最終章 私達はそうやって


 入来は明日の日曜日に楠田と会う約束をした。
 楠田は入来のバイトが終わる時間にアパートに行くからと言い、入来は日曜のバイトは早番だからと午後6時に会う約束をした。
 入来は楠田が日曜に何かを乗り越えるのだろうと思った。それは何なのか分からない。しかし楠田は辛そうだった。だから入来は、自分に何か出来る事があるのだろうかと思っていた。そして何かができるのならば、例えそれが些細な事でも楠田の為なら力になりたいと思っていた。
「真田、明日那馳に会うからここには来られないかもしれない」
 真田の好きな人参サラダを作りながらそう言った。真田は今日もつまらなそうにテレビを見ている。
「明日の分の夕食も作っておく?」
 真田は黙ってテレビを見ている。
「真田?」
 真田はまだ黙っている。
 入来はしょうがないから明日の分の夕食も作っておいた。真田はどうやら機嫌が悪いらしい。こんな時は何を言っても無駄なのだ。
 明日の分の人参も沢山刻んで他の野菜と一緒に煮込んでおく。他の料理はラップに包んで冷蔵庫へ入れておく。
「できた」
 今日の分の夕飯を皿に盛って、ビールも取ってだしておく。
「真田、できたってば」
 珍しくなかなか腰を上げない真田をもう一度呼ぶと、真田はだるそうに起き上がりテーブルに着いた。
「いただきます」
 これまた珍しく真面目に言う。いつもは「いただきまんこー」なのに。
 その日、真田は本当に珍しくゆっくりと夕飯を食べた。入来は不思議に思ったが、真田の機嫌が悪そうだったので結局何も言わなかった。


 その日の深夜、いつもの如く真田と同じキングサイズのベッドに入って目を閉じた。真田は今日もベッドで寝転んで山の写真集を見ている。
 入来はベッドの中で楠田を想った。
 今日の楠田は辛そうに微笑んでいた。
「那馳は幸せになってほしい」
 その為に自分ができる事は一体なんだろう。
「那馳……」
 入来は1人呟いて目を閉じた。


 誰かが自分の身体を触っている。
 誰かの手が自分の身体を触っている。
 その手は自分の足元からゆっくりと這い上がり、焦らされて焦らされて身体を上って行く。乳房を包み込まれ、ゆっくりとその先端へと向かう。
 そしてそこでふと止まる。まるで楽しんでいるかのように。
 全身の神経がそこに集中するのを待って、またその手は動き出す。
 ゆっくりと撫でられ、ゆっくりと挟まれ、ゆっくりと摘まれる。 まるで楽しんでいるかのように。
 もう1つの手が身体を探る。
 その手は自分の身体を隅々まで触っていく。
 触れているのか触れていないのか、分からない程微妙に。

「……真田?」
 意識がはっきりしない。
 手がシャツの中に入ってきた。
「……真田なの?」
 次第にハッキリしていく意識。
 手が素肌の乳房を包む。
「……止めて」
「黙ってろ」
 真田の低い声がした。
 入来はゴクリと唾を飲み込む。
 身体に力が入らない。 もう既に熱を持ってしまっている身体は、真田の手の感触を喜んでいる。
「本当に止めて」
 入来は力の入らない自分の手で抵抗する。しかしその抵抗は長く続かない。
 真田の指が下半身に伸び、下着の中に入ってきた。
「女の身体は、どこがどんなふうに感じるのか教えてやる」
「そんなの、いらな――
「黙れ」
 真田の擦れた声は、入来の身体を硬直させる。
 真田の指は長くて、入来の陰部をなぞるように触る。まるで楽しんでいるかのように。

 触る
 触る
 触る

 擦る
 触れる
 入れる

 触る
 擦る
 擦る


 止めようもない

 快感

 呻き声

 快感

 止めようもない

 喘ぎ声

 止めようもない

 止めようもない――





 その夜、入来は初めて真田にキスをされた。
 以前と同じく真田は最後まで服を着ていたが、 今回入来は裸にされたし、最後にキスを貰った。
 真田のキスは煙草の味がした。


