ツマミできたぞぉ」
「おう、ご苦労!」
 暁生は機嫌良くガツガツジャガイモを食べる。「うまうま!」っとか言いながら独り占めして食べる。もう、凄い勢いで食べ、ビールを飲み、テレビを見てゲラゲラ笑ってる。俺が最後に残ったジャガイモにそおっと手を伸ばそうとすると、テレビを見ていたはずの暁生が目にも止まらぬ早業でフォークを突き刺した。
「俺、1個も食べてな…」
「ん?何だ?」
 暁生のバカタレが最後の1個までも口に入れてしまった。俺は一口も食べれないまま、おつまみ君はなくなってしまったのだ。
「暁生の馬鹿ヤロー……」
 俺は足をバタバタさせながら涙目で暁生を睨んだ。当の暁生は機嫌良くビールを飲んでいる。

 そしてそのうち暁生は、永司が昨日俺に付けたキスマークを発見し、俺を散々からかい、ついでに永司もからかい、「ホモホモッ!!」と叫びながらこんぺーとーと一緒に部屋を駆け巡り、ゲラゲラ笑いながらまたもや新しいビールを出して飲みだした。
 ……なんてイヤな奴だろう。そんでもってなんて機嫌が良いんだろう。
 ……暁生のくせに。
 暁生はその後も俺と永司(永司はずっと無言でビールを飲んでいた)をからかい、突然、「深海、腹が膨れたところで俺と勝負しろっ!」っと絡んで、また、「俺、ホモには興味ないけど深海には興味あるぜ!」とか言いながら俺に抱きつき、永司に頭を叩かれ、またゲラゲラ笑いながら騒ぎ、騒ぎ終わったところで帰って行った。

 今日の暁生は異常にハイテンションだった。

 そして俺は妙に疲れた。

「永司、俺がいなかった時の暁生っていつもこんなんだったぁ?」
「いや」
 だよな。暁生ってば今日はなんであんなにハイテンションだったんだろ?なんか怖いぞ。良くは分からなかったが、とにかくオカシイくらい機嫌が良かったのだ。
「何か分かんないけど、俺疲れたぁ〜」
 ソファーに寝転んで足をバタバタさせる。永司が苦笑しながら頭を撫でてくれた。

 トゥルルルル

 俺の携帯だ。立ち上がって携帯を取る。
「はい」
『俺、南君だけどー』
 あ、暁生?なに?自分のコト南君って……。
「ど、どした?忘れモン?」
『病気には気を付けろよ!あと、今度苅田と一緒に【岬杜君深海君一件落着おめでとうパーティー】やってやるから楽しみにしてろよ!じゃな!!』

 プチ。ツーツー。

 な、なんすか?
 岬杜君深海君一件落着おめでとうパーティー?

 俺はわけが分からんまま携帯を見詰めていた。
 暁生ってこんな奴だったっけ?



「春樹?」
 永司が不思議そうに俺を見ている。

 俺はふと、永司もこんなふうに、妙にハイテイションになったらどうなるんだろうと思った。いや、なんだか不意にそう思ってしまったのだ。永司はいつも落ち着いている。俺と苅田以外の人間とは話さないし、ゲラゲラ笑ったりもしない。でも、もし今日の暁生みたいに……。
 強引そうだ。ただでさえコイツは強引なトコがある。
 なんか俺、壊れるくらい派手にヤられそう……。
「春樹?」
「……」
 いやいやそんなコトはないぞ!永司は俺を大事にしてくれるし、今日のわけ分からん暁生みたいにはならんさ!そうさ……。
「何の電話だったの?」
「……」
 いや、分からんぞ。俺はもしかして今まで気付かなかっただけで、本当は誰しもこんな所があるのかもしれん。女に生理があるように、男にも「妙にハイテンションな日」があるのかも……。
「どうしたんだ?大丈夫か?」
「……」
 でもでも、そうしたらなんで俺にはそれがないわけ?それとも俺にはまだ「初ハイテンション」(女の子には初潮にあたるモノ)が来てないだけ?ほんで「初ハイテンション」が来たら、女の子みたいにお赤飯食べるの?
「春樹、どうしたの?返事してくれ」
「……」
 永司が立ち上がってこっちに来る。
 俺、どうしよう。
 いや、永司のコトは好きだよ。もう、ホント好きだよ。永司がゲラゲラ笑っても、こんぺーとーと一緒に部屋の中グルグル走り回っても、俺のジャガイモ食べても平気だよ。
 でもでも俺の身体が壊れるようなセックスは勘弁して……。
「春樹?本当にどうした…」
 永司が手を伸ばしてきた。
「――きゃああぁっ!!」
「……キャアア??」
 俺は呆然とする永司を突き飛ばし玄関に向かった。でも玄関の所で永司に捕まり、大暴れして散々すったもんだした挙句に部屋へ連れ戻された。




 麦茶を飲んで一息吐くと、やっと脳味噌が正常になった。永司は俺の話を聞きながらずっとクツクツ笑っていたが、俺には笑い事じゃなかったんだ。
「暁生はきっと変な霊を連れてきたんだ。タヌキさんとかアヒルさんとかカワウソさんとか、とにかくあのへんの霊を連れてきたに決まってるんだ。だって俺なんか変だったもん。頭オカシクなりそうだったもん!」
 永司はずっと笑っていた。でも俺は笑い事じゃなかったんだ。なんかすっごい間抜けな事一杯考えちまったもん。


 次の日、いつもと何一つ変わらないギラギラした暁生を見て、俺はやっぱり変なモンが憑いていたんだと確信した。
 きっと、「人を妙にハイテンションにさせ、ついでに周りの人間を混乱させる」霊だったに違いない……。




おわり






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