 朝、バイトに出かけようと玄関で靴を履いていると、真田が顔を出した。
 こんなに朝早くから真田が起きてくるのは初めてだった。
「おはよう」
 昨晩の事があったので、入来は少し俯いて言った。正直、困っていた。
 自分は楠田が好きだ。だから昨晩のような事は止めて欲しい。そう言いたかったが、なんだかんだと自分もその気にさせられたし、その気になったのだ。文句も言いにくい。
「入来、お前は今日からただのクラスメートに戻る」
 その言葉に顔を上げると、そこには壁に凭れた真田が腕を組み、真剣な目で自分を見ていた。
「どうゆうこと?」
「お前はもう、ここに来る必要がない」
「どうして?」
 真田は黙っている。入来の胸がチクリと痛んだ。
 昨晩みたいなのは困る。でも入来は真田が好きだった。我儘だが良い奴だと思っていた。それが突然「ここに来る必要がない」だ。どうゆう意味か分からない。
「真田は友達だと思っていたのに」
「友達に戻るのさ」
 真田は笑って言う。昨晩のコトが大きく関係しているのだと思った。
 入来は、真田は真田で何かを飛び越えようとしているのかもしれないと感じる。その笑顔が、楠田の辛そうな微笑みに似ていたから。
「分かった。もうここには来ない。でも友達だよ?」
「友達だ」
 真田が苦笑した。
 両方の靴を履き終え、鞄を持って振り返る。ドアに手を伸ばす。
「入来、最後に良い事を教えてやる。お前は楠田を幸せにできる。お前が楠田を幸せにする。じっくり楠田を料理しろ。私の愛撫みたいにな」
 思わず振り返った。
「那馳は幸せになれるの?」
「お前が幸せにしてやるんだ」
「アタシが?」
 思考が止まってしまった。
 自分が楠田を幸せにする。それは他の誰でもなく、この自分が。どんなふうにすれば良いのか分からないけれど、じっくりと楠田を幸せにすれば良いのだ。
 嬉しかった。
 真田の言う事は良く分からない事が多いけれど、それでもこんな時の真田の言う事は当たるんだ。真田の言葉は信用できるんだ。
 入来は本当に嬉しかった。
「お前の笑顔、初めて見たな」
 真田がまた苦笑していた。
 思わず自分の顔に手をやると、本当に笑っていた。
 久々に笑った気がする。
「真田、いろいろとありがとう。じゃあ、行ってくる」
 入来がドアを開けた。振り返ってもう一度真田を見る。
 真田は壁に凭れ腕を組んだまま、なぜか入来を食い入るように見ていた。


「さよなら、入来七瀬。私の可愛い女」


 真田の呟きが聞こえた。

 それは入来には理解できない、 真田だけがもっている何かで自分に話しかけているようだった。
 だが、その声は入来の心には届いた。理解できなくても、入来の心には届いた。


「さよなら、真田鮎。アタシの側にいてくれた女」


 入来は部屋を出た。
 マンションのエレベーターを待っていると、なぜか涙が出てきた。
 真田に恋をしていたわけではない。入来はずっと楠田が好きだったのだ。
 それなのに、涙が溢れてしかたなかった。





 楠田は日曜日、上村と映画を見に行った。
 それから2人で昼食を取り、小さな画廊に行った。上村は相変らず優しくて、必死で、悲しかった 2人で抽象画を見る。点や線、平面や色彩。理解できない様々な模様。
 それは人の心と同じ。他人には一生分からない。様々な色が様々な形になり、一瞬で消えていき、また流れていく。掴もうと思っても掴めない。自分の思うようには色付かない。
 それは自分の意志とは関係なく、どこかから浮かび上がり、どこかに消えていくモノ。
「由子ちゃん。これ、なんだろうね」
 一枚の額縁の前に立ち、楠田が話し掛けた。
 題名は『無題』。
 深い青色の点が上から下に落ちていくような画だった。
「分からないわ。でも、何か悲しい感じがする」
 上村はそう言って楠田を見た。楠田はそこをなかなか動かなかった。

 楠田の心の中には霧がかかっている。
 それはもうどうしようもなく広がって、元々そこに何があったのかも分からなくなっていた。
 楠田は画から目を逸らし、上村を見る。上村も少し微笑んで楠田を見る。
 しかしその微笑みを見て、楠田は唇を噛み締めた。

 心の霧が隠してしまったモノを、ついに思い出してしまった気がした。


「私は優しい花が好きだった。その花はふんわりと爽やかな香りして私を和ませる。その花は強い日差しから私を守ってくれる。その花は朝露に濡れていて私を潤してくれる。それなにの私は、その優しい花を造花にしようとしている」
 夕方、上村を家に送る途中で楠田は静かに話し出した。
 それまで、楠田と上村は黙って歩いていた。楠田は何かを考えているようで、上村は何を言えば良いのか分からなかったからだ。しかし急に話し出した楠田の言葉は、上村にとってとても辛く感じた。
「心の中に霧が立ちこめて、私はそれを追い払おうとした。でも上手くできなくて、霧は更に広がってしまって。もう何も見えなくなってしまう前に、私は決断をしなくちゃいけないの。何も見えなくなったら、私は私の大事な花を本当に造花にしていまうから」
 歩きながら楠田は言う。
 上村の家に到着し、2人は立ち止まった。
「言わないで」
 上村が俯いた。

 小学生が数人楠田と上村を追い越していく。
 主婦がスーパーの袋を持って、自転車で追い越していく。

「言わなくちゃいけないの。とてもとても大事な事だから」
「言わないで。私は本当に――」

 上村がしゃがみこんだ。

「由子ちゃんは本当に優しかった。私を好きになろうとしてくれた。由子ちゃんは私にとって温かくて甘いミルクみたいだった」
「私は本当に楠田さんを――」
 上村は言葉が続かない。
 自分は楠田を好きになろうとした。好きになれると信じていた。

「私は由子ちゃんが好きだった。本当に好きだった。私は由子ちゃんを好きになって沢山の感情を知ったの。後悔はしてない。だから、明日からは普通の友達に戻りましょう」
 呆然とする上村に向かい、楠田は辛そうに微笑んだ。
 上村はその微笑を見て、以前楠田が呟きを思い出す。
『私達はあまりにも必死すぎるんだわ』
 楠田はそう言ったのだ。
 上村はその言葉の意味をやっと理解する。
 涙がでた。
「私は楠田さんを好きになろうと思ったの。好きにならなくてはいけないと思ってしまったの。だからそればかりを考えてしまったの」

「ごめんね、由子ちゃん。苦しかったでしょう?」
「ごめんね、楠田さん。貴方も苦しかったでしょう」

 上村は立ち上がって楠田の手を取った。
 身体は震えなかった。
 楠田が上村の手を握り返す。
「明日、学校で。さよなら楠田さん」
「明日、学校で。さよなら由子ちゃん」

楠田は手を放した。


 恋に必死にならない女の子なんていない。

 楠田は涙が止まらない。
 上村は必死で『恋をしようと』していた。それが間違っていたのかどうかは分からない。しかし上村は楠田に温かくて甘いミルクを作り、それは次第に甘くなりすぎていった。
 上村に甘いミルクを作らせたのは自分。
そして、上村はそれを作るのに精一杯で、彼女の中にある小さな花が形を変えていったのに気付かなかった。

 恋に必死にならない女の子なんていない。

 楠田は走って入来のアパートへ向かう。
 入来に話を聞いて欲しかった。
 自分がどれほどの思いで上村を手放したかを。
 自分がそれほどの想いで上村を手放したかを。
 入来に話を聞いてもらって、声を上げて泣きたかった。
 そして入来の部屋の小さな布団で眠りたかった。

 楠田は涙が止まらなかった。

 恋に必死にならない女の子なんていない。
 誰だって、誰だって必死になって恋をする。
 私がそうだったように。
 誰だって。





 月曜日、真田は昼過ぎに学校へ登校した。
 昨晩はいつもより長く写真集を眺めていた為、今朝起きられなかった。遅い時間に目が覚めて、このままダラダラ1日を過ごそうかとも思ったのだが、どっちにしろ暇だったので学校へ行こうと思ったのだ。
 学校へ着くと5限の途中だったので、こんなんじゃ来た意味なかったなと渋い顔をした。
「真田、おはよう」
 前の席の入来がひそひそと声をかけてくる。おはようと言える時刻ではないのだが。
「おはようだ」
 そう言いながら今日持ってきた漫画を出した。
「凄く良い事教えてあげる」
 入来が真田の顔を覗き込むように言う。
「凄く良い事?」
「真田が凄く喜ぶ事」
「何だ?」
「今日、能面が来ている」
――マジ!?」 思わず大声を上げたので、教室中の生徒が真田を見た。
「センセー!ちょっと持病の躁病が発作を起こしたみたいなので、保健係りの私が私を保健室に連れて行きますッ!!」
 真田は喚きつつ教室を出た。

 屋上に走ると、本当に岬杜が座っている。真田は全速力で岬杜の前まで行き、勢い余ってそこでスライディングをした。
「岬杜君久し振りィィィイイ!!」
 岬杜が頷く。
 真田、脳内岬杜ハーレム出没。
「よう、真田」
「よう、ヒジキ」
 ニコニコ応えながらも、深海の方は目もくれずに真田は岬杜を見詰める。
 久々に見る岬杜はカッコ良さ30%増量中的カッコ良さだった。真田は脳内に花弁を撒き散らしながら隅々まで岬杜を視姦する。
 ふと見ると、岬杜が深海の手を握っていた。
「おほほ。岬杜君ったらヒジキの手なんか握っちゃって!どうせなら私の、この慈愛に満ち満ちた美しい手を握りなさいな!!」
 真田は笑ってそう言ったが、岬杜は動じない。
 隣で苅田がニヤニヤしていた。
「ヒジキ!お前、手ぇ放せや」
 真田の不機嫌なハスキーボイスに深海は困った顔をするのだが、それでも岬杜は深海の手を放さなかった。
 気まずい雰囲気が流れる。
「……ヒジキ、オヌシついにワラワを裏切ったのか?」
 真田がゆっくりと立ち上がる。
 苅田は何が楽しいのか1人でクツクツ笑っていた。
「ヒジキ、正直に申せ。真田十勇士のお前がワラワを裏切ったのか?」
 真田の低い声に深海は更に困った顔をする。
「あのね、真田……」
「正直に申せ。刑は軽くしてやる」
「……」
「申せ」
「……裏切っちゃった…かも」
「……」
「……」
「裏切り者は極刑に処すッツ!!」
 今さっき、刑は軽くしてやると言ったばかりの真田の科白とは思えないが、とにかく真田は般若のような顔をして深海に蹴りを入れた。真田の怒り大爆発の蹴りは深海が予想していた以上に素早かったし女とは思えない程重いし何せ右手は岬杜が握っていたしで、ガードに入れた左手とこれまたガードに入れた岬杜の右腕がなかったら深海の可愛い顔に傷が付くところだった。
「真田!!」
 岬杜が叫んで真田を睨む。
 普段の真田だったら「ついに目の保養君の声を聞いてしまった!」と大はしゃぎするだろう。だが今、真田はそれどころではない。
「んだよ。オヌシには関係なかろうがっ」
 そう言いながらも真田は、深海を守ろうとする岬杜の腕の上から深海をガシガシ蹴っている。 苅田は腹を抱えて笑い、深海は「うわっ」とか「イデッ」とか言いながら身を丸めてガードしている。
「関係ある。春樹に手を出すなっ」
「手なんか出しておらんっ」
「足も出すな!」
 ここでようやく真田は蹴るのを止めた。
「……ヒジキ、一発本気で殴らせろ。それで許してやる」
「真田、お前いい加減にしろよッ!!」
 この岬杜の言葉に、ついに真田は岬杜にもブチ切れた。
「……手ェ出すなだの足ィ出すなだのいい加減にしろだの…テメー一体何様のつもりだッ!!ちょっとヒジキと上手くいったからってイイ気になりやがって、この色ボケ野郎!!散々私に許可なく学校休みやがって今までどこで何してやがったんだよ、 このヒッキー!!大体テメーはヒジキばっか見てヒジキばっか追いかけてよ、デカイ図体もてあましやがってテメーの目にはヒジキしか映らぬように細工でもしてあるのか、このロックオン野郎!!お前の名前、追尾ミサイル・岬杜って改名しやがれ、このホーミング!!」

 真田がここまで言うと授業の終わりの鐘が鳴った。
 立っている真田は座っている岬杜を睨みつけ、岬杜は岬杜で深海にマジ蹴りを入れようとした真田を睨みつけ、実に険悪なムード満載だった。
 深海は睨み合う両者を見ながら、そ〜っと岬杜の服の袖を引っ張る。岬杜はそれでも憮然としながら、深海に引きずられるように屋上を出て行った。
 真田は岬杜が見えなくなるまで、アッカンベーしてみたり、ズボンを下げて半ケツを出してお尻ペンペンをしてみたり、中指を立ててみたり、ペッペッペ!と唾を飛ばしてみたりしていた。

 苅田は真田がブチ切れてからずっと、腹を抱え声を殺してのたうち回るように笑っていた。
 珍しく緋澄までもが少し笑っていた。
「お前等いつまでも笑ってんじゃねーぞ!」
 真田がプリプリしながら座って煙草を出す。
「だってオモシロくてよー。お前最高だったぜ」
「私は最高に腹が立ったんだ」
 真田がムっとしながら煙草に火を点ける。
 空を仰げば秋空が広がっていた。
 遠い遠い空だった。

 真田は一瞬、本当に深海が憎かった。
 本気で殴ってやりたいと思った。
 深海は好きだ。可愛い奴だと思っている。
 しかし自分が手を伸ばしても届かない、この秋空のように遠い存在であった岬杜が……その岬杜が深海に夢中になり、深海を愛し、ついに深海を手に入れた。
 真田は本当に嫉妬した。
 一瞬だけ、とてつもなく深海が憎いと思った。

「岬杜があんなに怒ったの初めて見た。しかもそれが真田相手にだぜ?あのクールな岬杜が女相手によー」
 苅田はまだ笑っている。
「私がヒジキを蹴りつけたんだから、そんなの当たり前だろ?まぁ、一発もまともに入ってはいないがな」
 真田が不機嫌そうに言う。
 煙草の煙が秋の空に消えていった。
「真田は深海ちゃんと岬杜の事、実は応援してるんだ思ってたぜ?」
 苅田はニヤニヤして言う。真田は何も言わない。
 授業が始まる鐘が鳴った。
「……真田はオモシロイな」
「駅弁ほどではない」
 真田がゴロリと横になる。
 遠い空に薄い雲が広がっていた。
 どれだけ手を伸ばしても届かないように。


「643のダブルプレー」
 真田が呟く。
「何だ?」
 自分の肩に頭を乗せて眠そうにしている緋澄の髪を撫でてやりながら苅田が訊く。
「昨日今日と続けてアウトなんだ」
 真田がふうっと息を吐いた。
 苅田がニヤニヤする。
「真田は岬杜にマジで惚れてたのか?」
「惚れてた。今も惚れてる。ヒジキも好きだがな」
「岬杜は特別イイ男だからなー」
 苅田の言葉に真田はフンと鼻で笑う。
 根元まで吸った煙草を揉み消して、もう一度空を見た。
「最初は、私にとってホーミングはただの目の保養だったんだ。アイツはいつもヒジキを見ていた。いつもいつもヒジキを見ていた。いじらしい男だと思ったよ。愛しそうにヒジキを見るホーミングは本当にけなげでな。可愛い男だと思っていた。しかし、最初はそれだけだったんだ。アイツはただの目の保養だった」
 真田が身体を苅田の方に向ける。
「しかしある日、私は見てしまったんだ。アイツの中にある滅茶苦茶キているアイツの目をさ。アレは完全に異常だったよ。深海春樹を閉じ込めて、深海春樹を繋げて、深海春樹の何もかもを奪って、深海春樹をヤり殺してやりたいって目だった。ぜってー逃がさねーし、ぜってーグチャグチャになるまで犯してやるって目だった。私はその目を見て、初めて岬杜永司に惚れたんだ。この異常な感情を隠した男とセックスしたいと強烈に思った」
 真田がニヤリと笑う。
「その時、岬杜永司のセックスはどんなに激しくてどんなに狂っているのかと思うと突然堪らなくなってな。私は授業中にもかかわらずソッコーでトイレに走って行ってソッコーでオナニーした。学校で手マンなんてしたの初めてだったぞ」
 苅田が膝を叩きながらゲラゲラと笑った。珍しく緋澄までクスクスと声を上げ笑っている。
 真田も薄い雲を見ながら、最初はニヤニヤと、次はクスクスと、最後にはガハハハと笑った。


 水門は開けられ、水は流れ出す。しかし季節は変わり、また水門は閉じられる。誰かに閉ざされたり、自分で閉ざしたりしながら。
 私達はそうやって自分の中の作物を育てていく。
 真田はそう思う。

「女だってね、男と一緒でいろいろ大変なんだよ。欲情する時は欲情するし、恋をすれば必死で恋をする」
 秋の遠い空を見ながら真田は笑って呟いた。







end




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